1-13-4-2 masquerade 泣くもんか
正直に言う。私は兵士としては不適格だと思う。何度出撃しても怖い。泣きたい。嫌だ。でもそんな我儘が許される世界じゃない。世界はVOAのお陰で無茶苦茶になった。VOAと闘える私達に我儘は許されない。
嫌な事ばかりじゃない。対価として普通の人が得られない特権を享受出来ている。それが仕事に見合った物かどうかは、意見が分かれるけど。
家族はこの場所の事を報道を通してでしか知らない。それで良い、家族がこの場所の事を知る必要はない。こんな狂った場所の事を家族に知られないなら、それで良い。だから還ったら、この地獄の事を感付かれない様に振る舞おう。平然とした顔で過ごそう。それが情けない私が唯一出来る家族孝行なのだから。
「喚くな!、腹を少し刺されただけだ!直ぐに医療カプセル(タンク)に連れていってやる。しっかりしろ!ほら!麻酔を打つぞ、直ぐに楽になるから!」
物事が巧く行かないのが、世の中というものなのかもしれない。
回収ポイントまで300m程の場所で、VOAに追い詰められ防戦一方の負傷者だらけの4班と5班の残存者達と合流した。
彼等は、私達以上に悲惨だった。二桁以上の戦闘経験者は、たったの3人。残りは新人だけ。助けを見つけたと思えば此方が助ける方だなんて、本当に笑えない。
彼等の新人の殆どが、負傷してまともに歩けない。死ななかっただけ幸運と言って良いのか、どうせ死ぬのに、徒に痛みに苦しむ時間を増やしただけなのか?
どっちなんだろうね?何しろ負傷していない新人達が全く使えない。新人だから銃が撃てないとか、狼狽して喚くのは仕方がない。でも、銃を振り回しながら、泣き喚(話目)くのは、危ないし、煩いから止めて。
お願い、口を閉じて。振り回した銃の銃口を此方に向けようとしないで。良いから、銃はVOAの方に向けて。
「やばい、かもな」
「そう……かもね。今日は、まともに還れると思ったんだけどなぁ」
「やめろ、死亡フラグ立てるんじゃねぇ」
回収ポイントまでは、たかが300m。皆で協力して一気に移動すれば、湯水の如く湧きだすVOAを躱し、回収ポイントまで無事に逃げ切れる……訳がない。
そんな夢の様な希望を抱く程、素人じゃない。戦場では、たかが1mが1km先と同じ様なものになる。多数の負傷者と、まともに戦えない新人達を抱え、私達は迅速に移動出来ない。今の私達に300mは、3000kmの遥か彼方と同じ。
「もう無理だ!無理だぁっ!逃げきれないんだ!VOAに殺られるんだぁ!」
「煩いっ!黙って!運べ!運ばないなら、私がお前を撃ち殺すぞ!」
枷となっている負傷者を放置していけば、逃げ切れる可能性は上がるかもしれない。だからと言って彼等を見捨てて逃げられる訳が無い。
戦場では、次の一瞬には何が起きるのかが分からない。一瞬後には、自分が負傷者のひとりになっているかもしれない。自分が見捨てられる側になると思えば、そんな事は出来ない。
戦場では、互いに庇い、守り合わないと生き残れない。身勝手な者は長生き出来ない。当たり前な話し。自分の事しか考えない者を、誰が庇い守るというのか。
要するに、私達が取れる行動は、VOAの襲撃に耐え忍びながら、負傷者を背負ってでも、場合によっては引き摺ってでも運び、回収ポイントに逃げ込む事。
それしか方法が無いのだから、泣き喚かないでよ新人君。泣きたいのは、此方の方よ。言っておくけど、負傷者を捨てて逃げだしたら、私があんたを撃つから。
(ヒュッ、ヒュッ!ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!)
回収ポイント迄は、未だ150m近くある。普通の場所であれば、走れば十数秒の距離。今の私達には何百キロも彼方の様に遠い。
VOAの数も、減りゃしない。殺しても、殺しても、殺しても湧いて出て来る。もう、勘弁してよ。
「しゃがめぇ!」
「てめぇ!負傷者を落としたら、俺がお前を殺すぞっ!」
(ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!)
次は何処?何処に居るの?壁の向こう?あの瓦礫?あの廃墟?オイル汚れ?あの割れた窓ガラスについた黒いのは……何?ああ……あれは多分乾いた血糊。もう、嫌だ。こんな死が支配する世界から、生と死が共存する普通の世界に戻りたい。
廃墟の中、残骸の影をひとつひとつ、ゆっくりと確実に確認しないと進めないので、中々距離が稼げない。でも、確認しなければ、陰から出て来るVOAに襲われて終わり。ああ、面倒!本当に嫌になる!
少し先の左側のコーヒーショップ跡に動くものは居な……、いや……居る。カウンターの向こうで、VOA何かやっている。VOAの影から見えるあれは……人の脚?ああ、人の脚だ。となるとVOAに殺られた現地人の死体かな?
前後左右そして上、他のVOAは居ない。よしカウンター越しに狙いを定めて。
(ヒュッ、ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!)
良し!VOA1体始末!さてと、コーヒーショップの中には、VOAはもういないと思うけど、再確認って……うわぁ、なにこれ?複数の裸の現地人の死体?なんじゃ、これ。
えーと……、服が剥ぎ取られ、口に詰め物されているのは女性で、複数の下半身丸出しは男性?ああ……そういうことね。己の性欲を抑えきれず、本能を露わにした加害者達と、その被害者ね。でもって、行為に夢中でVOAの出現に気付かず、まとめてVOAに殺られた訳ね。
犯られた被害者は可哀想だけど、加害者は自業自得、レイプ犯なんて死んで当然。仮に生きていたとしても、私が殺してる。
「犯られた……か」
「ん?何か言ったか?」
「ん、何でもない。あの角を右に曲がれば、回収ポイントが見えるんだっけ?」
笑っちゃう。犯られたなんていう言葉を平気で使ってる。昔はこんな言葉を口に出すことなんてなかった。そりゃぁ、友達同士で親が眉をひそめる様な言葉は使ったことはある。やられたという言葉を使った事もある。でもその場合も、されてしまったという意味で、犯られたという意味じゃない。
普通に暮らしていれば、その危険性は皆無とはいわないけれど、犯られるという状況には陥らない。なのに今の私は、それを普通に使うし、思い浮かべる。
そもそも前の様な普通の生活ならば、腐りかけで膨らんだ遺体やら、ほんの少し前に死にましたみたいな死体は転がってない。初めて放置された遺体を見た時は、嘔吐した。同世代の女性や、年下の少年少女の遺体を見た時は、此処に彼等を追いやったの自分達だと、余りの申し訳なさに嗚咽した。
今は何も感じない。彼等は弱かった。己が国力を過信して蝙蝠外交を行った結果、双方の陣営に嫌われ、味方が居なかった。その結果に過ぎない。彼等の行いは、私が命じたからじゃない。彼等自身が選んだ結果。
此処に何度も降りて、私は学んだ。気にしても仕方が無い事は、気にしない。どうにもならない事は、どうしたって、どうにもならない。
自分に対する言い訳だなんて事は、重々承知してるよ。だから、何?
たった50mを進むのに1時間。湧き出るVOAに対処しながらだから、仕方ないとはいえ堪ったもんじゃない。角を曲がれば、回収ポイントまで100m。ということは50mの2倍だから、あと2時間はかかる訳?!
ああ、やってらんない。で、角の向こうは……っと。これは……また、残骸だらけの大通りとはね。泣き喚くだけで何の役にも立たない新人を追い立て、負傷者を引き摺りながら、この残骸をすり抜けろと。ありがたくて涙がでてくるよ。
左側のビル。突っ込んでいるバスの影に6体。右の車の影に2体。前方に団体さん。角を曲がった途端にこれだ。千客万来?いやいや、どう考えても有難迷惑以外の何物でもない。
回収ポイントからの観測情報に依ると、此方側から見て、回収ポイント前方右側のビル2階に野盗が居て、バスやら何やらの残骸で見通しが悪いけれど、回収ポイント前面50mはVOAだらけ。この場所から私達を無事に還す気の無い方々が、大歓迎してくれるらしい。
「バスの影の6体はこちらがやる。車の影はそちらで頼む」
「了解。排除後は、回収ポイント前のVOAが一気に此方に来ると思うけど、強行突破と言う理解で良いのね?」
「ああ、強行突破になる。どうも後ろの方からもVOAが移動してきているらしくてな。挟み撃ちにされたら。楽しい未来しかないんだわ」
最っ低!大量のVOAに刺突されて穴だらけにされて死ぬ未来なんて絶対に嫌。回収ポイント寸前まで来て、死に戻りはやだよ!
「3数える。3ちょどで発砲を開始。良いか?良いな?準備!」
「1.2.3!」
(ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!)
ああ、何て頼りない音だろう。
(ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!)
何て、頼もしい音だろう。私は未だ生きてる。仲間も生きてる。
「右!クリア!」
「左!クリア!」
「行け!行け!行け!前に、行けっ!新人行け!仲間を見捨てるな!絶対に連れて還れ!全員で還れ!」
(ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!)
古参兵は、新人達が逃げられる様に援護。矜持とか、そんな格好の良いものじゃない。それが掟、暗黙の了解。単なる先達としての見栄と言う名前の強がり。
残った古参兵は、古参兵同士で援護しながら撤退する。零れ落ちたらお終い。だから怖い、凄く怖い。零れ落ちたくない。死にたくない。こんな狂った場所で死にたくない。死ぬもんか。こんな所で死んでやるもんか。生きて還るんだ!
「ああぁぁっ!誰かっ!脚がっ!腹に!」
この野郎!仲間の腹を刺しやがって!何をっもう一度刺そうとしてるんだよっ!死ねっ!死ねっ!この化物っ!死ねぇっ!
「うあ……あっあ…」
「諦めないで!私が連れて還ってあげるから!こっちを見て!諦めないで!」
こんなに重たかったっけ?命中は期待していないけれど、牽制の為に片手で撃つ銃が重い。ふたりで引き摺る負傷した仲間が重い。重いけど見捨てるもんか。
(ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!)
「しっかりして!あと少しだから、しっかりっ!此処で死んだら、私が殺すからねっ!しっかりしてっ!あと少しだからっ!」
(ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!)
頼りなくて、頼りになる音が聞こえる。仲間が私達を援護してくれる音が聞こえる。手招きする仲間が見える。叫ぶ仲間が見える。
怖い。死にたくない。泣きたい。でも泣くもんか!還るんだ、こんな狂った場所から皆で生きて還るんだ。




