1-13-3B Side Story 5 帝国突撃兵
一部修正と並び変えです。
分かってる、まだ30分も経ってないって分かってる。だから、嶺から到着したっていう連絡が無いのも当たり前、運転中だから電話出来ないのも分かってる。
しまった……あの娘、何色のスクーターで来るんだろう?あの娘の事だから、白かクリーム色とは思うけど。
ああ!どんな格好かも聞くの忘れた!相変わらずのロングスカートをたなびかせながら、初夏の街中をスクーターで爆走しているのかな?
流石にバイクだからジーンズかな?でもあの娘だからなぁ、なんにも考えてないからなぁ、そういう部分は。
それよりも、事故を起こしていないかとか、事故に巻き込まれていないかとか、気が気じゃない。
あの娘は、運動神経が壊滅的。スカッシュをやれば空振りし、テニスをやればラケットをほり投げ、ビーチボールを顔面で受け、バッティングセンターで、バットをホームランにする。
そんな、あの娘がスクーターでこっちに向かって来ている。その事実に気づいてから、心配で仕方がない。
駄目……、気持ち悪くなってきた。心臓から口がじゃなくて、口から心臓が飛び出そう……。
局の人が、調べてくれた。あの娘は1時間くらいだと言っていたけど、あの娘の家からだと、ここまでスクーターで2時間はかかる。
ああ、2時間近く心配しなけゃいけない。スクーターでこっちに来るのを、許可しなければ良かった。
お願い、事故だけは起こさないで、事故にも巻き込まれないで。嶺、遅刻しても良いからここまで無事に来て。
味も何もない黒い色の飲み物。気を落ち着かせようとコーヒーを飲んでも、全く味がしない。
はぁ……、まだ1時間程度しか経ってない、未だ後1時間もこんな気持ちで待つの?ほんとう……許可しなけゃ良かった……。
ヴゥーンッ!ヴゥーンッ!ヴゥーンッ!
「っ!(嶺!?)」
嶺からの着信が表示されたとき、心臓がキュッってなった。嶺の電話だけど、電話の向こうが嶺じゃなかったらどうしよう……。警察とか消防だったらどうしよう。だって、まだ半分も時間経ってない。そんな気持ちが周りにも伝わってしまったのか、みんなが、こっちを引きつった顔で見ている。
「れ……い、嶺?!」
「佐野さん?到着しましたぁ!えっと……ですね、今TV局の入口の角の手前ですかね?そこに居ます。えーと、角を左に曲がると奥の方に駐車場の入口が見えるんですけど、どの駐車場に何処にバイク停めれば良いんでしょう?」
嶺の声が聞こえた時、腰が砕けそうになった。
「え?もう着いたの?あ、ちょっと待って!――――はい分かりました。嶺ナンバープレート何番?―――ん。ちょっと待って。はい――――番です。嶺?今連絡してもらってるから、少しまって。ん?一寸待って! ―――はい、そこで待つ?写す?わかりました。嶺、そのまま待っていて、人を送るから。それまでそこで待っていて」
「ほーい、横に停めて待ってますー」
「おい、誰か迎えに行け!嶺ちゃん分るよな!」
「はい!私、分かります!」
「よし、直ぐ外に行って嶺ちゃんの恰好と確認と、出発の合図する役目して。後、そこの2人付いて行け。もしファンが嶺ちゃんに気付いたら、引き離せ」
「佐野さん、うちの浦部を連れて、表の歩道で嶺ちゃんを待っている姿を撮りますから、じゃ行きましょう」
何とかなった、あ~間に合ったぁ。
うちの不手際のお陰でこの炎天下に外に行く羽目になって、浦部ちゃん御免ねぇ。アナウンサーの仕事とはいえ、御免ねぇ。
でもよかった1時間程度で来てくれたから、まだ収録準備開始までまだ1時間近くはある。ん、ちょっとまって?まだ1時間ちょっとよ?あの娘の家からは2時間かかるはず……。どれだけ飛ばしてきたの?!あの馬鹿娘!
「嶺……さん?」
「ん~?ああ、お久しぶりです~。暑いねぇ~。ごめんねぇ、今日は急だったし、これだからお菓子持って来れなかったよ~」
「ど・どうも。どんな格好かの確認と、出発の合図の係で来ました」
「あらぁ、暑い中ご苦労様です」
「あっ!ヘルメット被って、顔を隠してください!」
「え?!被るの?えー、あ・暑いから被るのはちょっとご遠慮したいかなぁ?」
「駄目です!嶺さんだってばれて、騒ぎになる可能性がありますから」
「えー、私を知っている人なんていないよ?だから止まってる時にヘルメット脱いでても大丈夫だよ、多分」
「えと、えと、あの色々手順があるんで、ヘルメット脱いじゃ駄目です」
「あー、そうなんだー、何時も思ってるけどTVって大変だねぇ。ん?何~?」
「あの、ところで、バイ……ク?バイクってスクーターじゃなくて、バイク?」
「バイクですよ?」
「ちょっと待ってて下さい。連絡するので!ヘルメットもうちょっとだけなんで、我慢して下さい」
私は、CUBEのファンで、そして実は嶺さんのファン。嶺さんは、どんなに下っ端でもお菓子をくれるから、餌付けされただけとかじゃないよ?
正直、動揺しているというか、誰も見た事のない嶺さんを見て喜びで震えている。普段の嶺さんは、体の線がくっきり出る服をあまり着ない。
けど今、目の前には、プロテクターは有るけれど、全体的に体にフィットした、体の線が分る服装の嶺さんが居る。誰も見た事がない嶺さんが居る。
「ねぇ?あれCUBEの葉月じゃない?こっちに歩いてくるの!」
「本当だ!あれ?瑠璃も摩利も居るよ」
「カメラとかも居るし、アナウンサーの人も居るってことは、誰か来るんじゃない?」
嶺を迎えに行く準備をしていたら、他の娘達も付いてくると言い出し、それ良いですねと言い出した編成の人間に押し切られ、外に出れば当然の様に出待ちのファンに見つかり、キャーキャー、ワーワー大騒ぎ。まぁわかっちゃいたけど、これも宣伝だし。
「―――何?え?判った。ちょっと待て、準備する」
「佐野さん、ちょっと大変だ。嶺ちゃん、スクーターじゃない。本当のバイクで来た。えーと、一度1周して合図してもらいます。驚かないで待っていてあげて」
はい?スクーターじゃない、本当のバイクってなに?
嶺、あんた、どんなバイクで来たの?まさか誰かの後ろにふたり乗りとかじゃないでしょうね?世間に嶺の顔を公開早々、男女ネタは止めてよ?頼むよ嶺……。
フォォォォォォ―――
合図から暫くして、低いエンジン音を鳴り響かせ、黒のスポーツタイプの中型バイクに乗った宇宙戦争の帝国突撃兵が手を振りながら近づき、そのまま手を振りながら加速して去っていった。
はぁ?嶺どこ!え?あれ!?
「また、1週したらここに来るので準備願います」
インナーサンバイザー付きの黒ベースに赤い模様のフルフィエスヘルメット。そのヘルメットの後ろから栗毛の長髪を出した少女が、フォンッ!という音ともにそのバイクに跨ったままエンジンを切った。
「頭では理解しているけど、感情が理解出来ない」って言うフレーズがあるじゃない?今ならこのフレーズが物凄く理解出来る。
うん、この娘は誰?嶺は何処に行った?ねぇ?あんた誰?いや、嶺なんだろうけどさ。
「ねぇ?あのバイクって女の人だよね?誰だろう?」
「さぁ?分んない。誰かゲストなのかな?」
周りの野次馬や、偶然居合わせたファンの子達は、目の前に居るのが嶺だとは欠片も想像出来ていない。誰か別のゲストだと思っている。
うん、お姉さんも、その理解に同意するよ。とてもじゃないが嶺とは思えないもんね。
バイクに跨った、ベストタイプの胸部、脊髄プロテクター、UVカットインナーやスリムパンツの上に肘膝のプロテクターを装着したどこかの帝国突撃兵の様な姿の少女が、ヘルメットを脱ごうとしている。
何時もとはかけ離れた嶺の姿に、私のチュルッチュルの皺のない脳みそは処理速度がオーバーフローしてしまっていたのだろう、ヘルメットは脱がないで、フェイスシールドだけで良いって言うのが遅れてしまった。
まぁ、言ったとしても、警戒感が常時希薄なこの馬鹿娘は、そんな事は聞きゃしない。暑いからという理由だけで、ヘルメットをここで脱ぐね、多分。
TV的にこんなおいしいシチュエーションで顔を見られるという意味を理解してないんだろうなぁ。
「ぷはぁぁ!この時期のヘルメットはやっぱり、あっつー。はひー、ヘルメット脱ぐと生き返るぅ~。あっ!到着しました」
ヘルメットを脱いだ後、シュタッ!という擬音付が付くような動作で手を上げ挨拶をしている帝国突撃兵の少女は、やっぱり嶺だった。まぁ、嶺以外だったらそれはそれで、困るけどさ。
「はぁ……しんどかった~」
脱いだヘルメットをタンクの上に乗せ、その上に手を乗せ、微笑みながら話しかけてくる嶺。片手で栗毛の髪をかき上げながら話しかけてくるその姿に、少しだけドキッっとした。
周りも同じだったのか、一瞬静かになった後、嶺だと気づいたファンの子達がスマホで撮影をし始めると、周囲にもその動きが広がっていき、ちょっとした騒ぎ。
そりゃそうよねぇ、嶺のイメージからかけ離れた格好だものねぇ、今の嶺は。
「きゃーっ!手を振ってくれたぁっ!」
嶺、手を振らない。というか貴女、性格激変してない?いつもの引っ込み思案の貴女は何処に行ったの?バイクに跨った貴女、物凄く強気な娘というか、強気な大人の女性に見えるのは気のせい?
スポーツタイプの中型バイクに身体の線が分る様な服装の女性が跨っているだけでも美味しいのに、更にそれが嶺だもんねぇ。
跨ったままだから、強調されているのかもしれないけど、妙にお尻の線が艶めかしいわね、あんた。ちょっとそのスタイル分けなさいよ。
嶺の姿に、ディレクターは大喜び。そして、周囲のファンや野次馬達のスマホの撮影を静止しない。そりゃそうだよねぇ、番宣になるもんねぇ、美味しいよねぇ。
「あ゛~いきかえる~」
渡された濡れタオルで、男らしく顔をゴシゴシ拭くのは止めなさい嶺。
嗚呼……、胃が痛くなってきたのは気のせいかな?気のせいだよね?どうしてこの娘は……というか!何時ものあんたは何処!
というか、今気づいたけど、あんた化粧してなかったの?化粧しなくてそれ?ちょっと後でお姉さんと話そうか、嶺。
「――寝坊した嶺さんが、今到着しました。嶺さん、これ自分のバイクなんですか?」
嶺は寝坊して、今到着したというシチュエーションにされインタビューを受けている。裏方へのインタビューと信じて疑わない嶺は、普段通りの嶺だ。楽屋に連れて行かれて、あれこれされた後、どんな顔になるのかちょっと楽しみ。
嶺には今日の出演、何時もの裏方じゃなくて、表に出る事は言ってない、だって言ったら面白くないもの。
でも寝坊ねぇ……。嶺はのんびり屋の人見知りっていうキャラクターにされそうねぇ。まぁご愁傷様。でも、寝坊としか言えないしね。そりゃそうよ。うちの会社の馬鹿共が連絡してなかったなんて言えないし。しかし、あのバカ課長と高科。来週には別の事業部に飛ばされているだろうな。本当に馬鹿よね。
それはともかく、嶺は、インタビューを受けて、不特定多数のファンの人達や、野次馬が多数いる子の場所で顔を晒している事が、さらに今のバイク姿が、どれだけの爆弾投下なのかを理解している……訳なんてあるわけないよねぇ。
「――バイクで来たのは、香さんが、何でも使って来て良いって言ったからなんですよ?あ、香さんって、うちのマネージャーで、あそこに居ます。綺麗でしょ!私に聞くより、一杯楽しい話を知ってますよ?」
嶺!なに、その悪戯っ子の目は!なに、こっちに話振ってるのよっ! あんた自分のインタビューをこっちに振って遊ぶ気だなぁっ!
「なんであんなことを……。なんであんな……。なんで手なんて振り返したんだろう……。あっー!おうち帰るぅっ!!」
バイクから降りて暫くたったころ、楽屋で嶺は何時もの嶺に戻った。嶺……あんたもしかしてバイク乗ると性格変わるの?
ああ、それよりも、明日から部屋の隅っこに逃げようとするこの馬鹿娘を引きずり出すのにどれだけ苦労するかと思うと、胃が痛い……。




