1-13-2 蒼きバッカニア
一部修正と並び変えです。
「これで、終了で良いですか?では終了します。」
うへぇ……やっと会議終わったぁー。この部屋は、午後は日光直撃するから冬でも暑いんじゃぁ!そんな部屋で3時間近くもダラダラ会議するかぁ?
信じられないよ、4時過ぎているよ……定時まで1時間半ちょっとだよ……こっちはそんなに暇じゃないのだよ!本当に中身のない、時間だけを無駄に使った会議だった。
今夜は装甲服装着して巡邏のシフトなんだよ。勘弁してよ……本当に。
VOAだけならまだしも、ここまで頻繁に政府要請で警察・入管の逃亡者捕縛協力に駆り出されるとは想定外。
未だに万単位の逃亡者が何処かに隠れている。この追跡劇はいつ終わりを迎えるのだろうか?
こんな非道をいつまでやればいいんだろう?
逃亡者達を捕縛すると、「人でなし!」と罵られる。それは否定しない、私達は人でなしだと思う。死んだら確実に地行きだと思う。
でも、だからといってその手を緩める訳にはいかない。
この国と私達は、自分達が生き延びるために、国際協調という名の美名の下で彼等を犠牲者に仕立て上げ、国外退去と封鎖地域への送還を粛々と行い続けるしかない。
だから、彼等が私達を罵る気持ちは痛いほど理解できる。けれど、私達が彼等を見逃す訳にはいかない。私達は滅びる訳にはいかないのだ。
私達が連日おこなっている捕縛について、ニュースは送還される彼等への同情論が多数を占めている。
ただ受動的に流れ出るニュースを視聴している人達は、メディアから与えられた情報をそのまま受け入れ、情報の整合性や、背景を自ら調べようとはしない。
それを責めるつもりは全くない。それはそれでひとつの生き方だし、その様な人達が私や私の家族、知人に迷惑をかけない限り、彼等がどうなろうと知ったことではない。
まぁ、仮に調べたとしても信じようとはしないだろう。事実は小説より奇なり。余りにも奇天烈で残酷過ぎた理由。
世界中が怯えていたことなんて。次は誰が、彼等の様な生贄になるのか。誰が彼ら同様にフェンスの向うに追いやられるのか。そんな恐怖が世界を支配し、突き動かし、彼等を封鎖地域に追いやっているなんて誰が信じる?
この国の幸運は、私達ARISの母国であったこと。私達が、他国の横暴に対して2回殴り返したこと。
テラ圏内で私達に喧嘩を売る様な馬鹿が居なくなったことで、私達と日本は安泰。
けれど、あの国はそれが出来なかった。歪な弱肉強食の時期に、歪んだ自尊心が肥大した独りよがりな優越感を持っていたあの国は、誰からも庇われずに生贄として選ばれた。
後ろめたさはある。思い出さない様にしているいけど、ふとした瞬間に、送還されフェンスの向こう側に追いやられた子供の目を、その怨みのこもった目を思い出してしまう。
だからと言って助けられないし、助ける気もないし、手を差し伸べる気もない。私達は君達の様に生贄になる訳にはいかない。
少しネット等で調べれば、その背景が分かっただろう。調べなかった君達が悪いとは言わない、分かったところでどうにもならかっただろうから。
だから君達が私達を恨む気持ちは分からない訳じゃない。けれど、恨むなら私達ではなく、強欲な世界を恨んで欲しい。
哀しいかな、ARISの私に肉体的な疲れはない。だからといって心は疲れる。溜りに溜った精神疲労が心の中に積み上がっていく。
もう限界かなぁ……、何も知らないふりをして普通に生きるのも潮時かもね。
「なーに、思い詰めているの?」
「やぶから棒に、突然に何を聞いてくるのですか千田さん?」
「貴女ねぇ…何を思い詰めているわけ?」
「え?そんな風にみえます? 別にたいしたことは考えていませんよ」
「嘘は駄目だなぁー、定年間近のおばさん舐めて貰っちゃ困るんだなぁ」
「そんなに、酷い顔をしています?」
「突然休んだり、辞めたりしていく人の顔になっていると思うよ?」
「おやまぁ、そんな風に見えていますか…。まぁ一寸考えるものがありまして、このままじゃぁ駄目かもなぁって」
「言いたくなるまで聞かないけどね、体潰しても会社は守ってくれないからね? 自分が大事。判っている?」
「そりゃぁもー、重々承知していますよぉ、だけど、何だかんだと。こうなってから一年近くズルスル来たけど、もう限界かなぁ、もう少し頑張れるかなぁって…」
「まぁ、この後の収入とか色々考えたら短慮は出来ないけどねぇ…」
「そこら辺りは、ほら、船団があるから何とでもなるんだけど…」
「そうだったよね、船団があるものね、そこは羨ましいわぁ」
「いや、良い事ばかりじゃないですよ?」
「そりゃそうでしょう、ニュース見ていたら想像つくもの」
「家族とは話している?」
「家族?」
「はぁ… 貴女はしっかりしている様でそういう処が抜けているのよねぇ、良くまぁ今まで、離婚されなかったね」
「…そこまで抜けているのかな?」
「抜けているからね? ともかく奥さんや子供さん達とちゃんと話し合わないと」
「だよねぇ、うん、今日家族と良く話し合ってみるべきだよねぇ、あ、みんなには内緒にしておいて下さいね」
「ところでね、さっき会議室が暑かったの?」
「そうなんですよー、無茶苦茶暑かったです」
「そう、未だ暑いのは判るけど、胸のボタンひとつ閉めよっか?
若い子の目の毒になっているからね? 男だった時代とは違うからね?」
「あい……おばちゃんこわい……」
「んー?何か言った? お土産のおやつ配らないよ?」
「何も言っておりませんです!」
何時からだろうか、個人を特定させないために凸凹の無いフルフェイス付きのお揃いの装甲服を装着する様になった。男性はよりその肉体美を強調するような、女性は少しばかりボンキュッボンを浮き立たせてしまうけれど、若干色気も漂わせる。
フルフェイスの前面シールドは、各個人の頭の大きさにあった骸骨を青白い燐光で映し出せる優れもの。
青白い燐光の骸骨は、心の準備がないときに夜道で出会ったら、一寸ちびりそうになるだけだ。ちびったことは……ない、うん……。
そんな私達を巷では最近、デスとか、バッカニアとか言っているらしい。なんとも心外な。時々、親と一緒に街に来た子供達にガン見された後で、何故かギャン泣きされるだけだ。
「うぉぉっ!バッカニアだ!」
木を隠すなら森の中。人が多ければ見つかる確率も減る、というのは一面では正しいけど、一面では大間違いだと思う。
人が多い所は、監視も厳しいのよ?判っています?まぁ、こっちは楽で良いけどね、馬鹿じゃなかろうか?まぁ馬鹿なんだろうな、馬鹿だから散々日本を非難し、右翼め!差別主義者め!と貶めていたくせに、いざ出ていけと言われると逃亡するわ、隠れるわ、最後には抵抗するわって、どういうことよ?
私は、貴方達の精神構造が理解できませんことよ?
ま、今日は楽だから良いけど。何しろ、突入確保は別班の番で、私等はお外で警戒線を引く役目。
直接対峙しなくて良いから楽だわぁー。意味不明の言い訳と、罵詈雑言を聞かないで済むって幸せだなぁ。
「すごっ!バッカニアの本物を初めて見た!」
「うわぁっ!本当に青白く光る骸骨が映ってる、こわーっ!」
「ええい、パシャパシャと勝手に写真撮っているんじゃぁないよぉっ!」と叫びたい気持ちを抑え、
敢えてゆっくりと、優しいトーンで声をだす。
「警戒線の内側に入らないで下さいー」
「そこの白のダウンの方―、下がって下さいー」
あー、鬱陶しい。お前らさぁ、遊んでないで家帰れよー。
「結構可愛めの女の声じゃんっ!顔見てぇ!」
「同じくらいの娘じゃない?」
「お願いしたら、ヘルメット取ってくれて、顔を見れるんじゃね?」
お願いされたからって、ヘルメット脱ぐ訳ないでしょうに?このチャラ男に汚ギャル。ぜぇったい、こいつら香水とか化粧の匂いが臭い筈。ヘルメット被っていて、良かったぁー。
こらぁ!入ろうとすんなー。拘束するぞ、こらー。
でもあのチャラ男と汚ギャルの拘束はやだなぁ……汚そうだしは触りたくないなぁ……。
「そこっ! 下がって下さい!」
しんどい……。出動準備で人が足りないからと言って、連日の出動は堪える……。
いや、国内に居るだけマシとは言え、しんどいものは、しんどい。面倒くさいものは、面倒くさい。
「拘束の際に怪我を負っても、責任は取りませんよー、下がって下さいねー」
「拘束される?触って貰えるのか?! うへへ…」
……おいー、近づくなー、来るなー、触りたくないぞー、誰かぁ!へるぷみー
「はい、それ以上行かないでねー」
おお!お巡りさんすごいぞー、流石市民の味方だぞー。
あ、拘束して出てきた。うわぁ……脂ギッシュだ、えんがちょだ。
「おぅ△☆うぇ! 舐め□※A△るぅあ!〇△たぁ!」
「さ☆※ちゅー!、パイ◇Sうぉぅ!」
何言っているか分からない……、人語なのだろうか? 誰か訳して……。
「おらっ!暴れるな!」
「チョ△※pぃ!」
うえぇ……よだれ振り撒きながら暴れてるぅ……。えんがちょー。
「なぁに?」
別班の方々、なぜこっちを見ているのかな?蒼い骸骨が怖いのよ?
私達には警戒線を引くという崇高な任務があるのです。頑張れぇ、応援してあげるぞぉ。ちょっと棒読みなのは気のせいだぞぉ。
おいぃぃ、こっちに拘束者を引きずりながら、にじり寄ってくるなー。
しかし毎度、判で押したように君達は暴れるし、抵抗するよね。射殺されないのを知っているからねぇ?
如何に彼等とは言え、射殺すると後が面倒だからね。手足の一本をポキィッってやるか、スタン使う方が掃除しなくて楽なんだよね。
「いい加減にしろ、ごらぁっ!」
「おうぅぁっ!ぐぎゃっ!」
あ、スタン使った。出来るなら触りたくないもんね。でもさ、何か漏らしてないかな?そいつ?
何で、こっちを恨みがましいオーラだして見るんだよぉ
「私達には警戒線を引くという崇高な任務が…」
「警戒線はお巡りさん達がやってくれているよね?
貴女達は何をしているのかな?」
「失礼な、こうやってスカルフェイスで立っている事に意味が……」
だぁっ! 何すんのよ!馬鹿力でヘルメット叩かないでよ!ヘルメット壊れたらどうすんのよ!
大体その手、さっき、あの脂ギッシュなあいつ等抑えていた手じゃないさ!洗ってないじゃん!ヘルメット汚れる!アーマー汚れる!
ねぇ?何で、みんなで両手を掲げながらこっちに近づいてくるのかな?
うぅ…汚されてしまった……。だけど、こんなバカな事でもやってないと、いい加減疲れてくるよねぇ。最近、毎日こんなのばっかりだもんね。
あ……、何処かの店の音楽が聞こえる。JanjiのHeroes Tonight?私達、今夜はHeroes(正義の味方)ねぇ……。蒼きバッカニアな私達は、今夜はHell's Angel(地獄の使い)じゃないかなぁ?
明日はケーキ作ろうかな、シフォンケーキにしようかな?生クリームと一緒のシフォンケーキ。いやいや、アップルパイも捨てがたいな。
ああ妙に、アップルパイが食べたい。ほんのりとした甘さの、リンゴの味が強いアップルパイが食べたい。市販品では出せない、リンゴの味と仄かにレモンの香りのする手作りのアップルパイが食べたい。
好きな音楽を聞きながら、ホットミルクと一緒に食べたい。うん。明日はアップルパイを作ろう。




