1-12 地球人類種(テラン)~脆弱と思い込む強靭な種族
VOAが出現してからそろそろ3年目、地球で封鎖地域への送還が一息つきだした頃、系外銀河探査に行った分艦隊から連絡が入った。
『未知の異星人の遺物』
異星人自体の存在は確認できなかったが、彼等の遺物を発見した。
『新種の二足歩行型VOA発見の報告』
不幸は前から全速力でやってくる。
未知の異星人については、滅んだのか何処かに去ったのかは不明だが、大量の後世、それも自分達以外の種族に向けた遺物を確保したらしい。
約一年半後には、ケプラー32星域に到着する。受け入れ準備を完璧にしておかなければなるまい。ケプラー32には新造の研究母船が回航されている。受け入れ訂正は万全の筈だ。
問題は、その研究母船に搭乗する学者先生達の選別だな。また、あの大アミダくじ大会か……。開き直って追加で2隻の研究母船を建造する計画に変えようかな……。
新種の二足歩行型VOAについては、異星人の記録データと共に、VRでの対抗訓練を直ぐにでも始めるように進言があった。
送付されたデータを元に、最悪を想定した強度でVRを構築しARISの場合と一般の人類兵士の場合でトライアルを実施した。最悪だった、洒落にならなかった。
あいつ等はARIS以外には倒せない、一般の人類兵士では勝てない。ARISの武器でないと倒せない。
最悪の場合、ARISの武器を一般の人類兵士に支給し時間稼ぎを行うか、選抜された人類兵士を劣化版ARISとして加え対抗するしかない。
通常のARISに何故しない?
私は、そこまで欧米諸国を信じていない。あいつ等は隙を見せた瞬間にこの船団を奪うだろう。とはいえ、人的資源の数という意味で彼等の協力は必要だ、ジレンマだな……。
しかし、この新型二足歩行型VOAが地球上で大量発生したら、地球の陥落と人類の滅亡する未来しか見えない。仮にその時全船団が脱出できたとしても、たった15億では簡単に滅ぶ。脱出できる人数を増やさなければならない。
マシナー達のライブラリーで見た、あの500万人型の移民船しかないだろう。過去に試験建造と運用試験済だ、問題ない筈だ。
数を稼ぐには、この建造時間の短い移民船用母船を建造するしかないだろう。今の母船の様な贅沢な空間環境では無くなるが、背に腹はかえられない。それに乗船できなかった筈が乗船できるのだ、文句を言われる筋合いはない。この記録を見れば、各船団は直ぐに同意するだろう。
資源は……?そういえば100光年くらい向うに岩石惑星型の浮遊惑星がある。本来ならやらないが、背に腹は代えられない。その浮遊惑星を資源化するしかないだろう。そうすれば、3年後には最初の船がロールアウトする筈だ。そして4年後には240隻確保できる。少なくても12億人は追加で脱出できる。いや、12億人を播種できる。
生き延びさせるんだ。
~カンファレンス記録~
……当初の計画では12億人の予定でした。
陸戦ではARISを主体とした防衛機構でVOAに対抗できていました。
しかし、マシナーすら知らなかった航宙艦型VOAの残骸発見は、その均衡状態を一気に突き崩しました。
建造中を除き全ての移民船の新規建造が停止されたため移民人員数は、12億人から4億人にまで下方修正されました。
当初の船団は攻撃艦艇を殆ど保有していませんでした。攻撃艦艇の建造と乗員の確保が急務となったためです。
一部の戦闘艦の乗員については、建造停止に伴い移民船に搭乗出来なかった移民予定者8億人から4億人の老若男女を乗員として確保する強引な手法も用いられました。
捨て駒?ではありません。彼等テランは、その際、調整槽を使って若年化、治療、性別変更等、ありとあらゆる事を実施し、使える兵士を送り出しています。
ええ、言いたいことは分かります。テランは、種族の生存の為なら手段を選びません。ただし、誤解の無い様に一つ付け加えておくと、この「種族」にはテラン以外の異星種も含まれます。仲間となり、裏切られた事がなければ、テランは命尽きるまで戦い、守り続け、救援に向かうことを諦めません。
さて、先ほどの人員確保の手法ついては、拒否した場合は、家族が将来に渡って永久的に乗船拒否される等で脅された結果であるとの証言もあります。ただし、証言のみで物証はありません。
又、被害者又はその遺族が金銭保証を執拗に要求したため、偽証又は都市伝説に近い伝聞情報を元にしたダメ元の訴訟の類と思われます。
何時の世も、お金の為なら嘘や誇張を平気で行える者は居るのです。
航宙型VOAの形状は、この写真にある地球の水生昆虫のゲンゴロウから脚部を除いた姿に近似しているため、テランは「虫」とよく呼びます。
全長大凡300~400m、全高50~70m、全幅70~100m程度、体色は非常に反射率の高い黄色。
なぜ、保護色ではない黄色なのかは不明です。
敵対勢力が慣れ切った頃に体色を保護色に変える作戦ではないか?という説もありますが、今のところ体色が変った個体は見つかっていません。
体躯内に保有するAbyss Coreの物質変換機能を用い活動していると推測されています。
船首部分に相当する部位の両脇から、そうここです、短距離であれば穿孔爆縮を起こす出力を持つレーザに近いものを発射してきます。
推進方法は我々のワープ航法と同じ様なものと推測されます。通常二体で行動していると考えられています。艦隊の艦艇が二艦一組体制で活動する理由ですね。
航宙型VOAは、体躯内のAbyss Coreを一定以上のレベルの知的生命種が居住する惑星に播種する播種船であると考えられています。
一定以上の大きさの航宙艦を襲撃する習性も持っています。緊急通報船が比較的小型であるのは、これを理由としています。
残存した体躯が発見されないことから、惑星突入後に残存した体躯はAbyss Coreに急速吸収され消滅すると考えられています。
ところで移民船建造計画に伴い、移民船団から確保した4億人に地球各国から拠出された兵士を乗員として、アンタレス(Antares)型巡航艦(定員、テラン20名+自立型保守機械)約2,000万隻が就航しました。
尚、今では設置されていませんが、当時のアンタレス型巡航艦は船団を攻撃出来ない様にした制限機構が埋め込まれていました。
ええ、当時の船団は同盟国以外の他国を信用していませんでした。
尚、日本を主体とする船団側は200万人近い人員がカリスト(Callisto)型巡航艦(定員、テラン4名、マシナー12名、その他異性種4名)50万隻に配置され戦いに備えました。
資料を見るとわかる様に、今では辺境の一部植民星を除いて稀なケースですが、日本人と言われたテランの中の一種族は、他のテランと異なり、我々(マシナーを含む)に対する忌避感が低いため、アンタレス型巡航艦と異なりテラン以外の種族も同乗しています。
日本人が運用母体の為、カリスト型巡航艦にはアンタレス型巡航艦に搭載されていた制限機構の類は一切ありませんでした。
最終的に補助艦艇を含めると数千万の航宙艦、機動工廠等が竣工し、現代の宇宙艦隊の基礎となっています。
さて、並行して進められていた脱出船団はどうなっていったか?
脱出生存率25%以下という結果になっています。脱出船団4億人の内、生き延びられたのは1億人程度でした。
到着後の惑星にVOAが既に存在した。到着後僅な期間でVOAに襲来され壊滅した。航行中に航宙型VOAに襲撃され撃沈した。これらの何れかであったろうと推測されています。
この余りにも高過ぎる損耗率に対して、異常に攻撃性の高いテランであればやりかねない行動であるとして、棄民、無謀な計画、計画的な抹殺という説が良く見られます。
それは誤った認識だと、此処ではっきりと申しておきましょう。船団は日本及び同盟諸国の脱出船団より箱舟計画の脱出船団を優先させていた記録もあります。
また、近年公開された船団記録に『単艦でも良いから動く船から脱出させろ、これで人類は何処かで残れる』という発言や、『我々は滅亡を視野に入れておいた方が良いかもしれない』という発言があります。
当時の情勢では可能性のある星域に送り出すだけでも精一杯であり、温情であったのでしょう。
実際、近年に至ってもまだ通常航路等で航宙側VOAによる襲撃により損失する艦艇、移民船は後を絶っていません。従い、航行中に航宙型VOAに襲撃され撃沈されたという推測は的外れな推測ではないと考えます。
ところで、幾ら我々の協力、母船や、工廠の助力があったとしても、ひと月当たり000~2000隻の船を送り出した事になります。
船体の大きさから考えて、地球歴西暦2,000年時の地球の戦闘艦と比較すると、その総搭乗員数は異常に少ないとはいえ、テランは億単位の搭乗員を訓練し送り出したことになります。正気の沙汰ではありません。
相当な数の航宙艦が宇宙に解き放たれましたが、宇宙規模で考えれば数千万の数は塵のようなものです。例を挙げれば、水草も生え濁った水の25mプールの対角線上にいる水生昆虫がお互いを認識しつつも、中々出会えないのと同じです。
会敵後は必ずどちらかが全滅する迄戦いが終わらない殲滅戦となりました。
また会敵し交戦した場合でも最大で各50隻、双方で100隻程度だったと記録があります。
任務の大半は会敵よりも、探査か輸送護衛でした。
これは今でも余り変わるものではありませんね。
さて、当時の船団、テランは恐慌状態に近かったと思われます。
それは確かだと思います。
ところで当時、テラン以外の種族は絶望の淵に叩き落されていました。
なぜ?なぜならば。一度惑星に現れたら、殲滅するまで100年単位の時間を要するVOAを僅かな期間で叩き出そうとしている戦闘種族テラン。
手が空けば、自分達異星種の惑星にすら降下してVOA駆除を行うテラン。
銃がなければ槍で、槍が無ければ素手であろうと、特にテランのであろうが、異星種のであろうが幼体が背後にいる場合は、鬼神の如く荒れ狂い、命の灯が消える一瞬まで幼体をVOAから守るためにVOAと戦い抜くテラン。
この非常に高い攻撃性を持つテランが脇目もふらずに戦いの準備を始めつつも、脱出出来るものを脱出させ始めているのです。
テランが勝てないのであれば、自分達が生き残る可能性は殆どない。そうテラン以外の種族が考えるのは当然でした。
但し、テラン以外の種族はテランの別の側面を忘れていました。テランは、呆れるほどに諦めの悪い種族だということ忘れていました。
テランは決して滅亡を許容していた訳ではありませんでした。我々に対して「滅亡」を語る場合は、「滅亡するどうしようもない」ではなく、「滅亡するなら最後まで足掻いてやる」という意味であったと言われています。
特にテラン中の一種族、日本人にその傾向が強かったといいます。我々からすれば、驚嘆するべき諦めの悪さです。
テランにすればこの動員は「彼等の同族同士の戦争である第二次世界大戦並」で、「想定の範囲内」であって、「必ず生き延びる」ために必要な事柄に過ぎないという認識だったのです。
テランは足掻き闘い続ける事を全く諦めていなかったのです。滅亡の恐怖に怯え、諦めてかけていた我々にとって、このテランの不屈の闘争心は、光り輝く希望に見えたと当時の報道記録にあります。
その反面で、このテランの未曾有の動員数と動員スピードは、我々にテランの狂暴性を遺伝子レベルで記憶に刻み込んだとも言われます。
ふと、この行動力が自分達に向けられていたらどうなるのか?もし自分達がテランの生存を脅かす存在と認識されたらどうなるのかと、恐怖を覚えないほうがおかしいともいえるでしょう。
但し、この我々がテランに持つこの恐怖心を、テランは全く理解できていません。この手の議論で、テランに彼等の強靭性について同意を求めると、彼等がそろった様に困ったような顔をするのは、それが理由となります。
彼等テランは自分達を脆弱な種族であると信じているからなのです。この認識差が埋まることは絶対にないでしょう。
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2018/11/18 一部誤記を修正しました。
2018/12/08 改行位置訂正と一部文言の修正を行いました。




