1-13-4-17 masquerade 助手席
2体目の化物を沙羅さん達が撃ち倒して程なく、上空に到着していた揚陸艇から装甲服姿の兵士達が続々と降下してきた。
彼等にとっての幸いは、彼女達が化物を倒し、一般人をに死傷者が出なかったこと。もし化物をが彼女達を既に殺していて、一般人を殺戮していたら、彼等の面子は失われていただろう。
一般人からの冷たい視線を浴びずに済んだ装甲服の兵士達だが、彼女と共に化物に対峙した下士官達が彼等を見る視線は冷たかった。
ライブ配信されたために、誰が化物を倒したのかは明白だというのに、あたかも自分達が化物を倒した如く振る舞う彼等。そんな彼等が倒した化物をどの様に扱っていようが我関せずの下士官達だったが、小銃を胸元で銃口を下にし斜めに構えた姿勢で、女王の近衛兵の様に彼女を取り囲み、彼等が不用意に沙羅さんに近づくのは許さなかった。
指揮官と思われる兵士が彼女達に近づいたが、彼女が二言三言下士官のひとりとやり取りをしなければ囲みの中に入れなかっただろう。
画面の中で、下士官と彼女のやり取りを聞いていた指揮官が慌てて先に彼女に敬礼していた。成程、あの指揮官は彼女より下の階級なのか。となれば、彼女に横柄な態度を取らずに済んだ指揮官は、彼を間接的に助けてくれた下士官に感謝するべきだろう。
装甲服の指揮官にその場を任せ、下士官に促されて救護車に入っていた彼女が救護車から出てきた。彼女を取り囲んだ下士官達が、進路上に居る展開した装甲服の兵士達、報道陣や野次馬達を押し退ける様にして此方へ帰ってくる。
下士官達と共にに戻って来る彼女の姿を見た福山マネージャが、何か言いながら胃の辺りを押さえて呻いている。確かに彼女の姿は、刺激的に過ぎる。
黒シャツは羽織っているものの、開けている。開けたシャツから、車に叩きつけられた時に痛めたのであろう脇腹に貼られた湿布が、胸元には黒のスポーツブラが丸見え。そんな姿で堂々と車に戻って来る彼女は、美しかった。
個人的に言えば、彼女のこの様な姿を見るのは初めてじゃない。自宅の中で何度も見ている。健全な男性である私は、正直理性と忍耐力の限界を見そうだが、沙羅さんはこういう部分でガードが緩過ぎる。
確かに彼女は私の恋人じゃない、だからどんな姿を他人に見られても関係ないのだが、報道陣や野次馬達がその姿を撮影しているのが、我慢できなかった。
彼女が車のドアを開けるよりも早く車から降りた私は、人に見られるからちゃんと閉めないと駄目だと彼女に小言を言いながら、彼女の開けたシャツのボタンを締めていた。
自分のこの行動が周囲から奇異の眼で見られ、撮影され、そして報道される事は頭の片隅で分っていた。しかし、彼女のこの姿が私以外の誰かに見られたり、撮影される方が嫌だった。
彼女は、見られても別に気にしていないと言う。それと私の感情は別だ。私が嫌だからボタンを締める。私以外の者達に見られるのが嫌だからボタンを締める。ただそれだけの事だ。
彼女にお小言を言いながらボタンそ締め続ける私を、苦笑いしながら見上げる彼女の顔が愛おしく見えた。見上げる彼女の瞳をずっと覗き込んでいたかった。
その時に、そうするべきと思ったから、その様な事をした。それ以外の答えを、私は知らない。彼女が車に叩きつけられた時に脇腹以外、頭も打ち付けていなかったのかと急に思いついた私は、彼女の顎を両手で持ち、何処か痛い所はないかと聞きながら、彼女の頭を上下左右に動かし確認していた。
突然の私の行動に怒るでもなく、成すがままにされつつも、私の行動に呆れ果てていた彼女が耳を貸して欲しいと言う。
少し身を屈めて彼女の口元に耳を近づけると、今日から1週間は統合病院に検査入院しなければなりません。その後は1・2週間は今回の件の報告等で母船に行きます。3週間は帰れないので、食事はつくれません。だから、外食してもらう事になります。だからと言ってお菓子ばかり食べたり、不摂生しない様にと言われた。私はお留守番している子供か。
冷静に考えてみれば、ボタンを締める、顎を両手で持つ、耳元で彼女が何かを囁く、どう見ても恋人同士の仕草。そんな行動を衆目の前で見せておきながら、それは誤解ですと言っても、その場を取り繕う言い訳にしか聞こえない。
少しばかり皆さんに聞かれたくない業務連絡をしていただけだと言っても、信憑性の欠片もない。信じてくれる訳がない。
更に、この光景を見て焦った福山マネージャが、私と彼女を車に押し込こもうとした時に、私が咄嗟に彼女を引き寄せ、肩を抱くようにして一緒に車に乗ったので、余計に信じてくれない。
あの日から暫くは、驚いた顔で私を見上げながら、私に肩を抱かれながら車の中に押し込まれる沙羅さんの姿が画面を賑わせていた。しかし、沙羅さんが母船から帰ってこないから、追加取材も、コメントを取ろうにもそれも出来ない。
未だ沙羅さんの事を聞いてくる記者は居なくはならないが、所謂過熱報道は2週間程度で収まった。いい加減に忘れてくれても良いだろうに。
彼女の帰宅予定が何度も伸びて、そろそろ4か月になる。彼女が此処に来る前の、きままな独身生活に戻っただけだというのに、この4か月、彼女の居ない我家は、広く、寂しく、ただ寝るだけの空間だった。
自分ひとりだけの食卓での食事は味気なく、気分転換の外食はどれも美味しくなかった。隣に誰も座っていないソファーで見る配信サイトのドラマや映画は、何を見たのか覚えても居ない。
後部座席から見える、振り返る彼女が座って居ない助手席が妙に浮き上がって見え、雑談や連絡事項、台本を早く覚えないと間に合わない等とマネージャの様に小言を言う彼女の声が聞こえない車内は、単なる移動手段になった。
初めの頃は、あの朴念仁にスキャンダル勃発か?!人類に戻れたのか?!と大喜びしていた社長は社員達も、私の様子がおかしいので、最近はそっとしていてくれた。でもそれも今日で終わりだ。今夜、彼女が家に帰ってくる。
未だに自宅の周りや、会社の周り、職場の周りで彼女の事を聞いてくる記者が居る。芸能記者というのは執拗だ。しかし、護衛の女性と私が同居等というのは予想外だからか、不思議な事に未だに彼女と私が同居しているのは知られていない。
でも、これだけ騒動になった彼女が、昼間に自宅に正々堂々と帰宅するのは避ける事にした。何処に居るか分からない芸能記者達に見つかる可能性があり、見つかれば要らぬ騒動が引き起こされる。
彼女は、騒動は御免だと言う。なので、彼女は、深夜、夜陰に紛れて帰宅してくる。時間は追われると短く、待ち焦がれると長いという。本当に長い。まだ彼女が帰宅する時間にならない。
玄関で普通に出迎えるつもりだったが、時間の進みが余りに遅いので、玄関に持ち込んだ椅子に座り待っていた。そんな私を見た彼女の苦笑いした顔を見た時、自分を抑えられなかった。本当に心配していたんだと言いながら、玄関で彼女を抱きしめてしまった。
正直、やってしまった。どうしよう。もう、どうにでもなれと思いながら彼女を抱きしめる私を、彼女は、大丈夫、私は此処に居ますと、私を抱きしめ返してきた。彼女には私は弟か何かかと思われている様だが、彼女を抱きしめられる様になっただけ進歩だと思う事にした。
やらかし序でに、仲間なのにさん付けしているのもおかしいので、今日から貴女の事を沙羅と呼びますと言ったら、微笑みながら承諾された。決して自分がそう呼びたいからじゃない。しかし自分以外の誰かが、彼女を沙羅と呼ぶのを聞くのは嫌かもしれない。
「護衛の沙羅さんとどの様な関係なのか、今後も掘り下げていきたいと思います」
帰宅した沙羅は前と何も変わらないと福山マネージャは言うが、私はそれに同意しない。行動の一部が出会った頃の彼女、少し過激な彼女に戻っている。
芸能記者の嗅覚は優れている。今朝は沙羅が居るのを、何処かで嗅ぎ付けた芸能記者達が大量に家の前に居る。
何故そうしようと思ったのかは分からないが、予感がしていたのかもしれない。玄関を出る時に彼女の手を繋いでいた。これが良かったか悪かったのかは分からないが、私は良かったと思っている。
彼女が私に手を引っ張られている姿が報道陣を誤解させ、また過熱報道が再開してしまったが、私が彼女と手を繋いでいたからこそ、私は彼等を物理的に倒そうとした彼女を押し留められた。芸能記者達は私に感謝して欲しい。
福山マネージャから取材陣には、大量の記者と見た私が彼女が護衛だという事を忘れ、普通の一般人だと記者に怯えてしまうと思い、咄嗟に手を繋いで車に誘導した。この事で、後で沙羅に怒られたと説明されたが、前回同様に、暫くは追い掛け回されるだろう。
彼に玄関で手を繋がれた時は驚いた。手を繋がれた事もそうだが、繋がれた手が不快に感じなかった。彼の手を暖かいと思った。
少し嬉しかった。護衛としては有るまじき状態なのに、彼に引っ張られて歩くのが嫌じゃないと思った。車に乗る時に、何時もとは真逆で彼が私を先に車に押し込んだ時、守られていると思った。
だけど、何を馬鹿みたいな幸せな事を考えているんだろうと思うと、少し哀しかった。死神の私にそんな世界がくるなんて在り得ないのに、一瞬でも夢をみてしまう自分が馬鹿みたいに思えた。
超人的な身体能力が無くなり、普通の人の様な力しか出せなくなったので、気持ちも弱くなったに違いない。そう思う事にした。
「福山さん、席を変わりましょうか?」
あの騒動の前では助手席に座っていた沙羅は、私の左側に座る様になった。報道陣に追いかけられる護衛という妙な立場になった沙羅。車に乗る時に彼女と私が一気に車に乗らないと、どちらかが取り残されて報道陣に取り囲まれてしまう。
それを避けるためだ。むさくるしい福山マネージャより、彼女が横に座っている方が嬉しいとか、そういう事じゃない。
大丈夫、福山マネージャは半身になって此方を振り返る姿勢で、私にスケジュール連絡をしても疲れないから。気にしないで大丈夫。
車で座る位置以外の部分、現場での食事も、可能な限り彼女は私の傍で食べる様にさせている。離れて食べていると、そこを記者達に狙われてしまうからだ。
おっさんの福山マネージャと食べるより、皆で食べている方が楽しいとか、お弁当の内容に一喜一憂している彼女を傍で見ている方が楽しいからじゃない。




