1-13-3A-15 星への道)ポッド147
殺ったか?!とか、逃げ切ったぞっ!とかを最後の瞬間に言ってはいけない。言えば必ずどんでん返しが来るから。少し前までなら、良く言われる冗談ネタとして笑い飛ばしていた。
でも今は違う、冗談なんかじゃない。それを身を以って体験している今、それを冗談と笑い飛ばせない。
「いやぁだぁ!死にたくなぁいぃぃ!」
「静かに!静かに!」
私達IRISとSeven Eyesのコラボ企画「ARISの新兵訓練に参加しよう」のメインディッシュ、訓練生の初めての訓練航海への同乗体験。私達みたいな素人の一般人でも同乗出来る危険性の低い往復1週間の航海。その筈だった。折り返しの星系近傍で、滅多にお目にかからないマウスブルーダーに遭遇するまでは。
随伴護衛艦と訓練船の防衛戦闘の間、お邪魔虫の私達は、宇宙服を着て船体中心部に近い作戦準備室で身を寄せ合い耐えている。
Seven Eyesの方々が、ことある毎に叫んでいるのが集音マイク越しに聞える。正直煩いけれど、集音マイクを切る訳にもいかない。
それに比べて此方側は黙って耐えている。正確に言えば、最初はSeven Eyesと同じ様に叫んでいた。けれど今は、黙って耐えている。
「泣いても物事は解決しません、黙って美玖やんみたいに、アナウンスを聞く。状況を理解していつでも動ける様にする。分かりました?」
スタッフを含めた私達に、紗樹が真顔で言うので黙ってただけ。普段は温厚で、のんびりしている紗樹が、緊急事態モードになり、身のこなしまで変わっている。
陽射しが降り注ぐ窓辺で微睡むお昼寝猫から、獲物を仕留める寸前のリンクスに成った紗樹に逆らおうなんて、そんな命知らずは私達の中には居ない。
たかが10代?一番年下の小娘に何を怯えているですって?短い付き合いじゃない、逆らったら駄目な時くらいわかる。
年上が情けない?男の俺なら逆らえる?どうぞお好きに。あの目で見つめられて一瞬で身が竦み、血も凍る思いをするだけだと思うけど?
ところで、紗樹。美玖が黙っているのは落ち着いているからじゃなくて、放心しているだけと思うんだ。
VOAから逃げる為の船の揺れは、何時まで続くんだろう?そう思っていると、ひときわ大きな揺れが船を揺さぶり、世界の終わりを連れて来た。
「第1脱出デッキ、第19ブロック隔壁閉鎖!」
「畜生!訓練生が8名も死んだだぁ?!何であんな所に居やがった!」
VOAが船体に直撃?!脱出デッキと隣接ブロックまで貫通?!死傷者多数?!なに?!何なの?!教官は何を指揮所と怒鳴りあってるの?!
「第2脱出デッキ、第21,第22ブロック隔壁閉鎖!」
「25名死亡!糞ったれ!何で!訓練生が14人も混じってるんだよ!」
「船内にVOA侵入!VOA侵入!」
坂道を転げ落ちる様にという表現がある、今の状況が正にそれ。これでもかと言う程に連続する事象に、次は何をすれば良いのかなんて考える暇すらない。
Seven Eyesの方々は、未だ叫び続け、落ち着きなく騒いでいる。それに比べて此方側は、流石に顔を引きつらせてはいるけれど、誰も叫んではいない。
人は意志の力で、ある程度のパニックは抑えつけられるんだな、そんなどうでも良いくだらないことを考えていた。
所詮、現実逃避は、逃避でしかなく。現実が私達の後頭部を思い切り叩いてきた。今迄とは違う、神経を逆なでする耳障りな警報が鳴り響き始めた。今度は、何?!これ以上、何があるの?!
「総員退艦!総員退艦!」
「動け!死にたくなければ動け!行け!行け!行け!」
気づけば、紗樹に手を引かれながら、みんなと一緒に艦内通路を走っていた。鳴り響く警報に、早く退艦しろと叫ぶ教官の人達の怒鳴り声。何もかもが非現実的で、理解が追い付かない。
安全じゃなかったの?!ねぇ!この航海って安全じゃなかったの?!
「第17ブロックから退去せよ、隔壁を閉鎖する。第17ブロックから退去せよ、隔壁を閉鎖する」
「走れ!走れ!走れ!脱出デッキまで走れ!」
退艦警報が鳴り響く中、ときどき大きく揺れる船内通路を、辻々で手を振り回し誘導する教官達に促され、新兵さん達や撮影スタッフと共に走り、やっとの思いで第5脱出デッキに辿り着いた。
最後を走っていた私達を迎えにきた塚田マネージャに促されて、Seven Eyes側の何人かが既に乗り込んでいる脱出艇に来てみれば、重盛ディレクターと搭乗口に居る教官が何か言い合いをしている。
何事かと思えば、全員は乗れない。ひとりだけ別の脱出艇に行けと、搭乗口に居る教官が言う。
そんな!定員オーバーだなんて、どうしよう!と思っていたら、紗樹が繋いでいた手を振りほどき、私を重盛ディレクターと塚田マネージャ共々に体当たりをして脱出艇の中に押し込んだ。押し込まれた私達は、絡み合う様に転げてしまった。
「みんな、生きてね」
何をするのよ紗樹!と振り返ると、搭乗口の外で手を振る紗樹と、同じく搭乗口の外で閉鎖ボタンに手を叩きつける教官の姿。
「紗樹っ!」
我に返り外に居る紗樹を連れ戻そうと立ち上がる重盛ディレクター、転げたまま呆然とする私達の目の前で、バシュッという音と共に扉が閉まった。
さてどこに行けばと、横に居た教官を見れば、心なしか少し驚いた様な顔で此方を見つつ、でも直ぐに一緒についてこいと、言われて移動を開始した。
ああこれは普通の人達なら、泣き叫ぶ光景だなぁだなんて、なんとも他人事の様に思いながら走り第4デッキまで来たけれど、これは恐らく満員で駄目だと教官が退避可能の場所を探している。
うん、私が見ても駄目だよこれは。
「此処から後ろ!脱出ポッドに行け!急げ!」
何やら脱出ポッドに行けと言っているところを見ると、私も脱出ポッドかな?
「おい!予定が違うぞ!ひとり残っているんだよ!あ?!もう無理だ?!馬鹿野郎!ふざけんな!後で覚えてろ、てめぇっ!」
どうやら私も脱出ポッド確定みたい。でも大丈夫。あの場所に比べたら助けに来てくれるって信じられる未来があるだけマシだもの。
デッキから、脱出ポッドの所までは然程走らないで済んだ。
訓練生たちがポッドに乗り込み脱出していく横で、半ば教官に押し込まれる様にポッドに入った。
「必ず助けが行く!がんばれ!」
地上の施設で教わった通りに、ハーネスで固定、スーツとポッドの接続を確認。
「はい!行きます!」
ポッド閉鎖確認、オールグリーン、射出準備完了。射出レバー、腕を斜め十字に。脱出!脱出!脱出!
なんだろうか、あの娘は。こちらの手違いで本来は脱出艇で脱出する筈が、ひとりだけ脱出ポッドで脱出というのに、妙に落ち着いていた。
根性があるのか、余りの事とに動転してしまい無感情になっているのか。まぁ乗り込み手順は拙いけれど、ちゃんとしていた所を見ると、根性があるんだろうな。
これでアイドルっていうんだから、芸能界ってのは売れない俳優だった俺が思っていた以上に根性がなければ売れない場所だったんだな。俺が売れなかった筈さ。
さてポッドナンバーは……147か、こりゃ回収までに結構な時間がかかるな。
射出は気持ちの良いものじゃなかった。ちょっとした衝撃を感じ思わず瞑ってしまった目を再び開ければ、ひとり宇宙空間を漂っていた。
ポッドは暫くは回転していたけれど、それも収まるとポッドの小窓から砂漠の惑星が遠目に見える様になった。
えーと、画面の情報を見てみると。人類でも居住可能の惑星だけど、水分摂取の問題があるから、ヘルメットは脱いでもいいけど、スーツは脱ぐな?
水分はどうかなるにしても、食料が無ければ生存は無理だよねぇ。もし降りたら食料確保が最優先かなぁ?でも、出来れば降りたくないから、暫くは惑星軌道上で冬眠かなぁ。確かそんな機能があった筈。でも、その前に救助される方が先かな?
「ポッド147。救助艇が向かってる。現在、地球標準時11:00、救助艇、予定到着時刻23:15。バイタルデータ、機器データに異常なし。落ち着いて待機せよ」
必ず救助が来る。ひとりでもパニックになるな、ここまで冷静に逃げて来たお前なら大丈夫だと、搭乗口から一緒に走ってきた教官が、私をポッドに押し込みながら叫んでた。
助けが直ぐに来るのは本当だと思う。さっきからポッドナンバー147、救助艇ETAはEST何時何分とか頻繁に連絡してくる。
最初のETAからは少し遅れ気味になってきているけど、とりあえず今の連絡で、さっきから2時間経ったのは分かったし、救助艇が来る予定なのも分かった。
大丈夫、見捨てられてない、ひとりじゃない。あの場所よりマシ、私は頑張れる、大丈夫。でも……でも、ひとりは嫌だ、早く回収に来てくれないかな。回収まだかな……。




