1-13-4-1 masquerade 降下6班
masquerade、仮面、仮装、仮装パーティー。何も特別な事じゃない。人は皆、仮装して生きている。
例えば、兄や姉、少し年上の親族という生き物は、弟や妹、年下の親族に対する見栄とやせ我慢の塊で出来ている。本来の自分の姿を偽っているのだから、これも立派な仮装と言える。まぁ、対外的には、年上の年下に対する矜持という事にしておいてくれるなら非常に助かる。
ところで、仮装を通り越して容姿も肉体能力も激変した私は、禄でもない場所に居る。慈愛の神様なんて居ない。居るのは鬼や悪魔、死神ぐらい。神様に祈るだけ無駄な場所で狼狽なんてしている暇はない。
(ヒュッ、ヒュッ!ヒュッ!、ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!)
嗚呼……何とも頼りの無い発砲音だろう。サバイバルゲームで使われるエアガンのカシャッ!カシャッ!カシャッ!という作動音や、ビー、ビーという音を鳴り響かせる幼児用の玩具の銃の方が何万倍も強く感じる。
初めてこの銃の発砲音を聞いた人達は、一様に不安そうな表情を浮かべる。そりゃそうよ、彼等が思い浮かべていたSF映画等で良くある、ドシュッ!とか、バシュッ!等という重々しい音とはかけ離れた軽い音。こんな気の抜けた発砲音の銃で、VOAと闘えと言われれば、そりゃぁ、不安を覚える。
その気持ちは、十分理解出来る。私も最初はそう思ったから。でもね、こんな軽い発砲音の銃だけれど、その威力は拳銃や小銃とは比較にならない程に強力。
(ヒュッ、ヒュッ!ヒュッ!、ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!)
映画では、拳銃や小銃、果てはナイフ等で化物を屠るけれど、現実はそんなに甘くない。VOAは、未来から送り込まれた液体金属で作られたストーカーロボット並みにしぶとい。
あいつらは、拳銃の弾なんて弾く。小銃程度では、至近距離で滅多撃ちにでもしない限り倒せない。一撃で倒すなら、馬鹿みたいに重い重機関銃か対物ライフルでなければ無理。
そんな取り回し難い物で、俊敏なVOAに対抗するなんて自殺行為。直ぐに取りつかれて、屠られて人生終了。でも、今私が持っている銃ならVOAを倒せる。
(ヒュッ、ヒュッ!ヒュッ!、ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!)
何とも頼りの無い発砲音。けれど私には希望の音。仲間の誰かが近くでVOAか、現地人と闘っている音。自分は独りじゃないと知らせてくれる音。自分は未だ生きている。未だ闘えていると教えてくれる頼もしい音。
(ヒュッ、ヒュッ!ヒュッ!、ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!)
何を考えているか分からないVOAと闘うよりも、人同士の所謂戦争の方が未だマシだと言う人達が居るのは知ってる。その人達の考えを否定する気はない。
でも、私の意見を言わせて貰えるのであれば、下手に同族であるだけに、自分達と異なる倫理観や、道徳規範に対して憤りや、理不尽さを憶えてしまう人同士の戦争の方が残酷だと思う。
その点、そもそもVOAは理解不可能な相手。倒すか倒されるかだけの相手。単純明快、理不尽を覚える必要もない。
私は対現地人との戦闘経験はあるけれど、所謂普通の戦争、対人戦闘の経験はない。だから、相手の考えが想像可能な対人戦闘の方が、対VOAよりも楽なのかもしれない。まぁどうでも良い。今日も、今回も生き残る。それだけを考えよう。
(ヒュッ、ヒュッ!ヒュッ!、ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!)
誰かの発砲音が聞こえる。願わくばVOAがこんな場所で出てこないで欲しい。
仮想現実の中の廃墟は、画面上のオブジェでしかない。現実の廃墟は、何時、どの廃墟から敵が飛び出してくるか分からない障害物で、罠でしかない。
普通の時であれば、車は荷物も運べ且つ、集団で高速に移動できる便利な道具。だから、避難する際も車を使いたいのは分る。そして自分達は誰よりも早く避難を開始したから、道路は混雑していないと思うのも分かる。まぁ、誰もが同じことを考えて行動するので、避難経路は大渋滞で身動きが取れなくなるんだよね。
身動きが出来なくなった者達の未来は、時の運次第。渋滞中に災害が過ぎ去り、単に渋滞で時間を無駄にした者達。何とか渋滞から抜けきり、安全な避難場所に到着出来た者達。渋滞で身動きが取れぬまま、災厄に襲われ、命を失う者達。
「降着ポイントより各員。降着ポイント周辺に動体反応。注意せよ」
フェイスプレート越しに見える大通りは、昔はそ賑やか場所だったのかな。今じゃその面影すらなく、無数の車の残骸と瓦礫や何やらが散乱している廃墟の大通りでしかない。
(はぁっ、はぁっ)
大丈夫、死なない。死ぬもんか。VOAはこっちに来ていない、大丈夫。残骸や、瓦礫の多い場所は大嫌い。何処から何に襲われるのか分からない。
(はぁっ、はぁっ)
右よし、左の車……の下に何も居ない、よし。車の向こう側は……よし。フェイスプレートの後方警戒ウィンドウ……よし。外部集音……よし。
(はぁっ、はぁっ)
規則正しい呼吸。規則正しく呼吸する。大丈夫。大丈夫。冷静に行動すれば大丈夫。マップ表示確認。回収ポイントまでは……600m。遠いなぁ……。
最初に降下するグループが愚図だったお陰で、予定以上に降着範囲がばらけてしまった。遠いなぁ……回収ポイント。自分の呼吸音が耳に障る。やだやだ、なんで、私はこんな時間に、こんな暗闇の場所に居るんだろう?
フェイスプレートには増感映像が投影される。例え真っ暗闇の廃墟の街並みであっても、薄暗い夕方程度に見渡せる。いい加減に慣れなければ駄目だと思っているけれど、未だに、この廃墟の風景には慣れない。いや……慣れたら駄目なのかもしれない。難しい事を考えても何が変わるわけじゃない。どうでも良いや。
此処に来るのは何度目だっけ?20回目?30回目?いや違う、24回?そう24回目。最初の話では10回で終了だった実戦訓練も、余りに多発的にそして大量に発生するVOAのお陰で派遣回数はなし崩し的に増加し、数えてみれば今日で24回目の出撃。
期間が延長された事で、当初の派遣組以外の新人達も増えた。お金目当ての馬鹿な人達が増えた。もう、そんな彼等と私達を入れ替えてくれないかなぁ?私はこんな場所には来たくないのに……。あと何回、こんな場所に来ないといけないの?
(ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!)
何で今日に限って深夜に無理矢理兄にディスカウントストアに車で連れていってもらったんだろう。おかげで、自業自得とは言え、降下回数も地域も何もかもバラバラ、出遅れ者達を寄せ集めた遅延出発組になってしまった。
お陰で最低な馬鹿な新人とペアを組むはめになった。別に新人だから最低な訳じゃない。馬鹿がペアだったのが最低なだけ。
本当に嫌になる。あの馬鹿が平和そうな顔をして出迎えに来たら、その場で撃ち殺してやる。最低でもペアで行動している筈なのに、私が暗闇の廃墟で回収ポイントに向けて単独行動しているのは馬鹿のせい。
馬鹿が降着に尻込みしたお陰で、只でさえ他の人達から逸れた場所に降着したのに、無事に降着したと思えば、俺Tueee!で突貫していった本日の私のバディは何処で何をしているんだろう?もう死に戻りして、回収ポイントの防衛でもしているんだろうか?本当、最低、ありえない。泣き叫んで許しを乞うまで、何度も撃ち殺して、何度も死に戻りさせてやる。……ん?後方警戒サイン?あの車の影?!
(ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!)
やった!近づかれる前に仕留められた。車の影に隠れて後ろから此方に飛びかかろうなんて、百万年早いのよ、このVOA!思い知ったか!
(ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!)
集団で歩くだけで、安心する。独りじゃないというのは、なんて良いのだろう。今夜の降下班、降下6班にやっと合流できた。私の消え去ったバディを含めて何人かは勘違いの新人は混じっていたけれど、残りは私と同じ程度の出撃回数の人達が多い。阿吽の呼吸とまではいかないけれど、狼狽して使い物にならない人が少ない。それだけで帰還確率が大幅に変わる。素人が少ないというは、本当に楽。
だから今日は無事に還れる。死の痛みを味合わずに還れる。還るんだ。今日は泣き叫ばないで、澄ました顔で直立型待機槽から出るんだ。
「正面の角の向こう、左側、焼け跡のビル2階、動体反応」
動体反応?VOA?それとも、現地人?
「動きから見て、現地人。此方への攻撃準備中とみられる」
「了解。俺が撃ちこむ。各自は周囲を警戒。VOAの突発襲撃に備えろ」
身勝手で酷い事をしている自覚はある。けど、だから何だというの?彼等は各国から自分達の母国に強制送還されただけ。私達は彼等の代わりにVOAを討伐しているだけ。その討伐の邪魔をする野盗に成り果てた者達を排除しただけ。単にそれだけの事。それ以外の事は私達には無関係。考えるだけ無駄。
助けろというのであれば、貴方達がこの場所に来て、自腹で彼等を助ければ良い。私達はそれを止めはしない。でも、何があっても貴方達の自己責任。こんな筈じゃなかったと、後で泣きつかないでね。
「対象の排除確認。VOAが来る。準備」
本当に面倒臭い奴等。昼間は何の反応も見せないのに、夜の爆音はVOAを呼び寄せる。だから本当は攻撃で爆音を出す事はしたくない。静かに音をなるべく出さない様にして回収ポイントに行きたい。
じゃぁ、先程の現地人の野盗も、攻撃なんてしないで無視すれば良かったじゃないかなんて言われても困る。此方が無視しても、野盗の奴等は、私達を無視してくれない。どうせ奴等が私達を襲う時に、攻撃に伴う発砲音や、爆音が響き渡る。だから、放置しておく意味がない。
撃ち込んだ場所から漏れ出す橙色の光の揺らめきが、暗闇の廃墟の街路を照らす。焼け跡なのに、未だ燃える物があったとはね。……ああ、蛋白質が燃えてるのか……。どうでも良い、私には関係の無い話し。それよりも、やって来るVOAへの準備をしなくちゃいけないな。
VOAは準備していれば、撃退出来ない相手じゃない。狼狽しなければ十分に対処できる。落ち着いて。落ち着いてやれば、死に戻りしないで還れる。
願わくば、残りの1から5班はしっかりした人達が多く。最も遠くに降着させられてしまった私達6班を救出に動いてくれれば助かるんだけどな。




