1-11-1 航宙艦)遥か彼方
恒星間や銀河間を航行する航宙艦が用いるのは、進行方向に対する連続的局所空間歪曲及びその重力変異による航法。平たく言えばワープ、それで飛び抜ける。
ワープと言っても、我々が用いてるワープは、連続加速を続けている航宙艦をイメージしてもらった方が良いかもしれない。
昔のSFで描かれていた様な、宇宙空間に設置された輪の様なゲートや、一時的に空間を歪ませ作り出した疑似的なゲート通過し、一気に空間超越を行い、一瞬でその場から消え去るタイプではない。
我々の探査艦隊は、毎時1000光年の速度を出すことも可能だ。だが、それは緊急出力であって、通常出力じゃない。
既知の航路ではない、未知の250万光年の場所に赴くと、そんな速度は出せないし、それなりに期間を要する。航路の安全確認や、予定外の寄り道等の結果、巡行速度は、毎時200から300光年出ていれば良い方だ。
後3日で、目標星系の外縁に到着する。約250万光年の往路の長旅も後僅かで終わる。長かったのは距離が理由なのか、艦内を徘徊するゾンビと化した学者さん達のあそこに寄り道しろだの、未だ到着しないのか等の連日連夜のご要望に堪えていたからなのか。まぁ、それも後3日で終わる。
そう言えば出航前に耳にした出力向上型の新型エンジンは完成してのだろうか。もし完成しているのなら、復路でランデブーしてでもエンジンを換装しなおしたい。というかお願いだ、持ってきてくれ。復路も何故帰るのだとか、寄り道しろだのと延々と言われると思うと耐えられない。
「VOAと戦っていた種族が居た模様」
我々が地球から遥か彼方のこの星系迄来たのは、自身の学術的と言うよりは、個人的な趣味と衝動に従いマシナーを押し倒していたある学者のせいだ。
ではなくて、世界各国がVOAとの生存競争に狂奔していた頃、人類がVOAと戦い抜く情報を探査するという崇高な使命感に突き動かされ、寝食を忘れ母船のマシナー達の記録を調査していたある学者が、マシナー達が本調査をしていない種族がVOAと戦っていた可能性があることを示す情報を再発見した。
あれ?ときおり押し倒し……?まぁ良い、うちの艦でも良くあることだ、気にしたら負けだ。他国の艦なら未だしも、我が麗しき弧状列島出身者のこの艦は、多数のテラン男性と、同じく多数の女性型の生擬態多用型マシナーが搭乗している。そんなうちの艦で、そんな事を気にしても無駄だし、野暮というものだ。
再発見されたこの情報を、マシナー達が無視していたのには理由がある。もしその方向にもVOAが居れば、 辺境である地球の遥か向こう、辺境よりも向こう未知の辺境にもVOAが存在するとすれば、地球のある銀河の辺境は今頃VOAに蹂躙されている可能性が大きい。
それどころか、辺境方面からVOAに浸食されていき、いくつかの種族が既に滅びている可能性が大きい。
しかし実際の所、つい最近まで地球にはVOAは存在しなかったし、マシナーが延々と調べてきたVOAの分布傾向からも、地球近傍星域はVOAの分布限界点に近い。だから地球より遥か向こう側にもVOAが居た等とは考えられなかった。
可能性の話とするならば、地球星系近傍ではVOAの分布率は低下したが、地球を挟んで遥か向こう側ではVOAの分布率は上昇した。
地球の向こう側のある文明と闘っていたVOAは地球側には来なかった。だから、地球より内側の他の種族は、辺境側からVOAに浸食されなかった。
偶然に偶然を重ね合わせた様な状況が続かない限り成り立たない仮説であり、流石に仮説だとしても無視出来る物と考えられた。
そして、その情報は膨大な情報の海の中に埋もれ、テランの学者が再発見するまで誰にも見向きされなかった。他の種族が再発見したなら、先達と同じ様に可能性が低すぎるとして放置しただろう。
しかし、僅かな可能性が生き死にの問題に直結する事を同族同士の血で血を洗う戦争で嫌と言う程に身に染みているテランは無視しなかった。それどころか、可能性があるのであれば、それを調査するべきと声高に主張した。
マシナーの経験からすれば、普通はその時点から調査の要否についての大議論が始まり、出発に至るまでに年単位の時間がかかる。まぁ、我々テランだって、普通はそうだ。生存の危機と思っていなければ。
そうであっても、爪の先ほども有るか無いかの可能性なのに、僅か1か月後には遠征の準備を開始し、3か月後には出発する。相方曰く、テランはイカレテいる種族らしい。お前……そのイカレテいる種族の相方だぞ?
準備期間3カ月の内、1か月は同行する学者達達の選別大会だった。売り込み、推薦等で、もう殺し合いが始まっても可笑しくない緊張を緩和したのは、公明正大な超巨大あみだくじ。馬鹿みたいな話、結局は単純が一番だった。
選別された目を爛々と輝かせた奇人、生存のためなら遥か彼方への突進を厭わないテランと、なぜか付き合うマシナー各艦300人、総計600人は各々2隻の無人輸送船を引き連れた航宙艦ユキカゼとメイスンに分乗し地球圏を出発した。
途中何か所かの星系に寄り道はしたが、約1年間の航行を続け、地球から約250万光年のアンドロメダ銀河の伴銀河、くじら座矮小銀河の星系に到着した。
道中の1年間は、幸運と言って良いのか微妙だが何も起きなかった。毎日のVR訓練や、途中の星系への寄り道が無ければ、非常に平穏な旅だった。今この時も地球でVOAと戦っている仲間達から見れば贅沢な話だし、射殺物の贅沢な発言だが、平穏は平穏だったのだ。そんな平穏な日々もやっと終わった。
しかし地球を出て約2年後に帰還か……、出て来る時は、各国が必死に大量出現するVOAを駆除しようと死に物狂いで闘っていた地球はどうなっているのだろう。降下同期のあいつ等は元気だろうか。俺がマシナーを伴侶したと言ったら驚くだろうか。いや、あいつ等の事だ笑ってお終いだろうな。
学者の先生達は、この星系に未発見種族の遺構が在ると確信している様で、くじら座(Cetus)方面の異星人なので、居たであろう異星人の事をセタシアン。この星系の事をセタシアン星系と言っている。
個人的にはこの星系も、今まで寄り道してきた他の星系同様に何もないだろうと思う。仮に何か在るとしても、何かしらの動植物程度。生物汚染防止のためのドローン探査を1・2か月程行う、平穏で単調な日々を過ごした後に地球に帰還。遅くても、2・3か月後には地球への帰還の途につけるだろう。
「この星は変だ」
平穏な日々を過ごす望みは、時を置かずして脆くも砕け散った。マシナーの記録も今から10万年周期も前の物だから、セタシアン達の遺構が殆ど無いのは理解できる。地球では、人類の祖先すら生まれてない時代。そんな時代の遺構が僅かであれ、風化せずに残っていただけで奇跡だ。
植物に覆われているのも理解できる。可笑しいのは、陸上にも水中にも中型以上の生物が居ない事。食物の関係で中型以上の生物少ないのは理解できる。しかし一切居ないのはおかしい。
この段階で我々は警戒レベルを上げた。何故なら中型以上の生物はVOAに駆逐された可能性があると考えたのだ。Core探査用の特殊ドローンを投入しVOAまたはCore探査したが、惑星上にVOAの姿は無かった。
「発達文明なら、星系内に何かあるかもしれない」
思い返してみるなら、我々は少し意地になっていたのかもしれない。1年も掛けて此処までやって来たのに、手ぶらで帰りたくなかった。
違う、我々は怖かった。セタシアンの遺構よりも、VOAが居ない確証が欲しかった。だから探査範囲を惑星上から星系内にまで拡大した。そして、要らぬ行動は要らぬ結果を連れて来る。後悔先に立たずを身を以って味わう事になった。




