1-13-3A-8 Side Story-3 乾きの大地)天上の世界
「こりゃまた凄いな。見た事のない建物だ」
「ああ、これは……凄い。建物の壁にふんだんに鉄が使われている」
「こっちにあるのは何かの看板みたいだけど、こんな文字は見たこと無いよ」
「この高台の土と、乾きの大地の土は違う種類だぞ」
当初は高台の街までは3・4日もあれば到着出来ると思っていたが、内海が少しずつ拡大し、水嵩が上がっているのに気づいた俺達は、更に遠回りをせざるを得なかった。
インナの気配探知でも、魚程度しか居ないとは分かっていたが、その魚が危険じゃないって誰が分かる?
魔物を大きさだけで判断するのは命取りだ。心配し過ぎとは思うが、訳のわからん内海から距離を取るのは間違いじゃない。
冒険者なんてのは臆病で丁度良いんだ。将来、何も危険性が無い事がわかったら笑い話にすれば良いだけだ。
結局、あれから1週間掛けてこの高台の街に来たが、高台の一部が建物と一緒に崩れ、瓦礫混じりの斜面が出来ている。大人30人くらいの高さがあるだろう斜面を登り切り目の前に広がった街の姿は、圧巻の光景だった。
遠くから見ていた時も天にも届くような高い建物があるのは分かっていたが、いざ目の前で見るとその迫力は言葉に表せない。
急斜面の下に落ちていた瓦礫を調べていた時に気づいてはいた。しかし、何なんだこの街は。何処から来たんだ。
街の道は綺麗に何かが敷き詰められ、道路の脇には、どう考えても人為的に、そして計画的に植物が植えられている。
どう見ても俺達の世界より何倍も進み、豊かな街だ。なのに人の気配がしない。人の気配どころか、動物の気配すらしない。何故だ?
「こっち来て!」
「どうした!」
街の中には土蛙が入り込んでいた。そりゃそうだろうな。土蛙にとってもこの場所は乾いた大地とは比べものにならない程、快適な筈だ。
その結果とも言うべきか、道の真ん中にかつて人だった者の成れの果て。土蛙にそれこそ骨の髄までしゃぶり尽くされた誰かの骨を見つけた。
この骨の主は何処に住んでいたのかと、周囲を探索していたところ、別の骨を見つけた。恐らくは、道の誰かの仲間だったのだろう。仲間が土蛙に襲われているのを見て逃げたが、別の土蛙に襲われて死んだというところだ。
なるほど、この場所は快適な場所に見えて、獲物となる餌が少ないので、土蛙にとっては、生きるのに厳しい場所と言う事か。
ということは、今まで以上に土蛙には注意しないと、喰われちまう。トイレだろうが何だろうが、必ずペアでの行動をしないと駄目だな、この街では。
しかし、恐ろしい街だ。見上げる様な建物が数え切れないほど並び、そして広大だ。何だこの街の広さは、在り得ないだろう?
この街の大きさだと何人が住んでいたんだこの街に?何万?何十万?それ以上か?どれだけ大きな街なんだここは。
「これは、さっきの骨の主達とは違う人が生活していた跡ね」
「この状態たど、結構前ね、半年ほどは前かな?その頃に此処で誰かが生活していた感じがするな」
「ええそうね。でね、多分、女性だと思う。だってほらこれ」
「うん。そうね。でも小柄な女性じゃないかな?下手をしたら子供かも」
「おい!おい!おい!おい!子供がここで生活してるだ?早く見つけて保護しないと、死ぬぞ!」
「落ち着けダフト!飛び出ようとすんな!何処を探す気だよ!」
骨を見つけた場所から少し離れ、何やら鉄の棒が2本並行に敷かれている橋の様な物の向こう側で、ダフトが明らかに誰かが切り飛ばしたと思われる土蛙の頭蓋骨を見つけた。俺には共食いの跡にしか見えなかったのだが、ダフト曰く、確かに共食いの跡だが、この部分は刃物の跡だと言うのだ。
ならばと周囲を探した所、何かを燃やした跡があるのに気づき、そして近くの建物に誰かが出入りしていた形跡があった。
誰かが生活していた場所は直ぐに見つかった。大人にせよ、子供にせよ、必死に生き延びようとしている跡が見て取れた。
女の子かもしれないと分かった途端に、強面の外見とは裏腹に、子供に異様に甘いダフトが何処かに走り出しそうだ。
俺だって心配だ。なぜこんな場所で子供ひとりで生活することになったのか、何故この場所から出て行ったのか分からないが、早く見つけ出して保護してやらないと。だが何処を探せばよい?
何処を探せば良いのかと思った時、自分が誰も居ない街で生活している子供だと思って考えてみた。万策尽きて、何処かに移動しないといけないとしたら、何処に向かう?
ああ、あるじゃないか、あの消えない虹柱だ。あそこに行こうとする。あそこなら四方八方から見える。誰か来るとしたら、あの虹柱だと思って移動する。
自分の考えを皆に述べたところ、皆も同じ考えに到達していた。だが今日はもう遅い。そろそろ日が暮れる。移動は明日だ。
俺達は伊達に2級の冒険者じゃない。我慢するべきところは我慢する。見知らぬ街を夜間に駆け抜けるなんて博打は打たない。
だが、あくる日、日が昇った瞬間に俺達は移動を開始した。そりゃあ、見知らぬ遺跡の街だから、単純に走り抜ける訳にはいかなかったが、警戒しつつも駆け抜け、昼過ぎには虹柱の傍に到着した。
虹柱の近くに来くると、何時も遠くに見ていた虹柱が、実は小さな光の粒の集合体だと言う事に気づいた。そして虹柱の向こうには、この街と同じ様な風景が見え、何人もの人が見えていた。あそこは何処なんだ?何だあそこは?
「おい!大丈夫か!聞こえてるか!」
「危ないから下がって!虹柱から下がって!」
「大丈夫!助けに来たの!だからこっちに来て!」
「俺達は2級の冒険者だ!奴隷商じゃない!大丈夫だ!ほら!これ見えるか!2級のメダルだ!」
最初の驚きが消えると、虹柱の傍に荷物を背負った小柄な人間が居るのに気づいた。恐らく、俺達が探している少女だと思うが、どう見ても虹柱に飛び込もうとしている。
思わず制止しようと、大声をだしながら少女に向かって駆け出していた。あとから考えれば、良く分からない虹柱に向かって走るなんて危険極まりない行為だったのだが、その時は、ともかく少女を助けようと必死だった。
流石、駆け出しの頃から長年連れ添った仲間というべきか、全員が同じことをしていたのを知った時は、思わず笑ってしまった。
結局、少女は、一度此方を見たものの、俺達の目の前でそのまま虹柱に飛び込んだ。虹柱は、少女が飛び込んだ瞬間に消え去った。
俺達は冒険者だ、目の前で知人が何人も死んでいくのを見てきた。だからと言って哀しみの感情が麻痺しているわけじゃない。哀しみの感情を押し殺すことが巧いだけだ。
哀しみの感情を押し殺し、次の行動を取ろうを割り切った時にふと思った。あの虹柱の向こうに見えた風景は何処なのだろう?そういえばあの少女の服装は俺達の服装とは異なる服装だった。あの少女はあの光の向こうの世界の住人だったのだろうか?自分の世界に帰っただけじゃないのか?と
仲間達も同じ疑問を持っていたのか、暫く議論したが確たる結論は出なかった。だけどあの風景は、天上世界の風景だったのではないか?
少女は天上世界の住人で、虹柱に乗って自分の世界に戻ったのではないか。恐らくこの街も天上世界を写し取った物に違いない。
そうでもしないと説明がつかない。虹柱が消え去った後に見まわした街は、あの骨を見つけた場所以上に天に向かってそびえ立つ建物が並んでいる。とてもじゃないが、俺達の世界にこんな物は今も過去もある訳が無い。
「やっぱりおかしいよな」
「どう考えても、おかしいよ」
「流石に、連日降られるとな」
「ありえないよ……」
少女が虹柱を使い、彼女の天上の世界に戻ったのを目撃したから探査は終了、とはならない。
俺達を降ろした船が戻って来る2カ月後まで、どうせ何処にも行けない。先ずは、高台の上の街に登った崖の近くに拠点を作り、1ヶ月の予定で街を調査し、そして戻ることにした。
1週間程度で戻れる筈じゃないかって?残念ながら、今は1週間じゃ戻れない。この街に来るときに使った峰は、日々増していく水嵩で、もう水面下だ。今じゃ、丘の方に戻るだけでも大旅行だ。
そして今も、その水嵩を増している理由のお陰で雨宿り中だ。そう、この一滴も雨が降られないと言われている乾きの大地で、連日、短時間の雨が降る。
水不足から解放されるのは良いのだが、良いのか悪いのか分からんな。この報告を学者さん達が聞いたら、此処にとんぼ返りしてくる未来しか見えない。
やれやれ、俺達はいつ休みを取れるんだろう。
南側の丘に、丘の一部が崩壊して小高い丘の様になり、谷の様になっている部分がある。商船や軍船が水が流れ出していると報告をしてきた場所だ。
俺達が到着した頃には、水が流れ出していた部分は地滑りで埋まり、水は流れていなかった。
丘を登るよりも、谷を通る方が乾いた大地に入り易そうに見えるが、長年の浸食で非常に脆く、落石が多すぎて危険過ぎる。
更には、いつも何処かが崩れ落ちる音がする何本もの深い地割れがある。一部は砂礫で埋まっていて何処にその地割れがあるか分からない。
普通に歩くだけでも、いつ地面が崩れるか分からないのに、更には蜘蛛まで居る。凡そ通り道として使える場所じゃない。
だから、大規模な崩落の跡が見えても、別に誰が困る訳ではないので、実地調査はしていなかった。
地滑りで埋まっただけの脆い場所が、流れ込む2連山脈の水と、連日の雨で水嵩を増した内海の水圧に耐えられる訳が無い。
膨大な水が、地割れ部分共々を吹き飛ばし、大型船が航行できる程の幅と水深を持つ外海と内海を繋げる水路を一瞬で作り上げた。
「何だろうな……」
「凄い風景と思えばいいのかな?」
「遠回りしないでも帰れると思えば良いんじゃない?」
「お前等、あの谷から蜘蛛が丘の方に逃げてる可能性を無視してるだろう?」
ここ2・3日、南側の丘、谷の方からの地鳴りの音が酷い。特に今日は酷い。見える訳でもないが、なんとなしに皆で地鳴りがする方向を見ていたら、ひときわ大きな音が聞こえてきた。
何事かと思い目を凝らしていると、馬鹿みたいな勢いで内海の水嵩が減り、気付けば水路が出来ていた。
天上世界の少女は見るわ、水路が出来上がるのを見るわ、何とも刺激的な人生を過ごしているのだろうな、俺達は。
内海に潜んでいた異界の幸福と災厄は、出来上がった大水路を通り、誰も気づかない間に、この世界の海に解き放たれた。




