1-13-4-10 masquerade 薬莢
「ふたりとも大学生かぁ……年を取る訳よ」
「え?……沙羅お姉ちゃん、見掛け変わんないじゃん」
「お約束の突っ込みだね」
「くぅ……」
それに対する対価が妥当か否かは別として、組織は構成員の生活を可能な限り守ってくる。
私の場合は、妹達は未成年であり、保護者は唯一私のみ。一時預かりを含む養育施設が充実しているとはいえ、長期間の不在は憚られる。
地球圏内の2・3日の短期出張を除き、基本的には国内警邏が私の任務だった。尤も、それも妹達が中学生になるまでの事で、中学生以上になってからは月の3分の1は出張で不在であることも珍しくは無かった。
妹達が高校生ともなると、半月不在とか、昼夜逆転で1カ月近く顔を合わすことも無いというのも珍しくはなかった。こんな何も出来ない姉に頼らず、道を踏み外す事も無く成長してくれた妹達には感謝しかない。
あの日、遺児になった妹達を引き取った時はどうなるかと思ったけれど、彼女達がしっかりしていたお陰で何とかなった。案ずるより生むが易しと言うやつね。頼りない私を見て、これじゃいけないと、あの娘達は自分達で育った。人間って偉大だわぁ。どちらがお姉ちゃんなのか、分かりゃしない。
「沙羅お姉ちゃんは、来月から久しぶりの出張だっけ?」
「ん。2カ月の出張。行く場所は機密だから言えないけれど、まぁあんた達が大きくなるまで待ってもらっていたから文句は言えないかな」
「2カ月は、長いなぁ~、でも仕方ないかぁ~」
妹達は、私が普通の保安省職員だと信じている。保安省に所属している事に嘘はない。保安省の何処の部署に所属しているかを教えてないだけ。
私達も既存の地球の各国軍隊の様に、部隊や省毎に紋章を持っている。彼女達は調べていない様だが、私の所属する部署の紋章は他の保安局員の紋章と少し異なる。しっかりしている様で、妙な所で抜けている妹達で助かった。
保安局の紋章は、黒地に銀糸で、フードを被り左を向いた女神、手首から先だけが見える右手が掲げる天秤、左肩に斜めに掛かる死神の大鎌。清楚な中にも畏怖を覚える。私の制服の紋章は、それと少し異なり、黒地に銀糸の部分が、黒地にどす黒い光沢の無い血の様な朱糸になり、女神が骸骨になった血濡れの死神。
この紋章を持つ、内情を知らない新人達からは、保安省の中の保安省の監査部より忌み嫌われ、古参の者達からは畏怖や同情を綯い交ぜにした視線を受ける保安省第20局対犯罪化ARIS及び犯罪組織対策部。他の部局から血濡れの死神と揶揄されるそこが、私が所属する部門。
その中で更に、その血濡れの死神達から、冷酷無常の死神と揶揄される第9課に私は所属している。
血濡れの死神と言われているだけでも心配させてしまうのに、冷静に考えて、彼女達に私の本当の所属を言える訳がない。
どんな組織にも暗部はある。人がやらない仕事、表立って出来ない仕事や、知ろうとしてはいけない仕事を行う者達がいる。それが私達なだけ。
他人が私達を嫌ったり、遠巻きに見て来る理由は理解出来る。誰だって両手どころか、全身血塗れの死神等と関係を持ちたくはない。
でも、そんな事は今の私にはどうでも良い。妹達に血濡れの姿を知られなければ、私はそれで良い。
あと1週間、それだけの期間、妹達にばれなければそれで良い。2年程前から、彼女達彼女達の姿を少しでも多く記憶しようと努めてきた。今日がその最後の日。2カ月後、私は此処には座っていない。
そう思い込んでいるだけかもしれないけど、後悔は無い。そもそも私は、自分でこの世界に入る事を選んだ。それが提示された結果や、取引の結果であったとしても、自分で選んだのだ。後悔や、文句を言える筋合いは無い。
「じゃぁ2カ月後にね、身体に気をつけて風邪とかひかないようにね。あと夜道には気をつける事、それと夜遅くまで遊んで帰る様な事はしないこと」
「はいはい、わかったから」
私達姉妹には、歳の離れた姉が居る。色々あって叔母さんだった姉が、私達の姉になった。出来ない事も多いし、少し不在がちな姉に対して文句を言った事も、怒っていた時もあった。けれど、成長するに従って姉の苦労が分かる様になった。
考えてみれば20代前半で突如として歳の離れた私達姉妹を妹として迎え入れ、守ろうとした姉の苦労は大変だったと思う。姉の口癖は、お姉ちゃんが居るから大丈夫。私達の顔を見て微笑みながら言うのが姉の口癖。
泣きたい事も、喚き散らしたい時もあったろうに、私達姉妹の前ではその様な姿を絶対に見せなかった。何時私達に微笑んでくれていた。
一番下の妹が高校生の頃だったか、姉の制服の紋章の意味を知った。血濡れの死神、姉はそこに所属していた。
だから出張の前や、連続夜勤の時に一瞬哀しそうな顔を見せたのかと理解した。姉に問いただそうかと思った時もあったけれど、姉が私達を守るために、必死に働き、必死にそれを私達に知られない様にしているのであれば、それを姉が言いたくないのであれば、知らない振りをしようと妹と話し合って決めた。
そんな事で時間を無駄にするよりも、3姉妹揃った写真や動画をたくさん残す事にした。何でもない日の幸せな記憶だけが残る様に。
「電力遮断、極地ジャミング開始準備完了。突入班の車輛到着を待つ」
「突入班到着まで2分」
富裕層に偏見が在る訳じゃないけど、何故彼等は外から中を覗う事が出来ない程の高い塀で囲われた豪邸に住むのだろう。まぁ、私達の仕事もやり易くなるので、外から中の事を覗えないのは有難い事この上ないけど。
今から私達が襲うのは、そんな富裕層のひとつの、ある私邸。違法薬物パーティを検挙するためじゃない。叩けば埃も出て来るから、調べれば違法薬物のひとつでも見つかるのかもしれないけれど、今日の私達には関係ない。
私達の今日の目的は、彼等が貯め込んだ貴金属類を頂戴しに行くのではない。運悪く今日に限ってこの私邸に居てしまった他の者達共々、彼等をこの世から強制退場させに行くだけ。
蛙の子は蛙。この親にしてこの子在り。若いころから屑の父親の息子も屑に育った。親子揃って暴行、強姦を繰り返す。高校生になり体格も良くなった事で、その勢いは止まらない。
富裕層の自分達を諫める事が出来る者達等居ないとばかりに行動する。そんな夫と息子の行動を諫めない妻に、その犯罪行為に協力する事を不思議に思わない中学生の長女。なんとも救い難い家族だろう。
屑は屑なりに頭を使っている。襲われた被害者も自業自得だと言われる様な場所で遊んでいた者達、脛に疵を持つ者達を選んでいる。何とも狡からい奴等だこと。
奴等に賄賂で抱き込まれていようがいまいが、被害届が無ければ警察は何も出来ない。仮に私達の関係者が被害者にでもない限り、治安機関への越権行為となるので、私達も介入は出来ない。
更に言えば、例え私達の関係者であっても、今回の様な襲われて然るべき場所に入り浸る様な関係者であれば、私達は介入しない。自業自得の者達を救う程、私達は暇ではないのだ。
今回は、介入しようとしてるじゃないかって?そりゃ簡単な理由があるからだよ。普通の場所に居た私達の関係者に奴等は手を出した。手を出そうとして、必死に抵抗されたのに腹を立てて殺した。
何時もなら賄賂に溺れた警察が事件を揉み消し、被害者は泣き寝入りしていただろう。でも、今回は違った。新人警察官が事件が揉み消されようしていると、我々の連絡事務所に告発してきて事で発覚した。
発端は、新人警官の叔父が、奴等の庭師のひとりとして雇われた事から始まる。叔父は善良な庭師だったが、運が無い人で仕事が無かった。奴等の噂は聞いていたが背に腹は代えられず、目立たぬ様に働いていたある日、長男があの外国人の少女を殺した時は始末が大変だったと言う、警護人達の愚痴混じりの雑談をしているのを聞いてしまった。
最初は黙っていようと思ったらしい。それはそうだ、奴等のこんな秘密を知ってしまったと知られたら、今度は自分が始末される。誰だって自分の身が大事だ。だが運が悪いだけの根が善良な叔父はそれに堪え切れず、甥の新人警官に聞いてしまった内容を話した。
新人警官の甥は、不幸な強盗事件として処理されていた事件が、実は奴等の長男の仕業の可能性があると直属の上司に話したが、忘れろと言われてお終いにされてしまった。現実の汚さを理解していた彼が我々の連絡事務所に連絡してこなければ、この件は闇に葬られるところだった。
そうそう、叔父は今朝、近所の市場に朝食を買いに行く時に不幸にも轢き逃げされて入院中だ。うん、今この豪邸に居なくて本当に良かった。
「突入、突入、突入」
イヤーレシーバーから聞こえる突入の合図と共に、黒づくめの装束の私達は侵入を開始する。突然の停電で自家発電装置に切り替わる筈が稼働せず、暗闇のままの敷地内に、少し屈んだ姿勢で消音器付きの小銃を構え無言で侵入していく。
(パシュッ!パシュッ!パシュッ!)
先ずは入口のふたり、ツーダウン。映画や何やらでは、消音器によって発砲音が極限まで小さくされるので相手側は、仲間が撃たれた事に気付かれない。
(キンッ、キンッ、キンッ)
現実はそんなに甘くない。発砲すれば薬莢が排出される。排出された薬莢は物理法則に従って引力に引かれて落下する。落下した薬莢は当然の様に音を出す。例えそれが小さな音であっても、静寂の世界では爆発音に等しい。
相手が厳戒態勢のプロであれば、薬莢の落下音で気付かれただろう。幸いな事に、通常の警戒態勢の所謂プロと呼ばれる者達だったので気付かれなかった。相手が馬鹿達で、本当に助かる。
(パシュッ!)
(パシュッ!)
うん、頭部への追加の一発、止めは必須。倒れているだけでは死んだふりをしているだけで、反撃される可能性があるからね。
奥に入れば入る程、馬鹿に気付かれるのも時間の問題。そうなれば、この辺り一帯に連続した発砲音が響き渡る。となれば、突然の停電と通信途絶に困惑していたご近所様達も、耳障りな騒音に右往左往しだす。
そうこうするうちに、状況を把握した彼等ご近所様達が対処を始めるまで半時間程度。それまでには、お仕事を終えないと。




