表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/187

1-13-4-17 masquerade 助手席

 2体目の化物ばけもの沙羅さらさん達が撃ち倒してほどなく、上空に到着していた揚陸艇ようりくていから装甲服アーマー姿の兵士達が続々(ぞくぞく)と降下してきた。

 彼等かれらにとってのさいわいは、彼女達が化物ばけものを倒し、一般人いっぱんじんをに死傷者ししょうしゃが出なかったこと。もし化物ばけものをが彼女達を既に殺していて、一般人いっぱんじん殺戮さつりくしていたら、彼等かれら面子めんつは失われていただろう。


 一般人からの冷たい視線を浴びずに済んだ装甲服アーマーの兵士達だが、彼女と共に化物ばけもの対峙たいじした下士官達が彼等かれらを見る視線は冷たかった。

 ライブ配信されたために、誰が化物ばけものを倒したのかは明白めいはくだというのに、あたかも自分達が化物ばけものを倒したごとく振る舞う彼等。そんな彼等かれらが倒した化物ばけものをどの様に扱っていようが我関われかんせずの下士官達だったが、小銃を胸元むなもとで銃口を下にし斜めに構えた姿勢で、女王の近衛兵このえへいの様に彼女を取りかこみ、彼等かれらが不用意に沙羅さらさんに近づくのは許さなかった。


 指揮官と思われる兵士が彼女達に近づいたが、彼女が二言三言ふたことみこと下士官のひとりとやり取りをしなければ囲みの中に入れなかっただろう。

 画面の中で、下士官と彼女のやり取りを聞いていた指揮官があわてて先に彼女に敬礼していた。成程ほど、あの指揮官は彼女より下の階級なのか。となれば、彼女に横柄おうへいな態度を取らずに済んだ指揮官は、彼を間接的に助けてくれた下士官に感謝するべきだろう。


 装甲服アーマーの指揮官にその場を任せ、下士官にそくされて救護車に入っていた彼女が救護車から出てきた。彼女を取り囲んだ下士官達が、進路上に居る展開した装甲服アーマーの兵士達、報道陣や野次馬やじうま達を押し退ける様にして此方こちらへ帰ってくる。

 下士官達と共にに戻って来る彼女の姿を見た福山マネージャが、何か言いながら胃のあたりを押さえてうめいている。確かに彼女の姿は、刺激的しげきていに過ぎる。

 黒シャツは羽織はおっているものの、はだけている。はだけたシャツから、車にたたきつけられた時に痛めたのであろう脇腹わきばらはらられた湿布シップが、胸元むなもとには黒のスポーツブラが丸見まるみえ。そんな姿で堂々(どうどう)と車に戻って来る彼女は、美しかった。

 個人的に言えば、彼女のこの様な姿を見るのは初めてじゃない。自宅の中で何度も見ている。健全な男性である私は、正直しょうじき理性と忍耐力の限界を見そうだが、沙羅さらさんはこういう部分でガードがゆる過ぎる。


 確かに彼女は私の恋人じゃない、だからどんな姿を他人に見られても関係ないのだが、報道陣ほうどうじん野次馬やじうま達がその姿を撮影しているのが、我慢がまんできなかった。

 彼女が車のドアを開けるよりも早く車から降りた私は、人に見られるからちゃんと閉めないと駄目だめだと彼女に小言こごとを言いながら、彼女のはだけたシャツのボタンを締めていた。

 自分のこの行動が周囲から奇異きいの眼で見られ、撮影され、そして報道される事は頭の片隅かたすみで分っていた。しかし、彼女のこの姿が私以外の誰かに見られたり、撮影される方が嫌だった。

 彼女は、見られても別に気にしていないと言う。それと私の感情は別だ。私が嫌だからボタンを締める。私以外の者達に見られるのが嫌だからボタンを締める。ただそれだけの事だ。

 彼女にお小言ことごを言いながらボタンそ締め続ける私を、苦笑にがわらいしながら見上げる彼女の顔がいとおしく見えた。見上げる彼女のひとみをずっとのぞき込んでいたかった。


 その時に、そうするべきと思ったから、その様な事をした。それ以外の答えを、私は知らない。彼女が車にたたきつけられた時に脇腹わきばら以外、頭も打ち付けていなかったのかと急に思いついた私は、彼女のあごを両手で持ち、何処どこか痛い所はないかと聞きながら、彼女の頭を上下左右に動かし確認していた。

 突然の私の行動に怒るでもなく、すがままにされつつも、私の行動にあきれ果てていた彼女が耳を貸して欲しいと言う。

 少し身をかがめて彼女の口元くちもとに耳を近づけると、今日から1週間は統合病院に検査入院しなければなりません。その後は1・2週間は今回の件の報告等で母船に行きます。3週間は帰れないので、食事はつくれません。だから、外食してもらう事になります。だからと言ってお菓子ばかり食べたり、不摂生ふせっせいしない様にと言われた。私はお留守番している子供か。


 冷静に考えてみれば、ボタンを締める、あごを両手で持つ、耳元で彼女が何かをささやく、どう見ても恋人同士の仕草しぐさ。そんな行動を衆目しゅうもくの前で見せておきながら、それは誤解ですと言っても、その場を取りつくろう言い訳にしか聞こえない。

 少しばかり皆さんに聞かれたくない業務連絡をしていただけだと言っても、信憑しんぴょう性の欠片かけらもない。信じてくれる訳がない。

 さらに、この光景を見てあせった福山マネージャが、私と彼女を車に押し込こもうとした時に、私が咄嗟とっさに彼女を引き寄せ、肩を抱くようにして一緒いっしょに車に乗ったので、余計に信じてくれない。 

 

 あの日からしばらくは、おどろいた顔で私を見上げながら、私に肩を抱かれながら車の中に押し込まれる沙羅さらさんの姿が画面をにぎわせていた。しかし、沙羅さらさんが母船から帰ってこないから、追加取材も、コメントを取ろうにもそれも出来ない。

 未だ沙羅さらさんの事を聞いてくる記者は居なくはならないが、所謂いわゆる過熱報道は2週間程度でおさまった。いい加減に忘れてくれても良いだろうに。


 彼女の帰宅予定が何度も伸びて、そろそろ4か月になる。彼女が此処ここに来る前の、きままな独身生活に戻っただけだというのに、この4か月、彼女の居ない我家は、広く、さびしく、ただ寝るだけの空間だった。

 自分ひとりだけの食卓しょくたくでの食事は味気あじけなく、気分転換の外食はどれも美味おいしくなかった。隣に誰も座っていないソファーで見る配信サイトのドラマや映画は、何を見たのか覚えても居ない。

 後部座席から見える、振り返る彼女が座って居ない助手席が妙に浮き上がって見え、雑談や連絡事項、台本を早く覚えないと間に合わないなどとマネージャの様に小言こごとを言う彼女の声が聞こえない車内は、単なる移動手段になった。

 

 初めの頃は、あの朴念仁ぼくねんじんにスキャンダル勃発ぼっぱつか?!人類に戻れたのか?!と大喜びしていた社長は社員達も、私の様子がおかしいので、最近はそっとしていてくれた。でもそれも今日で終わりだ。今夜こんや、彼女が家に帰ってくる。

 未だに自宅の周りや、会社の周り、職場の周りで彼女の事を聞いてくる記者が居る。芸能記者というのは執拗しつようだ。しかし、護衛の女性と私が同居等というのは予想外だからか、不思議な事に未だに彼女と私が同居しているのは知られていない。

 でも、これだけ騒動になった彼女が、昼間に自宅に正々堂々(せいせいどうどう)と帰宅するのは避ける事にした。何処どこに居るか分からない芸能記者達に見つかる可能性があり、見つかれば要らぬ騒動が引き起こされる。

 彼女は、騒動は御免だと言う。なので、彼女は、深夜、夜陰やいんまぎれて帰宅してくる。時間は追われると短く、待ちがれると長いという。本当に長い。まだ彼女が帰宅する時間にならない。


 玄関げんかんで普通に出迎でむかえるつもりだったが、時間の進みが余りに遅いので、玄関げんかんに持ち込んだ椅子いすに座り待っていた。そんな私を見た彼女の苦笑にがわらいした顔を見た時、自分をおさえられなかった。本当に心配していたんだと言いながら、玄関げんかんで彼女を抱きしめてしまった。

 正直、やってしまった。どうしよう。もう、どうにでもなれと思いながら彼女をきしめる私を、彼女は、大丈夫だいじょうぶ、私は此処ここに居ますと、私をきしめ返してきた。彼女には私は弟か何かかと思われている様だが、彼女をきしめられる様になっただけ進歩だと思う事にした。

 やらかしついでに、仲間なのにさん付けしているのもおかしいので、今日から貴女あなたの事を沙羅さらと呼びますと言ったら、微笑ほほえみながら承諾された。決して自分がそう呼びたいからじゃない。しかし自分以外の誰かが、彼女を沙羅さらと呼ぶのを聞くのは嫌かもしれない。


「護衛の沙羅さらさんとどの様な関係なのか、今後も掘り下げていきたいと思います」

 帰宅した沙羅さらは前と何も変わらないと福山マネージャは言うが、私はそれに同意しない。行動の一部いちぶが出会った頃の彼女、少し過激かげきな彼女に戻っている。

 芸能記者の嗅覚きゅうかくは優れている。今朝けさ沙羅さらが居るのを、何処どこかでぎ付けた芸能記者達が大量に家の前に居る。

 何故なぜそうしようと思ったのかは分からないが、予感がしていたのかもしれない。玄関を出る時に彼女の手をつないでいた。これが良かったか悪かったのかは分からないが、私は良かったと思っている。


 彼女が私に手を引っ張られている姿が報道陣を誤解させ、また過熱報道が再開してしまったが、私が彼女と手をつないでいたからこそ、私は彼等かれらを物理的に倒そうとした彼女を押しどとめられた。芸能記者達は私に感謝して欲しい。

 福山マネージャから取材陣には、大量の記者と見た私が彼女が護衛だという事を忘れ、普通の一般人だと記者におびえてしまうと思い、咄嗟とっさに手をつないで車に誘導した。この事で、後で沙羅さらに怒られたと説明されたが、前回同様に、しばらくは追い掛け回されるだろう。

 

 彼に玄関で手をつながれた時はおどいた。手をつながれた事もそうだが、つながれた手が不快ふかいに感じなかった。彼の手をあたたかいと思った。

 少し嬉しかった。護衛としては有るまじき状態なのに、彼に引っ張られて歩くのが嫌じゃないと思った。車に乗る時に、何時いつもとは真逆まぎゃくで彼が私を先に車に押し込んだ時、守られていると思った。

 だけど、何を馬鹿みたいな幸せな事を考えているんだろうと思うと、少し哀しかった。死神の私にそんな世界がくるなんてり得ないのに、一瞬いっしゅんでも夢をみてしまう自分が馬鹿みたいに思えた。

 超人的な身体能力が無くなり、普通の人の様な力しか出せなくなったので、気持ちも弱くなったに違いない。そう思う事にした。


「福山さん、席を変わりましょうか?」

 あの騒動の前では助手席に座っていた沙羅さらは、私の左側に座る様になった。報道陣に追いかけられる護衛という妙な立場になった沙羅さら。車に乗る時に彼女と私が一気に車に乗らないと、どちらかが取り残されて報道陣に取り囲まれてしまう。

 それを避けるためだ。むさくるしい福山マネージャより、彼女が横に座っている方がうれしいとか、そういう事じゃない。

 大丈夫、福山マネージャは半身はんみになって此方こちらを振り返る姿勢しせいで、私にスケジュール連絡をしても疲れないから。気にしないで大丈夫。

 車で座る位置以外の部分、現場げんばでの食事も、可能な限り彼女は私のそばで食べる様にさせている。離れて食べていると、そこを記者達に狙われてしまうからだ。

 おっさんの福山マネージャと食べるより、皆で食べている方が楽しいとか、お弁当の内容に一喜一憂いっきいちゆうしている彼女をそばで見ているほうが楽しいからじゃない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ