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1-13-3B-1 現実逃避

一部修正と並び変えです。

 出勤前、時間を見るためだけに点けているテレビから、首都圏で変異者が増えているらしい。変異者と言っても、あの本能だけしかないゴブリンの様な奴等になるのではなく、知性を持ったままの変異が増えているらしい。変異の理由については、何処のチャンネルも同じ様な内容で、噂話を膨らませて如何にもこれが真実でございますと、ああでもない、こうでもないと好き放題言っている。まぁ、どうせ嘘しか言っていないだろうから、覚えるだけ無駄だ。


「まだ下がらないか……」

 体温36度6分。平熱が35度程度の私にとっては充分に高熱に近い微熱の範疇(はんちゅう)。しかし、いつもの風邪よりダルくない。

 何か症状が例えば、鼻水、喉が痛い、咳があるとなれば、他人に迷惑が掛かるから休む。残念なことに、高熱に近い微熱だけ、少しだるい程度で休めるほど会社員は甘くない。


「……さん、(れい)さん?!」

「ん?ああ御免」

「手のひらをじっと眺めてまま固まっていましたけど、どうしたんです?」

「うん、最近ちょっと手の指が気になってねぇ……」

(れい)さん、外食じゃなくて、自炊とかで家事をしているから手荒れが酷くなったとか?」

「ん……まぁそんなところかなぁ。さてさて、仕事しますか」

 ふむ……。微熱が続くので、毎晩ちゃんと湯船にそれも、保湿剤入りの湯船に入っていたら、微熱が治る前に肌が綺麗になってしまっただけだ。

『気づいたら手の(しわ)が、少なくなっていて……』昨日のTVで見たエルフィンに変異し、若返ってしまった元老夫婦の発言が、耳に残って離れない。


「……っつ!」

 微熱は相変わらず引かずそして、最近、時々体中が(きし)む様な痛みが走る。痛むといっても風邪の関節痛ではない。

 痛むといっても激痛ではないし、数秒も我慢すれば収まってしまう。特定の条件や時間帯で痛むという訳でもないし、体の何処かが急に痛む事は昔からちょくちょくあった。

 騒ぐことの程でもないが、油断していると声が少し漏れてしまう。

 突然の痛みに、思わず漏れ出しそうになった声を飲み込んだ。誰かに聞かれたかと、顔を上げ電車の中を見まわしたが、誰も私のことなんて気にしちゃいない。

 そりゃそうだ、何処にでもいるくたびれたおっちゃんを見つめる人間なんて居る訳がない。綺麗な女性でもないのにおっさんを見つめる人が居たら、そっちの方が怖い……。

 しかし……、私もその中のひとりなのだから偉そうな事は言えないけど、改めて観察してみれば、なんともスマホを見つめているだけの多いこと……。

 そのお陰で誰にも見咎(みとが)められなかったのだから、ありがたいっちゃぁ、ありがたいけど、何とも不思議な光景だ。


「最近、(れい)さんの手って綺麗ですよね?」

「そぉかぁ?」

「そうよぉー、何て言うの?皺も減って何て言うかふんわりとして、細くなって、なんというか華奢に見えるというか?そんな感じよね」

「それに、顔の張りも良くなってませんか?」

「顔のはりぃ? なんじゃい、そりゃ」

「そうそう、顔の張りというか、顔もふんわりしてきたよねぇ?」

(れい)さん、何かスキンケアというか、メンズエステみたいなの行ってるんですか?やっぱり、メンズエステ行くべきか……」

「メンズエステなんて行くわけ無いだろうが……。何を言っているんだ、おっさんがメンズエステ行っても気持ち悪いだけでしょうが」

 高市……お前はメンズエステに行く前に仕事しろ。


「最近、肌が綺麗に……ねぇ?この保湿剤が合っているのか?それ以外に理由ないしなぁ……」

 微熱がずっと続いているという理由だからだが、最近はゆっくりと毎夜欠かさずお湯に浸かっている。継続は力なりとはよく言ったものだ。

 保湿成分入りの入浴剤入りの入浴を毎夜続けた結果、肌は見違えるように(つや)やかになった。若干(つや)やかを通り越して、骨太の毛深い男の腕は、薄い産毛のきめの細かい肌のほっそりとした腕になり、ゴツゴツとした指は少し華奢(きゃしゃ)にそして、手の甲の血管は薄くなり、首や肩回りも少し痩せた。

 お湯の中に見えるのは、光の屈折の影響もあるかもしれないが、くびれのあるウエストと、少し大きくなった腰回りが見える。

 くびれが出来たのは、最近節制していた成果だが、腰回りがな……。なかなかそうは都合よく痩せるものではないということか?

 それとも、嗚呼(ああ)……中年太りが始まったという事か?確かに若くはないが……中年太りが始まったのかと思うと少し哀しい気持ちになる。

 それにしても、高市、あいつメンズエステに行きたいのかねぇ?背丈も顔も十分に良くて恵まれているのに。若い奴等の考える事は良く分からんなぁ……。


 体型が随分と変わってしまったのか、どうも今日はシャツもズボンも合わない。どうにも緩く感じて仕方がない。

 痩せた部分もあれば太った部分もあるからなぁ……。今夜シャツだけでも買って帰るかと思ったが、サイズがなぁ……。シャツは試着する訳にもいかんし、困ったな、これ……。

「どうしたんですか?さっきから首とか、腰の周りを触って?」

「いやさぁ、服の肩幅が緩く感じるわ、ズボンの腰回りが微妙に気になるはでさ…… 同じ服着ている筈なんだけど、体型変わったのかなぁ?と」

「……あのね、言うけど怒らないで聞いてね。最近の(れい)さんの体型ってね、後ろから見るとたまに女性に見える。よく見ると男性だし、違うんだけどね。ちょっと体型が急激に変わってない?」

「だよね~、顔つきも少し変わってきている様に見えるし」

「最近、ダイエットで痩せた部分もあるけど、太った部分もあるから、それで体型が少し変わったからだと思う」

「ダイエット……ねぇ。まぁそれなら、体つきが少し変わった様に見えるのも、おかしくは無いわよね」


 人に指摘されると気になるのは人の哀しい(さが)。風呂から出て姿見に映るのは、お肌艶々(つやつや)の風呂上りのおっさんの全裸。誰得だ……。

 言われてみれば確かに肩幅は小さく、腰回りが少し……体全体から角が取れて丸みを帯びてきている。

 微熱で知らぬ間に体力を消耗して脂肪が減ったからか、体重は微減している。

 皮膚科に行ったが、毛が薄くなった原因は、皮膚病でも(かび)でも無いのは分かったが、何で産毛だけになるのかというのは分らなかった。

 アレルギーや皮膚病等ではなかっただけで良しとしよう。

 ()せて急激に体型が変わった事で、服やズボンが合わなくなってきた。

 服は仕方ないとして問題は靴だ。最近、靴がブカブカに感じる。足先も痩せるんだって初めて知った。

 靴は、今週末にでも買い替えに行こう。とんだ散財だ。


「あちー、エアコン壊れているんじゃないですか、この事務所?!サーキュラー回ってなかったら、死んじゃいますよ?」

「で~す~よ~ね~。じぬ~。事務所の中で熱中症になる~」

「まぁ、確かに少し暑いよな」

(れい)さん……恐ろしいお知らせです。少し暑いどころか、卓上温度計が29度とかになてます……」

「もう……無理です……」

「あー、休憩というか、皆水分ちゃんと取って楽な姿勢になりましょう。事務所で熱中症なんて洒落になりませんからね」

「あー、お茶うまー、ところで(れい)さん、日焼けしてないですよねぇ」

「そうそう、(れい)さんの肌って白くて、(つや)があって羨ましいわぁ~」

「白くて(つや)って…… おっさんがそんな事言われても嬉しくないわい」

「おぉ!本当だ!滑らかだ!」

「お・お前ねぇ……、何すんのいきなり。普通触るかぁ?この暑いのに触るなよ、暑苦しい」

「いや、男同士だから触れるんでしょうが!女性にこんな事したらセクハラでしょうが」

「いやぁ~ん、本当にすべすべ~」

「何……?をしているのでしょう?」

「女性に触られているんだから、我慢しなさい」

「「「おおぉ……」」」

やめろー、君達やめなさいー。暑いから近づくなー。


 なんとなく最近の日課になってしまった、風呂上りの姿見チェック。色白で(つや)のある肌を持った私が見える。保湿剤入りの入浴剤って凄いな……。

 体型は……気のせいと思いたいが、胸が出ていないだけで女性の体つきに近い様に見える。肌艶(はだつや)と体毛が少ないだけで、こうも印象が変わるとはね。

 足先は小さくなった。定規で測ったら23cm程度しかなかった。元々そこまで大きな足ではなかったが、ここまで足のサイズというのは変わるものなのだろうか?

 足を痛めたと言ってスニーカーで通勤していたが、ここまで足のサイズが変ると今の靴では無理だ。週末に靴を買いに行くしかないか……。

 いや現実逃避をしている場合じゃない。痩せて足先のサイズが変るとしても程度がある。今週どこかで総合病院に行くべきなんだろうな。


「来月はお盆休みですよね~。高市さんは実家帰るんだっけ?(れい)さんは、お盆休みは何処かに行くんですか?」

「気が早いねぇ?私は多分、自宅の草抜き、枝打ちをして後はゴロゴロしてるかなぁ?」

「昼間っから餃子にビールですね!」

「それは、高市だけだろうが。お前、運動せんと腹回りやばくないか?」

「な・何をいっているんでしょうか?!(れい)さんこそ、顔は少し小顔に、お腹も少しへこんだ様に見えて、腰回りは太ったじゃないですか!着実に中年太りの坂を転がり落ちているだけでしょうけど、僕は未だ大丈夫なんですよ!」

「誰が、中年太りじゃ!検診ではメタボじゃないってなってるんだよ!」

「最近、眼鏡も良く外してるじゃないですか!老眼ですね!老眼!」

「た・か・い・ち~、おのれ~」

「で、本当にゴロゴロしているだけ?旅行とかしないの?」

「いやぁ、家でゴロゴロが最高でしょ~、独り身だし誰の迷惑にもならないし。大体、暑い最中におっさんがほっつき歩いても絵にならんでしょうに」

「何を出かけたくない言い訳をいっているんだか。それよりさっきから(あご)の付け根やら頭やらマッサージしているけど、また頭痛?週の半ば辺りからずっと頭痛とか言ってなかった?病院とか行った?」

「うん、今週酷いんだよねぇ……天候が悪い訳でもないから、疲れなのかも、後1週間で月末繁忙期も終わるし、その後、ゆっくり休めば治ると思う。まぁそれでも駄目なら病院行くけど、多分大丈夫じゃないかなぁ?」

「月末は疲れが溜まりますからねぇ、あと少しだけ頑張らないと」


 そうさ、休めば治るさ。


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