1-13 この場所の雨の匂いは嫌いだ
一部修正と並び変えです。
水の甘い匂いがする、雨の日は水の甘い匂いがする。季節の風に匂いがあるように、雨にも匂いがある。水の甘い匂いがする雨の日は嫌いじゃない、水の甘い匂いは、私をホットさせる。
慣熟期間を考慮して、最初の実践訓練終了後5か月後、訓練開始から半年後までが、本来の死に戻り可能期間の予定だった。
普通の体からARISの体へと調整槽で変更している期間を利用して、常時リンク型生体義体を用いた慣熟期間を利用した計画だった。
この予定を狂わせたのは、世界中で同時進行した狂気と責任転嫁そしてそれを見た、機械種達の躊躇とある船団長の警告だった。
当初訓練期間が終って間も無くの頃、ARISの拠点、母体でもある日本が諸外国から侵攻される可能性あると、ある船団長より警告が出された。
機械種達は可能性の一つしてはあり得るが、確率は低いと考えていた。
VOA出現から半年も経たずに自壊するだけならまだしも、VOAによる惨禍を貴貨として己が失敗の隠蔽行うため、平気で自国民を犠牲にする。または己が失政を糊塗するため、他国民を生贄にする。
世界の常識とされ実行される封鎖と特定民族のみを標的にした強制送還。これを見ていた機械種達は思った。こいつ等の頭は大丈夫なのか?と
地球では当たり前の世界に、防衛本能全開となった日本、この場合は、船団の元ゲーマー、今ではARISとなった日本人達は、余りに苛烈な世界に機能不全に陥りかけている機械種達の尻を蹴飛ばし、船団即ち、日本人が生き延びる事を最優先事項として奔走した。まずは、諸外国への威圧が必要であろうと考えた船団と機械種は、死に戻り可能期間即ち義体による不死の状態を更に延長するべきと判断した。
訓練開始から5カ月目が始まろうという頃、船団より我々に機密扱いの通達がでた。曰く、日本に対する他国からの干渉を排除するために、日本は不死の兵団であるARISの庇護下にあると印象付けるために、義体での不死状態を更に半年延長し、訓練開始日から1年間とする。半年頑張れば母船に居るか、対VOAのみになるからと踏ん張っていた我々にとっては迷惑千万、驚天動地のお知らせだった。
心配し過ぎだという意見が多数だった、この二か月後に干渉排除の行動を起こすまでは大多数がそう思っていた。
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我々は直接的な作業はしない。直接的な作業は、各国一般兵士の役目だ。我々は不死の兵団ARISという欺瞞情報を印象付けるためだけに此処に居るだけ。仁王立ちして威圧感を振りまくだけの役目。等と言われたからといって何の慰めにもなりはしない。
本当に、何の慰めにもなりゃしない。本当なら今頃は、順番に母船に戻り、義体でなく自分の体、調整体となって調整槽から歩み出している筈だった。決して、義体のまま雨に濡れながらパルスライフル抱えて、二重の掘りと三重の有刺鉄線フェンスの向こう側から向けられる怨嗟の眼差し、絞り出す様な懇願や、投げつけられる怨み辛みの罵声を聞きながらこんなところに立っている予定じゃなかった。
ああでも、まだ最外縁の監視塔に居ないだけマシと思うべきなのだろうな。監視塔に居る欧米の奴等は、直ぐに撃つ。命令だから撃つのは分かるが、流石に撃たれる姿を見るのはクルものがある。
フェンスの向こう側は、少し前までは夜になれば明かりが燈り、夜なお賑やかな街だったのだろう。今では面影が全く見いだせないほどに薄暗く、所々が崩れ落ちた街。今日は雨だから余り匂わないけれど、風向きが変わり此方が風下になるとすえた匂いが漂ってくる。
毎日見せつけられるのは、まかり間違えば母国がこうなったかもしれない姿。自国の為に他国を売り払った結果を毎日眺める。自分達の罪を毎日見るなんて事は予定に無かった。
あいつ等は、何時も自分達は正義、相手は悪だという。自分と意見の違うもの、自分が理解出来ない意見を悪だという。悪には悪の理由があり、悪にとって、正義が行う正義は悪の所業なのだ。それを理解している奴等は少ない。
そんな正義と悪の二元論で生きる彼等に喧嘩を売られ、滅びそうになった、滅んだ国は多い。目の前に映る光景は、その現在進行形。今度はこの国が、その地獄を味わっている。
本当に奴等は、自分の種族以外をどうでも良いと思っている。まぁ、今回は我が母国も奴等と組んでこの国を生贄にしたのだ、同じ穴の狢、偉そうに批判出来る立場ではない。
今、怨み辛みを言えるのはこの国の奴等だけだ。もっとも、誰も耳を貸さないだろう。それが正義と悪の二元論で生きている奴等が主体の国際社会の冷たさだ。
輸送艇の離着陸の度に、空気が揺れる。今日はやたらと輸送艇の降着回数が多い、何処かの国で大量の送還者でも出たのだろうか?
最近の輸送艇は、以前より腹に響く音をまき散らしながら降着してくる。可能な限りこの場所に居る時間を短くしたいのか、前線への強襲降下並みの速度で動力降下し、積み荷を降ろした後は全力で離脱する。そりゃ、こんな場所というか下ろした後の風景見たくないだろうからな、気持ちはわかる。
輸送艇の乗員と話した際に、街の風景や、フェンスの向こうから此方を覗う現地人より、帰りの輸送艇に私達も載せて帰ってくれないかと、見送る我々の顔を窓越しに見るの方が辛いとも言っていたけれど。
毎日何便も、余程の嵐でない限り昼夜問わず天候不問で、毎日何便も何処かの国から輸送機があの島に到着する。長旅であろうが、着の身着のままであろうが何であろうが、荷物の如く流れる様に島で輸送機や輸送船から輸送艇に乗り換えさせられる。
乗り換えさせられた者達を満載した輸送艇が、この降着場所にやってくる。降着後は、電撃棒を持った各国兵士が輸送艇のカーゴベイから彼等を家畜の様に小突き、殴り、引きずり、フェンスの外まで追い立てる。
一度入ったら二度と戻って来られない場所へ追い出す。時おりフェンスから外に出るのを逆らった者が射殺される。死体はフェンスの向こう側にほり投げ、フェンスを閉じて次の降着を待つ。決まり切った作業を毎日、何回も、昼夜問わずして行う。
追い立てるのが白人だったら、お前ら追い立てられるのか?と罵りたい気持ちになる時もあるが、言っても無駄だから何も言わない。彼等も命令でやっているのが判っているから何も言わない。
ああ、中には屑のような将兵が偶に現れる。本気で、楽しんでいるような奴が。そんな時は、流石に我慢に耐えかねて『もう少し丁寧に扱え!人だぞ!』と罵るときもある。
そうすると、あいつ等は我々を恐怖に満ちた目で見つめ返す。まるで、死の使者に対面した様な怯えた目で見つめ返してくる。そこまで怯えなくても良いじゃないかと反論したくなるが、反論はしない。彼等が我々を恐れる理由は分からないでもないからだ。
冷静に考えれば、我々も同じ穴の狢だ。自国のために、他国を封鎖し、その他国民を諸外国同意に自国から叩き出し、この封鎖地域に投げ入れているのだから。
ある船団長が警告していた通りだった。VOAの出現から半年程度経過し各国の動揺が落ち着きだした頃、回りを見回した彼等の目に映ったのは高度技術の塊である母船やARISを脆弱な日本が持っている姿だ。(我々が居る時点で脆弱であるとの認識は誤認も甚だしいのではあるけれど)
彼等は日本に母船やARISの技術を即時に引き渡す様に要求した。引き渡さないなら侵攻することも辞さないと。
今までの日本の武力であれば、彼等の要求は満たされたであろう、ARISの母体が日本人であるというのを忘れていなければ。そして我々がこの要求を予測していなければ。
この要求に対して船団は呆れを通り越して激怒した。要求が出されたその日の深夜に、予てから準備していた自立型機動兵器(機械種とアンドロイドの中間の様なもの)を、三沢、横田、厚木、横須賀、岩国、佐世保、沖縄に各100機を降下させ降伏勧告を行った後に制圧。降伏勧告に従わなかった兵士は即時排除という徹底的な行動を行った。
更に、同時期にホワイトハウスに上空に強襲降下し、人員ならぬ大量の生ゴミをぶちまける映像を介入した全米のTVチャンネルで放映。さらに、彼等の要求を世間に公開した上で、『母船を寄越せ?技術開放しろ?属国扱いするのか?舐めているのか? 手を引け、米国更地にするぞ?』これを1時間おきに、3日間放送した。
放映期間中は、戦闘艦の一部を大都市から十分視認される距離で悠々と遊弋させた。近づく迎撃機はTVの生中継画面の前で全て撃墜し、ついでに1時間に1回は、見せつける様に、海上にレーザーをぶちかまして海面の一部を爆縮させ、歴然とした科学力の差を見せつける。
そして放送を続ける「強欲も大概にしろ、お前の国の政治家は頭大丈夫なのか?日本から手を引け、1発でも日本に打ち込んでみろ、ひとりでも我々や、我々の親族に手を出し脅迫してみろ、戦闘艦がお前らの何処かの街をひとつ更地にする」
世論は、大統領と議会、軍の一部の暴走を糾弾し大混乱になった。兵器の技術レベルが到達不可能レベルで違う上に、大抵はおとなしいが、切れたら何をしでかすか分からない日本人が切れたのだ、これで折れない方がおかしい。
尚、ホワイトハウスに生ごみをぶちまけた後、ゲーム時代に大人しい船団と言われていた第7船団は、切れたらなにするか分からない船団と船団内で言われるようになった。
とにかく、切れまくった第7船団のお陰で我々は他国の兵士に恐れられている、切れたら何するか分からないと。でもね、第7船団だけだからね?
空気が揺れている、輸送艇がまた動力降下してくる。雨の中、輸送艇が降着したら、決まりきった作業が始まる。我々はそれを眺めているだけ。我々だけがそれを記録している。
ここに報道機関は誰も居ない。別に検閲地域になっているわけではない。初めのころは何人も、何社もの報道機関が居た。取材後、全ての顔にモザイク処理と音声処理をしただけのノーカットのデータを渡す際に、この場所の成り立ちと背景を説明し、それでも報道するのか確認すると、結局、誰も報道しなかった。誰でも命は惜しい、封鎖地域の民族のシンパとみなされて、自分も封鎖地域に追放されたくはない。
ごく稀に個人の報道が流れ出た事はあるが、大手が否定するので眉唾物のネタ情報としか扱われなかった。世界の何処の報道機関も相手にしてくれない。封鎖地域は世界の総意だから。
そして、誰も記録しない場所になった。今、記録しているのは我々だけだ。何年か後に記録を見る者よ、君達に罪はない。罪があるとすれば、それは我々の世代だ。我々は生き延びるために、生贄が必要だったのだ。
風が強く、風向きの違う雨の日は、街の匂いが漂ってくる時がある。人それぞれに匂いがある様に、街にも匂いがある。雨雲が空に蓋をして、空に掻き消えなかったすえた匂い、煤煙混じりの匂い、家畜なんて居ないはずなのに、肉が焼ける匂いが漂ってくる。
いつもよりも強く匂いを感じる、風の強い雨の日は嫌いだ。この場所の雨の匂いは嫌いだ。




