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1-13-1 この不思議な世界の異物

 好む好まざるの話しではなく、そんな選択肢は私には無く、自業自得と言われればその通り、だけど自分から望んだものでもない。否応いやおう無しに、引き返す事の出来ない一本いっぽんみちを歩き、半年ほど前、私は、この不思議な世界で異物になった。


 毎日繰り返される満員の通勤電車に存在する暗黙の譲り合い。無い様に見えて存在する気遣(きづか)い、ベストポジション獲得のため繰り広げられる無言の駆け引き。

 どうしても存在してしまう異物、異質な老若男女(ろうにゃくなんにょ)を排除するための、年齢性別の垣根(かきね)を超えた共闘。

 ちいさな小学生が乗ってきた時の暗黙の空間作り。通勤・通学するもの同士で作り上げた不思議な世界。


 あの日の後、(しばら)くして私は、その世界の新参者(異物)になった。

 私の容姿性別が変ってしまった事で、雰囲気が変わった様に感じる。気のせいと言われれば、それだけかもしれないけど、変なおばさんとの遭遇率が比較にならないほど上昇した。

 変なおじさんとの遭遇確率は激減した。その代わり周囲の高校大学(あた)りの若い男性達の分布率が激増した。()せぬ。


 密度の高くなった若い男性達は鬱陶(うっとう)しい、暑苦しい、汗臭い。といより男性用コロンの付け過ぎで匂い(くさ)い…。そこの少年、もう少し付ける量を減らしなさい。

 おじさん時代でも匂いに敏感(びんかん)だったのが、女性になったから?それともARIS化したから?理由はどうあれ、敏感(びんかん)になった鼻は匂いを拾い集めてくる。

 公平に言えば、女性のつけ過ぎの香水や、香りの強い化粧品の匂いも(つら)い。元々化粧品の匂いが大嫌いな私にとって、匂いがキツイ男女の周りは、修行僧の修練場所もかくやとなっている。

 とはいえ、おじさん時代の私の体臭は、彼女達にとっては()(がた)き匂いであった可能性は(いな)めない。(さら)に言えば、今の私は、少しだけど香水をつけている。なので、人の事をとやかく言う権利はない。

 最初は使っていなかったが、家族の(すす)めもあって使いだした。元々好きな薔薇(ばら)の匂いの香水、悪い気はしない。今は幸か不幸か女性なので、おじさん時代に使えなかった薔薇(ばら)の匂いの香水を大手を振って使える。ちょっと嬉しいのは内緒。

 一応、つけすぎない様に、少な目に抑える様に注意している。匂いの好みは千差せんさ万別ばんべつ。おじさん時代の私の様に化粧の匂いが嫌いな人、この薔薇(ばら)の匂いだって嫌いな人が居るかもしれない。しかし、香水は、お高い。男性用ですら高かったのに、女性用となると(さら)に高い。何でだろうね?


 周りの視線を気にし過ぎなのかもしれない、自意識過剰なのだろうとも思う。けれど最近、ふと気づけば見つめられていることが多いかなと思う。

 自画自賛(じがじさん)になるけれど、今の私の容姿は、若干金色がかった白銀の髪の毛にエメラルドグリーンの瞳。そりゃぁ、目立つ。 

 こんなキャラクリした自分が悪いのだと、自業自得(じごうじとく)なのだと頭では理解しているけれど、()だ慣れない。

 ときどき不安に駆られる時がある。もしかして、おじさんに戻っているのか?とか。何か変な所でもあるのか?等と思ってしまう。何時(いつ)かはそんなことを気にしなくなる日がくるのだろう。けれど、それは今じゃない。まだまだ(さき)の話。


 そんな私が、スカートなど()ける訳がない。正直に言えば、フレアスカートとか、ワンピースに少し(あこが)れを感じる時もある。

 通勤途上で、他の女性のフレアスカートとか、ワンピース姿を見て「あっ…良いなぁあの服」とか、「あの薄いワインピンクの浮き出る様な細い白のストライプの服良いなぁ…お高いのかなぁ?」なんて思ったりすることもある。

 そんな自分に驚きを隠せないけれど、流石に脚を出すのは…まだ無理かな、まだ躊躇(ちゅうちょ)するものがある。だから通勤は、基本パンツスタイルで通している。

 まぁパンツというか、普通のくるぶし丈のコットンパンツなのだけどね。これなら、男性時代とそう変わらない恰好ですむからね。


 ハーフや?ショートは()かないのかって?

 一度、レギンス履いてからショートパンツを履いてみたけれど、もし、もしも仮にこの姿のままおじさんに戻ったら?と思うと…。

 もう戻れないのは判っている。けれど、()だ頭の片隅(かたすみ)で考えてしまう「戻れるんじゃないか?」と。

 (あきら)めの悪い見苦しい姿だと思う。現実を早く受け止めるべきなのも分かっている。だからと言って、そんなに早く切り替えができる(ほど)に私は器用じゃない。


 ハイヒールには手を出していないといより、出せない。一度試してみたが、あれは無理だ。数歩も歩かずして、足首を捻挫(ねんざ)させる自信がある。

 世の女性は良くあんなものを履いているものだ。街で見かける、ハイヒールで全力疾走している女性は神にしか見えない。

 後、良く有る(とが)ったパンプスなんて無理だ。足の指先の部分(せま)くない?デザイン選べば狭くないのもある?お洒落は我慢だ?やだよ、そんな我慢。

 私は基本ローヒールのラウンドトゥかオブリークトゥのつま先が広いやつじゃないと無理かな。ハイヒールに、先のとがったポインテッドトゥとかの靴を()きこなす、世の女性は凄いものだと日々感心している。


 家の中では家族の「訓練!」の一言で、スカートかワンピース姿だ。スーパーはまだ無理だけど、車でコンビニに行ける程度には進歩した。けど歩いて行くのは当分先かな。コンビニの中なら、普通に歩き回れるようになった。

 半年でここまで進歩したのだ、()めて欲しいものです。


 最近は人と接する時は、優しい雰囲気でするように努めている。船団一般通達があるのも理由だけど、意識して優しい雰囲気を出している。

 怖がられない様に、恐れられない様に、自分達と違うと思われない様に。人は自分達と違うもの、異物を排除しようとする生き物だから。

 排除されない様に、怖くないと思わせる様に、注意して行動している。注意深く、可能な限り穏やかな雰囲気で接するようになった。


 例えば、よく行くコンビニは、曜日や時間帯によっては小さな子が多く居る。

 二足歩行型の小さな機動兵器(おこちゃま)が突っ込んでくる。だから、注意しながら歩き回らないといけない。けれど、注意していても、どうしても被弾して(突っ込まれて)しまう時もある。

 ぶつかられた時に「あ゛?」みたいに威嚇(いかく)したら駄目です。まぁ、小学生中学年くらいの子供だったら、「あ゛?」もありかもしれないけど。


 小さな子供の場合は、しゃがんで、ゆっくりしと、大きすぎない声で、優しい雰囲気で「だいじょうぶー?」と聞くようにしている。

 大きな声で上から見下ろしながら言って、怯えて泣かれたら大変。小さな子供には怯え泣かれ、親には嫌われ、碌な結果にならないからね。

 優しい雰囲気で「だいじょうぶー?」と言っているのに、なぜかお母さんや、お父さんの脚の裏に隠れられてしまう。

 お母さんやお父さんが私に謝ってくるなか、当の小さな襲撃者はお母さんやお父さんの脚の裏から此方をちら見しながら、小さな声で「ごめんなさい」されてしまう。

 解せぬ、私は怖くないぞ?脚の裏に隠れなくたって、捕って食べたりしないぞ?


「温めますか?」

「ありがとう、要らないです」と微笑(ほほえ)みながら何気なく答えると、コンビニの店員さんに照れたような顔をされることがある。解せぬ、社交辞令の様な挨拶でなぜ照れるのだろうか?

 コンビニの店員さんはもしかして、対人赤面症か何かの人なのだろうか?もしそうなら、頑張れよ、コンビニの店員さん。「あ、お(はし)()らないです」


 今夜は星空が良く見える。何気(なにげ)ない日常が来週も続く事を願っている。けれど、そうはいかないのが現実なのだろうな。

 船団の出現と、ARIS化騒動等もひと段落、人の心もそろそろ落ち着いてきたと思えば、世界は再びざわめき出してきている。

 色々な情報、噂、ニュースを総合すると、国内外で私達ARISを独占しよう、支配しようという動きが強まってきているのが見て取れる。

 君達の植民地でも属国でもない私達に、君達はなぜにそこまで強欲で、高圧的で、そしてさも当然の様に尊大な態度を取るのだろう?

 私達の物を、なぜ自分達のものに出来るとおもっているのだろう?なぜ、自分達が支配して当然だと思っているのだろう?


 そろそろ何処(どこ)かをまた見せしめするべきなんだろうな。我々ARISに手を出す愚かさを思い知らせないと、国が亡ぶ、家族が困る。

 米国を教育して他の国は大人しくなるとおもったら、あの蛙は……。()めた態度をとってきた相手は、ちゃんと教育しておかないとね。


 空を見上げれば、綺麗な星空が見える。星の(きら)めきの中に、星とは違う異物の(きら)めき、母船群が見える。

 この世界に最近入ってきた新しい異物、そして私達。だけどもね、私達は(あらが)う。異物の私達を受け入れてくれているこの国の人達と共に手を取り、徹底的に(あらが)う。

 私達は、君達に(たか)られ、()いつぶされるつもりはない。それが、この不思議な世界の遺物である私達の義務だから

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