1-13-3A-16 星への道)生存率5割
脱出艇の脱出加速とランダムな揺れを、床にしがみつき耐えていた私達が起き上がれる様になった時、私達が脱出してきた訓練船は、遥か彼方になっていた。
重盛ディレクターと塚田マネージャが、直ぐにパイロットにお願いして、紗樹が脱出しているのかどうかを調べて貰っている。お願い……無事でいて。
「煩い!パイロットの人の言葉が聞こえない!黙ってて!」
「な?!何言ってるの?!」
「向こう行って!邪魔!」
「今の言い方はないんじゃない?貴女達、自分がタレントっていう意識あるの?」
「黙れ、この野郎。宇宙空間に放り出してやろうか?」
私達がパイロットの周りで騒いているのに気づいたSeven Eyes側のスタッフ達が、私達の中に紗樹が居ない事に気づくのに時間は掛からなかった。
自分達Seven Eyes側の話ではないと分かった途端、動揺している私達を撮影し、コメントを求めてきた。それに楓音が切れ、碧唯が切れ、そして他の娘達が切れる前に重盛ディレクターがSeven Eyes側の女性アナウンサーに切れた。そりゃ切れる。だって私も、立場を忘れて碧唯に続いて切れそうだったもの。
畜生、失敗した。あの場面ではあの娘達より早く切れるのが俺の役目だってのに、遅れを取ってしまった、ディレクター失格だな。
うちのスタッフは、俺が何も言ってないのに、あの娘達とあいつ等Seven Eyes側の間に立ちはだかって撮影を邪魔してやがる。お前等、本当に良い仲間だよ。
ところで金田、この場面を放送してお前等の立場を悪くしてやるだぁ?馬鹿かお前?俺達もお前等と同じ様にウェアラブルカメラを装着しているんだけどな?深夜枠番組と、そのファンを舐めるなよ?
「発見した。脱出している。ポッド番号147で救助待ちだ」
良かった、本当に良かった。正確には回収されていないから、無事とは言い難いけれど、それでも脱出しているだけで十分。
ポッド番号が確認出来てからパイロットが教えてくれたけど、あの後もVOAが船体に直撃したため、訓練船は程なく爆散。
脱出艇で224名、脱出ポッドで158名が脱出、388名が戦死。生存率は5割と少し、ポッド番号から見れば、脱出が出来た最後のグループだろうとの事だった。そう、出来ただ、脱出したじゃない。何隻かの脱出艇が発進が間に合わず、脱出ポッドも射出が間に合わず何人かが死んでいる。
正直、この話を聞いた時は腰が抜けそうになった。Seven Eyesの人達がどう思うのかは知らないけれど、もしあの娘が脱出をしていなかったら、IRIS側の私達は一生あの娘の家族に顔向けがが出来なくなるところだった。
後で会ったら、先ずは抱きしめてあげないと。そして抱きしめて逃げられない様にしてから、お説教コースね。覚えてなさいよ、あんの!馬鹿娘!
「うあぁー、あと1日近くもこの中に居るのかぁ」
「何を言ってるの?紗樹に比べればマシだよ。あの娘なんて、あと半日近くもたったひとりで漂うんだから」
「とりあえず、会ったらお説教」
「「「んだ、んだ」」」
みんな意識的に明るく会話しようとしているけど、無理がある。だって半分も死んだ……。安全な航海の筈だったのに……。
脱出ポッドは、脱出艇と違って見失いやすいし、自力航行能力も殆どない。デブリ等に対する耐抗力も低い、更にはひとりで宇宙を漂うのでメンタル的にも弱い。救助艇より脱出ポッドの回収が優先されるのは、非常に合理的な考えだと思う。
脱出ポッドの回収が始まっている今、私達は近傍星域から来る輸送船が此処に到着するのを首を長くしながら待っている。
脱出ポッドよりも半日遅れの回収となるけれど、あの娘達が話している様に、ヘルメットを脱いで動き回れ、何よりも自分以外の他人と対面で会話も出来る脱出艇は、脱出ポッドでひとり漂う紗樹よりはマシ。
紗樹のポッドの場所はわかっているけれど、回収船の邪魔になるから脱出艇は近づけない。そもそも近づいたとしても、脱出艇ではポッドを回収出来ない。もどかしいけれど仕方がない。
はぁ……あの娘寂しがり屋だから、泣いてないかなぁ?
「ふざけんな!この野郎!」
そろそろ紗樹のポッドが回収される時間だなと思っていたら、パイロットの近くで、重盛ディレクターが、Seven Eyes側の金田ディレクターやスタッフ達を怒鳴りつけている。
何事かと思い、耳をそばだててみれば、紗樹のポッド回収の場面を回収船から撮りたいので、私達が輸送船に到着した後に出来ないかと言ってる!
何を言ってるの?それって紗樹に後1日もひとりで漂えってこと?!半日でも長いのに?!ふざけんな!たかかアイドル番組のスタッフ共!と此方側の全員が、向こうのスタッフに詰め寄り、乱闘が始まりそうになった時、パイロットに蹴り飛ばされた金田ディレクターが私の前を飛んでいった。
「何がTV的は当たり前の演出だ?お前等の独り善がりの常識なんて知るか。その腐った口を閉じてろ。同じTV局でもこうも人種が違うとは驚きだ」
倒れた金田ディレクターの首筋にティーザー押し付けながら、あちら側のスタッフに話しかけるパイロットと、ティーザーで変な呻き声を出しながら痙攣している金田ディレクターという何とも言えないシュールな光景に目を丸くしていると、あんたらもこんなのが仲間内に居て苦労するなと同情されてしまった。同情されて嬉しいやら、こんなのが同僚と知られて哀しいやら、なんとも微妙な気分。
本当に馬鹿な人達。TVの常識なんて外の世界じゃ通用しないし、ましてや何人も戦死したばかりのこの状況でTVの常識、それもSeven Eyesが売れているからこその自分達だけの常識を持ち出すなんて、正気を疑う。
食堂で会話した事のある何人かは、もうこの世に居ないのよ?分かってるの?
「そっくりだね」
「うん……本当にそっくりだね」
私達が乗っていた訓練船にそっくりな船が、脱出艇の小窓から見える。あの船に乗って地球に還る。紗樹もあの船に乗っていて、デッキで待っているとパイロットが教えてくれた。
私達は生き残った。でも、死んでしまった人達の事を考えると少し憂鬱な気分になる。これが自分達だけが生き残ってしまった罪悪感というものなのだろうか。
パイロットは言う、ARISに成るという事は、死と隣り合わせになるという事。死は100年後かもしれないし、1秒後かもしれない。死が訪れるその一瞬まで人類を守るのがARISだと。例え訓練中に死んだとしても、それは人類を守る訓練中に死んだのだから無駄死にじゃないと。
そうなんだろうなと、頭では理解しようとするけれど割り切れない。所詮私達は、彼等とは違って一般人、単なるガールズバンドにしか過ぎないのだから。
「今回の事で、脱出艇、脱出ポッドまでの道のりを頭に叩き込む重要性が理解出来たと思う」
脱出艇から降りて、出迎えた紗樹を皆で揉みくちゃにして抱きしめている時に、訓練終了ご苦労様でしたと言われた。
真相を説明された時は、正直、暴れてやろうかと思ったけれど、生身の私がARISに勝てる訳がないので、後でこの碧唯様と緋音で、食堂で暴食して復讐してやろう。でも今は紗樹に近づこうとするあっち側のスタッフを緋音と共同して跳ね除けるのが先。
臨場感溢れる訓練だったのだ。私達の避難場所に居た教官は、元俳優。だから演技力はばっちり。でも、紗樹が脱出ポッドで脱出するのは予定外だったけれど、予定外に対処するのも訓練の内なので続行。ふざけてる?!と思ったけれど、それが訓練と言われると反論出来ない。それに誰も死んでなくて良かった。
紗樹を2・3時間お説教コースにご招待しようと思っていたけど、再会した後の紗樹が私たちから離れない。寂しがり屋病が発症したなると、お説教どころじゃない。顔には出していなかったけれど、脱出ポッドのひとりが辛かったんだね。仕方がないなぁ、この美玖と楓音お姉さんが甘やかしてあげますか。
寂しがり屋病を発症した紗樹は、お風呂ですら、ひとりが怖いと嫌がる。久々ぶりに彩と翠琴お姉さんの、お風呂場前コンサートですかね?貴女がお風呂に入っている間、お風呂の前で歌っていてあげるから、安心してお風呂に入りなさい。
「ありゃ駄目だな。暫くは甘やかしてやれよ」
重盛ディレクター、スタッフと一緒に紗樹をお説教しようと思っていたけれど、今の紗樹にお説教するほど、私達は鬼じゃない。はぁ……本当に世話の焼ける。
「誰かっ!誰か答えてくれぇっ!誰かぁっ!」
脱出ポッドの中で泣き叫ぶ中年プロデューサーの姿、こんな物をゴールデンタイムに放映して良いものなのか?と思わないでもない。
泣き叫んだからといってどうなる訳でもない。あと72時間は救助されないのが分かっているのに、何故泣き叫ぶんだろう?
脱出ポッドに乗せられる時も、射出される時も、そして漂う今に至るまで延々と叫んでいて疲れないのだろうか?
モニターに映し出される彼の見るに堪えない姿を見ても、私には同情の感情は欠片も湧かない。寧ろ、いい気味ねと思っている。
何が起きてるって?自分の番組の撮影の為に、紗樹の脱出ポッド回収時間の延長を企んだ金田ディレクターに脱出ポッドでの射出と、漂流を経験させているだけ。
でも、彼の場合は紗樹達脱出ポッド組と異なり、実際に射出されていない。射出され、漂流している様に感じているだけ。流石に本当に打ち出すと、後で回収が面倒なのでバーチャルなだけ。ちぇ、本当に打ち出してやれば良いのに。
何でそんな事にって?話を聞いた他の教官達も切れちゃったのよね、この屑野郎、ひとりで漂うのがどんなものか味合わせてやるって。で、今に至る訳。
え?助けてあげないのかって?馬鹿言わないでよ。紗樹が孤独に耐えながら漂っていた時間を、私欲のために延長しようとした屑に同情しろ?あなた、頭の中に脳みそ入ってる?大丈夫?




