1-13-4-5 masquerade 朱い花畑
(ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!ヒュッ、ヒュッ!)
「前方クリア!」
「逸れるな!よそ見をするな!新人はバディの尻から離れるな!」
新人が多い今日、現地人を気にせずVOAだけを相手にしていれば良いというのは、本当に楽だ等と思っていたのが良くなかった。瓦礫の隙間、車の影にいた奴等に気付くのが遅れた。
普通の生活なら、少し気づくのが遅れても致命的な結果が訪れる事は少ない。けれど、此処ではそうはいかない。気づいた時には何処で手に入れたのか分からない対戦車ミサイルが発射寸前。流石に対戦車ミサイルの直撃を受けたら、装甲服を着ていても無事では済まない。
「ミサッ!イルッ!」
戦場で困るのは下手な奴が撃つ武器。命中精度の悪い武器。何処に飛んでくるかわからないから。目の前で発射された対戦車ミサイルが、それ。下手すぎ、何処に向けて撃ってるのよ。何で空に向かって撃つのよ。ねぇ、放物線って知ってる?放物線の先には誰も居ないよ?!って馬鹿ぁあっ!何でマコがそこに居るの!
「マコっ!伏せてっ!」
あ……しゃがんだ。
「孤立した者は、回収ポイントに各自で移動せよ。孤立した者は、回収ポイントに各自で移動せよ」
何てありがたいご連絡。要するに逸れた馬鹿は、自分で頑張れという事。そして私達は今、忘れ去られた存在になっている。端的に言えば、仲間から逸れてる。要するに逸れた馬鹿とは、私達の事だったりする。
ど下手な対戦車ミサイルの発射で開始されたVOAと奴等と私達の三つ巴の大乱戦の結果、至近距離の地面に着弾したミサイルの爆風で、漫画の様に綺麗に吹き飛ばされたマコ。吹き飛んだ彼女を瓦礫の影に引き摺り込み、生死の確認をしていた私は取り残された。
「マコ!生きてる?!怪我は?!」
とりあえず身体の欠損もないみたい。手足も変な方向に曲がっていない。あの至近距離の爆発で目立った損傷が無いって、装甲服って偉大だわぁ。
「っぅうぅ。怪我はないみたい。けど……」
「けど?」
「位置シグナルが壊れたみたい。通信は沙羅と話せているから大丈夫みたいだけど……どうしよう」
ああ畜生、10秒前に装甲服に感謝したのは撤回。また面倒な部分が壊れてくれた、一瞬でもマコから目が離せなくなった。位置シグナルが出ていない新人をこんな場所で見失ったら、5分後にはマコは死ぬ。
良いのか悪いのか、戦場音楽は私達の進行方向、回収ポイントに向かう方向から聞こえる。そこまで仲間達から遠く離れてしまった訳じゃない。上手く追いつけられれば仲間と合流できる。
下手に追いつけば、武装現地人の方々がVOAの死体から食料、武器や防具の材料を剥ぎ取ろうと群がっている真っ只中に飛び込む事になる。
此方も武装しているとはいえ、女性兵士ふたりだけで野盗の方々の衆人環視の中を通り抜けるのは、流石に避けたい。ああ……上手く追いつけると良いなぁ。
後は移動中に、この娘がパニックになって明後日の方向に走り出さないのを祈るだけ。お願いだから、パニックにならないでよ?
「じゃぁ、行くよ。私の左肩に置いた右手を絶対に離さない事。分かった?」
「う・うん」
「あと、無闇やたらに悲鳴を上げない事、VOAや現地人を引き寄せるから」
「わ・分かった」
瓦礫が散乱する道路を、ふたりだけで移動している。最近は、装甲服の形から女性兵士と推測されない様にマントを羽織るのが流行り。残念ながら、今日の私達はマントを羽織っていない。だから姿形から、ふたりとも女性兵士とバレバレ。
少し屈んだ姿勢で持った銃を、上下左右にゆっくりと動かし歩く。マコは私の後ろ、左手で銃を抱きかかえる様に持ち、周りを覗いながら、でも決して私の左肩掛けた右手を離さない様にして、私の動きに追随する。
慣れた奴等なら、直ぐに気付く。どう見ても後ろに密着しているのは新人で、前に居る古参は、その世話で手一杯。襲っても機敏な反撃を喰らう事はない。狙い目の獲物。お楽しみも待っている女性兵士。楽しい未来を想像して、舌なめずりしている奴等の姿が目に浮かぶ。
(ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!)
慣れたとはいえ、私達は人型の対象を撃つ事に躊躇する。そりゃそうよ。ほんの少し前まで私達は、銃なんて触った事もない一般人だったんだから。
少し間違えば彼等に成っていたのは、私達。ほんの少し、運命の歯車が違うだけで彼等はこの隔離地域に押し込められ、出る事を許されない。普通であれば、憐憫の情や、罪悪感を覚えない訳がない。
その躊躇が発砲を遅らせる。此処では致命的。その一瞬が生死の境目。奴等に殺られてジ・エンド。
残念だったね、壊れた私、普通じゃない私に躊躇はない。木の棒であろうと武器を向けてきた者は撃つ。なぜ私達に武器を向けたのか?そんな事は相手を撃ってから考える事にしている。それがこの場所で私が学んだ、生きて還る唯一の方法。
(ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!)
御免ね、君達は生きたいだけ。こんな糞ったれな場所から、逃げたいだけだって知っている。でもね、私も生きたい。こんな糞ったれな場所から、この娘を家に還してあげないといけない。
「VOA?!」
「大丈夫、もう倒したから、怖かったら下を向いてるか、私の背中をずっと見ているだけで良いから。分かった?」
マコには銃把を握らせていない。下手に握らせていて矢鱈と発砲されても困る。だから小銃を左手で抱く様に持たせてる。同士打ちなんて御免だもの。
それで良い。下を向いていなさい。こんな狂った場所の事を知るのはもう少し後で良い。どうせ知る事になる。知ってしまうのは避けられない。だけど今日じゃなくて良い、せめて、もう少し後で良い。
(ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!)
回覧板でも回ったのか、やたらと野盗の奴等に遭遇する。そりゃ孤立した女性兵士がふたり、片方が新人となれば、鴨が来たと勇んで襲ってくる。
(ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!)
ふざけんな、お前等の美味しい獲物になる気はさらさらない。死ね!この馬鹿野郎!車の影から狙ってるのなんて、丸分かりだ馬鹿!
「またVOA?!」
「ん、またVOA。今日はちょっと多いけど、大丈夫」
対VOA様の銃で人を撃てば、撃たれた者は弾け飛ぶ。辺りは、元人体の組成物で彩られる。だけど自分が撃たれるよりマシ、マコが撃たれるよりはもっとマシ。
(ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!)
本当は駄目だけれども、マコが周りをまともに見まわしていなので助かる。それに夜で助かった。これが昼間だったら、想像するだけで嫌になる。撃たれて粉微塵になる人体と、それらが織りなす朱い花畑。そんな光景をマコが見たら、恐らくマコは嘔吐して動けなくなる。
(ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!)
還ったら、この娘が首都警邏に行ける様に知人に頼んでみよう。貴女は此処に来ちゃ駄目だ、こんな糞ったれな場所に来ては駄目だよ。
糞っ……たれか、何時からか悪い言葉を平気で使う様になった。此処に来る前は、使う事も聞くことすらも稀な汚い言葉を、今は普通に使う。言葉使いが悪くなっているのが家族にばれたら、後が面倒。家に還ったら、思わず口走らない様に注意しなきゃ。
(ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!)
ああ……嫌になる。今日は嫌になる位に野盗が多い。何時もの何倍の奴等が此処に居るのよ?!何で今日はこんなにも奴等がVOAより多い訳?何人を吹き飛ばしたか、分かりゃしない。でも、そろそろマコにVOAを撃ってるんじゃないって、バレるよねぇ……。
ほら、あの崩れたビルの角を左折すれば、回収ポイントまで数十m。なのに、その向のビルの2階に大きな頭が2・3個。ビル前の焼け落ちたバスの下に小さな頭が3・4個。大きいのが小さいのを囮に使おうという魂胆だろうな。
何て嫌らしい場所で、待ち伏せしているんだか。此方から先に仕掛けないと、面倒この上ない事にしかならない。だからと言って、小さな頭達まで撃ちたい訳じゃない。私は殺人鬼じゃない。私だって好きで撃ってる訳じゃない。小さな頭達が、逃げてくれると良いんだけどな。
大きな奴等を撃つのに躊躇はない。あいつ等屑共は、矜持も何も持ち合わせていない単なる屑。
(ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!ヒュッ、ヒュッ!)
ビル2階の壁の一部が崩れる程に少し撃ち込み過ぎたけど、壁も中の野盗も綺麗に吹き飛んだから、良いや。さてとバスの下の小さな頭達は……未だ居るし。
(ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!)
ほらほら、逃げろぉ!逃げないと、もっと撃つぞぉ?
「さ!・沙羅さんっ!あれ!?こ!・子供ですっ!」
「ん。分かってる」
だから、狙って外してるでしょうに。微妙に至近距離に撃ち込んで、追い立ててるだけだから。あんなのに当てたら、大人みたいに吹き飛ぶじゃ済まないよ。粉微塵だよ。流石にそれは、夢見が悪いから避けるよ。ま、武器を向けて来たら、当てるけどね。




