1-13-3B-5 CUBE
一部修正と並び変えです。
「香さん、首尾は?」
「瑠璃、本当っに良いの?嶺、怒るよ~?」
「大丈夫、大丈夫、怖いのは最初だけ、既成事実作ってしまえばこちらの勝ち」
「どこのおやじ?! 何処のおやじが女の子を堕とすの……」
結局、私は会社を退職した。単純に仕事がもう嫌だっただけ。宝くじが当たって、生活の心配をしないで済むと思ったら、仕事を続けるのが馬鹿らしくなっただけ。というのは、表向きの理由。本当は、会社でもあの時浴びたような性欲丸出しの視線を就業時間中や、帰宅途中に何故か居る、人事部の吉野から浴びる様になって、身の危険を感じたから。
気にし過ぎと思っていたけど、後日、吉野が強姦罪で逮捕されたと聞いてぞっとした。
予感があったのかもしれない、誰にも顔を覚えてもらいたくなかったのかもしれない、会社の中ではマスクをして働いていた。だから私の顔を、新しくなった、変わってしまった顔を覚えている人間は殆ど居ない。
だから、元の会社の人で今の、私、マスクをしていない私を想像できる人はいない筈。
新しい身分証明書を貰い、退職を契機に転居した。だから私が住んでいる場所を元の会社の人達は知らない。
被害者には悪いけど、退職していなかったらそして、退職を機に転居していなかったら、その被害者は私だった。私は薄皮一枚で助かったのだと思うと暫く震えが止まらなかった。
あのナンパ事件(別名スタバ号泣事件……泣いてないのに!)の時、逃げる私を見かねて助けてくれたのは、駆け出しミュージシャンだった瑠璃、葉月そして摩利。衝撃的な出会いだったけど、なぜか気が合った私達は、その後も頻繁会う様になった。
何度か会ううちに、黙っているのが辛くて、縁を切られるのを覚悟の上で、元男で変異して女性になったと彼女達に正直に話した。けれど、彼女達の私に対する態度は、何も変わらなかった。
けれど生活は、激変した。気づいたら私は彼女達のバンドメンバーのひとりになっていた。歌わない、楽器も演奏しない、不思議なメンバーになって、今に至る。うん、解せぬ、何故こうなったし……。
まぁ、退職して何をするわけでもなく、「ぼ~っとしているだけでしょ?」と言われて反論出来なかった私に逃げ道は無かったけど。
ま、彼女達がメジャーデビューしたら、流石に私がその面子に含まれるわけがない。それまでの、お遊び見たいなもの。彼女達が売れたら、売れる前の友達ですといって、TVに出るのが今の私の夢。
「くあぁぁぁっ!歌詞が思いつかない!」
「嶺……いきなり雄叫び上げないでよ。ただでさえ明日のこと考えてて、緊張で心臓が口から出そうなのに……」
「明日……ああ……明日だよね……。嶺、良く歌詞なんて考えようと出来るね……私は無理だぁ!緊張するわー、緊張で涙でそう。」
「涙っていったら。あの夜バンド名どうしようっか~?とか話しながら歩いていたら、必死に涙を堪えながら手をギュっと握りしめて歩いていた嶺を見つけたんだよね~」
「そうそう。で、ほら行くよって、手を握ったら、眼はウルウル、手なんか震えてるしさぁ~。いやぁ可愛かったなぁ~。でもってあの時、瑠璃と葉月は男達をガルガル威嚇してるし、私はどうしようかと思ったよ」
「あの後さ、スタバの近くで男達がやっと居なくなったと思ったら、摩利に手を繋がれてた嶺は、ボロボロ涙流すし!」
「ボロボロ泣いてないでしょ!」
「でも涙出てたし。お陰で、どう見ても、同じ年ごろの普通の女の子をスタバの前で恐喝する、ストリートミュージシャンの少女達。通報事案一歩手前のスタバ号泣事件」
「号泣なんてしてないでしょ!」
「スタバ入ったら、えぐえぐしながら、わた・わた・わたしが出します~とかアワワワ言ってたよねぇ」
「「「とても、中身が元おっさんとは思えない」」」
「うるさいよ、あんた達……。明日、あの音楽会社の本社に付き合うのは、誰だっけ?」
「へへぇ~!嶺ちゃんで御座いますぅ~」
この娘達は、いまだにあの時の事をネタにする。もうこれは……一生言われるのを覚悟するしかないかも……。
「そういえば、今更だけどね?バンド名のCUBEってどんな理由でつけたんだっけ?聞かれたら何て答えるか考えてる?」
「あへ?ひひてなはった?(あれ?聞いてなかった?)」
「葉月……シュークリームはちゃんと飲み込んでから話そうね?で、理由って何なの?」
「4人だから、CUBEの方が良いかなって思って、CUBEにしました」
「何か良く分かった様な、分からない様な……。とりあえず、なんで4人?バンドの人数は、瑠璃、葉月そして摩利で3人だよね?誰か新しい人でも入るん?」
「「「ん?嶺、メンバーでしょ?」」」
「んん?それデビューする迄じゃぁ?」
「はぁ~……。あのね嶺、会社の人にCUBEは、私、葉月、摩利そして嶺ちゃんの4人ですって連絡してあるから。メンバー4人だから」
「はい??私、楽器も歌も出来ないでしょ?」
「歌ってるし、歌詞作ってるじゃん」
「いやいやいや、それは代理で歌ってるのと、歌詞の手直し程度でしょ」
「それも、ちゃんと会社の人にもそこはちゃんと伝えてあるから。表では歌わないし、演奏もしないし、人見知りなんでステージにも立たないけど、渡したデモ音源だって嶺が代理で歌ったりして音を合わせて作ったりしているし、私達の唄の作詞は必ず嶺と相談しながら手直しをしてるって伝えてある」
「いや……それ会社の人も困るでしょ?そんな事言ったら」
「え?会社の人、何も言わなかったよ?明日の打ち合わせには連れて行きますからって言ったら、納得してたよ?」
「ということで、嶺ちゃん。明日はミニスカート履こうっか」
「無理」
「なんでさぁ~。脚綺麗なんだからさぁ~、ロングスカートばかりじゃ楽しくないよぉ?」
「無理な物は無理。スカート履いてるだけで大進歩!女性初心者にミニスカート等という上級コースを望まないで戴きたい」
この娘達と会う様になってから、私は少し変わったと思う。例えば服装も、中性的な服装からより女性的な方向になったと思う。まぁ、未だセンスが悪すぎると不評だけど……。女性寄りのセンスになったと思うんだけどなぁ?奥が深すぎるんだよねぇ、ファッションって。
「嶺~音合わせの時に代理で歌ったりしてくれるじゃない?だから今度ステージとかでも歌おうよぉ~、声も綺麗なんだから、ね?」
「どこをどう言う理由で、何がだから今度ステージに繋がるのか分からないけど、い・や・で・す。 人前で歌う?頭おかしいから、それ」
「いや……人前で歌うのを否定されると、私達の立場ないんだけどぉ……」
人が怖い、男性が怖いというよりも、あの時見たいな性欲だけの強引なナンパ目的の男達が未だに怖い。
瑠璃、葉月、摩利の誰かが要れば別だけど、そんな人間が多数出没する渋谷の繁華街や、池袋、新宿の歌舞伎町近辺を夜にひとりで歩くのは、今でも苦手。
自意識過剰なのは理解している。けど、仕方がない。買い物とか、飲み会でどうしてもそんな場所を歩くときは、小走りになってる。
「本当に夢の中に居るみたい……」
「夢じゃないからね、嶺」
「初めてマネージャーですって香さんに会ったと思ったら、あれよという間に売れて、そして今日も番宣でラジオにゲスト出演。あの娘達って凄いですよね」
嶺……貴女もその中に居るんだけどねぇ?
瑠璃、葉月、摩利の誰か?それとも全員?が運を持っている。私は凡人だから、彼女達の迷惑にならない様にしないと。
マネージャーの佐野さんにも迷惑かけられないし、一発屋で終わらない様に私も頑張って協力しないと。何しろ私は幽霊メンバーだからね、メンバーとして扱われると、どうにも心苦しくて仕方ない。今日のラジオ収録だけど、机の隅っこで目立たない様にしておこう。
「今日はCUBEの皆さんがゲストで来ています。瑠璃
ねぇ?なんで、私は真ん中に座ってるんだろう?
私は知らない間に魔物に魅入られていた。魔物に人生を後戻りなんて出来ない程に変えられてしまった。だけど、悪いことばかりでもない。最近はそう思う。




