1-13-3A-8 Side Story-1 乾きの大地)上陸
「駄目だ!駄目だ!お前は3級だろうが!だから駄目だ!」
「何でだ!私は砂礫踏破が出来るから問題ないだろう!」
「そうですマセイ様は、若くして3級を取得した優秀な方なんですよ!」
「優秀だろうが何だろうが、知った事か!2級じゃない限り認めない。もし勝手に行ったとしても、報酬も成果ポイントもやらん!」
「何だと!テエリタ様に報告するからな!」
「知るか!とっとと帰れ!」
乾きの大地に虹柱が見えるのは、珍しい事じゃない。
この街の海向こう。海峡を挟んだ東の大陸に乾きの大地はある。南側以外の全てが雲より高い万年雪の峰が連なる2連山脈に囲まれている為に雨は降らず、オアシスも無ければ植物も無い。
虹柱の袂に何かあるのではと、大昔に調査団が派遣された。南側の山と言うにはなだらかな、丘と言うには高すぎるが丘の向こう側は、何も有用な物はない乾ききった不毛の土地。
魔物も居るに居るが、わざわざ持ち帰る程の物でもない有用部位しかない魔物しか居ない。そんな不毛の土地をそこまで手間をかけて訪れる者なんか居る訳も無く、いつしか誰も訪れる事のない人外魔境。
乾ききった平坦な砂礫が延々と広がる、人はおろか魔物ですら生存が困難な大地。
此方側からは、乾きの大地の西側の2連山脈と、申し訳程度の広さしかないその裾野が見えるだけで、乾きの大地を直接見る事は出来ない。
この街から乾きの大地に行こうとするなら、大回りして2連山脈が途切れている南側から行くしかないが、快速船を使っても1週間弱は掛かる。
虹柱が見えても、普通は気気にしない。昼は薄っすらと見えるか見えないか、夜になると煌めく虹柱が見える程度。そして、3か月も経てば消え去る。季節の風物詩みたいなもんだ。
だが、今回は少し趣がいつもとは異なる。真っ昼間から明瞭に見えるわ、4カ月が経つというのに未だ消えないわ、挙句に、南側を航行していた商船や、軍船から乾きの大地の南側の丘の一部が崩れ、水が流れ出ているという報告が入った。
流石にこうなると皆が騒ぎ出し、ギルドに調査依頼が舞い込んだ。だからと言って、直ぐに調査に出発する訳にも行かない。今はあの南側は嵐の季節。後3カ月は待たないと、近づくのですら困難だ。
そして、誰でも直ぐにその依頼を受けられる訳じゃない。何しろ場所があの乾きの大地だ。受注難度はハイクラス。
5級は森林の外、野原だけの駆け出しの奴等なので論外。4級は森林の集団踏破迄なので未だ駄目。3級は砂礫の集団踏破迄だが、他の場所ならいざ知らず乾きの大地じゃ駄目だ。
あの場所の調査依頼は、砂礫を集団ではなく単独踏破出来る2級以上じゃないと受注させられない。
え?砂礫踏破が出来る3級だって十分じゃないかって?
駄目だ、駄目だ。実績と人間性を考慮される1級や2級と違って、3級までは実技以外に賄賂で進級出来ちまう。滅多に居やしないが、皆無って訳じゃない。この世はそこまでお綺麗じゃない。さっきみたいな奴は、稀だけれど存在する。
「こうやったら出来るはず」「私は以前こうやったから出来たけど、なぜ君はできないのか?」と偉そうに言う割りに、実地はズタズタ。親につけられた周りの腰巾着が、依頼を処理していなかったら5級にすら劣る。事ある毎に3級だと威張り散らす。4級、5級の人間に間違った助言を押し付ける。碌な奴じゃない。
身に余る級に溺れて、依頼中に魔物に返り討ちにあってくれないかと思うのに、運だけは強いあいつは、死にやしない。
最近は特に、4級止まりだった者が、いきなり2級になったのが気に食わないのか、2級以上の仕事をやりたがる。
色仕掛けに堕ちた馬鹿な受付が、本来受注出来ない2級以上の依頼を廻したお陰で、余計に増長してやがる。ま、その受付は解雇されたけどな。
あれも馬鹿だよ。解雇された後にあいつに泣きついたらしいが、屑なあいつに無視されたと聞く。賄賂を簡単に貰う様な人間は、誰も雇いたがらない。多分、来週には遊郭に就職だろう。
まぁ、愚痴を言ってても仕方が無い。この街に流石に1級は数人しかいないが、2級となれば3・40人は居る。あの馬鹿がまた戻って来る前に、誰かが気まぐれでこの依頼を早く受けてくれないものか。
「何で俺はこんな所に降り立ってるんだろう?」
「今更、ぐちぐち言ってても仕方がないよ。とっとと探査して帰ろうよ」
「そうしようぜ、ここは乾燥の問題以前に、土蛙が洒落にならん。1体、2対ならまだしも、あいつ等は群れるからな。群れたあいつ等は洒落にならん」
「だよ、数十体で来られたら、流石にキツイよ。私達の水の匂いに誘われて集まってくる前に、とっとと移動して確認しようよ」
悪魔の微笑みを浮かべた馴染みのギルド職員に捕まったのは、帰還報告と依頼完了報告をしようと受付の前を通り過ぎようとしていた時だった。
魔道双剣士、魔道銃士、前衛魔導士、後衛魔導士で構成される俺達のグループは、後衛魔導士のエフラが収納鞄より大規模な収納が可能な収納スキルを持ちだ。
なので、乾きの大地を囲む2連山脈のに生息する岩蜥蜴1体丸ごとの取集3体分を単独受注し、ホクホク顔で街に戻ってきた所だった。
言っておくが、岩蜥蜴ってのは蜥蜴と名前が付いてるが、大きいのになると、大人が2人半程度の大きさになる肉食蜥蜴だ。3級程度じゃ返り討ちに会う可能性が大きい危険な奴だ。決して楽して狩ってきた訳じゃない。何を言いたいかと言うと、俺達は休む予定だったんだ。
なのに、有無を言わさぬというのは、ああ云うのを言うんだろうな。あれよあれよという間に、追い立てられる様に船に載せられ、野営道具の補給を渡され、虹柱が見えだしてからそろそろ8月が経った今、まだ消えない虹柱が降りている、この乾いた大地の入口たる浜辺に立っている訳だ。
正直、到着する頃には虹柱が消えていてくれることを祈っていたんだが、消えなかったか。消えてないとなると、詳細に調査しなきゃならない。ああ……面倒臭ぇ。
乾きの大地は、それを囲む2連山脈まで延々と白っぽい乾いた大地が連なる場所だ。植物なんてものは一切ない。なのだが、魔物は生息している。
例えば有名なところでは、この乾きの大地にしか居ない土蛙という魔物が居る。土蛙と呼ばれてはいるが、外身が蛙に似ているだけで蛙じゃない。大きさも蛙という範疇を越え1・2歳の人の幼児程の大きさはあり、とても可愛いものじゃない。
挙句に口の形が禄でもない。開けた口は円形で、円形の内縁に尖った細かい牙が並ぶ。この円形の口で獲物に齧り付き、体液を啜りながら肉を食う。
初めてこの口を見た奴の中には、固まってしまって土蛙の接近を許してしまい危険な状況になる時もある。
流石、乾きの大地の魔物というべきか、水分を一滴たりとも無駄にしない為の捕食方法とも言える。捕食される方は堪ったものではないだろうが。
土蛙は、基本的には死ぬ寸前か、死体を漁る腐肉食いだ。その動きは緩慢でとても敏捷とは言えず、子供だってその姿に怯えず、落ち着いて戦えば勝てる。1体や2体ならばだが。
こいつ等の困ったところは、獲物の体から蒸発する汗の水分の匂いに敏感で、時折集団で襲いかかってくることだ。
如何に緩慢だといっても、何十体もの土蛙に囲まれると、その解囲は大変だ。3級程度だと生きたまま集られてお終いという恐ろしい未来しかない。
此処に居る魔物はその有効利用性が少ないため、余り研究が進んで居ない。だから何を食べているとか、食物連鎖とかも余り分かってはいない。
この土蛙もそうだ。何を切っ掛けにして集団で襲って来るのか、その理由は良くは分かっていない。だから余計に面倒な相手と言える。
恐らく水の匂いにひかれて来るのではないかと言われている。確かに水の匂いが広がらない様に結界を張ると襲われなくなるので、この仮説は正しいのだろう。
もっとも、仮に囲まれたとしても何体かを斃せば、その死体に残りの土蛙が群がる隙に脱出も可能だ。といって、会いたい訳じゃない。さっさと移動するか。
この乾きの大地に水は無い様に見えて、地下水脈は在るのではと言われている。そうでなければ説明が付かないからだ。2連山脈降った雨は、即座に2連山脈に吸い込まれる様に消えていく。じゃぁその水は何処に行くのだ?という事だ。
俺達が住んでいる側に流れてきているという意見も分かるが、それだけじゃ説明がつかない膨大な水量が消えているんだそうだ。
消えた水は乾きの大地側に地下水脈として流れ出しているんじゃないかという事らしい。とは言え、その地下水脈を直接利用できない俺達には関係のない話だ。
さてと、この丘を越えれば乾きの大地が一望できる様になる。一望と言えば聞こえは良いが、単にげんなりするだけだ。想像してみてくれ。目の前に広がるのは2連山脈まで延々と続く乾いた大地。それしか見えない筈なのだから。
「おい……あれは何だよ。目の前に見ている光景は俺の目の錯覚か?」




