1-13-4-11 masquerade セーフティルーム
少し屈んだ姿勢で、銃床の短い小銃を構え、暗闇の室内を移動する集団。防犯カメラが生きていれば、出会う者達を問答無用で射殺して移動する、どうみてもマトモじゃない集団が撮影されている筈。
防犯カメラは殺してあるので、撮影されている可能性は低いけれど、仮に撮影されていたとしても、反対に有象無象の馬鹿達への良い警告になる。手遅れかもしれないけど、その画像を見て恐怖に震え、今からでも精々大人なしくしていなさい。
(パシュッ!パシュッ!パシュッ!)
何故、薬莢を吐き出す実体弾の銃を使っているんだ?薬莢なんて吐き出さない何時ものエネルギー弾の銃はどうした?
その理由はふたつ。ひとつ目の理由は、あんなので人を撃ったら駄目だから。対VOA用の銃で人を撃った結果は悲惨の一言。当たり所が悪ければ、体格の良い成人男性であっても、あちらこちらが吹き飛ぶ。
ふたつ目の理由は、未成年者を含む家族全員の抹殺が目的の今回の任務で、流石にあからさまに我々が襲撃した証拠を残すのは少しばかり外聞が悪い。例え対VOA用より小口径でも、実体弾と異なる弾痕から私達が撃ったと直ぐにばれる。
エネルギー弾の銃を携帯していない訳じゃない。今回の任務に用いている実体弾の小銃の弾が無くなった時のために、エネルギー弾のハンドガンを携帯している。
これでもかと身につけた弾帯に入れた弾倉が無くなる程に弾を消費する事態が生じる事はないとは思うので、ハンドガンを使う機会は無いと思うけど。
用いる銃だけではなく、装束も異なる。私達の戦闘時の姿として普通の人達が思い浮かべるのは装甲服姿の私達だろうが、私達は装甲服を着用しない。フェイスガード、部分装甲、戦闘服、全てが艶消しの黒で統一された姿。正義の味方の衣装からは程遠い装い。どう見ても暗殺者にしか見えない。
薬莢を残すのには意味がある。どんな手段、どんな方法であれ、私達は必ず報復する。敢えて薬莢を残すことで、今から処分する馬鹿者達を用いて、その他大勢の馬鹿予備軍の心に私達からの警告と私達への恐怖を刻み込める。
確かに私達が犯人だと言える確実な証拠は無い。薬莢が残された事で、他の犯罪組織の恨みをかった可能性も否定できない。でも、状況証拠的に私達である可能性が最も高い。一線を越えるな、越えたら最後、巻き添えが出ようとも我々が復讐するという、メッセージである事が濃厚。
乾いた笑いが出る。私達がやっている行動は犯罪組織やストリートギャングのそれと変わりがない。何が、我等は無辜の民の盾だか。
今から行う内容からして、私達は正義の味方じゃない。普通の人が思い浮かべる私達は、は無辜の民の守護者。私達の敵はVOAであり、人ではない。
例え人の場合でも、対象になるのは者達は、男女問わず卑劣な犯罪者達であり、普通の人達は含まれない。
普通の世界では通じる常識も、私が今いる世界では通じない。婦女子であろうと、対象となれば処理する。そこに同情とか、憐憫の情は無い。淡々と、粛々と処理する。
手を汚した事のない清廉潔白な人達は、私達を悪逆非道、冷酷無常と非難する。貴方達がやらない汚れ仕事を私達が行っているだけ、文句を言われる筋合いはないと反論したいけど、反論するだけ時間の無駄だから、反論はしない。綺麗な世界から、汚れた私達を好き放題に罵り、溜飲を下げれば良い。
でもひとつだけ言っておきたい。私達は無闇やたらに殺しまわってはいない。例えば、処理作業中に、人身売買や拉致に依り監禁されている被害者は、殺さずに保護して救助している。私達にだってそれくらいの良心はある。
今回はその手の被害者の存在は確認されていない。だから何も考えずに処理が行えるので楽。
「何だ、おま……」
(パシュッ!パシュッ!パシュッ!)
深夜の見回り前に何か飲み物でもと思って台所に居た所、突然の停電て暗闇になり戸惑っていた警護の男を問答無用で射殺した。
殺した後で思う事ではないけれど、戸惑う前に警戒しようよ。本当に、こいつ等大丈夫?とてもプロとは思えない。
「(1班は右、2班は左、3班は正面に)」
ハンドサインで各々の方向に分かれ、更に屋内に進み始めたけれど、流石に先程男が倒れた音は聞かれた筈。
パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!
世の中、都合の良い事は続かない。少しまともな警護が居たお陰で、次の部屋で警護と銃撃戦になった。その結果、発砲音が屋内に響き渡り、静かに進んで行く意味が無くなってしまった。そしてそれは、ご近所様にも、騒動が起きている事がばれた事を意味する。
私達の存在が相手側に知られたからといって、音を立てて相手側に自分の居場所を教える気もない。無言で音を立てず、静かに移動する事に変わりはない。
「2班。1階ダイニング横、パニックルーム。クリア。対人感知装置を設置」
出会う者達を射殺しながら移動を続けているけれど、誰も優先抹殺対象を発見していない。1階のダイニング横のパニックルームは開放状態で、誰も居なかった。
外の班から、奴等が外に逃げ出して来たとの連絡もない。この屋内に居るのは確かなのだけど、何処に奴等は居るのだろう。2階のパニックルームに奴等は居るのだろうか。
2階のパニックルームへの道程で出会うのは、警護の者達か、運悪く今夜は此処に居た使用人ばかり。とりあえず彼等を処理して歩みを進めているけれど、未だに優先抹殺対象が見つからない。
侵入開始から15分が経過してしまった。後15分で撤収しなければならない。2班と3班からは各々1階と地下の処理が終わったとの連絡が入った。私達2班は残すところ、このパニックルームだけ。
2班と3班は発火装置の設置も開始している。焦りは禁物だけれど、少し急がなければ。
「1班2階主寝室パニックルーム閉鎖状態。扉にレーザー切断装置設置中」
このパニックルームに居なかったどうしよう?警護と使用人達を殺しただけになっちゃうじゃん。
そうなったら、富裕層が不在時に豪邸に火災が発生。不運にも居合わせた使用人や警護の者達が焼死というニュースが出来るだけ。だけどそれは、半年もかけて準備した作戦が無駄になって、また最初から作戦の練り直しなった事を意味する。
ある意味、地獄の再来。嫌だ、嫌だ、それだけは勘弁して欲しい。だから、良い子だから優先抹殺対象ちゃん、出ておいで。
「大丈夫!大丈夫だ!このパニックルームは特注だ!」
何なんだ奴等!、いきなり停電になったと思えば、1階で警護の奴等の発砲音と悲鳴が聞こえてきた。偶然、警護主任が2階に来ていて、追われる様に妻と子供共々にパニックルームに押し込まれた。
独立電源を用いた監視カメラと通信で状況把握を行おうとしたが、カメラの画像は見えるものの、通信は妨害されて使えやしない。畜生!何が通信妨害にも強い最新型だ?!あの会社の野郎!明日になった憶えてろっ!
「ま・まま!」
「大丈夫。大丈夫だから。お父さんも言っていたでしょ?このパニックルームは特注だから、絶対に入ってこれないから大丈夫」
ああ、大丈夫だとも。だけどあの黒づくめの奴等が扉に付けようとしている、小さな扉の様な物は、何なんだ?
「切断装置起動。熱に注意!5,4,3,2,起動」
映画じゃ、溶接機を持って来て長い時間を掛けて切断するのだろうが、突入用に開発されたレーザ切断機を使えば、一瞬で窓枠の様に切断し、引き抜ける。
切断過程で、内側に火災が発生する可能性もあるが、どうでも良い。切断時の火災で焼け死ぬか、私達に射殺されるか、早いか遅いかの違いだけ。
正直に言えば、内部火災が発生して焼死か、有毒ガスで窒息死、百歩譲って昏倒していてくれると非常に楽なので、助かるんだけどな。
「切断部分を引き抜く!切断部分の落下に注意!バックドラフトに注意!」
さてさて、中には誰か居るのかな?優先抹殺対象が居ると、お仕事も終わるので助かるんだけどなぁ。
「止めろ!撃つな!撃つな!出ていく!出ていくから撃つな!女子供も居るんだ!撃たないでくれ!」
バックドラフトで噴き出す炎も無いので、パニックルーム内は燃えていない。中に入り確認するのもありだけど、どうせ抹殺するんだから、穴から手榴弾を放り込もうとしたら、声が聞こえた。嗚呼……何て面倒な、生きてるのね。声が聞こえる前に投げ込めばよかった。
冷静に考えてみれば、手榴弾でぐちゃぐちゃになった死体を確認せずに、綺麗な生きている状態で、優先抹殺対象か否かを確認出来るのだから、手榴弾を放り込まないで良かった。
貴方達が、”全員”出てきたら、もし中に未だ誰かが居ても困るので、開けた穴から手榴弾は放り込む。だから、この手にもった手榴弾は無駄にならないけどね。
開けた穴から外に出て来て、私達の前で跪き、何か言いたそうにして、恐る恐る私達を見上げる貴方達は、どうしたらこの場から逃げ出せるのかを考えている。
貴方達を見つめる私達から目を反らしたい。私達に見つめられて心臓は早鐘の様に激しく鼓動し、どんなに荒い呼吸を繰り返しても息苦しい。激しい運動をした訳でもないのに、汗が噴き出て来る。喉が馬鹿みたいに乾いて何か飲みたい。
私達が怖いよね。でも、私達が貴方達をデータベースでチェックする間は大人しくしていてね。お願いだから、夫婦に長男、長女が全て揃っていてね。全員が身代わりでしたとかは勘弁してね。まぁ身代わりだろうが本物だろうが、私にはどうでも良いんだけどね。
だから、そんなに怯えた目で此方を見上げなくても大丈夫。私達は日が昇る前に此処から立ち去る。私達が立ち去る時には、激しい鼓動も身体の震えも収まるから安心して。あと少しだけ辛抱してくれたら終わるから。




