1-13-4-3 masquerade 生きられる場所
「計画的に決まっているじゃないか?なぁ?母さん?」
「ええ。そうよ」
私の上に兄がふたり、姉ひとり居る。私は、年の離れた末っ子、4人目として産まれた。年の離れたと言えば聞こえは良いけど、どう考えても恥かきっ子。父さん、母さん、嘘はいけません。失敗しましたよね?
当時、既に子供がどうやったら出来るかを知っていた兄や姉達は、どんな気持ちだったのか?まぁ……とりあえず、父さんに甲斐性があったのでこの世に居るのですから、それは不問にしておきましょう。
家族にしてみれば、生きた人形が産まれたのだ。末っ子の宿命に、年が離れたというオプションが付いた私は、そりゃぁ可愛がられていたと思う。
けれど、我儘な人間には育っていないと思う。その部分だけは、両親も兄姉も厳しかった。外れた事をしようものなら、容赦なくげんこつが飛んできた。
歳の離れた兄達と姉、家族の会話に混じりたくて、少し落ち着きと冷静さが在り過ぎる子。それが、小学校低学年の頃の私だった。でも今思えば、そうやって私の話を聞いてあげる事で、家族は、私が壊れない様に守ってくれていたのだと思う。
小学校低学年頃、私は人の心の機敏を感じ取れる様になってしまった。このありがたくない能力が目覚めた。神様が与えてくれた素晴らしい能力だと人は言う。冗談じゃない。自分で望んだ訳ではない、傍迷惑な能力でしかない。
人の感情が分かれば、全てに上手く対応出来ると思っているなら、その甘い考えは捨て去る事をお勧めする。人の本心が透けて見えるというのは、決して楽しい能力じゃない。
私は笑顔を浮かべる他人が怖かった。何故なら、害意を持つ人ほど、笑顔で近づいてくる。嘘をつく人ほど、微笑み優しそうな表情を浮かべる。
人の感情や、害意を読み取れるというのは絶望しか生まない。最初は気のせいだと思った。けれど、気のせいじゃない。初めの頃は、間違えている時もあると、希望を持った。けれど、間違えてなんていなかった。間違えて欲しいと思っていただけだった。
他人は私に絶望しか運んで来なかった。だから家族以外の人は、例え彼等が親族であっても私は怖かった。ああ……大分前に亡くなった曾祖母は怖くなかったな。
感謝するべきなのか、恨むべきなのか。そもそも、この迷惑な能力を発現させた切っ掛けは、金に目が眩んだ父側の親族達だった。
「妬み僻みみほど恐ろしいものはない。気を付けるんだよ?」
父さんと母さんの口癖だった。寿命の順番で言えば家族の中で最後まで残るであろう、人一倍気が弱く、そして人嫌いの私を心配していたのかもしれない。
一方的に近づいてくる相手も範疇に入れるなら別だけど、仲の良い親戚づき合いという意味で、私は双方の祖父母を含めて、親戚づきあいをしたことが無い。
元々、父さんは親族とは、元々は仲良くもないが、悪いとまではいかない、付かず離れずの関係だったという。母さんは、親族との縁を切っていた。理由を私に教えぬまま母は死んでしまったので、縁を切った理由については分からない。
そんな似た者同士が、同じ会社の先輩、後輩として出会い、結婚。兄達や姉が産まれ暫くした頃、首都圏近郊や都内各所に、土地や賃貸物件を所有する大地主だった曾祖母が亡くなった。人は金が絡むと人が変わる。それは、父方の親族も同じ。
「そりゃぁ、目の色が変わっていたね」
「ええ、お金って怖いのよ?もう凄かったから」
自分が成した財産を無駄遣いするであろう親族には、現金化が簡単な物を、長くしっかりと運用し、利益を得られる物は父にと、曾祖母は、人を見て資産の遺していた。それは父だけに止まらず、本来の親族ではない母方の親族にも、何某かの遺産が遺贈されるように手配してあった。お金は人を変えてしまうからね。
「そりゃぁ、嬉しそうだったよ?曾おばあちゃんの遺言書通りだから恨むなとか言っていたねぇ」
父さんは都内数か所の賃貸物件と、土地を相続した。他の親族は、再開発が噂され、価格の高騰が確実になっていた首都圏近郊の場所を相続した。
「曾おばあちゃんが死ぬ前に、遺言書内容と意味について説明を受けていたし、距離を置ける良い機会だったから、気にしてはいないかな?」
美味しい場所を貰い損ねた馬鹿な奴と見下す親族達とは裏腹に、もともと彼等と反りが合わず距離を置いていた父さんは、関係を疎遠に出来る良い機会が来たと、内心で小躍りしたけれど、それを顔に出さない様にするのが大変だったらしい。
「曾おばあちゃんの遺言書には、『ちゃんと活用しなさい』って書いてあったのだけど、人は目先の金に目が眩むものなんだよ。だからお前達も気を付けなさい」
曾祖母の遺言を守った父さんは、可能な限りを残し運用した。
「母さんの運用が巧かっただけで、父さんなにもしてないけどね」
「父さん、ああ見えて気が弱いから、放っておくと無くなりそうに思えたのよ」
私の気の弱さは、父さんの遺伝だったのか。遺伝、恐るべし。
「貴女が大きくなるまで我慢してただけよ。お金に目が眩んだ人は、何をするか分からないから」
土地を売却して得た大金は、所詮は、あぶく銭。運用もせずに使い続ければ、目減りするのは当たり前。お金が少なくなってきた親族達が、ちゃんと運用して、確実にお金を残している父さんと母さんに目を付けるまで、そんなに時間はかからなかった。
此方は全く望んでいないのに、彼等の一方的な欲望に起因した親戚づきあいが始まったのは、私が小学校低学年の頃だった。
両親も再開するつもりはなかったけれど、私が未だ小さい事もあって、不承不承親戚づきあいを再開した。
けれど、それが後に両親にとって痛恨のミスであり、私に申し訳ないという気持ちを抱かさせる原因になってしまった。
お金を集ろうとする人間は、集る人間の弱点を突いて来る。我家で言えば、兄達、姉、そして私の子供。特に歳の離れた末っ子の私は狙われた。
彼等がお金を無心に来る時は、必ず子連れで来た。子連れと言っても、彼等の子供は、一番下でも中高生だったけれど、蛙の子は蛙。
彼等は私を取り込もうと躍起だったけど、私は彼等の見掛けは笑っているのに、目の奥に見える悪意、金蔓としか見ていない目が嫌だった。微笑んでいるのに、笑顔に見えない、嘘で固められた顔を見るのが嫌だった。優しい声で話しかけてくるのに、粘ついた音に聞える声が嫌だった。
悪魔は微笑みと共にやってくる。誰が言ったのか知らないけれど、真理を突いた言葉だと思う。悪意に満ちた親族達の笑顔に晒され続けているうちに、人の顔を見れば、その人の心の奥を見透かせる様になってしまった。
そうなれば、人と顔を合わせて話す事が出来なくなるのは当然の帰結。でもそれは、まともな人間関係を築けなくなり、人の群れからはみ出すことを意味する。
その結果は致命的。子供の世界であれ、いや、子供の世界であればこそ、群れからはみ出しては生きてはいけない。致命的な結果を避けるため、人嫌いを取り繕う仮面を付けて外交的な自分を演じた。
今思えば、家族は私が外で演じている事に気づいていたと思う。残念ながら、今はその事を確かめたくても、家族に聞くことは叶わないけれど。
遅いか早いか、緩やかにか急激にか、いつかは限界がやって来る。中学生ともなると、小学校以上に人間関係は複雑になる。入り組んだ人間関係が嘘の笑顔と心のこもっていない笑い声、仮初の人間関係で彩られた学校という場所は、私には地獄の様な場所だった。
だからと言って何が出来る訳でもなく。せめて明日まで頑張ろうと、例えば、顔を合わせなくても話が出来るネットゲームや大規模掲示板に入り浸り、心の平衡を保とうとしたりして、色々な事で自分を誤魔化し、毎日を過ごしてた。
私が家族に見守られながら自分の人生に葛藤している頃、色仕掛けを掛けて来る従妹/従兄達に対して、兄達と姉は闘っていた。
この親にして、この子あり。お金のためならば、人は卑しくなろうと思えば、とことんまで卑しくなれる。
兄達我家の利権に入り込もうと、親族の子供達、要するに私達の従妹/従兄が、兄と姉達に猛攻を仕掛けていたのだ。特に恋人のいなかった一番上の長兄に対する攻撃は凄まじく、偶然お風呂に入って来るとか凄かったらしい。
お陰で長兄は一時期女性不信に陥ったらしいけれど、そりゃ、そうなるよ。
そんなある日、まるで引き寄せられる様に「Beyond of the Boundary~境界の彼方」というオンラインゲームを見つけた。
自由に生きられる場所を見つけたと思った私は、もの凄くのめり込んだ。他のゲームと何が違うと言われても、上手く説明は出来ない。フィーリングがあったとしか言えない。
そんな私に家族は呆れていたけれど、下手な事をされるよりはと見逃してくれていた。思えば、私も家族も、この時に悪魔に見入られてしまっていたのかもしれない。引き寄せられたのはゲームじゃなくて、私がゲームに引き寄せられたのかもしれない。
最後には悪魔に見入られてしまったとしても、悪い事ばかりじゃない。あのゲームに出会わなければ、ゲームの中の仲間達に出会わなければ、私は高校入学前に社会からドロップアウトしていたと思う。




