1-13-3A-2 星への道)硝子
「あれ?なに……これ?」
これはもの凄く拙い状況だということくらいは、小学生の私にだって分る。私だって、そこまで馬鹿じゃない。もう、どうにもならない事くらいは分る。
「あ……。駄目かもこれ……」
光の柱に囲まれてしまった少女が、家族の居る方向を困惑した顔で眺め、その顔が少し哀しそうな顔に変わった時、光の柱は眩むような明るさ変わった。
急激に増した明るさが、カメラや彼等の視界から少女の姿を掻き消した瞬間、濡れタオルで頬を叩かれた様な衝撃と爆音が響き渡った。
視界を押し潰す暴力的とも言える様な明るさから視界が回復した時、その視界の中に少女は居なかった。
暴力的な光が消え去った後、その余りの光景に固まっていた人達の中で、スタジオで中継を見ていたアナウンサーが、映っていた少女が居ない事に気づいた。
「松村さん!現場の松村さん!居ない!映っていた女の子が、居ないですよ!近くに倒れてないですか?!」
「え?!居ない?え?!。ちょっと待ってください!倒れてない?え?何処にも倒れてない?」
「松村さん!居ないって何が?!」
「ちょっと待って下さい!あっちにメトロポリタンTVの斎藤さん居たよね?!斎藤さん!そこに居た女の子知らない?え?!そっちも見失った?!居ない?なんで?!」
TV局のスタッフ達は中継そっちのけで、大騒ぎになっていた。衆人環視の中、ひとりの少女が忽然と消えてしまったのだ、騒ぐのが当たり前というものだ。
少女が消え去り騒然となっていた現場では、空を覆う黒い雷雲は忽然と消え去り、雲ひとつ無い秋晴れの空に戻っていたことに誰も気づいていなかった。
少女を探す家族の声で周囲の者達が我に返り、もう一度見つめた少女が居た場所は、水蒸気の煙が立ち上る硝子化した地面しかなかった。
「紗樹!紗樹!何処だ!」
紗樹を取り囲むように立ち上っていた光の柱が放っていた、視界を奪う程の強い輝きが消えた時、紗樹の姿はそこに無かった。
時が止まると言うのは、ああいう場面を言うのだろう。何が起きたのか理解出来ず、思考が停止し、時が止まった。
ただし、それも一瞬の事で、次の瞬間には猛然とありとあらゆる可能性を考えていた。最初に考えた事は、落雷の音と光のどさくさ紛れに誘拐された事だった。
兄の私が言うのもなんだし、手前味噌かもしれないが、紗樹は可愛い。既に小学校高学年にして、その片鱗を見せていた紗樹は、中学や高校にでもなれば男達がほっておかないレベルになっていただろう。
そんな紗樹が居なくなったのだから、最初に誘拐を疑うのは当然だった。ほぼ衆人環視の状態で紗樹が突如として居なくなったことを、紗樹を偶然にも同じタイミングで映していた別々の放送局のカメラマンが証言した事もあり、大勢の警察官が動員され、捜索が行われたが、紗樹は見つからなかった。
こんな状況をTV局、ワイドショーが放っておく訳がない。
「未だ妹の紗樹さんはみつかりませんが、今のお気持ちは?」
「避雷針の設計ミスという話もありますが、責任の所在について、どの様に思われますか?」
こいつらは、人類なのだろうか?知能があるのだろうか?悲しいに決まっているだろう?それ以外の感情があるとでも思っているのだろうか?
責任の所在?馬鹿なのだろうか?地面が硝子化するほどの落雷、それも人ひとりを骨の欠片も無く一瞬で消滅させてしまう程の落雷から守ってくれる避雷針なんて無いのを知らないのか?
刺激的な内容で視聴率さえ稼げれば良いと思っているんだろうが、ここで怒りやら悲しみの感情を爆発させるとこいつ等の思う壺だ。人の噂も七十五日と言う。それまでの辛抱だ。
連日TVで捜索活動が報道されたが、紗樹は見つからなかった。それどころか、連日報道された事で、認めたくはない結論を認めざるを得なくなってしまった。
偶然にも別の角度から、異なる放送局がそれぞれ映していた画像を見ると、誰も紗樹に近づけていないし、誰も紗樹を攫っていなことが分かった。
正直に言えば、認めたくない。紗樹が死んでしまったことを認めたくはない。紗樹にズームしだした頃から、紗樹の周りだけが少しピントがボケた様になっている映像しか残っていない。
だから映っているのは紗樹じゃないと言いたいけれど、映っているのは紗樹でしかありえない。認めたくなくても、認めるしかない。
紗樹が立っていた場所が硝子化していた。極短時間に異常な高温に晒されたと判断するしかなかったし、それに反論することも出来なかった。
紗樹が居た場所は、深さ約30cmまで硝子化していた。科学者ではない私にだってわかる。そこまで硝子化するエネルギーが流れたのであれば、紗樹が無事な訳がない。
認めたくはないが、あの一瞬で紗樹は、消し飛んでしまった。在り得ない。科学的に在り得ない。そう叫びたかった。
けれども、確率論的にはゼロではない。ゼロではない限り、在り得る。認めたくなくても認めるしかない場合もある。
現実は厳しい。何を言おうとも結果が全てだ。そして私達に突き付けられた結果は、紗樹は、考えられない程の強力な落雷で、一瞬にして消し飛んだという事だった。それを認めるしかなかった。
「あの日と一緒ね」
「ああ……あの日と一緒だな」
連続した落雷に足止めされ、曇天を見上げながら会話する両親の顔が、何時にも増して老けて見える。
齢を重ねたと言ってしまえばそれまでだが、年月が経つのは早い。気づけば、うちの子達も長女は社会人、次女と長男は大学生、。妹の桜のところも長女は大学生、次女は高校生だ。
俺も親父も、お袋も、そして妹も老ける筈だ。
今日は特に、親父とお袋の顔が老けて見える。今日ばかりは仕方が無いと言えば、仕方が無い。1年に1回、今日だけは仕方が無い。
更にこの天気だ。言っても仕方が無い事と分かってはいるが、何も、今日に限って雷雲にならなくても良いじゃないかと、天に向かって叫びたくなる。
未だに後悔の念を覚える。何でもっと強く言わなかったんだ。何で力づくで奥に連れて来なかったんだ。何で手を握ってなかったんだと。
35年前の今日、末の妹の紗樹は私達の目の前から、一瞬で消え去ってしまった。骨の欠片も残さずに消え去ってしまった。
そう言えば、深さ約30cmまで硝子化していた部分は、慎重に撤去された後、国立科学博物館で研究、展示されている。
恐ろしい程のエネルギーが極短時間で流れたという部分はわかるが、その発生原理は未だに研究途上だそうだ。
ただ一言だけ言えるのは、恐らく苦しんだり、痛みを感じる時間は、紗樹には無かったであろうと教えられた。それだけが少しだけ救いだ。
ああ畜生。落雷ってのは何で、こんな心に圧し掛かる様な、辛い想い出を思い出させて来るんだ。
「痛っあぁ……。何?!今の?」
でも!生きてる!生きてるよ!死ぬかと思った。光の柱に囲まれた時は、もう駄目かと思った。生きてるよ!良かったぁ。
でも何なの?!今の?!何なの今の光の柱?!びっくりしたぁ。もの凄い音だし、挙句に誰かにいきなり突き飛ばされるし。誰よ!私を突き飛ばしたの!って?ここ何処?あれ?誰も居ない?
「ママ?!パパ?!お兄ぃ!?おねぇちゃん?!、みんな何処?!」
何処なのここ?さっき居た場所だよね?あれ?でも誰も居ない……。あれだけ鳴ってた雷は?
「ママ?!パパ?!お兄ぃ!?おねぇちゃん?! ねぇっえっ!、みんな!何処?!意地悪しないでよ!」




