1-13-3B-3 エルフィン変異型
一部修正と並び変えです。
「最初に申し上げます。貴女は大丈夫です。人として生きていけます」
「人……として?何の事です先生?」
「貴女は変異型、それも性別変異型の恐らく、エルフィン変異型だと思われます」
「えっ?!それって……」
その後の事はよく覚えている様で、覚えていない。気づいたら待合室に戻っていて、気づいたら家に帰っていた。
ま、それは病院も予想していたのか、「変異型になってしまった方に」というリーフレット?という名前の結構太い資料を貰った。
「身分証……作り直しになるんだ。そりゃそうだよなー。ここまで容姿、それどころか性別変われば、別人になったのと同じだもんなー」
ああ……明日の会社が憂鬱だな。診断書も貰ったし、リーフレットにも、ちゃんと説明する事が大事って書いてあるし、その通りにするけど、憂鬱だなぁ……。
春と夏の間の季節、朝早くは肌寒く、秋の様。けど、朝も遅くなれば春の陽となり、昼も近くなれば初夏の陽になる季節。
緑の匂いが、濃く漂う時期。今年はやけに緑の匂いを強く感じる。
今日は、やけに電車やバスの中の他の人の匂いが気になった。そんなに他人の匂いを気にする人間だったっけ?そして、いつもと同じ様な混雑具合だったのに、いつもより人が密着していた様に感じた。
「嶺さん、今日何か雰囲気が違いませんか?」
「マスク越しの顔で雰囲気変わったもなかろう?」
「いや、そうですけど……。顔だけじゃなくて体つきも何か?嶺さんですよね?」
「気のせいだ、気のせい!高市お前、女日照り激しくて、妄想見る様になったんか?」
「べ・別に旱魃になってませんよ! 」
「高市さん、砂漠状態なんですか?可哀想に……」
「砂漠じゃないですから!」
「まぁでも、高市さんが言うのも分るんですよね、嶺さん最近男性に見えないですもん」
「山本さんまで何を言い出すのやら……」
「そ・そういえば!今日コロン変えました?良い匂いしますよねぇ」
「なんだ高市突然、強引に話を変えようとしても、砂漠は砂漠だぞ。でも、コロン?あれ、そういえば最近つけてないな……。というかお前!男同士で体の匂いとか言ってるんじゃないよ……」
「いや、冗談抜きで大丈夫ですか?体の匂いが変る程の体調の悪さって大丈夫ですか?歳もあるんですかね?」
「殺すぞ……高市」
「うぉぉぉ!何か女性に言われているみたいで、何か変なのに目覚めそう」
「よし高市。このファイルを上げよう」
性別変異型の話を切り出せなかった。何て切り出して良いのか分からなかった。先延ばしにして良いことはないのはわかっちゃいるけど、出来なかった。
「……」
風呂上りの何時もの姿見の前。
右手で胸を隠し、左手で股間を隠せば、少し胸が慎ましい女性に見えなくもない。職場の同僚達が間違うのも無理はない。
いや少し哀しいけど、見栄を張るのは止めよう。左手で隠さなくても、股間は殆ど見れない程度に小さくなっている。喉ぼとけの出っ張りも薄くなってきている。そして、右手で覆った胸は、膨らみ始めている。
会社の同僚にはマスクで見えないけど、マスクを外した顔は以前の私じゃない。少し前に「貴方どなた?」と言われた時の声を思い出した。
「はぁ……結局言い出せないまま、明日は木曜日だよ」
少し前、体を洗っているときに、脚の付け根に違和感を強く覚えたが確認はしなかった。日が経つほどに、毎夜、毎朝と違和感も、そして恐怖心も大きくなっていったが、確認出来なかった。
その頃?いや、それ以前からか私は座って排尿するようになっていた。頭では理解していたのだと思う。けれど認められなかっただけだ。
今日は、流石に我慢出来ず、脱衣して風呂に入る前に何時の姿見の前で脚を広げて座り確認してみた。
暫く呆然として動けなかった。鏡に映るのは、既に出来上がりつつある女性のソレ、そしてそれに反比例するように消滅しかかっている男性の性器いや、その痕跡?しかない。
恐る恐る触れてみれば、男性の性器を触った時では感じなかった別種の感覚が伝わってきた。そして男性の性器……いや、性器の痕跡はは今までの様な感覚は無くなっていた。
リーフレットに書いてあった様に、連合病院に連絡したら、明日必ず来るように言われた。
連合病院に行ってから、1週間の休暇を取った。1週間では十分な様な、不十分な様ななんとも言えない期間だけど、先延ばしにしても仕方がない。今日はちゃんと出社して、皆に状況、性別変異型の変異だと言わないと。
「もう大丈夫ですか?」
「ああ、御免ねぇ、先週休んで。でも色々分って、ほっとしているんだ。私はねエルフィン、それも性別変容型変異らしいんだ」
マスクを取りながら、発した朝の爆弾発言による騒動は、隣の部署まで巻き込み小一時間続いた。驚くのも無理はない。自分だって、知り合いがそうだったら驚く。
ひと騒動の後は、連合病院でもらった診断書と何が書かれているか分からないお手紙を、病院の指示通りに上司同席の上、人事に提出。
手紙を読むまでは、胡乱な物でも見る様な目つきだった上司と人事の態度が、手紙を読んだ途端に豹変していた。非常に中身が気になるが、知っていて禄なことはないので、聞かない事にした。
「これから、どんどん変容して女性になって行くらしいので、よろしく」
「た・確かに顔は変わってるけど、本当に……本当に女性になっていくんですか?」
「らしいね。止められないらしい。まぁ独り身だからねぇ。その点では物凄く気が楽だよ」
「でも、胸は出て……あいたぁ!」
「たーかーいーちー?あんたねぇ?それ嶺さんに対するセクハラだからねぇ?」
「ええぇっ?!そんなぁ!」
風呂の後、何時もの姿見の前。
高市は胸が無いと言っていたが、実は少し出はじめている。女性器もしっかりと姿を整えつつある。そして、哀しいけど男性器は殆ど見えない。
近い将来やってくる結末。それに対する覚悟を決めなければならないのは分かっているが、心の整理は未だ付いていない。
ああ……そうだ、髪を伸ばすべきなんだろうか?流石に今のクールカットモドキでは、駄目だろうし。はぁ……そうすると風呂上りの髪の毛を乾かすのが大変になるなぁ。朝のシャワー時間を多めにとらないと駄目かぁ。
「うっしゃぁ、盆休みまで後1週間、最後の波を乗り切ったぞー」
「嶺さん、飲みに行かない?」
「いや、ちょっとまだ体調がねぇ?ごめんねぇ」
「まぁ、仕方ないですよ。若返る上に、性別変化が未だ終わってないとなると、体に相当負担がかかっているはずだからね」
「え?!そんなもんなんですか?」
「高市~、だからあんたはモテないのよ」
今頃、皆は盛り上がっているのかな?私は週末の映画三昧祭りの準備をしないとね。ん?コンビニで何か買って帰るかな。美味しいジュースでもでてないかなぁ。
何で私は、コンビニで宝くじ買っているんだろうか?それも明日が発表日の。
日曜日、血の気が引いた私は、日曜日はずっと引きこもりそして、月曜日は休む事を決定した。
「済みません、盆休み寸前で申し訳ないですが体調がどうもすぐれないので、今日は休みに、ええ本当に申し訳ありません」
声を震わせながら電話した私の様子に、電話の向こうでは酷く心配していたが、声を震わせた理由は、当たりくじ10億円。
銀行で手続きが終わるまで、嫌な汗が滲んで止まらなかった。手続きが終わった後も、何か別の世界に居るみたいで、フンワカしている。などと当たりくじのせいかと思っていたら、微熱が出ていた。哀しいことに翌朝には熱も止まり、出社したが。
その晩再び発熱しそして、同じ様に翌朝には熱も止まり出社した。3日程度だろうか、夜発熱、朝には全快という何とも言えない日々。
毎朝気怠さは抜けなかったが、流石に汗をかいたまま出社する訳にもいかず、毎朝のシャワーだけでとりあえず乗り切った。
珍しく夜発熱しなかった夜、風呂の前に何時もの姿見の前に立った私は、腰が抜けそうになった。胸がAからBの境目程度には、目に見えて出てきていた。
まさかと思い確認した男のそれは、座って脚を広げてよく見ても何処にもなくて、女性のそれしか、そこには見えなかった。
姿見に映っている私は、泣いていた。
道理で視界がぼやけると思ったよ……。
今日の電車は、凄く混んでいた。いつもと変わらないと思ったのに、何処か大規模マンションでも出来て、乗降客が急に増えたんだろうか?
「嶺さん、今日はその恰好で電車乗って来たんですか?」
「そうだけど、何か変かな?ネット通販で買ったシャツを受け取れてなくて、まだ男物のシャツしかなくてさ」
「嶺さん、今日、フレックスで早引けして私と一緒に買い物に行きましょう」
「早引け?買い物?なんで?シャツならさっき言った様に、もう買ったし」
「……はぁ。嶺さん。胸」
「胸?がどうしたん?」
「嶺さん、胸出てきていますよね、なのに、いつものノースリーブにワイシャツだけ、ブラしてませんよね?」
「え……ブラなんてしてないけど」
「はぁ……。あのですね、目立っています、思い切り。透けてないのが不幸中の幸いですね」
「うそぉっ?!」
「はぁ……そうやって胸を隠すと余計に卑猥なので、とりあえずニプレスあるので、それで乳首を隠してきてください」
「何でそんな物を持っているのでしょう?」
「そろそろ、やらかすかもと思い持っていました。反省して下さい」
「誠にもって、大変申し訳なく」
その日の昼、通勤電車をノーブラで乗るとは、危機感が無さすぎると女性陣から物凄く説教された。
そして、連れていかれた買い物で、取り敢えずスポーツブラ?のBとCを3つずつ買った。買い物中は、心臓が破裂するかと思った。見かけは10代後半程度の少女でも中身はおっさんなのだ。おっさんに女性の下着売り場は刺激が強すぎる。




