1-13-4-7 masquerade 妹達
人は物事に慣れる。人は装いが巧くなる。月日は人を変えていく。怖がっていた私も時が経つにつれて、この普通の世界で生きていく事に折り合いを付けられる様になった。それは即ち家族に泣きだしそうな顔を見られずに済むという事。
そのお陰か、笑顔を装う様になってから母の顔が明るい。装いひとつで家族に笑顔が戻る。もっと早く気づけばよかった。何故もっと早く気づいて、もっと家族の笑顔の時間を増やさなかったのか、今となっては、後悔しかない。
「この箱は、いったい何?お兄」
「良いから、一緒に持って行って、仕舞っておけ。ああ、何かあったら箱を開け、中の封筒を見ること。良いな?」
「何かあったらって、また縁起でもない」
私の装いで、家族に笑顔が戻った頃に、母船の馬鹿みたいに広い私の家に、家族が泊まりに来た時の服とかをある程度移動しておこう。誰が言い出したのかそれを発端にして、あの日の少し前の我家は片付けが流行になった。
貴重品以外の服やら何やらも移動されていたけど、深く考えても引越し奉行の母に逆らえる訳もない。反論を考えるだけ無駄と何も言わなかった。でも、それで良かったのだと思う。
申請すれば、揚陸艇も借りられると知られてからは、更に荷物が増えた。気づけば、家族のアルバムやら非常時に開けるべき箱という意味不明の物まで母船の私の家に移動させられた。でも、荷物搬入の後は、母船の船内観光やら、揚陸艇で月まで遊覧飛行をしたり、一寸した親孝行、家族孝行ができた。だから、この荷物搬入は嫌いじゃなかった。
後で考えれば、私以外の家族は虫の知らせを感じていたのだと思う。だからあんなにも掃除して、片付けて、大事な物を母船の私の家に移動させて、姪達の部屋を私の母船の家に作り、そしてせかされる様に私との休日を家族全員で楽しんだ。
近い将来に召されるであろう地獄で、冥府の主を問い詰めてみよう、何故私には知らせてくれなかったのかと。あんまりじゃないか、罰を与えたいなら私だけで良いじゃないかと。
あの日、私は同僚と保安省の新人として都内で警邏をしていた。マコを保安省に異動させた時に、序でにお前も来ないかと誘われ異動した。
あの時の私は、自分の冷酷さに嫌気がさし、限界だった。だから異動の話しは、私にとっても、渡りに船だった。
この時に既に私は彼等に狙われていたのか、それともこの後の事で候補者になったのかは、未だに分からない。まぁ今となっては、どうでも良いことでしかない。
保安省に所属して失敗したなと最初に思ったのは、警邏という仕事の都合上、休日勤務がある事。あの地獄の様な隔離地域に行かないで済むのだから、その代償と言われれば、何も言えない。
それに休日とは言え、イルミネーションで彩られた夜の都心の繁華街を保安省の制服でで警邏するのも悪くはない。
私達も観光資源として、撮影の対象になっている事に少し思う所はあるけれど、隔離地域の様な命の危険がある訳でもない。文句を言えば罰が当たる。
そんな小さな幸せな日々は、金に目が眩んだ愚か者のお陰で崩れ去った。
自社ビルもあるといっても、美容院や飲食店等に貸し出した残りの部屋を事務所にしている様な、小さな家族経営の会社。それが我家の会社だった。確かに貧乏じゃないけれど、そこまでお金持ちという訳でもない。少しだけ成功した自営業。そんな程度の会社だった。
事務所には、大きな金庫が在った。別に大金を貯め込んでいた訳じゃない。賃貸業をしていると、委託しているとはいえ、書類は溜まるし、賃借先の情報はちゃんと保管しないといけない。だから最新型の防火金庫を入れていただけ。
その防火金庫の事を知っている誰かが囁いたのだろう、あの金庫の中には、お金があるって。両親、兄達、姉が揃う日は、お金を出し入れする日だと。
冷静に考えれば、お金を入れる訳がない。もし大金をもっていたら銀行に預ける。何のために銀行があると思っているのだろうか。でも愚か者に、そんな道理が通じる訳がなかった。
親子共々に自堕落な生活で、遺産を食い潰し自業自得で困窮していた親族のひとり息子、粗暴な性根のお陰で、まともに働いた事も無い愚か者が、自宅から持ち出した猟銃を持って、父さん、母さん、兄に姉に、義姉が居る事務所を襲った。
何がどうなって、そうなったのかは分からないけど、書類しかない金庫をみて逆上したのか、それとも最初からそのつもりだったのか、あの馬鹿が皆を殺した。
不幸中の幸いと言って良いのか分からないけれど、姪達は隣のビルのコンビニエンスストアに出かけていて助かった。
あの日のは私は、何時の様に繫華街を警邏していた。そろそろ日も暮れるから、警邏も終わる。序でに通り沿いのケーキ屋さんで家族にケーキをお土産で買って行こうかと呑気に考えていた。
ケーキのお土産の数が私と姪達だけの3個だけの家族になる。そんな事は想像すらしてなかった。
何故あの日、家族に気をつけてと言わなかったのだろうと、今でも時おり悔やむことがある。あの日、いつもは整理整頓なんてしない次兄が、年末でもないのに朝から整理整頓をしていた。何故か、母が異常にしつこく、何度も何度も遺言状は高橋先生の事務所にあると念を押してきた。義姉が、姪達に関する書類についても高橋先生の所にあると念を押してきた。
何度も何度も、皆で私が完璧に記憶する様に、言い聞かせる様に言ってきていた。妙だなと思ったけれど、それだけで済ませてしまった。何故、私はあの日、家族と一緒に居なかったのだろう。
連絡を受けた時は、緊急事態の抜き打ち訓練だと思った。そう信じたかったけれど、現実は甘くない。警邏していた同僚と共に駆けつけた会社の前の風景は、余りにも非現実的だった。
揚陸艇や装甲車のサーチライトに照らされ、真昼の様に明るいビルの前で、何が起きたか分からずに、でも何か酷い事が起きたのだけは理解して泣きじゃくっている姪達。彼女達を宥める同僚の保安要員。姪達を中心にして盾を展開して、何時でも発砲できる状態で全周警戒している、異常に殺気立った同僚達。
周辺上空に多数の揚陸艇が飛び交い。まるで今日この時だけ、うちの会社の前だけが、あの隔離地域の様な戦場になった様に、揚陸艇から続々と戦闘降下してくる装甲服の仲間達。
その日の事は断片的にしか覚えていない。泣きじゃくっている姪達のを抱きしめながら、お姉ちゃんが居るから大丈夫と何度も言ったのは覚えている。
後でお姉ちゃんも必ず行くから待っていなさいと、宥めた姪達を統合病院に送り出して直ぐに犯人を確保したと連絡が入った。その時、右腿の短銃のエネルギー残量を確認し、左腿に吊るしたナイフを確認した所までは覚えて居る。
次に気づいた時は、統合病院で拘束具でベッドに括り付けられていた。当然、喚き散らし暴れた。犯人の糞野郎をこの手で殺させろと騒いだ。
その時に今の仲間達に出会った。喚く私に彼等は言った。もし君が勝手に犯人を殺したならば、それは法を逸脱する行為で見逃せない。当然、君は処分対象となり、その場合は極刑、即ち死刑となるだろう。
もしそうなれば、君は姪達を残して死ぬことになる。君は姪達を本当に天涯孤独にするつもりなのか?見ず知らずの人達、例えば施設に預ける気なのか?と、懇々と諭してきた。
そして彼等はこう言った。我々の仲間にならないか?そうなれば、我々が君の代わりに組織として彼を処分できる。君が単独で行えば違法だが、組織として行えば違法ではないと。
否も応も無い、私はこの申し出に飛びついた。頭の片隅で、これは悪魔の囁きだと分かっていたけれど、姪達を守れるのであれば、どうでも良かった。
幸せな時間は短く、儚い。幸せなんて永遠には続かない。幸せは一瞬で崩れ去る。私は経験則から、そう思っている。何を斜に構えて格好を付けているんだって?まぁ、そう言われも反論はしない。どう考えるかは人の自由だから。
でも妹達の幸せは長く続く、私の何倍も続く。もしそれを邪魔する者が居たら容赦はしない。
あの日私は妹達を除いた家族を全て失った。両親、長兄、義姉、次兄、義姉、長女、義兄。姉と次兄のお嫁さんは妊娠していた。13人の大家族になる予定だったのが、妹達とたった3人の家族になってしまった。正確には義姉に託された姪達だけれど、あの日私は彼女達の歳の離れた姉になった。
犯人の糞野郎は、死亡した家族に執拗に弾丸を打ち込み頭部を破壊した。だから本物の遺体はとても見せられる状態じゃなかったので、妹達に最後のお別れだとして見せた家族の遺体は偽物。
彼に何の恨みを買ったのかは未だに分からない。取り調べを行った同僚曰く、単にお金を得られなくて癇癪を起こしたとの事だ。
被害者や、被害者の家族にとっては理不尽極まりないけれど、屑の犯罪者の動機なんてのはそんな物らしい。
最初の頃は納得出来なかったけれど、今となってはどうでも良い。反対に屑の犯罪者を処分するのに躊躇せずに済むのでありがたい。
私は妹達の為ならば何だってする。どんな嘘だってつく。何をしてでも生き残る。泥を啜り、草を食み、這いずってでも生きて還る。
この手がを血塗れになろうとも、他人に罵らても、蛇蝎の如く嫌われても、彼女達の幸せな未来のためなら何だってする。
あの日、私は死神の仲間達に出会った。元から目を付けられていたのか、必然として見つけられたのかは分からない。
あの日、私も死神になり、妹達の未来を守る力を得た。後悔はしていない。その道しか無かったのだから、それを後悔するなんて無駄な時間は費やさない。




