1-3b 未来は無理やりやって来る
居間からは、夕食後に嫁と子供達が見ているバラエティ番組の音が漏れてくる。何時もの夜と変わらない時間が流れている。漏れ聞こえてくる君達の笑い声が、少しわざとらしく聞こえるのは、気のせいだよね?
「今の内にネットバンキングで、口座確認するか……」
口座の残高証明を見て、一瞬呼吸が止まり、心臓がバクバクする日が来るなんて思ってもいなかった。マウスを持つ手が震えるなんて初めての経験だよ。
神様ありがとうございました。私は、お金持ちになりました。じゃなくて、これで確定か……、パニックになっている場合じゃない。現実を直視しないと。
家族にどうやって説明するのが良いのだろうか。掌の星の事、お金の事。何より、自分自身が理解しきれていないのに、何がどうなってこうなったとかをどうやって説明すればよいのか。
まずはお金の説明だ、私に何かあっても、お金があれば何とかなる。
「ゲームマネーでお金持ちになった」
駄目だ、ゲームマネーという単語が致命的だ。父の威厳以前の問題だ、痛い人になってしまう。例え、帰宅したら直ぐにネトゲを始める、ネトゲ中毒とか言われていても、譲れない最後の一線というものがある。
というかね?チャンネル権を少しだけ配分してくれたら、ネトゲの時間も減るのよ?え?配分するチャンネル権なんてない?大人しくネトゲしてなさい?
ふっ……見たい番組も無いからチャンネル権が無くても問題ないけどな!負け惜しみじゃいから!無いはず、うん多分。
ニュース見せれば信じてくれるかもしれないけど、バラエティを中断させてまでの事でもないよね。いやどう取り繕おうとしても非常事態、いやそれ以上の異常事態か……これは。腹は決まった。後はどのニュースを見せるかだが……ふむ、このネット配信の動画で十分か?
ああそうだ、その前に、注意事項をちゃんと言うのも忘れない様にしないと。家族が星持ちと分かったら、金欲しさにどこの誰が何をしでかすか分からない。
掌の蒼い星が、大金や宇宙船を掴んだ人間というのが、世界中に周知されてしまった。それもこれも、あのドヤ顔の粗忽者のお陰だ。覚えてろあの野郎。
金の為なら常識をかなぐり捨てる人間なんて、吐いて捨てるほど居る。他人様にとってこの蒼い星は、生きた財布の目印。だから、不用意に言いふらしてはいけないと説明しておかないと。
私の掌の蒼い星のせいで、家族に危害が加わる可能性もある。私の掌の蒼い星は、徹底的に隠さないと。
絆創膏?包帯?どっちがよりさり気なく蒼い星を隠せるのだろうか?
確認した口座には、サラリーマンが一生かかって稼ぐ何倍もの残高が記載されている。だから、明日から引き籠る事も可能だ。引き籠れば他人にばれる事は無い。
けれど、そうはいかない。何でまた来月じゃなかったのか、いや来週じゃなかったのか。ほんのあと少しで、指折り数えた、早期退職の日だったというのに……。
とりあえず、絆創膏か包帯のどちらを使うにしても、来週末まで誤魔化し通さなければ。何か筋の通った理由を考えなければいけない。
VOAの咆哮が聞こえる。バラエティが終わって、VOAのニュースが始まったんだね。皆で居間からこの部屋を覗き込むなんて……父ちゃん照れる。えへ。
「境界の彼方、というオンラインゲーム……」
「登録者という……」
「1か月後には、容姿はゲーム内のキャラクターに……」
「お父さん、どっちかの掌に星……あるの?」
「ん……、ああ、ニュースを見たの?」
「うん……昼間から、飽きるほど見たから……」
「何だ、みんなニュースで知っていたのかぁ。気を使って損したよ」
それで、みんな変に明るかったんだね。
「本当に蒼い星があるんだ……光っている」
「この青白く綺麗なお星が、ニュースで言っていた星です。あとね、さっき口座を確認したけど、物凄くお金持ちになってます」
何故、泣きそうな顔をするのかな?何があっても、君達に十分なお金を残せるのが、不幸中の幸いなんだよ。お金があれば、世の中は何とかなるからね。
「なんで!こんなゲームしたの!なんで!」
「何でと言われましても……」
キャラクリの誘惑に負けた。何てことは、口が裂けても言えない。父の威厳を保つためにも、家族にも言えないです。まぁ、ネトゲしている段階で殆ど威厳なんてないけどさ。
「こんなゲームして無かったら……光る事も無かったのに!」
「でもね、ゲームをしていたから、優先的に母船に退避できるんだよ?」
暫くしたら、誰もが我先に退避したがると思うよ。安全な場所は、フィールドで守られた船だけだと知られ始めたら、それこそ雪崩を打つ様に「乗せてくれ」と叫び出すと思う。
ゲームの世界観や設定がそのまま当てはまるならば、現在の地球の軍隊、普通の兵隊の兵装だとVOAは倒せない。当たって欲しくない未来予測だけれど、当たってしまうだろうな。
「お父さんも、船を持っているの?」
「持っています。機動工廠まで持っています。なので、何かあっても直ぐに船に乗れます」
ふふん。褒めたまえ、褒めたまえ。少しだけ、実物になった宇宙船とか、チームルームを見るのが楽しみだったりするけど。それは内緒。そんな事を少しでも口走ってみなさい。嫁に殺される。
「ニュースに映っていた、あのVOAが日本でも出るの? ここらあたりにも来るの?」
「場合によっては来ると思うけど、大丈夫」
何かあっても君達は母船に優先的に避難できる。だから心配しなくて大丈夫。
「容姿とかが、変わるって……、どんな姿になるの?」
「えー、誠に遺憾ながら、この画面のキャラに変わります」
君達の安全が、容姿ひとつで買えるのだ、安いものだよ。
「このキャラになるの? お父さん、女性キャラ? 変態?」
「へ・変態ちゃうわ。男のキャラの後ろ姿を見て、喜んでいる方が怖いような?あ、そうだ、貴女達の容姿も、乗船後に若干変更出来るみたいだけど、余り弄らないようにね?」
「え? 私達も弄らないといけないの?」
「いや、そうじゃなくて若返りとか、身長とか、手足の長さとか、造形とかを、整形じゃなくて弄れるみたいよ?」
そこの嫁、腹を摘まみつつ、頬を押さえて一寸嬉しそうな顔したよね、おい?
「このキャラになるんだね……」
うん。これになって今の姿には二度と戻れないけれどね。まぁ君達の安全が買えるんだ、安いものさ、姿が変わるなんて。
「よし! 明日は、会社休もう。そして、今の姿での最後の家族写真を、明日撮りに行こうか」
このキャラになるってことは、29日後、君が見ているお父さんは消えてしまうから、今の姿を忘れないで欲しいんだ。
「明日は、休暇取得一週間前の最後の週なんだから、会社に行って挨拶とかあるんじゃないの?」
「1日位いいさ、だけど本当にタイミング悪いよねぇ、遺産整理終わって、やっと来月末に早期退職予定だったんだけどなぁ……。
ま、嘆いても変わるわけじゃなし。さて、ちょっと調べて……あらま、この写真館有名になっている。明日、この写真館行こうか」
「なんでこうも、同じ行動とるかな……」
「人の事をどうのこうの言えないと思うよ?」
後で聞くと、その日の夜の行動は、みんな似たり寄ったり。誰もが如何に掌の星を隠すかを考えて色々な行動をしていた。
洗面所で手を洗う、メガネを拭く、目のマッサージ。大判の絆創膏を買いに行った、マジックで塗りつぶそうとした等々。何もしないで大手を振って出かけるという勇者は誰も居らず、大判絆創膏派と包帯派に落ち着いていた。私は包帯派だ。
現実から逃れようとしても手の星は消えない。ネットバンキングを何度確認しても膨大に増えた残高は変わらず、逃げ道の無い現実を突きつけてくる。
家族には動揺していないふりをしていたが、実際のところなかなか寝付けず。やっと寝たと思っても直ぐに目が覚める。何度もそれを繰り返し、気づけば朝だった。寝られなかった理由は、今では余り覚えていない。自分達の姿形が変ってしまう。その未来が不安だったのか、それとも何か別の理由があったのか……。
分かっているさ。見えないふりをしているのは。逃げきれそうにない現実に、直ぐにやってくる未来に、ただ怯えていた。
「クエスト正式開始前に、対象者は最低10回の実践体験が課せられます」
「死に戻りの際は、痛覚が反応します」
望もうと、望まぬとも、未来は無理矢理やってくる。
2018/12/16 「1-3てのひらにお星さま」の修正で文が長くなり、その1とその2に分割しました。