1-13-3B Side Story 1 おじさんキラー
一部修正と並び変えです。
新人ミュージシャンは、年に何人も、何組も出てくる。でも、生き残れるのは極僅か。
この世界は厳しい、キラリと光るだけでは売れない。キラリじゃなく、ギラギラ輝いてからやっと、売れるかもしれない未来へのスタートラインに立てるかもしれない抽選会に並ぶことができる。
そう、スタートラインじゃなくて、抽選会。この世界は過酷。キラリ程度じゃ、よほどの強運でもないとこの抽選会に並ぶことすら出来ない。
何人も、何組もの新人達が夢破れて、消えていく。
コネがあればどうにでもなる?運が良ければ良いじゃない?そうね、脚光は浴びられるかもね。でも、それだけ。
この世界は、残酷。運とコネだけでは、一発屋と言われて直ぐに消えていく。
「君の初めての担当だ、履歴書とかは、まぁなんだ……適当に読んどけば良いから。とりあえず、ひとり立ちの練習と思って気楽にやれば良いから」
「……はい、わかりました」
こんな私に……入社してまだ2年目の私に押し付けるってことは、キラリ程度なんだろうな。4人組、歌と演奏は3人だけ、残るひとりは編曲、作詞とレコーディングメンバーというグループ。
この娘達可哀想だな……。この娘達も直ぐに消えていくんだろうな。
「こんにちは、私が貴女達の担当マネージャーの佐藤です」
瑠璃、葉月、摩利の3人と、隅っこに行こうとしているのに、他の3人に押し出されて真ん中に座っている、写真以上にウルトラ童顔の嶺。
不思議な雰囲気のグループ。それが、初めて彼女達に会った時の第一印象。
そして、理由を聞かれてもこまるけど、何故だか知らないけど、会った瞬間に、この娘達は売れる。そう、感じた。
デビューしてから、あれよ、あれよとドタバタしている間に、ふと気付けば3年目が少し向うに見えている。
マネージャーの私が言っていいことじゃないけど、ファーストアルバムは、売れていると言われても信じられなかった。
セカンドアルバムは、ファーストアルバムは偶然売れただけで、セカンドアルバムは売れないかもしれないと心配していたが、杞憂に終わった。
そして今、サードアルバムを作っている。嶺の口癖じゃないけど、本当に夢を見ているよう。
最初の頃、嶺の立ち位置が全く分からなかった。何故嶺が必要なのと他のメンバーに聞くと、嶺は絶対に必要と異口同音に力説してくる。暫くして、何故そこまで力説してくるのかが分ってきた。
あの娘、嶺はクッション。物凄い人見知りの癖に、メンバーの中で一番大人で、しっかり者そして、沈着冷静。
例えば、突然のトラブルで私を含めた他のメンバーが慌てふためいても、嶺だけが落ち着いて対処する。嶺が慌てていなければ何とかなるという、変な安心感がある。
「誰かが体調を崩して、駄目になったら……夢が覚めてしまうじゃないですか」
嶺は、メンバーの体調や、感情の起伏を本当によく見ている。誰かが疲れた顔をしたら上手に休憩する方向に誘導し、レコーディングが上手くいかずに皆がイライラしだすと気分転換の休憩を入れてくる。
メンバーだけじゃない、スタッフの感情も本当によく見ている。下手なマネージャーよりマネージャーだったりするので、たまに私の立場が無い。
休憩と言えば、お菓子タイム。他のメンバーも買ってはくるけど、嶺は他のメンバーが休憩中に食べるお菓子と一緒にスタッフ用の差し入れを必ず持ってくる。
「自分達が食べるのに、他の人が食べてないとかそういうの、耐えられないんですよ。あはは、だから気にしないで食べて下さいね?」
良い子ぶってるでもなく、社交辞令でもなく、本気でそう思っている。誰も食べないと嶺も絶対にお菓子に手を出さない。そして、段々とドヨ~ンとした雰囲気を纏い始める。
耐えきれなくなったスタッフがお菓子に手を出すと、一転、にぱっ!と笑顔見せ、嬉しそうに自分もお菓子に手を出す。
お菓子の中でも、シュークリームは定番。何回かに一回は必ずシュークリーム。嶺の大好物。
「休憩じゃないと食べられないじゃないですか、だから自分が食べたいだけなんですよ」
そう言いながら、メンバーだけではくスタッフにもちゃんと声を掛ける。
休憩を入れようとするときは、何気なく声を掛けてきたり、そして、今日みたい録音ブースの前のロビーで踊って……いたり?はぇ??
あの奇妙な生き物達は何なのでしょう?差し入れのシュークリームを両手に持って変な踊りをロビーで踊っている嶺、そのシュークリームに追随して動く、瑠璃と葉月。
餌付け?新しい芸でも仕込んでる?それとも呪術でも覚えた?
「今日は、カスタードじゃなくて、ドリアンクリームに手を出してみました!あ!手に持ったらちゃんと食べて下さいね」
嶺……それはちょっと、チャレンジが過ぎるのでは?それと、皆が手に持つまで中身を言わないなんて……鬼?
待って、貴女両手に持ってるけどそれ食べられる……よね、貴女は食べられるのよね。
そうよ、貴女はドリアンを匂いがキツイけど、バニラアイスみたいな味だってモシャモシャ食べられる娘だったわ……。
やっぱり、さっきの踊りは皆を地獄に連れていく呪いの踊りだったのね、何て恐ろしい娘なの……。
CUBEと仕事をしたことがあるスタッフは、ロビーで嶺がもきゅもきゅしながら、唸っていても動じない。
何故ここにCUBEの3人以外の人間が堂々CUBEの休憩するべきソファーに座っているのかと、不思議に思わない。初めてのスタッフは嶺を見て驚く。
「ふんぬぅーっ!」
今日はスタジオがイカ臭い。匂いの発生源は、嶺。
どうやら、作詞の手直しが上手くいっていないようね。
他のメンバーの録音や練習に付き合っていない時、嶺はよく作詞の手直しをロビーでしている。手直しに手間取り始めると、嶺はスルメイカ、それも炙る前のスルメイカを引きちぎりモシャモシャしながら、吠える。
物凄くお酒は弱いのに、するめは大好き。
曰く、「この炙る前の硬さが良いんじゃないですか!」
良く分からないけど、良いらしい。
童顔の嶺が、両手で1枚のスルメイカ持ち、そして噛みつき、吠えながら引きちぎり、モシャモシャ。
一心不乱に ふんぬぅーっ!そして モシャモシャ。
初めてのスタッフはその姿を見て、呆然とするまでがデフォルト。
そりゃびっくりするわよ。挙句にケーキやら、シュークリームやらの甘い匂いとスルメイカの匂いが混じってファンタジックな香りが……。
「誰か換気扇回して!嶺、貴女何枚食べる気!それ2枚目でしょう?ごはん食べられなくなっちゃうでしょ!最後の1枚は没収!するめは暫く禁止!」
……駄目、そんな絶望した表情しても、駄目なものは、駄目です。
「しゃくしゃくしゃくしゃく……」
はぁ……昨日、するめを禁止したら、今日は野菜スティック(自作)。なんで貴女はそう極端から、極端にいくの?
「あ?香さん、野菜スティック食べます?ピクルスにしようかとも思ったんですけど、ピクルスは手で食べられないので生野菜スティックにしたんですよ。
タッパに一杯もってきたんですよ、ニンジン、セロリ、胡瓜、大根とそしてキャベツ。あとこのディップ手作りなんですよ。美味しいですよ?」
嶺、生野菜セットもスタッフさん達分を含んだ量を用意するのね。
嶺は表に出てこない。だから普通のファンは嶺を知らない。嶺は自分は表に出ていないから、有名じゃないと思っている。
残念だけど、それは間違い。仕事仲間の世界で、嶺は結構有名。
「ふん、ふん、ふーん♪」
「おや?嶺ちゃん、ご機嫌だねぇ?」
「新作のシュークリームですよぉ!一杯あるんで食べませんか?」
嶺が餌付けを完了したおじさん達は、あちらこちらに居る。何気にあの娘は、顔が広い。
別の意味でも、一部のおじさん達に嶺は有名。
「佐野さん、ちゃんと嶺ちゃんを見ていないと駄目だよ。他の娘達と違って、嶺ちゃん、男あしらい下手なんだから。あそこで、まだこっち見てるあいつ、最近売れてから天狗になっててさ、直ぐに手を出して捨てるんで有名なんだよ、危ないんだからさ」
嶺は変なところで、警戒心が緩い。この前なんて、居ないと思ったらロビーのソファーにもたれかかるように座ったまま、すぴぴー と幸せそうに寝ていた。
葉月が、インスタだかに上げていたっけ。
だからなのか、特に娘が居るおじさん達は嶺の世話をよく焼いている。変な野郎とか、女癖の悪い芸能人が来ると、嶺から遠ざける、邪魔をする、傍から離れない。
阿吽の呼吸で嶺をそいつから引き離し、私の所に連れて来る。私へのお小言と一緒に……。
何度も言って聞かせているんだけどなぁ。あの馬鹿娘は、本当に……。




