表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/187

1-13-3A-2 星への道)硝子

「あれ?なに……これ?」

 これはもの凄く(まず)い状況だということくらいは、小学生の私にだって分る。私だって、そこまで馬鹿じゃない。もう、どうにもならない事くらいは分る。

「あ……。駄目かもこれ……」

 光の柱に囲まれてしまった少女が、家族の居る方向を困惑(こんわく)した顔で(なが)め、その顔が少し(かな)しそうな顔に変わった時、光の柱は(くら)むような明るさ変わった。

 急激に増した明るさが、カメラや彼等の視界から少女の姿を()き消した瞬間、()れタオルで(ほほ)(たた)かれた様な衝撃と爆音が(ひび)き渡った。

 視界を押し(つぶ)す暴力的とも言える様な明るさから視界が回復した時、その視界の中に少女は居なかった。


 暴力的な光が消え去った後、その余りの光景に固まっていた人達の中で、スタジオで中継を見ていたアナウンサーが、映っていた少女が居ない事に気づいた。

「松村さん!現場の松村さん!居ない!映っていた女の子が、居ないですよ!近くに倒れてないですか?!」

「え?!居ない?え?!。ちょっと待ってください!倒れてない?え?何処にも倒れてない?」

「松村さん!居ないって何が?!」

「ちょっと待って下さい!あっちにメトロポリタンTVの斎藤さん居たよね?!斎藤さん!そこに居た女の子知らない?え?!そっちも見失った?!居ない?なんで?!」

 TV局のスタッフ達は中継そっちのけで、大騒ぎになっていた。衆人環視(しゅうじんかんし)の中、ひとりの少女が忽然(こつぜん)と消えてしまったのだ、騒ぐのが当たり前というものだ。

 少女が消え去り騒然(そうぜん)となっていた現場では、空を(おお)う黒い雷雲(らいうん)忽然(こつぜん)と消え去り、雲ひとつ無い秋晴れの空に戻っていたことに誰も気づいていなかった。

 少女を探す家族の声で周囲の者達が我に返り、もう一度見つめた少女が居た場所は、水蒸気の煙が立ち上る硝子化した地面しかなかった。


紗樹(さき)紗樹(さき)何処(どこ)だ!」

 紗樹(さき)を取り囲むように立ち(のぼ)っていた光の柱が(はな)っていた、視界を(うば)(ほど)の強い(かがや)きが消えた時、紗樹(さき)の姿はそこに無かった。

 時が止まると言うのは、ああいう場面を言うのだろう。何が起きたのか理解出来ず、思考が停止し、時が止まった。

 ただし、それも一瞬(いっしゅん)の事で、次の瞬間には猛然(もうぜん)とありとあらゆる可能性を考えていた。最初に考えた事は、落雷の音と光のどさくさ(まぎ)れに誘拐された事だった。


 兄の私が言うのもなんだし、手前味噌かもしれないが、紗樹(さき)可愛(かわ)い。(すで)に小学校高学年にして、その片鱗(へんりん)を見せていた紗樹(さき)は、中学や高校にでもなれば男達がほっておかないレベルになっていただろう。

 そんな紗樹(さき)が居なくなったのだから、最初に誘拐を疑うのは当然だった。ほぼ衆人環視(しゅうじんかんし)の状態で紗樹(さき)が突如として居なくなったことを、紗樹(さき)を偶然にも同じタイミングで映していた別々の放送局のカメラマンが証言した事もあり、大勢の警察官が動員され、捜索が行われたが、紗樹(さき)は見つからなかった。


 こんな状況をTV局、ワイドショーが(ほう)っておく訳がない。

()だ妹の紗樹(さき)さんはみつかりませんが、今のお気持ちは?」

避雷針ひらいしんの設計ミスという話もありますが、責任の所在(しょざい)について、どのように思われますか?」

 こいつらは、人類なのだろうか?知能があるのだろうか?悲しいに決まっているだろう?それ以外の感情があるとでも思っているのだろうか?

 責任の所在?馬鹿なのだろうか?地面が硝子化するほどの落雷、それも人ひとりを骨の欠片(かけら)も無く一瞬で消滅させてしまう(ほど)の落雷から守ってくれる避雷針(ひらいしん)なんて無いのを知らないのか?

 刺激的な内容で視聴率さえ(かせ)げれば良いと思っているんだろうが、ここで怒りやら悲しみの感情を爆発させるとこいつ等の思う(つぼ)だ。人の(うわさ)七十五日(ななじゅうごにち)と言う。それまでの辛抱(しんぼう)だ。


 連日TVで捜索活動が報道されたが、紗樹(さき)は見つからなかった。それどころか、連日報道された事で、認めたくはない結論を認めざるを得なくなってしまった。

 偶然にも別の角度から、異なる放送局がそれぞれ映していた画像を見ると、誰も紗樹(さき)に近づけていないし、誰も紗樹(さき)(さら)っていなことが分かった。

 正直に言えば、認めたくない。紗樹(さき)が死んでしまったことを認めたくはない。紗樹(さき)にズームしだした頃から、紗樹(さき)の周りだけが少しピントがボケた様になっている映像しか残っていない。

 だから映っているのは紗樹(さき)じゃないと言いたいけれど、映っているのは紗樹(さき)でしかありえない。認めたくなくても、認めるしかない。

 紗樹(さき)が立っていた場所が硝子化していた。極短時間(ごくたんじかん)に異常な高温に(さら)されたと判断するしかなかったし、それに反論することも出来なかった。

 紗樹(さき)が居た場所は、深さ約30cmまで硝子化していた。科学者ではない私にだってわかる。そこまで硝子化するエネルギーが流れたのであれば、紗樹(さき)が無事な訳がない。

 認めたくはないが、あの一瞬で紗樹(さき)は、消し飛んでしまった。()()ない。科学的に()()ない。そう叫びたかった。

 けれども、確率論的にはゼロではない。ゼロではない限り、()()る。認めたくなくても認めるしかない場合もある。

 現実は厳しい。何を言おうとも結果が全てだ。そして私達に突き付けられた結果は、紗樹(さき)は、考えられない程の強力な落雷で、一瞬にして消し飛んだという事だった。それを認めるしかなかった。


「あの日と一緒ね」

「ああ……あの日と一緒だな」

 連続した落雷に足止めされ、曇天(どんてん)を見上げながら会話する両親の顔が、何時にも増して老けて見える。

 (よわい)を重ねたと言ってしまえばそれまでだが、年月が()つのは早い。気づけば、うちの子達も長女は社会人、次女と長男は大学生、。妹の桜のところも長女は大学生、次女は高校生だ。

 俺も親父も、お袋も、そして妹も()ける(はず)だ。

 今日は特に、親父とお袋の顔が()けて見える。今日ばかりは仕方が無いと言えば、仕方が無い。1年に1回、今日だけは仕方が無い。

 更にこの天気だ。言っても仕方が無い事と分かってはいるが、何も、今日に限って雷雲にならなくても良いじゃないかと、天に向かって叫びたくなる。

 (いま)だに後悔(こうかい)の念を覚える。何でもっと強く言わなかったんだ。何で力づくで奥に連れて来なかったんだ。何で手を握ってなかったんだと。

 35年前の今日、末の妹の紗樹(さき)は私達の目の前から、一瞬で消え去ってしまった。骨の欠片(かけら)も残さずに消え去ってしまった。

 そう言えば、深さ約30cmまで硝子化していた部分は、慎重(しんちょう)に撤去された後、国立科学博物館で研究、展示されている。

 恐ろしい程のエネルギーが極短時間(ごくたんじかん)で流れたという部分はわかるが、その発生原理は未だに研究途上だそうだ。

 ただ一言だけ言えるのは、恐らく苦しんだり、痛みを感じる時間は、紗樹(さき)には無かったであろうと教えられた。それだけが少しだけ救いだ。

 ああ畜生。落雷ってのは何で、こんな心に()()かる様な、(つらい)い想い出を思い出させて来るんだ。


「痛っあぁ……。何?!今の?」

 でも!生きてる!生きてるよ!死ぬかと思った。光の柱に囲まれた時は、もう駄目かと思った。生きてるよ!良かったぁ。

 でも何なの?!今の?!何なの今の光の柱?!びっくりしたぁ。もの(すご)い音だし、挙句に誰かにいきなり突き飛ばされるし。誰よ!私を突き飛ばしたの!って?ここ何処(どこ)?あれ?誰も居ない?

「ママ?!パパ?!お兄ぃ!?おねぇちゃん?!、みんな何処(どこ)?!」

 何処(どこ)なのここ?さっき居た場所だよね?あれ?でも誰も居ない……。あれだけ鳴ってた雷は?

「ママ?!パパ?!お兄ぃ!?おねぇちゃん?! ねぇっえっ!、みんな!何処(どこ)?!意地悪しないでよ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ