1-10-3 鬼火
「宇宙船に乗って輝く銀河を駆け巡り……か」
君達は周りに敵を作りすぎた。君達は恩を仇で返すことばかりをした。この星で君達を庇う国は何処にも無い。恨むなら今までの自分達の行動を恨んで。
分かってる。言い訳にもならないことは分かってる。
何故私はこんな場所で、銃を構え空堀の向こう側の君達を見ているんだろう?何で、こんな地獄に、こんな残酷な場所に居るんだろう?
いやいや、その残酷な場所を作り出している一因、蒼い悪魔がそれを言ってはいけないか……。
「日本は必ず折れる」
ほぼ敵国のような状況から、更にはVOA出現後は、隔離対象地域政府が主導した未成年者略取暴行致死事件や、川崎事件、新宿事件等の暴動事件を続発させ、経済封鎖が実施さされるほどの敵国扱いになっているにも関わらず、隔離対象地域の日本に対する態度は変わらなかった。
どの様な理屈かは分からないが、どんなに罵詈雑言を浴びせても、最後には隣国の日本が庇ってくれて、自分達の我儘を聞いてくれると信じていた。
「我々は法治国家だ、一線は越えられない」。
国民の間からは温い対応として不満が出ていたが、当初日本は、強制送還はあくまでも法令違反の場合のみで、合法的に居住している場合は送還しなかった。
政府は情実に囚われず、一切の政治的圧力も行わず、法治国家としての立場を遵守したが、これが隔離対象地域が誤解させた可能性は否めない。
彼等は自国の隔離対象地域化は日本が助けくれると心の底から信じていた。
「日本国政府は各国政府の通達に同調し、隔離地域への送還を順次行う」
自国が封鎖地域とされた事が世界中から通達された時、日本は台湾の様に庇う行動も見せず、無反応と沈黙を貫き、一切庇おうとしなかった。
ここに至って、彼等は自分達が孤立している事に気付き、茫然自失となったが、時すでに遅く、彼等は世界から見捨てられた。
「人類の生存が優先される」
VOAが隔離対象地域に出現してから約1年後、隔離対象地域は封鎖地域に指定され、封鎖が即日実行されると伴に、各国から隔離対象地域政府へのゴブリナの移送が直ぐさま開始された。
隔離地域対象地域からの自国民以外の出国は禁止された。他国籍者より著しい変異率を持つ隔離対象地域国籍者は、時限爆弾の様なものだったが、人道的配慮から継続的な滞留は認められていた。
「自国民の安全が優先される。選別もやむを得ない」
一種のパニックだったのかもしれないが、最初の国が抜け駆けをして自国内の封鎖地域国籍者の封鎖地域への強制送還を開始すると、各国で雪崩をうって開始されていった。
何時もならば相手の非人道的行為を非難する自由主義陣営と共産主義陣営が、手を取り合う不思議な国際協調であった。
同時に他の国籍の不法滞在者の強制送還も増加しており、治安向上の一環でもあったと言われるが、封鎖地域国籍者の強制送還数は他国より群を抜いて多かった。
「ここで世界の潮流から外れる事は亡国を意味する」
世界の潮流から外れ、次の標的にされることを日本政府は恐れた。更に基本的に白人が優勢なこの世界において、日本政府は欧米を全く信用していなかった。
自国のみが封鎖地域国籍者を追放しないで、仮に彼封鎖地域国籍者が他国の人間に問題を起こした場合、他国から何を要求されるか分からなかった。
只でさえVOAの出現で混沌としている状況を更に混沌に叩き堕とすなど選べる筈がなかった。
他国同様に強制送還を実施するしか、生き残る道は無かった。自国のために他国民を犠牲にするのは、当然の行動だった。当時のテラで、自国の国民を他国の国籍者より優遇するのは、常識であり何も問題なかった。
友情だの、友愛だのというのは個人と個人の間で成り立つのであって、国家の間では成り立たないというのが当時のテランの常識だった。
「我が国は廃棄物処理場ではない!」
封鎖地域の主権は、完全に無視されていた。受け取れば、自国の主権を完全に無視した封鎖地域化の決定を認めることになる。政府はゴブリナの受け入れは拒否は勿論、強制送還者の受け取りも拒否した。
彼等は差別であるとして、謝罪と原状回復のための賠償を求めたが、どの国家も相手にせず、それどころか、送還者を空港や港にそのまま放置することで、受け取り拒否は完全に無視されていた。
一向に改善しない状況に業を煮やした、軍や警察そして暴徒と化した市民が、空港や港を武装占拠して送還作業を妨害したが、それは最悪の手段だった。
「占拠を行っているのは、遺伝子的に別の種でありまた、意思の疎通が不可能な異形と協力関係がある者達であり、人類の敵である。よって実力で排除する」
今から考えれば、どう贔屓目に見ても集団ヒステリーの何物でもないし、嘘で始まった真実ではあるが、当時のテランは、大真面目に種族存亡の危機と感じていた。
もはや単なる虐殺だった。圧倒的な物量に物を言わせ空港や港から武装占拠者を駆逐しただけではなく、今後反抗分子となる可能性がある、治安機構と統治機構を徹底的に破壊した。
そこに封鎖地域の治安悪化や、VOAに対する対抗性が低下するだろう事は一切考慮されなかった。只々種族の敵として排除されていき、ゴブリナと強制送還者の送り込みを妨害する者は誰も居なくなった。
治安機構は崩壊し、無政府状態となったが顧みるものは誰も居なかった。封鎖地域内がどうなろうと諸外国にとっては関係のない事だったからだ。
テラン自身も、今ではこんな無茶苦茶は絶対に出来ない、無茶苦茶過ぎると言っている。
強制送還に対して各国の人権団体、市民団体による抗議活動は当然あったが、VOAへの対処を優先するとして、大々的な強制送還事業が緩められることはなかった。
ゴブリナ変異を未知の感染症と信じていた当時のテラ各国政府は、感染症対策の手を緩める訳にはいかなかった。緩めたら最後、次は自国が同じ立場になるかもしれないのに手を緩められる訳がなかった。
「行動には、必ず責任が伴う。口だけでは誰も信じない。実力行使を行う場合は、それ相応の反撃があることを予想しなければならない」
許可を得ていないデモ、座り込み、果ては爆破事件等を起こしてでも抗議を行う人権団体や市民団体の活動家は捕縛された後、その国籍がどうであれ封鎖地域に送致された。
誤解の無いように言えば、許可を得た抗議活動、合法的な抗議活動は弾圧されず消滅もしなかった。
暴力的な実力行使を伴う活動家の封鎖地域への送致が進められるに従い、無許可の抗議活動は急速に消滅していった。
とはいえ、送致された活動家の殆どは末端の活動者で、組織上層部の人間が送致されることは稀だった。
中には生粋の活動家ではなくアルバイトの者も居たが、一切斟酌されなかった。
時限爆弾にしかならない送還者の送致を邪魔するものは、敵でしかなかった。
封鎖地域に送致された活動家の帰国がその後に許可されることはなかった。封鎖地域内にあった閉鎖前の米軍基地を訪れた者も居たとの情報もあるが、公式記録には記載されていない。
ところで、日本における封鎖地域国籍者の強制送還事業は、隔離対象地域の封鎖地域化から急増したのではない。
封鎖地域政府が主導した未成年者暴行致死事件と、その後の乗船条件区別に対するデモの暴徒化が引き金となっている。封鎖地域化は送還者数を更に増加させただけにしか過ぎず、時系列的に日本独自の送還事業が先である。
送還者数の増加に伴い、封鎖地域本土に直接乗り込んだ民間輸送機や輸送船が、空港や港を取り囲む暴徒によって危険な状況に晒されることが多くなり、安全な場所での積み替えが求められた。
半島南部の港湾都市、首都にある米軍基地が候補にあがったが、出国が禁じられた封鎖地域の人間が、一縷の望みをかけて港湾都市と米軍基地周辺に殺到しており、安全な場所とはとても言えなかった。
港湾都市を要塞化する案も出されたが、周辺廃墟には避難民が入り込み、夜間はVOAが跋扈する地域と化しており、有用性が見いだせず廃案となった。
「VOAは、ある程度の水深があれば、川や海を渡ってこられない」
半島南部より100km離れた島、幸運にもAbyss Coreが無かったことからVOAが発生していない島があった。
避難民対策としても、仮に何等かの手段で避難民が渡島しようとしても、半島本土からの十分な距離で対応時間が稼げると考えられた。
封鎖地域施政下の島であったため、当然住民も存在したが、治安が崩壊した半島本土に強制的に移住させられた。諸外国はこの島に時限爆弾を抱えるつもりはなかった。人権を唱えるものは誰も居なかった。仲間が居ない国家を庇う者など何処にも居なかった。
「我々は地獄に行くだろう。我々の子孫が天国に行けるかは、我々次第だ。独りよがりになってはいけない、連合各種族との友好関係は命を賭して保たなければならない。ただし忘れてはいけない。人類にいや連合に滅亡を運んでくるものは、殲滅せよ」
VOAとの闘いと並行して列強種族との争いも激化した当時のテランのある将軍の言葉である。
テランがなぜにそこまで敵対種族に苛烈であるのか、その原初は何であろうか?
彼等は決して認めないが、此処はテランの原罪の場所と言える。
映像資料にもある通り、今は、半島のVOA監視設備と、封鎖保護地域の監視施設、そして保護地域について学ぶ宿泊施設付きの博物館がある島だが、当時は、昼夜問わず送還のための航空機が離発着し、船舶が入出港する1次降着場所だった。送還者達は、この場所から封鎖地域南端の最終降着場所まで輸送されて行く、地獄の門だった。
「テランを裏切ると……」
「裏切るだけでは何もしないでしょう。ただし彼等の存続に関わる様な裏切りをしたら、容赦なく排除にかかるのは想像に難くありません」
「でも……彼等から一方的に友好関係を崩されたら?」
「彼等に余程の不義理をしない限り、彼等友好関係を守ろうとします。そのことを忘れてはいけません。彼等がなぜ友好関係を大事にするのかをこの施設で学んで下さい」
封鎖地域は庇ってくれる仲間が居なかったお陰で出来上がった地域だと、今回の学生達は何時の段階で気づいてくれるだろうか?
独りよがりで我儘な行動ばかり、恩を仇で返すことばかりしてきたために誰も助けてくれず、世界から見捨てられた種族の居た場所。
だから彼等は仲間を失う事に殊更に敏感という事に何処で気づくだろうか?
彼等が、各種族と供に普通に生活できる世界をどれほど重要視しているのかを解ってくれるだろうか?
遍く銀河に知れ渡る冷酷無常の狂戦士達が、実は酷く臆病な種族だと気づいてくれるだろうか?
「私は感染してないっ!この子も感染してないっ!お願いっ!お願いします!橋を下ろしてっ!この子だけでもそちらに入れてぇっ!」
最終降着場所を囲む幅15m、深さ10mの空堀の向こう側で、今日も大勢が何かを叫んでいる。
封鎖地域に送還されたら、二度と此方に戻ってこられない。その事を、何時になったら理解するのだろう?
「境界線に近づかないで下さい。境界線を越えれば射殺します。繰り返します。境界線に近づかないで下さい。境界線を越えれば射殺します」
それ以上近付いては駄目。空堀寸前の赤線を踏み越えては駄目。自動機銃が起動し貴女達を打ち倒してしまう。
嗚呼……でもどちらが楽なんだろう?治安が崩壊した封鎖地域で略奪や暴行、飢えや感染症に怯えながら生き延びるのと、自動機銃に打ち倒されて一瞬でその苦しみの世界から旅立つのはどちらが良いのだろう?
「輸送便かなぁ?」
陽も傾き、夜との境目が見え始めた空から、降着灯で地上を照らしながら荷物を載せた揚陸艇が動力降下してくる。
いつもなら、店仕舞いの準備をしているこんな時間に降りてくるとは、何とも運の悪いグループか、それとも犯罪者の送還か、やっぱりあの降下の仕方は輸送便じゃないよなぁ。
まぁどちらでも構わない。どちらであっても、何が変わる訳でもなし。送還者なら淡々とゲートの向こうに追い立てるだけ。
夕闇迫る薄暮の中、鬼火の様な幾つもの蒼い骸骨が彼等を追い立てる。
ゲートから隔離地帯に追い立てられた者達は、必ずと言って良いほど振り返る。絶望した、悲観した、懇願する、怒りに満ちた。色々な眼で此方を振り返る。
けれど、その中に喜びに満ちた目を見たことは、いち度も無い。振り返った君達には何が見えているんだろう?鬼?悪魔?人でなし?
鬼火に見送られながら外に行った君達は、何を思っているんだろう?許しを請うつもりはない。いや、正しくは許しを請う資格すらない。
何故なら、自分達の国じゃなくて良かったと、私は安堵しているから。心の奥底から、それを喜んでいる自分が居るから。




