1-13-4-4 masquerade 想い出の中の日々
私が、「Beyond of the Boundary~境界の彼方」のめり込んでいる頃、馬鹿な親族のお陰で微妙に女性不信を拗らせていた長兄、このまま独身一直線か?!と心配していた長兄がある日、彼女を、今の義姉を連れて来て驚かされた。
前から話しに出ていたのに、何を今更に驚くと反対に驚かれたが、当時の私は、外での生活に一杯一杯で、それどころではなかったのだから仕方ないじゃん。
馬鹿な親族達のお陰で女性不信になっていた兄と、色々あって男性不信だった義姉。あの二人を説明するならば、正に割れ鍋に綴じ蓋。私に言わせれば女神。独身高齢男性への道を爆走中の長兄を捕まえてくれた女神よ、本当に深く感謝します。
義姉と初めての顔合わせの日、私は緊張が限界点を越えそうになってた。心を見透かされて喜ぶ人はいない、彼女も私を嫌い怖がるだろう。だから私は義姉が怖かった。欲しくて身に付いた能力ではないけれど、その能力で家族の、長兄の将来の幸せを壊しそうで怖かった。
壊れた私にも良心の欠片くらいはあるもの。長兄の結婚話をぶちこわしてしまったらどうしようと、私は不安で仕方なかった。
私が目を合わさない理由を長兄から話しを聞いていた義姉は、私が義姉を嫌っている訳ではないとは分かってはいても、本当は嫌われていたらどうしようと不安だったらしい。
お陰で初めて義姉との顔合わせの時は双方ともガチガチで、ロボットみたいだったと他の家族に未だに揶揄われる。
正直に言えば、初めの頃は観察してた。義姉が居ると思うと落ち着かず、気が休まらなかった。でもいつしか観察しなくなり、義姉を普通に話せる様になり、そして義姉が居たとしても転寝出来る様になっていた。
暫くすると姪達も産まれ、家の中は賑やかになっていった。私は、昔ほどではないにしろ、相も変わらず人付き合いは苦手で、学校の行き帰り程度しか外出もせずに引き籠りがちだったけれど、賑やかな家の中だけでも十分に幸せだった。
義姉が家事をしている時に、台所に突撃しようとする姪達を妨害。義姉に纏わり付く姪達を、私が両手で抱きかかえながら右往左往。
義姉と姪達のお風呂に付き合い。義姉が髪や身体を洗っている間、姪達と湯舟で遊んでいるとき。どんどん成長していく姪達を見ているとき。幼稚園での話しを、左右から同時に別々の話しを何度も聞かされているとき。そんな何でもない、ごく普通の日々が楽しかった。ずっと変わらずに、続くものだと思ってた。
「降下準備、降下準備、降下準備」
環境が人を作ると言う。言い得て妙だよね。少しばかり人より多く、この狂った場所を訪れている私は余程のことじゃないと驚かなくなった。そして、自分の中の優しさの種類が変わった。
これを摺れたと言うのか、壊れたというのかは知らない。どうでも良い、どうにもならない事をグダグダ考えるだけ無駄だもの。
私は今日もこの、民族ごと人類から見捨てられ、国ごと封鎖された、この肥溜めの様な場所に降りる。VOAを倒し、武器を向けて来る者達を消去する。何て素晴らしい世界だろう。
「装備が故障している奴は、降下免除だ。故障している奴は早く言え!」
装備の故障なんて、何億回に1回の確率。なぜロードマスターは同じことを言うのだろうか?
「煩せぇよ!なんだよお前ら、その呆れた雰囲気は。マニュアルに書いてあるんだよ!俺だって言いたかねぇよ!」
さよかぁ。で、今日のバディ大丈夫かな?この子カチンコチンになってない?
「落ち着いて、過呼吸になるよ?一度息を止めたままにして。ほら」
「っん!」
「そう、それでいいから、落ち着いて。ゆっくり吐いて。ほら?初めてじゃないでしょ?降りるのは何回目?」
「さ・さんかいめで!あのっ!お金が要るから志願したけど、こんなに怖いなんて、でも頑張らないと駄目だとは思うけど、あの……なのに……それで」
「そっか、私は何回目か忘れるくらい降下してるけど、降下回数なんて、関係ないから。初心者だろうが、古参だろうが、此処じゃぁ関係ないから。大丈夫、私が傍を離れないから。必ず貴女を無事に還してあげるから」
「本当?」
「本当だよ。私はね沙羅っていうの、貴女の名前は何て言うの?マコ?マコって言うんだ。じゃぁ、マコ大丈夫だからね。でも、私から離れないでね?絶対に連れて還ってあげるから。あっ、ちょっと個人回線入ったから待ってて」
『トシ!トシってば!』
『おぉ?どうしたー、バディ初心者かぁ?えらい縮こまっているけど?』
『なのよぉ~。でね、降下の時にさ、私達をガーッっと一気に後ろから押して降として欲しいんだけど』
『あいよ。今日、俺のバディはコウジだから、一緒にやるわ』
『ごめんねぇ~。助かるわぁ。コウジにも宜しく言っておいて。じゃぁね』
ああ、本当に固まってるは。これ……。降りたら銃の安全装置解除されているのか、確認しないと駄目かな?
「マコ。降りるときは銃に触らないで、降りてから私が外してあげるから、貴女は降りることだけを考えていて。そして降りたら私を探して」
「わかった。降りたら、最初に、沙羅を探す」
お?青ランプが、赤ランプになった。あとちょっとで降下かぁ。って。マコは壁に張り付いてガチガチに固まってるし。今日はちょっと大変かもなぁ。
私も昔はそうだったし。昔……、昔かぁ。もう何年こんな事をしてるんだっけ、私は。ま、こんな日もあるか。悩んでてても仕方ないし。もう、降下だし。
「マコ。ほら、こっちに来て。そんなに壁に張り付いていると、降下の時においていかれて大失敗するよ?」
「で・でも!で・出口に近づき過ぎたら。落ちちゃうし!」
いや、落ちないでどうすんのよ?降下するんだから、落ちなきゃだめでしょ。
ほ~ら。あっちに行こうねぇ。怖くないからねぇ。怖いと感じる前に堕としてもらうから。良い子だからあっちに行こうねぇ。
「大丈夫。大丈夫。反対に傍の方が安全だから」
ふむ。沙羅がバディの腰に手を回しながら、肘を掴んで降下ランプの傍まで移動したな。さてさて、ばれない様に真後ろに行こうか。
「おらぁ!紳士淑女の皆様方ぁっ!降下!降下!降下!」
「死ぬかと思った。死ぬかと思った」
大丈夫死んでないから。バイザー越しに、そんな恨めしそうな目で見ないでよマコ。あっという間に降りれたんだから、ね?細かい事を気にしてたら、戦場で生き残れないよ?
さてと、今日は何時もの歓迎パーティが無い。何処で手に入れたのか、何を対価にして手に入れたのかは知らないけれど、何時もなら、武器を片手にVOAより早く現れる現地人が今日は居ない。
何処からその自信が湧き出ているのか知らないけれど、居丈高に、封鎖地域からの脱出を要求してくる奴等が居ない。
何時VOAと共に、何故だか私達を攻撃して、武器や、緊急用の携行食料を奪おうとする奴等が居ない。
あわよくば女性型のARISを押し倒そうと襲ってくる、良く分からない封鎖地域の現地人。そうと思えばVOAの目の前で物資を奪い合い、同士討ちを始める混沌の神の眷属達が見当たらない。
居ないのに越したことはない。ここまでガチガチになっている新人を連れているのに、野盗の奴等との対人戦闘だなんて、想像するだけで嫌になる。
対VOA用の銃で人を撃ったりなんかしたら、色々と吹き飛ぶ。スプラッター映画も真っ青の光景が広がる。そんなものを新人に見せたら卒倒するわ。
卒倒する……か、何か笑いがこみあげて来る。私だって少し前までは卒倒したし、吹き飛んだ死体を見て吐きまくってたのにね。
今じゃ、そんな光景を見ても何も思わない。それどころか、そんな光景を、私が量産している。武器を此方に向けて来る者は敵。女子供だろうが敵であれば、容赦なく殺す。そして、その事を不思議とも何とも思わない。
あの日、アナウンスが流れた後は人生が変わったと言う人が多い。確かにそれはそうだと思う。少しばかり普通の生活の幸せ、その言葉の重みが変わったのは確かだと思う。何でもない日常が、あんなにも大事だなんて思ってもみなかった。
本当に、幸せな日々だったと思う。こんな汚れた人間になる前に、もっと、もっと、何でもない幸せな日々を憶えておくんだった。




