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1-4b 私は喜んで悪になる

「撃て!撃て!撃て!」

 この声に釣られる様にして私は引き金を引き、そして我に返った。目の前をVOAが跋扈(ばっこ)し、襲われた人達の悲鳴を上げていた。私は茫然自失(ぼうぜんじしつ)のまま引き金を引き続けた。

 恐怖に負けない様に、橙色の世界の中で引き金を引き続けた。


 逃げ(まど)う人達、立ち向かう人達が、橙色の世界の中で見え隠れするVOAに襲いかかられ、(たお)されていく。

 (たお)される人達の悲鳴、建物や車両から吹き上がる炎の音。目の前の光景、耳に入ってくる音が、これは現実なのだと私を追い立てる。

 心の片隅(かたすみ)の何か、(かたく)なに今見えている光景は現実の世界の光景じゃない、そう私を信じ込ませたい何かが私の心を静止させていた。

「撃て」と言うことば聞えてくるまで、私は、茫然(ぼうぜん)(たたず)んていた。


 それでも、私達のグループは、運が良かった。一瞬で全滅していても不思議はなかったのに、誰も死に戻りもせずに、何とか踏ん張れたのだから。

 即応が出来た人間が居た、だから踏ん張れた。ヴァルが争乱時の訓練経験者だった。何処で?何時?何で?とか理由は聞かない、誰にだって秘密はある。

 大事なのはヴァルには経験があり、その経験が私達を全滅から救い、全員が何とか還れたこと。


 ヴァルが咄嗟(とっさ)に叫んだ「撃て!撃て!撃て!考えるな 撃て!撃て!撃て!」という声に、みんなが反応し発砲出来た。発砲出来た事によって、防衛線は崩壊(ほうかい)しなかったしまた、負傷者も回収できた。

 ヴァル自身は後日、もっと早く即応が出来た(はず)なのにと後悔(こうかい)していたけれど、それは贅沢(ぜいたく)というものだ。


 なぜか使い方を知っていた医療カプセル(タンク)を使うことで、簡単な負傷はその場で治せた。負傷者を治療し回復させられた。だから誰も死に戻りはしなかった。死にはしなかったが、痛みに(うめ)いていた仲間の声が耳から離れない。

 医療カプセル(タンク)は凄かった。(またた)く間に、逆回しの様に傷が、ちぎれかけた手足が信じられないスピードで(いや)されていった。

 何よりも死に戻りが発生しなかったことで、目の前で死体を見ずに済んだし、自分の死体も見ないで済んだ。その方が何倍もありがたかった。


 運が良かった私達のグループとは異なり、同時期に別の場所に降下したグループの半数が、茫然(ぼうぜん)としている所を無数のVOAに(たか)られ、(つらぬ)かれ、(かじ)られ、()ね飛ばされて、死に戻り。それを何度も行う羽目になり、戦闘初回にして、死体の大量生産、地獄を見たと後日聞いた。


 ああ、死に戻りというけれど、実態は、服を着替える様に生義体を交換しているだけだ。上空の揚陸艇とリンクしている生義体が活動停止状態になったら、その生義体を廃棄。廃棄時までの記憶を転写した新しい生義体で出撃する。

 お陰で、死に戻りする者が多くなると、戦場は自分を含めた廃棄物(死体)だらけになる。なかなかにホラーな光景になるんだ、これが……。


 本当の自分達の体は、母船の医療カプセル(タンク)で、ARIS化の調整が行われている。あの日より前に、いつの間にか私達の本当の体は医療カプセル(タンク)に入れられていて、その代わりの生義体で生活していた訳だ。

 冷静に考えてみれば、無茶苦茶な話だ。アブダクションこれ(きわ)まれりってところか?まぁ、今更、何を言おうがどうなるわけでもないので、何も言わないけどね


 戦闘訓練期間中は、死に戻りが出来る。ARIS化の調整が終わり、本来の自分達の体に戻った後は死に戻りは出来ない。死は、文字通り死となる。

 自殺願望があれば別だけれど、死に戻りを当たり前と思ってしまうと、ARIS化した後は注意しないと即戦死。人生はそこで終了になってしまう。

 実戦体験でトラウマを植え付けられ、ARIS化した後で死ねるようになってから、人生を(あきら)めた者達が居なかったわけじゃないけどね……。

 私?私には、家族が居る。泥を(すす)り、草を()んででも生き延びる。


「もう、VOAは居ないみたいだな、アズ」

「ところでヴァル、此処が、どこかわかる?」

「いや、判らないけど、看板を見るに韓国だろうけど、韓国の何処(どこ)までかは判らないかな」

「ところで私達ってさ、このままの姿で家に戻るのかな?」

「何で?」

「あのねアズ。中身おっさんだけど、外見はリアルだと結構、綺麗なお嬢さんなのね?」

「いきなり何を言い出すのかな、同じく見た目は綺麗なお嬢さんは?」

「みんな、ゲームの時に着用していたコスチューム姿だなぁって」

「言われてみれば、みんな(すご)い恰好だね。うわぁ……それ(ほとん)ど隠してないよね?リアルだと、無いわ。それは無いわ。痴女(ちじょ)だ。危険が危ない変態だ」

痴女(ちじょ)言うな!変態ちゃうわ!セクシーって言え!」

「はいはい、セクシー、セクシー。ところでアズは、普通のお姉さんの恰好で良かったねぇ、本当に、助かったねぇ」

「たすかった??何が?」

「いやね、私達は今から揚陸艇に乗って帰還するんだよね?ところで、この姿で戻ったら家族が……、ふふ……驚くだろうなぁって思ってさ」

「え?……」

「揚陸艇に着替えが無かったら、このままの恰好だよね?()()()、家族に頑張って説明してね、その、()()()()

「「「「え?え?」」」」


 帰還したら、家中大騒ぎになっていた。

 そりゃそうだ、いきなり夢遊病者(むゆうびょうしゃ)の様に歩きだしたと思えば、異常な速度で家から飛び出し走り去ったのだ。何が起きたか判らない状況で、ただ走り去った方向を茫然(ぼうぜん)と眺めるしか出来ない。

 我に返って、TVを見てみれば、再びあの国に現れたVOAの前に何処かの武装集団が降下してきて、VOAと戦い始めたという速報が流れだす。

 謎の武装集団が、消えた家族だというネットの書き込みを見つけても、それを確認する手段もない。

 姿を確認しようにも、私達のキャラクターの姿をはっきり覚えていない家族は、TVに映る謎の武装集団の誰が私達か良くわからない。

 泣きたい気持ちを押し殺して、必死に情報収集をしていると、謎の武装集団がVOAを撃退したという断片的なニュースとその画像が放映される。

 しかし、それを私達と結び付けられない、結び付ける情報すらつかめない。心配で気も狂わんばかりの状況のところに、いきなり玄関を開けて見知らぬ人、私の場合は女性、が入ってくる。

 女性の姿がブレ始めたと思えば、元の私達の姿と重なりあい、そして私達の姿に戻るのだ、そりゃ驚く、驚かない方がおかしい。

 元の姿に戻ったとき、エロエロのコスチュームを着用していた奴等は……。家族から向けられる視線が少し冷たかったそうだ。

 この後、母船の服飾屋で普通の服が飛ぶように売れたのは、まぁ、当然かな。だから、あれほど、そのエロエロのコスチュームは止めておけと言ったのに、趣味に走りすぎるから……。


 ところで、なぜ女性の姿が一瞬だけ見えたかというと、普段の生活で使っている元の性別と同じ生義体に組み込まれた表面ホログラム投影装置が、将来の姿を周囲の人達へ少しずつ見せ、()()む事で、周囲の人達の将来の情緒(じょうちょ)安定ために投影していたとの事だが、何かフォローの方向性が間違えていると思う。


 この初回戦闘からの帰宅後、私は小一時間ほど、もの(すご)く説教をくらった。(いわ)く、「どれだけ心配したと思っているの!」と正座付きである。

 ()せぬ、私は悪くないのではと思ったが、訓練された私は反論しなかった。

 嫁の尻に敷かれ過ぎだ?いや違うんだ、被害の極小化を図っただけなんだ。ベテランは、耐えた方が説教の時間は短くなるのを知っているのですよ。

 反論して火に油を注ぐような真似(まね)はしない。耐えがたきを耐えるのだ。世の中の旦那衆なんて、こんなもんだ。


 帰還後(しばら)く、妻帯者グループの会話内容が、「何で説教されなければならない?」という愚痴(ぐち)で埋め尽くされたのは偶然……、ということにしておこう。

 世の中、絶対王政の女帝様に逆らってはならないのだ。ヴァル君、もし君がリアルでも女性なら、将来の旦那には慈悲(じひ)をだな……。


 出撃の際に、いきなり夢遊病者(むゆうびょうしゃ)の様に部屋から走り去るのは初回だけだった。

 2回目からは、各家庭に配置された 直立型待機槽(ハンガー)に入るので、走り去る事もなく、4回を超えるころには「いってらっしゃい」、「ただいま」の通常ルーチンとなってしまった。

 出撃する時間は夜、それも帰宅後というのが判っている。挙句(あげく)に出撃場所は自宅の直立型待機槽(ハンガー)なので、自分も家族も通勤中になったらどうしよう?とかの不安から開放されたのもその理由かもしれない。

 実際は生義体を直立型待機槽(ハンガー)に格納して、別の場所の生義体を起動しているだけなんだけどね。

 リンクとか、記憶の承継を行える未来技術すげぇ。え?説明しろ?えーと……あれが、ビューンなって、こっちとガッチャンとなって、こっちからあっちにシュパパパーっ送られて、ササッって書きこまれるんだよ!

 わかんない?だろうね、私も良くわからんし……。


「なんだ……このメニューは。船団長……だって?」

 実戦演習の最後のグループが帰還した後、半ば習慣となった情報収集をロビーのコンソールで行っていた。そこで私は、開けないで良い扉を開けてしまった。

 ログオフする前に、本当に軽い思いで、ふと思いついただけだった。ロビーに設置されているコンソールに追加メニューがあるのではと。


「船団における職種・職位選択が開放されました」

 オレンジ色の太文字が呼吸するように明滅している。

 職位選択一覧、その最上位の第7船団長が選択可能に、それも匿名で取得できる条件だった。


「第7船団長を選択します。宜しいですね」

 今思えば、なぜ私は一時も悩まなかったのか、なぜ何の躊躇(ちゅうちょ)もしなかったのか、なぜ私がそれを見つけられたのか。

 なぜ私が見た瞬間に情報開示されたのか、色々と不思議でならない。


「確認ボタンを押して下さい。確認後は変更不可能です」

 人知れず、盛大なファンファーレ、アナウンス、式典も無く、ひっそりと15船団のうちのひとつ第7船団に、船団長が生まれた。

 都市船の10倍以上の大きさを持つ船団母船と100の都市船から構成される、船団合計の通常収容可能人数1億人の第7船団。その船団のあらゆる管理権限を持つ者になった。


 船団長になることに躊躇(ちゅうちょ)しなかった、と言えば嘘になる。絶大な権力を持つことに恐れを(いだ)いていた訳じゃない。船団長になるということは、差別主義者、独裁者、鬼畜、人でなしと、蛇蝎(だかつ)のごとく嫌われ、(ののし)られる人間になることを意味すると考えたからだ。なぜ、そんな事が直ぐに思いつけたのかは分からない。


「貴方は選ばなければならない、貴方が選ばなければならない」

 船団は、もしもの場合、地球よりの脱出船団となり、世代船として航宙する事を考えなければならない。

 世代交代による人口増加を考慮すれば、はじめの収容人数は、通常の人数で抑えなければ将来破綻する可能性がある。世代交代都市船での人口破綻(はたん)は都市船の滅亡を意味するので、絶対に避けなければならない。


「貴方達は恨まれるだろう」

 今、太陽系に来ている船団数は15しか居ない。それは、通常の人数であれば15億人にしか乗船出来ない事を意味している。

 公式という意味で、非公式な人口を入れれば90億近くいるのかもしれないが、地球の人口は約75億だ。

 船に乗れるのは15億人だけだ。最悪の場合、残りの8割、約60億人は乗船出来ず、地球に置いていかれる事になる。


「誰を見捨てるか、貴方が決めなければならない」

 選らんで、捨てなければならない。何たる重責、何たる責務、何たる残酷さ。60億人から怨嗟(えんさ)の眼差しを受ける可能性が大きい職位になるという事だ。

 15人の船団長は後世(こうせ)希代(きだい)の虐殺者達と罵られ、特に第7船団長はその始めの一人、悪逆非道(あくぎゃくひどう)の冷血差別主義者と(ののし)られるのだろう。


「私は悪にでも成る」

 家族守る私の羽は、白い羽ではなく、漆黒の羽になってしまったけれど、家族を守れるのであれば後悔はない。もし私以外の誰かが船団長になった場合、私の家族が見捨てられる60億人に含まれるかもしれない。

 だから後悔(こうかい)はしていない。家族を守るためならば、私は悪にでも成る。ただ、家族にも言えない秘密が出来てしまっただけ、誰にも私が船団長であると言えなくなっただけだ。


 明日、私は悪魔になる。

 時間がない、明日には通達を出さないと、船に乗れる人間を制限する通達を出して、乗船者を選別しないといけない。

 何時(いつ)地球から逃げ出すのかわからないのだから、躊躇(ちゅうちょ)している暇はない。

 (だま)すんだ、(おび)えた人達を(だま)すんだ。選別から外れても、チャンスがある様に見せかけるんだ。

 乗せる人間からも選別するんだ。反社会性の強い人間達を隔離する為のスラムの様な都市船を1隻作ろう。更生すれば、一般都市船への移住が将来可能なような夢を見させるだけの船を選ぼう。


 後世(こうせ)悪辣(あくらつ)極悪人(ごくあくにん)悪逆非道(あくぎゃくひどう)の差別主義者と言われるだろう。

 だからどうした。悪には、悪の理由がある。私は、胸を張って悪になる。家族のためならば、明日、私は喜んで悪になる。

2018/12/22 1-4 私は喜んで悪に成るを修正し、その1 その2に分割しました。

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