1-13-3A-8 星への道)還るんだ
彼等が表に陣取るので、私は仕方なしに裏口から逃げ出した。建物を回り込み彼等を窺い見ていたけど、本当にママが言っていた通り。こんな場所で猫なで声を出して誘ってくる相手は碌な人達じゃなかった。
暫く私を誘い出そうとしていたけど、一向に出てこない私を諦めたのか、ふたりして各々が拾った缶詰をその場で貪り始めた。
見ていて気持ちの良い姿じゃない。けれど、私だって、訳も分からず放り出されたこの場所で、何日もまともな物を食べていなかったら、それが例え落ちてた保存食であっても貪るだろうな。
そして彼等は多分、何日もまともな生活をしてない。あの汚れた姿を見れば分る。衣食足りて礼節を知ると言う言葉がある。あの人達に礼節を期待するのは、ライオンに今日からベジタリアンに成れと言うのと同じだろうな。
「畜生!こんだけじゃ足りねぇ!」
「ええ、そうね。もっと食べたいけど、この中にあるのかな?探す?」
「それより、さっきの女が、未だ持ってる筈だから奪っちまった方が早い」
「持ってんのかな?」
「何か入ってる鞄を持ってたから絶対に持ってる筈だ、糞女め逃げやがって」
「また、見つけたらどうする?」
「同じ女同士のお前が上手い事を言って油断させろ、油断したところで、俺が一発で仕留める」
普通の街中なら聴こえない程度の声だろうけど、この音の少ない街の中で、風上のあなた達の大声は、風に乗って風下の私の元にやってくる。本当にあなた達が馬鹿で良かった。何が一発で仕留めるよ。私は猪か何かか。
でも、あなた達って警戒感ゼロね。この辺りは、奴等が多いから危ないんだけどなぁ。
「ん?!」
彼等の向こう、更に風上の方向から奴等の気配がする。それも3匹や、4匹じゃない。多い!この気配の多さは、ちょっとヤバイ。
ねぇ、あなた達。そこに居続けるのは酷く拙い事になると思うんだ。あなた達の向こう側、瓦礫の影もちゃんと見張っていた方が良いと思うんだ。
因みに、私は逃げさせてもらうけど、さっき見つけた缶詰6個を全部と、ペットボトルのお水を2本をここに置いておくね。あなた達の事だから、私を追いかけるより先に、先ず食べて、飲んでと食事を優先してくれるだろうから。
酷い事をしてる?そんな事を言われても、相手が私を殺る気で満々なのに、躊躇する必要がある?無いでしょ?
抜き放った鉈を片手に、気配を殺して彼等と奴等に背を向け逃げだしてから然程経たないうちに絶叫が聞こえた。多分、この声質だと女性の方だろうな。お仲間の男性に、奴等への囮にされたか、見捨てられたんだろうな。組む相手はちゃんと見極めないと。
暫くして、微かに男性の絶叫も聞こえた様な気がするけれど、気のせいだろうな。ああいう屑みたいな人間って生き残るんだよねぇ、映画とかでもそうだし。
はぁ……私って大分壊れてしまってるかもなぁ。元の世界に戻ったら、私、まともな人間に戻れるのかなぁ……。ちょっと自信が無いなぁ……。
あの男女に会ってから、何日?何週間?もう曖昧にしか覚えていない。出来るだけ毎日書くようにしている2・3行の日記が正しいのであれば、もうここに8ヶ月近く居る。
時間が経つのが早い様で、長くも感じる。ここ半年程は、日が高いうちに拠点に戻ったときは、本屋で見つけた、ザバイバルのハウツー本の中身を覚えることと、中学受験参考書を解いている。思いの外、時間が経つ。要らない事を考えないで済むので助かる。
要らない事って?それは助けが来る気配すらないこと、その理由を考える事。
頭じゃ分かってる。私の居た時代の人類は恒星間航行技術もワープ技術も持ってない。だから連星系の太陽を主星とするこの星に助けが来るわけがない。
分かっているけど、認めたくない。元の世界に戻れないと言う事を認めたら、気が変になる。でも、いっそ、気が変になった方が楽なのかな。もう……疲れた。
ここ最近、日が昇って午前中も半ばまでには暑くなる。夏が来るのだと思う。植えたじゃが芋や、さつま芋のも順調に育っている。夏が過ぎ、秋前には収穫出来そうだ。保存食料だって無限じゃない。じゃが芋や、さつま芋だけだとして、確保しておいて損はないはず。
だけど、それから?それ以上どうすると考えると、いつか終わりが来る。遅かれ早かれ終わりがやってくるのなら、自分で終わりを選びたい。
賭けなのは分かっている。無謀なのかもしれないとは思う。けど、此処に居ても終わりしかない。どうせ駄目ならば、移動してみようかと思ってる。
移動先はあの光の柱の所。せめて何が有るのか確認してから死にたい。何も知らないままここで朽ち果てるのは嫌だ。
そう思いだすと居ても立っても居られなくなり、思い立ったが吉日とばかりに拠点を引き払い、光の柱まで4日掛けて移動してきた。我ながら思い切った事をしたものだと思う。
近くに来て分かったけれど、光の柱は小さな光の粒の集合体が柱の様に見えている物だった。更には、光の柱の地面近くは何かが蠢いて居る様に見えた。
ああ……また奴等との闘いかもしれないと、少しげんなりしながら近づいていくと、生き物が蠢いているのではなく、何かの映像が高速再生されている様だった。
周囲に気配を感じて居なかったのもあるけれど、何の映像なのかという好奇心に負けた私の目に、高速再生された様な街の風景が映った。
目に見えている風景は柱に近づくにつれて遅くなり、人影の様な物も見える様になった。人なのか何なのかを確かめようとて更に近づくと、映る光景が遅くなる事に気づいた。
試しに何度か離れたり近づいたりしてみると、離れると再生速度は速くなり、近づくと遅くなり、光の柱まで1m少しになると、再生速度は普通になった。
「ここよりは、マシな筈。人が居るのが見えるから、ここよりは普通の筈」
柱の直ぐ傍で覗き見る光景は、夢にまで見る元の世界。大勢の人が居る、普通の街に見える。何で見えるのか理由は分からないけれど、そんな事は……、もうどうでも良いかな。ここに来てそろそろ9カ月、流石に疲れたよ。
半分透けた状態の何処かの大きな駅の風景が見える。TVか何かで見たことのある駅。表示が日本語だから、恐らく日本だと思う。
はぁ……場所なんてどうでも良いや。ちゃんとしたご飯食べたい。もう缶詰は飽きたよ。
温かいバスタブにゆっくり浸かりたい。せめてお湯のシャワーをゆっくり浴びたい。奴等が何時襲ってくるか分からないから、お水を節約しないといけないから、急いで洗い流し、急いで体を拭く。もう、そんなの嫌だ。
普通にベッドで横になって眠りたい。何も手に持たないで寝たい。ベッドが有るのに、ベッドにもたれかかる様に座り込んで、いつでも飛び起きて闘える様に鉈を片手にそして靴を履いたまま転寝するだけ。どんな時も気配を窺うのは疲れたよ。
この光の柱に飛び込んだら、見えている光景の場所に行けるのかな?それとも死んじゃうのかな?でも、この場所に居続けたって、終わりしかない先しか見えない。毎日毎日、あいつ等と闘い、生き延びても何時まで闘い続ければ良いの?いつまで生き延びられるの?
近い将来、あいつ等以外の変な生き物だって、もっとこの街の奥に入って来ると思う。そうなればこの街はもっと安全じゃなくなる。
最後の賭けかもしれないけど、もう、良いよね。飛び込んで死んでしまうのなら、それでも良いや。もうどうでも良いし。
「xx!xxx xxx xxxx!xxx xxxx xxx!」
「xxxxxxxx xxxxxxx!xxx xxxx xxxx!xxxxxxx!!」
「xxxx!xxxx xxxxx!xxxx xxxx xx xxxxxx!」
「xxx xxxx xxxxxx xxxx!xxx xxx xxxx!xxxx!xxx!xxx xx xxxx!xxxx xx xxxxx!」
じゃぁ行くぞ!と思った時、耳に聞きなれない言葉が入ってきた。声が聞えた方向を見てみれば、あの変な人達は何?
というか何語?何を言ってるのかさっぱり分からないよ。それより、あなた達の格好は何?!漫画か何かの冒険者みたいな格好って、どう見てもマトモじゃない。
マトモじゃない……か。寒さを防ぐためのスカーフを顔に巻き、目深にフードを被り、鉈をぶら下げた私が人の事をとやかく言える立場じゃない……か。
元の世界だったら、職務質問されて補導コースに一直線。ま、どうでも良いや。行くぞ!飛び込むぞ!怖いけど、飛び込むぞ!うちに帰るんだ!皆に会うんだ!




