1-11-2 航宙艦)褐色矮星
星系内の他の惑星やその衛星、小惑星にまで探査範囲を広げたが何も見つからない。そんな日々が3カ月程続き、艦内が陰鬱な空気と、諦め雰囲気に染まり始めた頃、外惑星軌道で公転する小惑星に、セタシアンの記録庫を見つけた。
予備の探査装置の校正を探査済の小惑星を用いて行っていると、表面反射率にズレがある部分を見つけた。機器の問題か否かを確認するため、別の機器で再探査したところ、以前の探査時には無かった人工物が小惑星表面に露出していた。
我々の意地の勝利なのか。セタシアン達が残したの執念が為した技なのか。それとも失せ物は探すのを止めると見つけられる、それと同じ事が起きただけなのか。はたまた、悪魔に魅入られたのか。何が理由かは分からないが、記録庫を覆っていた塵埃が吹き払われ記録庫は我々に見つけられた。
案内図や、開放方法が、記号やピクトグラムの様な物で描かれていた事から、あの場所は他の知的生命体への彼等からの贈り物だと分かる。
彼等が何故、あの様な場所をわざわざ作り、そして他の知的生命体へ記録を残そうとしたのか。初めの頃は、滅びを迎えた種族が、自分達の事を後世の誰かに知って欲しくて残した程度にしか考えていなかった。初期調査の頃に得られた情報も彼等セタシアン達の歴史であり、その考えが間違いではないと考えていた。
それこそ学者達は寝食を忘れて調査を行うため、一時期の我々は、彼等学者達に、食事、風呂、睡眠を規則正しく取らせる事が仕事になってしまった。この時に思った事は、人類であれ、マシナーであれ、学者達というのはイカレテいる。尤も、我々も学者達が解析した映像記録を見るのを楽しみにしていたので、人の事は言えないかもしれない。
中には彼等の文化関係の記録もあった。学者達は興奮していたが、私には高尚過ぎる内容で良く分からなかった。ただ、二足歩行生命体だと、色や形は異なれど衣服を着るんだなぁと漫然と思った事は覚えている。
ただそれも彼等がVOAと闘う映像記録が出て来るまでの話で、VOAとの闘いの映像記録が出た時は、あいつ等VOAは十数万年周期も前から居るのかと、疲れというか、何とも言えない気持ちにさせられた。
今ではその痕跡すら無いが、セタシアン達の記録によると、彼等の勢力圏内にVOAが現れたのは、彼等のこの星系と我々地球の方向との間に高密度の星間物質の壁の様なものが、次元の裂け目から湧き出したのが始まりだった。
何光年にも渡る星間物質の壁のため我々の方向へ往来が不可能になり、その対処に追われていた時に次元の裂け目から自由惑星が飛び出してきた。これが災厄の始まり。後はもう我々と同じ。次元の裂け目から湧き出すVOAと宇宙空間や、降着された惑星表面で闘う一進一退の日々が続いた。
そんなある日、次元の裂け目がもうひとつ現れた。その時の彼等の心情は分からないが、絶望の一歩手前であっただろう事は察するに有り余る。しかしこの時は運命は彼等に味方した。新しい裂け目からは、高密度の星間物質も、VOAも湧き出してはこなかった。ただ彼等の幸運もそこまでで、彼等は新種の2種類のVOAに悩まされる様になった。
解析された映像記録で2種類のVOAを見た我々は、セタシアン達が抱いた絶望感より、更に深い絶望感に覆われた思う。何故なら、もしこの2種類のVOAが大挙して地球に現れたら、地球を出て来た頃のARISの人員では勝てない。
セタシアン達の記録からの推測に過ぎないが、この2種類の新種のVOAの戦闘力は、我々が地球で相手をしていたVOA等とは比べ物にならない程に高い。そして見た目が、我々地球人とっては洒落にならない。
ひとつ目の種類は、頭部に角のような突起物、背部は放熱板の様な翼状の部位、鋭利な指先、体色は黒灰色、体高2m弱の2足歩行型。有体に言えば、我々が想像する悪魔に類した姿。欧米系の先生方の中には、神に祈りだす人まで出る始末だった。まあ、気持ちは分からないでもない。
ふたつ目の種類は、頭部にやたら大きな細かい牙が並んだ口、長めだが地面に着くまでもない長さの両手、片手は鋭利な指先、もう片方の手は槍状、体色は白灰色、体高1.5m程度、ひとつ目と同じ様に2足歩行型。私は、此方の方が怖い。
約1年前に2足歩行型のVOAの情報を得てから我々は、セタシアン達の記録や、遺物のオリジナルを地球から約1000光年離れたケプラー32星域に向け移送するために、一心不乱に僚船のメイスンに積込んだ。作業をする事で、2足歩行型VOAを忘れ様とした事は否定しないが、妙な焦燥感に囚われていた事も否定できない。
地球に直接送付しないのは、仮にこの遺物がVOAの罠(罠)であった場合、地球が危険に晒されるからという馬鹿げた理由による。航宙艦の速度を考えれば、1000光年等は余り意味を為さないのだが、まぁ気分の問題に過ぎない。
それよりも、地球は大丈夫なのだろうか。この星系方面は、中継基地経由であっても通信が阻害されて届かない。連絡手段は双方共に、高速無人船を用いた一方通行の定期連絡しかない。双方向通信ではないこともそうだが、リアルタイムで今の地球の状況が分からない。その事に、もどかしさを覚える。
明日には僚船のメイスンは地球への帰還の途につく。我々雪風はセタシアン達の記録に基づき、更に奥の星系に向けて、1年間限定の延長探査航行を開始する。
航海の延長に伴い、うちの艦の若い奴等は僚艦のメイスンに移乗させた。これ以上の航海の継続は、若い奴等の青春を奪ってしまう。こっちのARISは、元はおっさんばかり。片やあちらのARISは、元は大学生くらいの奴等ばかり。生きるならあっちだ。さて、明日からは、我々だけになる。さて、どんな発見が待っているのだろう。とにもかくにも、我々は為すべき事を為すだけ。
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航宙艦雪風
第7船団所属Horus型強襲偵察艦改
艦型であるHorus型の中央制御機構を流用したために、Horus型の改造型を意味する「改」が付記されている。
充実した居住空間を持つ5000人規模の小規模簡易都市船に、研究諸設備、各種探査機器、高出力機関等を付属させた、自衛戦闘可能な長距離探査科学船である。Horus型超大型強襲偵察艦とされているが、型式名を便宜上継承した全くの別物と認識するべき艦である。
くじら座矮小銀河に在る星系を探査するため同型艦メイスンと共に2XXX年に地球太陽系を出発。翌年2XXX年に到達し、セタシアンの遺物を発見。
遺物の現地調査結果に基づき、艦隊を分離。同発見物の移送と護衛は、同型艦メイスンに託した。メイスンは2XXX年に地球星系に無事帰還。
雪風は更に20万光年、約200の星系の簡易調査のため、更に約1年間の探査活動を延長した。「予定星系の半分を調査終了。近傍にデータに無い褐色矮星を主星とする星系を発見。調査する」との定期連絡を最後に行方不明となる。
公式に地球人類種が搭乗する艦艇として初めての損失艦(正しくは未だに行方不明扱いであるが、本稿では損失艦とする)である。
データ発送用の無人船の数が限られていた(と推測される)ため、50星系単位でまとめてデータを送付してきていた。追加調査の100から150星系近傍の、どの星系の近傍にあるデータにない星系の調査に赴いたかは未だに不明。
セタシアン星系以遠は通信途絶区域であり、現在も立入制限が継続されている。そのため、今現在に至るも、公式の捜索・調査は殆ど行われていない。
行方不明となった原因については、当初は事故又は遭難説のみであったが、後年に、航宙型VOAが発見されてからは、航宙型VOAと突発的な遭遇戦となり撃沈されたという説も唱えられている。
但し、事故、遭難、遭遇戦の何れも該当星域の調査が行われていない以上は、推測の域を出るものではなく、結論は出ていない。
近年では、褐色矮星近傍で時空の歪みに飲み込まれ、数千億年光年遥かに飛ばされてしまい、今も地球帰還を目指して航行しているという説も唱えられているが、オカルトに類する暴論と言えよう。
地球星系出発時の乗員数は、地球人類種及びマシナー合計で824名。追加探査前に地球人類種及び、マシナーの学者の一部はメイスンに移乗し地球に帰還。追加探査開始時の乗員数は、地球人類種及び、マシナー合計で503名である。




