1-13-3A-17 星への道)太陽はひとつ
「カーットッ!」
「暑っつぅー。あ!ありがとうございます」
ん-ーーっ!美味しい!手渡されたスポーツ飲料が、体に染み渡るぅ。
「はふぅ……」
「カーット!」
「お疲れ様ぁ!」
はひぃ、終わった、終わった。今回のCMは撮影現場でスポーツ飲料を飲むという設定。丁度、台湾でのミニライブに合わせて、CM撮影も撮影しようとなった。
あとは、ゴールデンタイムじゃないけど、普通の時間帯になった重盛ディレクターの番組も序でに撮影を敢行。利用できるものは何でも利用して費用を抑えるのが元深夜枠番組グループの性。でもだから、この番組は大好き。
そうそう、ライブチケットは完売。異国でも売れているという夢の様な時間を過ごさせて貰えているなんて、本当にありがたい事です。
紗樹の好きなパンクロックのガールズバンドが、ライブとMVの撮影をするために同じ様に台湾に来ている。CMの撮影が思ったより早く終わったから、紗樹が楽しみにしているライブに早めに行けるかな?
同じ様に彼女達のライブチケットも販売即完売なので、本当なら入れない。でも、そこは蛇の道は蛇、重盛ディレクターが、番組的にも美味しいからと、私達をゲスト扱いにして、ねじ込んでくれた。
ありがたや、ありがたや。でも、売れて待遇が良くなるのは良いけれど、これが当たり前と思って、天狗にならない様にしないと。
彼女達のライブは、彼女達のライプを撮影する局、ゲスト扱いの私達を撮影する局、そして重盛ディレクター達の番組と、会場が少しばかり混雑してしまったけれど、それはまぁ、愛嬌。
何故か私達の機材も、MVで使った衣装も持ち込まれていて、私達も3曲披露させてもらうことになった。もしかして出来レース?ま、良いか。
楓音と紗樹の衣装は、私達の様なボーイッシュな姿と異なり、ロングスカートベースの衣装。
普段、メインギターのミディアムロングの楓音は、のんびり屋で大人しい。カフェで本を読む姿は何処かのお嬢さんの様。セカンドボーカルの姫カットロングの紗樹も普段は本当に大人しい。二人とも、何処のお嬢さんかと見まがうばかりに大人しい。
特に紗樹は、ステージの外では、ひとりにされるのを酷く嫌がる、良く誰かにくっついていて離れない。そして、雷が嫌い。雷鳴が聞こえたり、雷光が少しでも見えたら、異様なまでに人から離れない。結構、怖がりだったりする。
ステージの外の姿から考えれば、ロングスカートベースでも可笑しくないと思うなら、それは間違い。ステージの外の姿と打って変わって、ステージに上がった彼女達は、その姿で暴れまわる。彼女達のファンは、その二面性が堪らないらしい。うん、良く分からない。
ひと様のライブだからと、大人しくしていた紗樹と楓音が3曲目で我慢の限界。お約束の豹変と思っていたら、あちら側のメインボーカルの理沙さんとメインギターの真由さんが乱入してきた。
そこからは、彼女達、観客達と一緒になって手を振りあげ声を出し、大盛り上がりで、本当に楽しかった。コラボで大騒ぎしている姿は即日配信、拡散されて結構な注目を浴びているらしい。
うん?!著作権法違反だから規制するべき?やあねぇ。此方も彼女達も拡散で宣伝になるから、意図的に拡散を黙認しているんだってば。え?大人の世界は汚い?でしょう?これが大人の世界。
注目を浴びると言えば、前回の訓練船の時は、まだ売れ出して間もなくて、世間からの目に慣れてなくて大変だったなぁ。
「街を歩いてるだけで、結構チラチラ見られて辛いよね」
「お昼に、白米大盛のホッケ定食と、きつね饂飩を食べてたらガン見された」
「「「「「「(…いや、それは見られても仕方ない様な)」」」」」」
Seven Eyes側と此方側双方で、各々のスタイルで放映された訓練船企画は、視聴率的には大成功だった。その結果、私達は、この世界に入った宿命とは言え、顔が売れるとどうなるのかを実体験している。
Seven Eyes側では、訓練船の企画は、地上施設編と航海編の2回に分けて放映された。流石ゴールデンタイムの番組、地上施設編の最後にショートムービーの様な航海編の予告編を組み込んできた。これが最初の起爆剤。
総員退艦警報の中を走るSeven Eyes。”みんな生きてね”と言う字幕付きで、紗樹の前で閉じる脱出艇の扉。”生き延びれるのか?!”というポップと共に、脱出ポッドの蓋を閉じる紗樹。
そして放映された航海編では、本来ならばSeven Eyes側の映像を多用するべきところを、彼等は視聴率がより稼げるだろう紗樹のシーンを選択し、私達のウェアラブルカメラ以外の定点カメラ映像も使い、紗樹が私達をタックルで押し込む瞬間と、扉が閉まるシーンを、紗樹の「みんな生きてね」という音声と共に何度も流し、更に脱出ポッド射出シーンも、何度も流した。
此方側の、寂しがり屋病を発症したシャワー中の紗樹の為に、皆でお風呂場前コンサートをしているシーンが航海編のクライマックスとは大違い。まぁこれはこれで、瞬間視聴率が凄い事になっていたらしいけれど。
放映途中から、”#みんな生きてね”が拡散して、ちょっとしたお祭り騒ぎ。そして後日に此方側のが放映されると”#お風呂場コンサート”が拡散して、ある程度は売れていたとは言え、更に有名人になった私達は、街中で一挙手一投足を見られる様になって、芸能人だと自覚する様になったっけ。
ライブではっちゃけて楽しい気分が、翌日午前中の、私達と同じ様に台湾ロケをしていた他局の番組撮影で吹き飛ばされるなんて思ってもいなかった。
「今日のお化け屋敷の企画は、この場所になります」
予算を潤沢に持つ番組は、海外ですら施設の一部を借り上げて撮影するんだなと、変な関心を覚える。
「これは、お仕事。これは、お仕事。これは、お仕事」
泣きだすレベルでお化けが駄目な楓音は、お化け屋敷企画と聞かされて絶望し、念仏を唱えている。でも、その姿が撮りたいと言われると断れない。許せ、楓音。
「紗樹さんは皆さんと別れて、ひとりで入ってもらいます」
あの娘はお化け屋敷で驚かないどころか、そこに誰か居るよと隠れている人を見つけてしまう。あの娘と居ると、お化け屋敷は暗いだけの通路に成り下がる。
そうなると、番組が成り立たなくなるので、紗樹を除いた私達が先発し、普通のお化け屋敷企画を撮影。
紗樹の番になったら、少しお化け屋敷をバージョンアップし、意地でも紗樹を驚かす企画、ドッキリ企画ではありませんと説明されると、あの娘だけをひとりにして分れて入るのも従わざるを得ない。
でも、お化け屋敷から出てきたら誰も居ないと言う、私達をも含めたドッキリだと知っていたら、紗樹をひとり置いていくなんてしなかった。
紗樹が、ひとりだけで出演した時は後でクレームしか出来ないけれど、私達も居る場合は、あの娘を置き去りにするドッキリ企画は断る様にしている。
あの娘は、ドッキリ企画等で何処かに1人で取り残されても、直ぐに冷静な表情で行動を開始する。一番の年下なのに、どんな時でも冷静さを失わない根性のある娘とか言われている。
でも、それは間違い。傍目には分からないだろうけれど、付き合いが長い人なら分かる。あの娘は、決して冷静なんかじゃない。
誰も居ない事に気づくと、酷く狼狽する。でも、それもほんの一瞬だけ。次の瞬間には、感情のスイッチを切って行動を始める。
何が面白いのか理解出来ないけれど、これが良いのだと人は言う。冗談じゃない。この後に、あの娘がどうなるかを知らないから、そんな軽口をたたける。
「慌てる姿が撮りたかったけれど、本当に動じないんだな。けど、今の方が慌ててる様にみえるけど、変な娘だな。ま、番組的には美味しい画だけどな」
紗樹ひとりを残すのはNGとは聞いていたけれど、どうしても紗樹が何時でも冷静という噂を確かめたかったと、向こうのディレクターは悪びれもせずに言う。
何ていう傲慢な考えなのだろう。ゴールデンタイムのバラエティー番組なら、何をやっても許されるとでも持ってるんだろうな。
力関係的にTV局が上なのは理解してるけれど、何時か覚えてなさいよ!ま、既に紗樹が少しだけ仕返しはしているけどね。
でも、あれは驚いた。何時もの、のんびりした姿からは程遠い素早さ。ドッキリですと看板を持って女性アナウンサーが入って来たと思えば、次の瞬間には彼女と私達の間に立ちはだかった紗樹が、双剣の様に各々の手に持っている鉄パイプを彼女に振り抜く寸前で動きを止めていた。その後の、女性アナウンサーのメイク直しがばかに長かったので、絶対あのアナウンサーちびってたと思う。
あの無表情で、腰を抜かしてへたり込んだアナウンサーを見下ろす紗樹は怖かった。でも、あの姿を見た何も知らない馬鹿が、凛々しい姿だ何だとかと誤解して、要らない企画を持って来るんだろうなと思うと、少し憂鬱になる。
この手の企画の後は、紗樹は、ひとりで残されることを痛々しいほど嫌がる。今回は私達も騙され、誰も居ない上に、紗樹を見つけられずに慌てていた私達の姿を見せてしまったのがいけなかったのか、いつも以上にあの娘は、ひとりを嫌がる。
さらに今日は振り切る寸前なのかもしれない。異様なまでに周囲を警戒している。美玖と楓音が、紗樹のワンピースの腰の部分を掴んでいなければ、すぐにでも何処かに隠れてしまいそう。
どこか怯えた様な表情で何度も周りを見まわし、太陽は連星じゃなくてひとつだよね、ひとつの太陽が見えるよねとか、太陽系の太陽はひとつに決まってるのに、訳の分からない事を私達に何度も聞く。
美玖、楓音、絶対に紗樹から手を離さないで。いま掴んでいるワンピースから手を離したら最後、今まで見た事が無い程に精神的に不安定になってる紗樹は、何処かに隠れてしまって見つけられなくなるから。
逃げ隠れられても直ぐに見つけられるだろう?馬鹿言わないで、番組の企画で本職の兵士が見つける事が出来なかったのよ?それもその人達から2・3m先で隠れていたのに。紗樹の雲隠れは、洒落にならないのよ。
ところで紗樹、両手に持った鉄パイプかな?それ、そろそろ手から離そう。大丈夫だから、ね?手から離そう。
「にーく、にーく、おーにーく」
特売のお肉を狂喜乱舞しながらカートに入れる碧唯。ホールのアップルパイを見つけ、抱え込む紗樹。紗樹のワンピースの腰の部分を掴んで離さない美玖。Lサイズピザを積み上げる緋音。飲み物で激論を交わしている、彩、翠琴。騒ぐ他の娘達を横に、紗樹の横でお菓子を黙々とカートに入れる楓音。
貴女達、経費だからって容赦ないわね……。
夜までオフでゆったりしていた重盛ディレクターとスタッフ達が、この話と紗樹の状態を聞いて此方に急いで来てくれたのは良いけれど、他番組の撮影現場に駆けつけた勢いのまま、殴り込みを掛けそうになった。
そんな彼等を宥めすかし、酷い寂しがり屋病を発症して、挙句に警戒モードが治らない紗樹の気分転換の為に急遽、開催されるバーベキュー。その食材を買いに来ただけなんだけどね?はぁ……本当にいつまで経っても世話の焼ける。
こらぁっ!賢哉ぁっ!なにウィスキーを3本も抱えてるの?!はぁ?!皆で飲む用?3本は駄目、2本まで!ああん?!逆らう気ぃっ?!
ありゃ、ウィスキーの瓶を抱えた重盛ディレクターが塚田マネージャに怒られてる。たまにお互いに美樹とか、賢哉って呼び合うからバレバレなのに、二人はばれてないと思ってる。私達は恋愛禁止だってのに……。よし!今日はあの2人を徹底的に弄ってやる。




