1-13-4-9 masquerade 第9課
一般人は、調整体と生義体の区別がついていない。確かに調整体も生義体も不老不死であるし、超人的な身体能力を持っている。その部分では調整体も生義体も同じと言える。
異なるのは、調整体は遺伝子構造レベルで生体調整を行った生体調整改造体であるのに対し、義生体は、生体部品を用い、人工脳髄に意識転写を行った、生体部品義体。共に不老不死であるので、生物の範疇に入れるのはどうかとは思うが、どちらが生物に近いかと言えば、調整体の方が近い。
今でも然程の変わりはないとは思うけれど、初期ARISが多数を占めた時代の印象が強いためか、強靭な精神力を持つ冷徹な狂戦士。他の種族は私達の事をそう評する。その評価は正しくもあり、間違いでもある。
確かに戦闘時の私達の精神力は他の種族の追随を許さない。呆れる程に荒れ狂う。でもそれは後がない事を知っているから。負けてしまえば列強種族の奴隷にされてしまう事を知っているから荒れ狂う。
そんな私達にも弱点はある。私達は、長命化に心が耐えられない。私達は良くも悪くも社会性の生き物だ、敢えて孤独を望み人里から離れて孤独な生活をしない限りは、他人との関わりを避けられない。家族や恋人が居れば尚更避けられない。
老いない自分と、老いていく家族や恋人。自分の容姿より老いていく子供を見て、冷静で居られる親など居ない。戦闘では強靭な私達も、戦闘以外では脆弱な精神力しかない。
悟りの境地に至れるのは極僅かしか居ない。大抵は、耐えに耐え我慢して生き続ける。でも、それが出来ずに、自暴自棄になり、無軌道な行動を取る者。精神の均衡が崩れ、精神を病む者。そんな彼等を、私は単純に責めることは出来ない。
だからと言って、組織がそんな彼等に甘いかと言えば、甘くはない。組織は構成員の犯罪を一般人のそれよりも一段重く処理する。
仮に彼等が道を踏み外し、一般人の生命財産に危害を加えたならば、組織は、可及的速やかに彼等を抹殺する。同じ構成員の生命財産に危害を加えた場合は、密やかに始末する。血濡れの私達第9課は、そのために存在する。
超人的な身体能力をを持つ調整体の私達に、弱点がない訳じゃない。私達は或る種の毒を投与されると、急速に衰弱して死亡する。とは言え、その毒も、毒としては特殊ものでも検知困難な代物でもない。仮に投与されても、致命的な状態になる前に簡単に治療出来る。
訓練もされている。その毒を投与(投与)された場合にどの様な状態になるのか、それを知るために私達は意図的にその毒を服用する訓練もしている。1回分の解毒剤もインプラントされている。
それは毒ではあるけれど、私達には最後の頼みの綱でもある。だから私達はその毒を、厳重な管理体制の下ではあるが常備している。
数回以上のカウンセリングを受診しなければならないが、不老不死に耐えきれず、人生の最後を切望する者は医師の立ち合いの下、それを服用出来る。
先々週までは彼女は優秀な軍医だった。微笑みを絶やさず、自身は調整体であったが、普通人の夫と子供達を愛するごく普通の妻であり母だった。
彼女の引き起こした行動が、突発的な理由なのか、それとも長年蓄積した何かが原因なのか、何を原因として彼女を凶行に走らせたのかは分からない。
彼女は私と異なり、人生を一度強制退場しなければならない掟には縛られてはいない。望めば、何時までも幸せな人生を続けられた。
なのに先週、彼女は突然、私達に牙を剥いた。定期健診に訪れていた調整体の者達に、調整体用の新規ワクチンと称して、その毒を投与した。
毒を投与された者達はインプラントにより誰も死亡しなかったが、彼女が毒を使用した事は、使用履歴から直ぐに露見した。彼女は毒の使用を隠蔽しようともしていなかった。
「来てくれたのが、貴女で本当に良かった」
彼女が行った事は、構成員の殺害を企図したものであり、組織への反逆罪にあたる。速やかに身柄を確保し、その背景を調査し、処分しなければならない。
問題は、彼女は私の友人なのだ。私が第9課員であることを知りながら、付き合いを継続してくれる数少ない友人。何故、貴女はこんな事をしでかしたの。
「残念だよ、本当に残念だよ。何でこんなことをしたの?」
半信半疑ではあったけれど、仲間達と彼女から連絡のあった彼女の医務室に向かった。その場所で、彼女は静かに、落ち着いた表情で私達を待っていた。
寧ろ、逃亡の上、抗い、喚き散らしながら暴れてくれた方が良かった。数少ない友人を連行し、処分し、事故に偽装しなければならない私の身にもなって欲しい。
彼女の動機が想像もつかない物ならば未だ気が楽だったであろう。けれど私は、彼女の動機に思い当たる物がある。想像も出来る。全てではないけれど、少しは理解も出来る。
最近、夫の子供に見られ、子供の姉に見られる事が多いと彼女が苦笑交じりで話していた。ああ私も同じだよ。最近、街中で、歳の離れた妹達より、私の方が3姉妹の末っ子に見られる事が多くなったと答えたのを覚えている。
「紛い物の私達は、生きていては駄目よ。この世界から退場しないといけない」
子供が自分より先に老い、天寿を全うしてしまう。その逃れられない未来が怖かったのだろう。彼女はその恐怖に耐えられなくなったのだろう。
分からないでもない。もし仮に私が後何年も妹達を過ごせるのであれば、早晩、私にも同じ未来がやってくる。そんな未来が来る事はありえないと知っていても、考えない様にしていても、どうしても頭から離れない。
仮にそうなった時に、私なら耐えられるのだろうか。私も彼女と同じ様に凶行に走ってしまうのだろうか。その可能性を考える事が止められない。考えても無駄な事を考えるのを止められない。
おかしな話しではあるけど、私は彼女を羨ましいとも思った。遠い未来まで家族と過ごせるから、恐ろしい未来を想像して彼女は凶行に走った。そんな未来を自らの手で終わらせてしまった彼女を、何と愚かなのかと思いながらも、私には決して訪れる事のない未来があった彼女が羨ましいと思った。
こういうのを僻み妬みと言うのだろう。
彼女の引き起こした事件は、当初疑われた、列強種族の非正規戦ではなかった。彼女の恐怖と使命感が動機だった。
配偶者や子供が老いて行く中、老いない自分は、その進み続ける時間から取り残される。近い将来、配偶者や子供の死を看取る、避けられない未来がやって来る。その恐怖に押し潰されそうになる。
最近のカウンセリングでは、同じ様な不安を述べる仲間が増えた。時の牢獄に囚われた調整体の私達は、恐らく耐えられずに狂うだろう。誰かに迷惑を掛ける前に、この世界から退場させないといけない。ただ、彼女はそう思いこんだ。
彼女は恐怖に耐えられず、狂ってしまったのだろう。他人の心が壊れない様にカウンセリングをしている彼女の心が先に壊れた、何て皮肉なんだろう。何て不条理な世界なんだろう。
だからと言って彼女の罪が無くなる訳じゃない。彼女は厳正に処罰されなければならない。彼女の友人でもある私は、私の責務を果たさなければならない。
彼女の凶行が世に知られる事はない。彼女の死は、公式には戦死となっている。急遽短期出張に向かう途中で、運悪く航宙型VOAに襲撃され、乗船していた船は爆散。彼女はその際に戦死したと推測されると発表され、家族にもその様に戦死連絡がなされた。彼女の友人だった私が同席するのが義務と思い、その連絡に私も帯同した。
本当は、彼女は人知れぬ場所で、頭をふきとばされ、彼女の遺体はビーコンを切った脱出ポッドに入れ太陽に向けて射出された。
映画の様に、実は彼女は死亡しておらず、他人の遺体を処分しただけ、ではない。彼女が死亡したのは確実に確認した。
連行された彼女が頭を吹き飛ばされた時、私はその場に居て、それを目撃していた。彼女の死亡確認の際に、私は同席していた。
死亡確認がされた彼女の遺体が、ビーコンを切った脱出ポッドに入れられる時は、私はそれを手伝った。
太陽に脱出ポッドを投下するため、太陽近傍軌道に向かう航宙艇に、彼女の遺体の入った脱出ポッドが積込まれるまで、私は仲間と共に傍に居た。
私も何時か、同じ様にして人知れず処分されるのだろうなと思いながら、彼女の遺体の入った脱出ポッドが太陽に投下されるのを私は見送った。
せめて友人の私が彼女を見送るのが、私が彼女に出来る唯一の手向けと思ったから、私は全てに同席したけれど、あと2年も経てば、私が彼女に見送られる立場になる筈だった。逆だよ。約束したじゃない。私を見送ってくれるって。何で私が貴女を見送ってるのよ。
気が滅入る様な処分もあれば、何の憂いもなく処理出来る事象もある。どの様な組織にも反社会性の性質な者が入り込む危険性はある。事象の大小は有れど、我々の世界にもその様なごく普通の犯罪者達は入り込む。
そんな彼等は、私達の対象じゃない。表の世界の事象は他の保安局員が処理する。私達は表に出してはいけない事象を処理する。例え処理の対象が友人や知人、かつての仲間であっても、いや友人や知人、かつての仲間であるからこそ粛々と、厳正処理しなければならない。
人に冷酷な殺人鬼、冷血な始末屋と言われる事も多い。分かっている。口にするのも憚られる事を、任務だと言い訳しなから実行しているのは否定しない。だからそう言われても否定は出来ない。
でも、始末屋にだって感情はある。分かって欲しいとは言わないけれど、誰が好き好んで友人や知人、かつての仲間を処理すると言うのか、誰が喜んで悪行に身を染めると言うのか。涙を流していないから哀しくない訳じゃない。
次に処分されるのは、自分自身かもしれない。でもこれが、私達の責務であり仕事。誰かが行わなければならない汚れ仕事のために私が所属する第9課は在り、私もそのために存る。




