1-13-3B-2 連合病院
一部修正と並び変えです。
老眼とは急にくるものなのだな。まだまだ若いと思っていたんだが……。
会社で「コンタクトですか?珍しいですね?」って言われて初めてきづいた。そう言えば、朝から眼鏡してなかった。
眼鏡なしの生活は嬉しいけど、老眼かぁ……。ちょっと悲しいなぁ。
老眼じゃ説明が付かない事は、頭では分かっている。老眼が進行すれば、近視が治るなんていうのは都市伝説。
老眼が進んだからといって、近視は治らないんですよ。知ってました?
現実逃避で精神の平衡を保とうとしているのは、自分でも分かっている。肩幅も、脚の形も、腕もそして、お腹や腰回りが変って来ているのも分っている。
朝のシャワー、夜のお風呂から出る度に、姿見に映る余りにも昔とは違う自分の姿を見て絶叫しそうになる。鏡に映るこいつは誰?だと。
悩み慄く暇も無いほどに急激に変化していくこの事態に心が壊れそうだ……。
「気のせいじゃないよなぁ?」
朝から自分に言い聞かせる様に独り言を言うのには訳がある。
あの女医さんの皮膚科に行こうと身だしなみを整えているときに、髪の毛の色が明らかに変化していた。
子供時代の様な栗毛に戻って、いや子供時代より明るい栗毛になってしまった。光の加減では、銅色のメッシュを入れたように輝いて見える。色だけじゃなくて髪質も細く、柔らかく、そして若干増えたような気がする。
抜け毛に意識がいっていたために、髪の毛の色まで気が回らなかった。今日は皮膚科に行くから会社を休んでいるからよいけど、明日以降は染めるかなぁ?煩いのがいるからなぁ、うちの会社
少し前、体を洗っていたら脚の毛がごっそりと抜け落ちて悲鳴を上げそうになった。皮膚疾患を疑ったが、痒みも腫れも無いのでストレスによる抜け毛だろうと、とりあえず様子を見る事にした。
一昨日、風呂場で体を良く観察したら、腕の毛、腋毛、そして陰毛も心なしか薄くなっていた。
幸いな事に髪の毛は抜けていなかった。睫毛が少し長くなったり、最近気にしていた生え際が元に戻って居る様な気がしたが気のせいだろう。
昨日、髪の毛、眉毛、睫毛以外は全て抜け落ちた。
痒いとか、痛いとか、腫れてもいないからと言い訳していたけど、流石に腕や脚、陰毛まで抜け落ちたとなれば、もう一度皮膚科に行くしかない。
あの女医さんに今度は陰部まで見せるのに抵抗が無い訳ではないが、そんなことを言っている場合じゃない。
それに見せるなら、あの女医さんしか居ない。別に女医さんに自分の性器を見せつけることに興奮している訳じゃない。
この1・2週間で男性生殖器が、早回しの映像の様に小さくなっている。こんな状態を見られるのは医者とはいえ、少ないのに越したことがない。
女医さんには前の時に一度見られているからな!もう恥ずかしいの通り越してるからな!
「皮膚には全く問題ありません。黴とかも疑いましたが、それもありませんでした。ただし、失礼なことかもしれませんが、総合病院に行くことをお勧めします。その……なんというか」
「……ああ、ココの事ですよね。自分でもおかしいって思ってるんです」
「ですよね。それに体型も明らかに急激に変わっています」
「そんなに分るくらいに違いますか?」
「はっきり言って、有り得ない速度で変わってきています。そこで、知り合いに連合の病院で働いている者が要るので、連合の病院への紹介状を書いておきます」
「連合?の病院ですか?」
「ええ……連合の病院に行くべきと思います。その変わり方は有り得ないと思うんです」
紹介状は貰ったものの、病院に行けるのは2週間後位だろうか?
「あえ?」
連合の病院に行ってから1週間位した頃だろうか、朝うがいをしているときに気付いた、声が少し変になっている。かすれ声ではなくて、若干高めになった様な何か変な感じに。
こりゃ夏風邪かなぁ?夏前にマスクというのも変だけど……、少し緩くなってきたとは言え頭痛は未だ続いているし、顎は未だ痛いので、マスクして会社に行くかぁ……。ああ、面倒くさい。
「おはよう……」
「うっわ?!嶺さん? マスクをしているとは言え、何か大分雰囲気違わないですか?大丈夫ですか?」
「いやぁ……声が変でしょう?何だか変な感じになっちゃってねぇ」
「風邪で喉がおかしくなったんですかね?」
「かもね。でもこんな変な風になったのは私も初めてだからなぁ?何というか戸惑うというか……」
「おはようございますー?! 貴女どなた?なんで嶺さんの机に座っているの?どこの部署の方?」
「いや、私ですから。ほらマスク外しますけど私でしょ?」
「いや……うん?そう言われれば、嶺さんの様に?いやでも違う?」
「いや、私ですからね。ほら社員証も持っているし」
ああ……顎痛ぇ。
風呂上り、姿見に映る顔は、昔の顔じゃない。心なしか顔つきが微妙に変わってきている。
いや気にし過ぎなだけに違いない。きっとそうだ。今年は真夏の訪れが、いつもの年より早い。暑さ疲れの上に、微熱続きで体力も減少している。
微熱に加えてマスクで蒸れて暑くて疲れ、そして痩せただけだ。絶対そうさ。
そういえば、いつから髭を剃っていなかったっけ?
「うーん……なんちゅうか、これは……」
痩せたからか、服の下に隠れて見えない部分が大分変ったよな、これ……。足先のサイズだけじゃなくて、太ももや脛の形が女性の脚の様に見えないこともない。
男性器は明らかに縮んでいる。やっぱり、紹介状を貰った病院に行かないと駄目だよなぁこれ。
けど、治らない頭痛と顎の痛みを診てもらう方が先かな。体毛が抜けて、産毛だけになったり、体型が変化しているのを診てもらうのも大事だけど、頭痛とかは、動脈瘤の前兆だったら大変だしな。
うん。頭痛と顎が優先だな。特に顎は、今日の昼頃から何時にも増して酷くなってきた。早めに病院行くべきだが、ふむ……何科と連合の病院で言えばよいのだろうか?
「とりあえず歯医者さんだな」
目の前に見えるのは、血まみれの枕と、無意識に吐き出したのだろう何本もの歯。舌先で確認した口の中は、歯茎だけの部分が多数発生。
口の違和感で目が覚めればこの惨状。慌てて119に電話しなかった私、偉い!
はぁ……馬鹿なこと考えていないで、歯医者さんが開いているか確認するかね。ああでも、先ず電話の前に、枕カバーとシーツの洗濯とシャワーが先かな?
月末の繁忙時期で申し訳ないけど、会社は休むしかないだろうな、これは。
「歯が抜けた場所ですが、新しい歯が見えてきてますね。前のレントゲン写真にはこのような物は写っていませんでしたので、信じられないものがありますが、事実、歯が生えてきています。ちょっと経過を見たいので来週また来て下さい」
レントゲン写真を見せられながら説明する歯医者さんは、唸りながら首を傾げていた。唸りたいのは私ですよ、先生。
どうせ、休みだから、週末に行く予定の靴屋に歯医者の帰りに寄ったけど、。男性用のサイズが無いのは凹むわぁ。
なので、女性用の濃茶のハーフブーツを買った。正直に言えば、女性用の方がデザインも豊富だと思っている。
買ったハーフブーツは以前見た時に、これが男性用であればな……と思っていた奴だったので、少し嬉しかったです。はい。ちょっと妙な気分だけど。
「あー、歯っていつ生えそろうだろうか、柔らかい物ばかりだと食事が侘しい……。あー唐揚げ食べたい。しっかしなぁー、変わったよなぁ……」
姿見に映る風呂上りの裸体は、男の体というよりも女性よりの中性的な体に、顔の形も目に見えて変わってる。
体形や顔つきの変化より、男性器が子供のサイズ位に小さくなった。これが一番堪える。
生まれてこの方、一緒に成長してきた分身が消えていくのは精神的に来る。
最近はそれに追い打ちをかける様に、股間に違和感というか、体を洗っているときに……。どう考えても襞の様なものを感じた。
怖くて見てないけど、予想が当たっていれば……。週明け、連合病院にもう一度行こう。
週末の2日間が永遠に感じた。何度目が覚めても、夜は開けてなくて、開けない夜は無いなんて嘘だと思った。
「月末に申し訳ないけど、病院に行くので今日も休みにして下さい」
「本当に大丈夫ですか?何か声の調子もおかしいみたいだし、しっかり休んでくださいね」
「ええ、すみません。じゃぁ」
連合病院では、殆ど待ち時間なく診察室に通された。あれ?待合室には大勢待っていた人が居た筈なのに、何で私はこんなに早く通されるんだ?




