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1-13-3A-14 星への道)地上施設

 CMだけの付き合い、その(はず)だった。CM作製の時の社交辞令しゃこうじれいと、話題作りと双方の緊張を(ほぐ)すつもりだけだった。

 ところが、紗樹(さき)と一緒に歌うと気持ちよかった。説明は難しいけれど、何かがハマった気がして彼女を仲間に誘った。

 そうして私達はあの時、リーダーで作詞もこなす、メインボーカルの高山たかやま 美玖みく。食欲魔神の千手観音(せんじゅかんのん)、ドラムの松村まつむら 碧唯あおい。クールに見えて気配り上手、ベースの高木たかぎ 緋音あかね。どんなアドリブにも合わせてくれる、セカンドギターの大園おおその 翠琴みこと。魔法の指捌(ゆびさば)き、キーボードの深川ふかがわ さい。ハーモニーの天才、セカンドボーカルの百鬼なきり 紗樹さき。何故か紗樹(さき)と同じ様にステージ上で豹変(ひょうへん)すると言われる、作曲もするメインギターの私、大橋おおはし 楓音かのんの7人は、ただのガールズバンドのIRIS(アイリス)から、ロックバンドIRIS(アイリス)に成ったんだと思う。


「仕事は、声を掛けて貰える内が(はな)です」

 紗樹(さき)のお父さんの言葉に従った訳では無いけど、CM効果で露出が増えた機会を生かし、お下劣げれつ、セクシー系企画を除き、戴ける仕事は戴いた。

「忙しい事は、仕事を多く戴けているという事。だから、ありがたい事です」

 紗樹(さき)のお母さんの言葉。確かにそう、忙しいということは売れているという事。売れなくて苦しむより百万倍も良い

 チープな番組もあれば豪華な番組もある。私達は制作費の多寡(たか)で仕事を選ばない。お仕事は戴けるだけで、ありがたいのだ。お陰で私達はバラエティー番組もこなすアイドルグループとして重宝(ちょうほう)されている。本当はロックバンドなんだけど、お仕事が貰えるのだ、アイドルでも良いとしようじゃない。

  バラエティー系のお仕事は嫌いじゃない。普通の生活をしていたら出来ない事、行けない所に行けるのだから、私達には苦でも何でもない。

 マネージャーの塚田さんが、時折、ぶつぶつと、これでいいのか?とか悩んでいるけど。そのお陰で、深夜(わく)番組とはいえ、(わく)のお仕事が戴けているのだから、ありがたいと思わないと。


 IRIS(アイリス)ARIS(アリス)って似てるよね。余りにもあんまりな、単純な思いつき。

 それで「ARIS(アリス)新兵訓練に混ざろう!」の番組企画が通ってしまうのが、深夜(わく)醍醐味(だいごみ)ARIS(アリス)側とタイアップ出来るから、予算が(おさ)えられる。低予算しかない深夜(わく)の番組にしてみれば渡りに船というのも否定できないけど。

 重盛(しげもり)ディレクターは彼女達の経歴が汚れる様な番組、深夜(わく)番組にありがちな、お下劣(げれつ)なセクシー路線番組は絶対に作らない。

 番組への信頼と、スタッフが少ないのも(あい)まって、スタッフと私達との境界線がちょっと曖昧(あいまい)なこの番組が私達は大好きだったりする。


 いつもなら、撮影は目的の場所の近場の駅等から始まる。他の番組なら、途上に余程(よほど)の珍しい物でもない限り割愛される移動風景。

 けれど、あの()達は寄り道のプロフェッショナル、あっちへフラフラ、こっちでブラブラと素直(すなお)に目的に移動出来ないのが私達の番組のお約束。

 どこであろうと惣菜(そうざい)の匂いを()ぎ付け、買い食いに走るフードファイター並みの食欲を持つ碧唯(あおい)と、何故か一緒に引き()られていく緋音(あかね)。でもただ食べるだけじゃない、ふたりの食レポは簡潔(かんけつ)で分かり(やす)い。不味(まず)いときは、ふたり(そろ)って食べ終わるまで黙り込むので更に分かり(やす)い。

 碧唯(あおい)緋音(あかね)のドタバタの合間に、(さい)翠琴(みこと)が、メンバー達や自分達の街の中での自然な姿の撮影を始める。

 たかか小娘(こむすめ)の芸能人のお遊びと思ってはいけない。ふたりが映し出すのは、アルバムのミニ写真集に使われる(ほど)出来栄(できば)えで、そして独特な世界観を持っている。写真家としてのふたりが好きだというファンも多い。

 ファインダーの先を追えば、ステージ上とは打って変わって、のほほんとした紗樹(さき)楓音(かのん)が、しゃがみ込んで野良猫(のらねこ)にご挨拶(あいさつ)。そんな自由人のあの()達を美玖(みく)が追い立て、やっと動き出す。

 移動するだけで、1回分の撮影が出来上がる(ほど)の寄り道。でもスタッフ達もそれを分かっているから何も言わないし、寄り道のドタバタを期待もしている。台本に無い()の姿が良いのだと重盛(しげもり)ディレクターも言う。

 いつもなら、そんな楽しい行程があった(はず)なのに、今日は寄り道も何も無いままに施設の門の前から撮影開始。理由は簡単、今日は私達だけじゃない。今をときめくSeven Eyesが一緒に居るから。


「門の前のシーン撮ります。アイリスは少し横にずれて!」

 どこで聞きつけたのか、強引に私達の企画に便乗してきた彼等は、あたかも最初からこれは自分達の企画であった様に振る舞っている。

 彼等が私達の番組を荒らしている様に思えて、若干(じゃっかん)イラッとする。とは言え、彼等はゴールデンタイム(わく)で本物のアイドル、こちらは深夜(わく)の本業ロックバンドで兼業アイドル、力関係は彼等の方が上。ああ世知辛(せちがら)いこと……。

 感謝してよね、金田ディレクター。あの()達や、こっちのスタッフがお宅のお嬢さん(がた)やスタッフ達よりも大人で良かったね。

 とは言え、我慢にも限度というものがある。ただでさえ、お散歩がパーにされたうちの娘達や、番組スタッフ達の不満は爆発寸前なんだから。

 同じような事を次もそっちのADが要求したら、恐らく重盛(しげもり)ディレクターが向こうのADを蹴飛ばすだろうなぁ。


 Seven Eyesは、メインとサブ各7名に2軍と研修生が各7名の総勢28名。サブ?2軍?研修生?スタッフ含めて総勢40名?流石ゴールデンタイムに番組を持ってるだけあるってお金持ち。(すご)いと言うべきか、(あき)れるべきか。うちはこじんまりとしてて良かったよ。

「あの人達……何か(いや)だ」

「うん。そうね紗樹(さき)。でも向こうに聞えたら面倒だから、口に出したら駄目」

「ん……」

 紗樹(さき)美玖(みく)が話している様に、何だろうね、あのカメラが止まった後のギスギスというか、ピリピリ感。

 そりゃピリピリするよね、放送(ごと)に人気投票結果が反映されて、メインとサブ、サブと2軍、2軍と研修生の各々14名で入れ替わり戦。

 切磋琢磨(せっさたくま)させる姿が売りだとは言え、仲間というよりも全員が敵みたないなグループってなに?!私なら絶対に嫌だ、あんなグループに居るのは。

 で、なんでコロッケの匂いがするんだろう?ちょっとぉっ!碧唯(あおい)あんたいつのまにコロッケ買って来たの?!紗樹(さき)!ひと口もらって喜ばない!

 え?ひと口くれるの?あ、うんありがとう。美味しいね、このコロッケ。


緋音(あかね)、人間の尊厳って、何だろうね?」

 翠琴(みこと)(とい)に私は答える事は出来ない、何故なら私も同じことを思っているから。

 訓練船には飛行機みたいに、簡単には乗れない。地上の施設で事前訓練をしてから搭乗する。訓練といっても宇宙服に慣れる事と、脱出艇や脱出ポッドの使い方これを覚える。

 先ずは宇宙服と言うけれど、どちらかというとプロテクタースーツに近いんだそう。良く分からないけど。で、宇宙服はね……排泄物処理の重要性を、尊厳という言葉と共に魂に(きざ)み込んでくれる。

 宇宙服用の下着は、まんま下着という姿のものか、ボクサーパンツのどちらかを選べる。見掛けの問題だけで、得られる結果も与えられる結論も同じ。

 スーツを着ると、股間の部分が自動的に排泄物処理機構と接続する。体側、要するに下着の内側が変化して、男女の排泄機関等の部分に密着というか、侵入というかして密着する。

 これで排泄等があっても密着しているから匂いも無く回収される。微妙な気分になるけど、水分はある一定量までは飲料用等にプールされる。

 オムツを使っていた昔と比較すると天国と地獄(ほど)に違うらしいけど、密着時に変な声が出そうになる。

 これを知らないで服を着たらパニックになるから、事前の実地訓練が必要なのはわかる。けど、ちょっと微妙。(しばら)くすると、密着して少し入り込んでいるのに、それが気にならなくなっている自分に気づいて、更に微妙。心なしか、がに股になっている様な気がして、もっと微妙。


「何であんなに体力が無いと言うか、覚えが悪いんだろう?」

「私達みたいにバラエティー慣れしてないからじゃないかなぁ?」

 脱出艇も脱出ポッドも、サドルの様な椅子が付いている少しだけ傾いている柱に身を預ける。脱出から72時間が経過すると、脱出艇ではその柱に再び着座するとカバーがせり上がり、脱出ポッドはそのままの状態で、人工冬眠が開始される。流石に今回は地上施設での訓練なので人工冬眠は行わない。良かった……。

 サドルに腰かけハーネスで体を固定し、スーツと機械の接続を確認する。脱出艇ならそのまま脱出艇が射出されるまで待機。

 脱出ポッドの場合は、ここから更に手順がある。ポッドの扉を閉鎖、閉鎖を確認したら扉近くにある脱出レバーを引き下ろす。脱出レバーを引き下ろしたら、射出までは3秒しかない。脱出!脱出!脱出!と頭の中で3回唱える間に、両腕を胸の前で斜め十字にクロスさせ射出に備える。

 腕を斜め十字にして耐える姿から、脱出ポッドは別名、ファラオの棺桶(かんおけ)と言われている。綽名(あだな)でも脱出ポッドを棺桶(かんおけ)と呼ぶだなんて、何ていうブラックジョーク。

 脱出ポッドにはもう一つの乗り方がある。例えば負傷者を脱出ポッドに入れて、ハーネスを固定したら、脚の間にある、脱出トリガーを押し上げ、(ひね)り、押し下げる。ポッドの(ふた)が自動的に閉鎖され、そして自動的に射出される。

 私達がこの方法を使う事は無いと思うけれど、負傷者役と運搬役を交互に行った。これがとんでもなく疲れる。ただ運んで乗せれば良いという訳じゃない、制限時間内に終わらなければやり直し。正直、死ぬかと思った。


 露骨なまでに此方(こちら)見下(みくだ)していたSeven Eyes側は、スタッフも含めてまだ訓練が続行されている。

 此方(こちら)側は、休憩しつつ彼等の姿を余裕で眺めている。撮影はどうしたって?此方(こちら)も向こうもみんなウェアラブルカメラを装着しているから撮影はばっちり。みっともない姿もばっちり。最初は軽口をたたいていたSeven Eyesも、今じゃみんな黙りこくり、無表情になっている姿もばっちり。

 でも、こればかりは仕方ない。脱出艇と脱出ポッドでの脱出方法の訓練が終了しないと訓練船に乗船出来ないのだから、頑張ってね。

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