1-13-4-12 masquerade 順番の日
現時点での一次照合結果は、彼等は私達が探していた本命と出た。最終的には先程採取した生体片のDNA検査で確定するけれど、とりあえずは、ひと安心。
仮に身代りだったとしても、最終的な結果は変わらない。けれど、本命であって欲しい。本命じゃないと、面倒が増える。この家に運悪く居た人達を殺し、家を燃やしに来ただけの馬鹿者達になり、挙句に本命を見つけ出すまで家に帰れない。
さてと、とりあえずは本命だと仮定して、形式的だけれど尋問を始めますか。
「ねぇ?このクソ餓鬼が、貴方の長男?」
少し優しくするとつけあがる、そんな奴はどんな場面でも現れる。例えば、金が欲しいならくれてやるから命を助けろと、私達と交渉しようとしている目の前の馬鹿もそれにあたる。
私達の全身黒づくめの姿を目の前にすれば、私達を武装強盗か何かかと思っても不思議ではない。でもね、ここまで殺しまくる強盗だったとしたら、貴方達だけを殺さずに助けるなんてことはしないと思う。
恐怖で頭が働かないのは仕方ないにしても、もう少し冷静になるべきじゃないかな?ところで、貴方私の質問に答えなかったね。うん、良いよ。やっちゃって。
(パシュッ!パシュッ!パシュッ!)
「ママぁっ!」
「お・お前等何をっ?!」
だから、データ照合は終わっているけれど、このクソ餓鬼が貴方の長男か再確認したいだけなんだけど。時間も押し迫ってきているから、早く答えて?
「で?このクソ餓鬼が貴方の長男?時間がないから早く答えて欲しいんだけど?」
「な・何で妻を?!」
ああ!もう!こいつ、マジで馬鹿なのかな?時間が無いって言ってるじゃん!
ああ……うん、そっちをやっちゃって。
(パシュッ!パシュッ!パシュッ!)
「うわぁっ!何をっ!何で!娘をっ?!止めろ!止めてくれっ!。そうだ!この子が私の長男だ!」
はぁ……。無駄に時間がかかったじゃない。分かってはいたけど、目の前で鼻水は勿論、小便を漏らしているのがクソ餓鬼様だよね。あんたさ、手を出してはいけない相手に手を出したのよ、分かってる?次は真人間になるんだよ?
ん、良いよ。やっちゃって。
(パシュッ!パシュッ!パシュッ!)
「あ……あああぁぁぁっ!何で息子をっ?!何で私じゃないんだぁっ!」
何でって?元々このクソ餓鬼が目的だったし、餓鬼を庇う貴方達も同罪。貴方達は、踏んではいけない尻尾を踏んだだけ。
貴方が最後になったのは、貴方が一番右端で跪いていたから。単なる偶然かな?じゃ、皆帰ろうか。
ん、やっちゃって。
「屑野郎!覚えてろ!お前等!覚え……」
(パシュッ!パシュッ!パシュッ!)
馬鹿じゃないの?なんで抹殺対象者の事なんて覚えておかないといけないの?大体さ、貴方達、被害者が助けてと言った時に助けてあげなかったでしょ?なのに、何で命乞いすれば助けて貰えると思うのかな?馬鹿じゃないの?
最近、この国の富裕層の一部や、犯罪組織が頭に乗ってたしね、貴方達は良い見せしめなの。
頭に乗るな、我々の関係者を犯罪被害者にしたら、加害者は必ず殺す。場合のよっては家族諸共、組織諸共抹殺する。我々の手は長いぞと知らしめるため。
(パシュッ!)
消去し終わった対象の事なんて、覚え続ける訳がないでしょう。
(パシュッ!)
貴方達は単なる対象。地面に転がってる小石よりも価値が無いんだから。
(パシュッ!)
そんな事を言っている私自身も、それ以下の存在なんだけどね。
(パシュッ!)
さてと、4人それぞれの頭部に止めの一発も撃ち込まれたのも確認したし、後はあからさまに空の弾倉をあちらこちらに放置して撤収かな。
「対象全員を抹消。建屋内の生命感知無し。撤収、撤収、撤収」
欠けた月の昼と夜の部分の様に、世界は光と影で作られている。人々が憧れる輝く光に溢れた彼等の世界と、闇と血で彩られた死神が支配する世界の様に。
暗殺、抹殺、往還艇が普通に飛び、軌道宇宙港程度ならば、子供の小遣いで行ける世の中になっても、この手の類は消え去らない。この狂った種族が存続する限り、未来永劫残るんだろうな。この狂った種族の中で、更に狂ったひとりがそれを言っても、何の意味も無いけれど。
「明後日……か」
私はARISでありながら闇の世界で生きている。抹殺対象であれば、老若男女関係なく抹殺する。何時か返り討ちされても可笑しくない血塗れの世界。
だけど、私はこの闇の世界の事は嫌いじゃない。この世界に私を招き入れた彼等に恨みもない。反対に少し感謝している。私はこの世界があっている。私は何処か壊れている人間なのだろう、適材適所だと思う。でもそれも、明後日で終わり。
明後日は私がこの世から退場する日。退場の準備のため、私は任務が終わっても妹達が待つ家に私は帰れない。
死神の私達は、家族や知人との別れの時期が決められている。それは、組織設立時からの鉄の掟。所属して10年、特例を得たとしても15年が経過した者は、この世から退場しないといけない。そこに、例外はない。
妹達は、私が死神、対犯罪化ARIS及び犯罪組織対策局員とは知らない。普通の保安要員だと思っている。
何年も何年も、彼女達を騙してきた。けれどそれも、もうお終い。組織の掟に従う順番が巡ってきた。私は死ななければならない。遺書もある。相続やら何やらの書類はあの娘達に残した。準備は万端。順番がきただけ、怖く何てない。
組織に殺されるのではない。殺されるのであれば、まだ救いがある。調整体の者も生身の者も、仮の生義体を経て、今までとは異なる新しい容姿の調整体となった後に、最低でも10年間は、組織が言う”幸せな人生”を経験しなければならない。
けれどその”幸せな人生”の中に、今までの家族や私達以外の知人は居ない。天涯孤独の人間として人生を始めなければならない。けれど私達は、それを余り問題だとは思っていない。何故なら、私達の殆どが独り身だし、私達以外の知人を持つ者が少ないから。
最初から家族や知人が居ない訳じゃない。けれど離婚されたり、付き合いを断たれたりして独り身になっていく。
複雑な人間関係等の理由で独りになる訳じゃない。誰だって壊れた人間には付き合いきれないし、壊れた人間は怖い。距離を置かれるのは当たり前。ひどく単純な理由で私達は独りになっていく。
通常の生義体や完全調整体は、超人的な身体能力を持つ。例えば普通の人間がそんな事をすれば軽くて骨折、悪ければ死ぬ様な3階程度の高さから平気で飛び降りる。でも、VOAとも列強種族とも闘う必要のない一般社会で、その様な能力は要らない。
一般社会で暮らすクローン調整体は、普通人より少し高い反射能力と治癒能力を除けば、超人的な身体能力を持たない。低下した能力での生活に慣れる為に、私達は1年前から能力を落とした同じ容姿の生義体になり、戦死の準備を始める。
身体能力が低下すれば、必然的に普段の行動もそれに見合ったものに変わる。親しい人が、普段の行動の変化に気付いてくれたら儲けもの。
身体の不調をこぼしたり、そろそろ除隊を考えている等と弱気を見せる様にと、組織から指導される。何もかも戦死の準備のため。親しい間柄の人達に、戦死の予兆を刷り込み、少しでも残された人達の哀しみを少なくするため。
犯罪はお金を理由にした問題が多くを占める。そのため新しい人生を始めるにあたって、組織は我々に金銭的な問題が生じない様にしてくれる。
残された家族には加算された遺族年金も支払われる。仮に子供が小さい場合は、学資は、どんな学部迄であろうとも無料になる。至れり尽くせり。感謝の念に堪えない。辛抱に辛抱を重ねて耐え忍んだ家族への最後のボーナス。
遺族のお金の問題がないのは当然として、新しい生活を始める私達も、贅沢な暮らしをしなければ20年程度は生きていけるお金が支給される。
このお金で引き籠り生活をしても良いのだが、組織は新しい生活を送る際は何かの仕事に就くことを推奨している。一般社会での仕事の斡旋もしてくれる。
もし新しい生活が始められるのであれば、私は護衛系の仕事でもあれば斡旋してもらおうと思っている。
組織は言う、非道な行いは任務である。諸君に責任はない。非道な世界を忘れ、別な人間として新たな生活するのが任務だと言う。
但し、過去の記録、写真、データ類は一切捨てて行かないといけない。航宙艦が飛び交う時代に写真と聞いて不思議に思うかもしれない。データは電源が無いと見られないが、樹脂製の写真であれば、エネルギーの有無に関わらず見られる。だから前線の私達は、樹脂製の写真の様な物を携帯している事が多い。でも、それを持って行く事は出来ない。
貰った衣服や装飾品の類も、全て捨てて行かなければならない。本当に身ひとつで新しい”幸せな生活”を始めなければならない。
街で元の家族を見かけても声を掛けてはいけない。何故なら、私達はは既に戦死しているから。死人が家族に挨拶したらおかしいから。仮に知人や友人となってしまったとしても、彼等の戦死した親族と同じ名前の別人として振る舞わなければならない。幸せな人生を無条件で得られる訳がない。家族を捨てて新しい人生を歩むのだから、当然の報い。
組織は言う、諸君の心が本当に壊れてしまう前に任務から外しただけだと。新しい生活に慣れ、もし戻ってきたく無いと思うなら、戻って来なくても良いと言う。何人も此方の世界に戻らず、そのまま新たな”幸せな生活”を続けていると言う。
他の部局の除隊者なら、組織が言う明るい未来を信じるのだろう。何人もの除隊者達、新しい生活に馴染めずに犯罪者となった者達を処分してきた私達は、組織が言うような綺麗な未来だけじゃない事を知っている。
能力の劣る調整体で一般社会に送り出すのは、組織が処分し易いためだと言う者達が居る。私は、それを否定しない。仮にそうであっても文句は言わない。任務だと言い訳をしながら、悪行重ねてきた自覚はある。
物事はそれが起きる理由が必ずある。私は妹達の安全と、親族を奪った奴等への復讐を果たすために死神になった。
違う、正直に言う。復讐云々は言い訳に過ぎない。多分、私はそれ以前から壊れていたのだ。壊れていた私は、生きる場所を見つけただけ。
誰に強制された訳でも、誰に勧誘された訳でもない。遠いあの日、私は自ら扉を潜り、死神の世界に入った。そんな私に文句を言う資格がある訳がない。
光陰は百代の過客の如し。長くて短い今世は今日で終わる。私は今夜日が変わると共に、この白くて清潔な病室で戦死する。
正義の味方、尊敬すべき法の執行者として、妹達が信じている姿で戦死する。血塗れの死神であることを知られないまま戦死する。
私が還らないと知らせを受けた妹達は、我々を恨むだろう。でも、還れないのは、お姉ちゃんのせい。だから、他の人を恨んでは駄目。もう貴女達を抱きしめてあげられないけれど、貴女達は、もう私が居なくても大丈夫。ふたり共、良いお医者さんになるんだよ。お姉ちゃん、そろそろ逝くね。元気でね。
「こんなにゆっくり月を見上げたのは、何年ぶりだろう?」
もう少しで日が変わる。病室の窓から見える月が本当に綺麗。月を見上げるのはこれが最後なのだろうか、それともまた見上げる事が出来るのだろうか。大丈夫、怖くない。順番が来ただけ。約束は守らなければならない。怖くなんかない。
再び目を覚ます事はあるのだろうか。それとも目を閉じれば即座に処分され闇に葬られるのだろうか。そうであったとしても、病院のベッドの上で死ねる。泥まみれで誰にも知られる事なく死ぬことに比べれば、何と幸せなのだろう。
処分されなくても、今までの記憶は消去され、偽りの記憶を植え付けられた道具として新しい人生が始まるのだろうか。
例えそうなったとしても、私は組織を恨まない。人に言えぬ事ばかりしてきた。それが義務だと言い訳をしながら、両手を幾人もの老若男女の血で染めてきた。だから、そうされたとしても自業自得。組織を恨むのは筋違い。
でも叶うならば、明日の朝、新しい身体で目覚めたい。身勝手な願いで、残していく妹達には悪いけれど、叶うならば血の匂いの無い平穏な人生を送ってみたい。もし血の匂いから逃れられないのならば、処刑人としてではなく誰かを守るためだけに血濡れになりたい。




