1-10-1 疫病
1-10 選ばれし場所を修正の上
1-10 選ばれし場所 その1(オッカムの剃刀)と
1-10 選ばれし場所 その2(原罪の地)に分割しました。
1-10-1 疫病に一部内容変更と改訂しました。
雲ひとつ無い晴天の下、車道と歩道が有刺鉄線で区分された橋の上を、歩道側に居る銃を抱えた蒼い悪魔に見つめられながら送還された人達が渡って行く。
降着上の外へ、幅15mの空堀の上に架けられた橋を追い立てられて行く。
「人達……ね。何が人なもんか、あんなの人の扱いじゃない」
私がどう思おうと、この現実が変わる訳でもない。焦点の定まらない絶望した瞳に光が戻る訳でもない。
未だに受け止められない現実に呆然とし、慈悲を求め縋る眼差しに応えることも出来ない。
恨みと、憤怒で歪んだ顔をした人達にかける言葉もない。どんな言葉も弁解にすらならない。
様々な表情を浮かべた人達が境界の向こうに、人外の地に追い立てられていく。
「立ち止まらずに、前に進んで下さい。後ろには戻れません。立ち止まらずに、前に進んで下さい。後ろには戻れません」
悪には、悪の理由がある。なんと傲慢で、身勝手で、悪辣な言い分か。人として超えてはいけない線を越えてしまったということを、十分に理解しているとも。
「私がっ!何をしたというのだ?!」
諦観して素直に従う者も居れば、素直に従わない者も居る。
今までは抵抗したとしても、余程の事が無い限り催涙スプレーをかけられ捕縛される程度。
けれど、激変した今の世界。悪魔に生贄を差し出し、自分達だけが生き延びる事を決めた世界では違う。
「おいっ!やめっ!うぎゃぁっ!」
家畜の様に電撃棒で寄ってたかって小突かれ、追い立てられる。泣こうが、喚こうが、粗相をしようが、お構いなしに追い立てら、引き摺られ境界の向こうにほり投げられる。
足に纏わりつこうとしようものなら、下手をすれば射殺される。
その光景を見て、歩みを止めていた者達が再びのろのろと歩き出す。蒼い悪魔と眼を合わせない様に、顔を背け、恐怖に身を震わせながら再び歩き出す。
悪の側から見ても、やっている事は悪逆非道、凡そ人がやる事じゃない。分かってる。今更、善人ぶろうにも手遅れだってことは分かってるさ。
「速やかにゲートを出て下さい。戻らないで下さい。戻ろうとすれば射殺します。繰り返します。速やかにゲートを出て下さい。戻らないで下さい。戻ろうとすれば射殺します」
嗚呼……なんとも腐りきった醜悪な世界。私は何故……、何故こんな場所に居るんだろう?
「テランは、どんな種族なのか?」
あなたは、 テランと聞いて何を思い浮かべるだろう?
同胞を守るため、救い出すためには身を賭して闘い、種族の生存に仇をなす相手と死力を尽くし闘う守護の狂戦士。
種族の存亡の害となると判断したら、例え同族であったとしても、一切の容赦も、ひと欠片の憐憫の情も、慙愧の情に咽ぶこともなく切り捨てる。冷酷無常の狂戦士。
どちらも正しい姿なのです。種族の存亡が優先される文化。相反する二面性、それがテラン、遍く銀河に知れ渡る狂戦士達の姿です。
さて、この場所は彼等にとっては原罪の、マシナーにとっては大失態の証。
他の種族にとっては、彼等の二面性のある姿を人伝ではなく、自分の目で見て理解できる場所です。映像資料を見ながら、それについてよく考えていきましょう。
VOA発生当時のテラ、彼等は今の様な連合国家ではなく、明確に区分された大小多数の196ヵ国からなる惑星でした。
多数派に所属しなければ、または国家に力がなければ、多数派にまたは国力の大きい国に良い様に扱われ弄ばれる。
同族どうしの血で血を洗う闘いが、世界何処かで何時も行われている弱肉強食の惑星でした。
「母集団を丸ごと隔離するしかない。誰が保菌者で、何がトリガーで変異するのか分からない以上、媒介生物であるゴブリナとその母集団を排除し、感染を抑え込まなければならない。人類は今、生存の危機にあると認識するべきだ」
その様な惑星で、負の感情の強い者がAbyss Coreによりゴブリン型変異種に変異してしまう。我々にとっては至極当たり前、常識中の常識。常識であったためにマシナーは、この事を初期の彼等が知らないという事に思い至らず、伝えわすれるという大失態を犯しました。
ゴブリナの遺伝子がテラン6種に含まれるエルフィン、アントゥラリー、ドワニー、フェザリーそしてマリナーと異なり、彼等と交配不可能なまでに変異している事が判明したことが、更なる悲劇の拡大を産みだしました。
当初は、各国家内でゴブリナのみの隔離が行われるだけでしたが、一向に減らないゴブリナ変異に、いつしか未知の感染症の保菌者とみなされた母集団の隔離が検討され始めました。
「かつては人であったとしても、今は意思疎通も出来ない人ならざる異形。軍としては、国家の安寧ためには、異形の輩は排除しなければならない。これは警察も同意見と認識している」
当時のテラにも世界的な保健機構はあり、その様な隔離に対して異論を述べていましたが、賄賂に塗れた名ばかりの保険機構が何を言っても誰も信用しませんでした。
その様な状況下で、国家間の冷酷な力学が働いたのは当然でした。
「あれは疫病じゃない!AVIS Coreによる変異だと、発表するべきだ!」
彼等が、種族生存の為に、同族の一集団を丸ごと生贄にする等とは、マシナーにとっても想像の埒外でした。
「誰が信じる?誰が認める?我々の発表は人類を滅亡させるための嘘だと言われるのがオチだ」
異常事態に気づいたマシナーが、その流れを止めようとしましたが、時すでに遅く、事態に介入できる状況ではありませんでした。
隔絶した技術格差のある船団の武力を以ってでも止めるべきとの意見もマシナーから出されましたが、その意見が採用されることは在りませんでした。
「君達は我々を知らなすぎる。もし我々が人類の敵と認識されたら、我々を排除するために、大気圏内での核兵器の大規模使用すら我々は躊躇わない」
自身の生存圏内での核兵器の使用等とは普通は信じ難い話ですが、彼等が言う戦争を知る私に言わせれば、彼等は躊躇なく実行するでしょう。
なんと狂暴な種族か、そう思ったあなたは優しいのでしょう。当時の彼等の社会情勢は、偽装難民や不法滞在者による治安悪化、社会保障制度へのタダ乗り等に悩まされていました。強制送還ひとつとっても、思うに任せない状態でした。
そんな中に勃発した捕獲と強制送還は、彼等にとって免罪符に等しいものでした。そう彼等はゴブリナの捕獲、母集団の隔離を錦の御旗にし、自国内の偽装難民や不法滞在者を追い出し、治安回復を図ったのです。
反対意見や同情論が無かった訳ではありません。しかしどれも具体的施策が無い感情論、理想論ばかりで、その流れを止める事は出来ませんでした。
「意思疎通が出来なくても元は人間!ゴブリナの隔離は人権蹂躙だ!」
「この国はこの国の国籍者だけの国じゃない!強制送還は、外国人に対する人権蹂躙だ!」
少し前ならば、活動家達の運動は成果があったかもしれません。
しかし目に見える恐怖、異形、ゴブリナの増加に比例した治安悪化を解決することが喫緊の課題であると反論されると、そのような理想論は無視されていきました。
なんとも無茶苦茶なと思ったあなたは、思い出すべきです。当時の彼等は生存を賭けて、VOAと、そして他の国とも闘っていたのです。
そこに優しさという感情が入り込む隙間はありませんでした。
大都市圏で必ずといっていいほどに発生するゴブリナの変異後の旺盛な繁殖能力による急速な増加は、市民が政府に捕獲以上の対策、即ち殺処分を求める原因となりました。
しかし、異形とは言え元は人、如何に捕獲による隔離政策は誰の目にも早晩崩壊するのは明らかであっても、殺処分という強硬手段は、一部の国を除いて躊躇われ、採用されませんでした。
打つ手がないまま、捕獲による隔離が早晩、限界となるのが誰の目にも明らかになり始め、現場での殺処分が真剣に検討され始めた頃、世界共通のゴブリナ隔離が欧米より提案されました。
要は新たな隔離施設を設置して国内に爆弾を抱えるより、他国に押し付ける事を選んだのです。
当初は、隔離には最適だとして何処かの国の外界と隔絶している孤島を有償租借する程度で考えられていました。
しかし、急増するゴブリナは、既に小さな孤島に収められるレベルではなく、更には、彼等にVOAの存在を連日の報道で知らしめた、VOA初期出現地の休戦地域での異常増加がそれに追い打ちをかけ、小国レベルの広大な隔離場所が必要になりました。
孤島ではなく、ある程度の規模を持つ島となると、必然的に国家レベルの島国、英国、日本、オーストラリア、ニュージーランド、東南アジア諸国、台湾等の国家群が候補にあがりました。
日本は一番最初に候補から外れました。VOAとの主戦力ARISの拠点がある日本を候補にするということは、日本と敵対することを意味します。
敵対は自国にVOAが多量に発生した際に連合の協力を得られな事を意味します。それは国家の滅亡と同じ意味でした。従い、日本を選択することは最初から在り得ない仮定でした。
理由を考えるのも馬鹿らしい、あからさまな白人優先思想に基づき、英国、オーストラリア、ニュージーランドは候補から即時に外れました。
東南アジア諸国は欧米、日本等の各国の利権が複雑怪奇に絡み合い対象から外れました。
台湾は、特に中国とそれに追従した休戦地域国家が声高に隔離地域するべきと主張しました。
しかし、台湾を自国の生命線と考えていた日本の要請により、台湾西部でARISが航宙艦を遊弋させると、即座に押し黙り、候補から外れていきました。
スリランカは、接収しようとした某国の軍用機をARISが撃墜した事で候補から外れました。
さて、そうは言っても隔離地域は必要です。しかし規模の大きな島はもう使えません。そうなると残るは大陸の封鎖し易い地域を隔離地域とするしかありません。
とは言え、下手な場所に隔離地域に設定すると、その維持が大変です。侃々諤々の議論が交わされました。
その様な時にゴブリナが海水を異常に嫌がる事が分かり、海が障壁になる事が分かりました。そうなると半島が良いのではという意見が優勢を占めるまで、時間はかかりませんでした。
半島が良いという意見は一致しましが、自らの領域である欧米の半島は論外でした。ただでさえ近傍地域からの偽装難民や、不法移民の増加で治安が悪化しているところに、これ以上治安悪化の原因となるものを受け入れる訳にはいきません。
ならば、欧州近傍の中東やアフリカ地域はどうかと提案されました。しかし、当時のテラでは化石燃料が、主要なエネルギー資源で、重要戦略物資でした。
今でこそテラに普通にある転換炉は、当時はARISの拠点の日本に僅かしか存在していないオーバーテクノロジーの代物でした。
北部が産油国と接するアフリカ・中近東地域をこれ以上政情不安にさせる要因を新たに作る事が容認されるわけもなく、候補から外れました。
南北アメリカは、衰えたとはいえ未だに大国の米国が北米に存在し、また南北ともに重要な食肉、穀物類の輸出大国であり、食糧事情を崩壊させる訳にも行かず、候補より外れました。
半島だけに絞った候補地選びが行われましたが、どこも一長一短で決め手に欠けていました。ロシア極東地域の樺太が一時候補に浮上しましたが、ロシアの逆鱗どころか、日本の逆鱗にも触れかねず候補から外れました。
「じゃあ、何処にすれば良いんだ?」
早急に解決しなければならない隔離地域選定は、暗礁に乗り上げました。




