1-24-15 蒼い空
航宙戦力は壊滅し、気圏内航空戦力もほぼ壊滅。だからこそ、この惑星上の各地に奴等の第二次降下部隊が分散して降着するのを許してしまった。
大きな損害は受た地上兵力は壊滅寸前ではあったが、抵抗力が無かった訳ではない。但しあの当時、我々には禄な兵力を展開できなかった。
奴等は基地や都市部、更には自然災害を誘発させる攻撃をしてきた。我々はそれに対処するのに精一杯で、他地域と連携して奴等の第二次降下部隊に対応する事ができなかった。
初動に上手く対応できなかった我々は、奴等の跳梁跋扈を許し、じわじわと兵力や施設を削られていったが、我々とて手をこまねいていた訳ではない。
不幸中の幸いと言って良いのか、地上兵力については装備だけはあった。兵力が居なかっただけだ。そのため、暫くすると徴兵が始まり、そして日を追う毎に徴兵上限年齢が引き上げられ、遂には私も徴兵された。
徴兵されたからと言って、直ぐに使い物になる訳も無く。人数合わせで徴兵されるとは、もう末期症状だなと思った事を覚えている。
奴等の第二次降下部隊が降着してから、夜は奴等が跋扈する時間になり、神出鬼没の奴等が蠢く場所になった。この惑星の夜は少しばかり危険になった。
一方的に、奴等に好き放題をやられていた訳ではない。何体かの奴等は倒した。しかし倒したと言うのも、自己申告でしかない。実際に本当に倒したのかは分からない。個人的には我々は一人も奴等を倒していないのではないかと思っている。
暫くすると、五月雨的に奴等が軌道上に還って行く様になった。還っていく理由は分からないが、奴等が地上から居なくなる事には変わりがない。
奴等が還っていくのを、指を咥えて見ていた訳じゃない。最初の頃は還っていく奴等を撃墜しようとした。その結果は、禄な物じゃなかった。
帰還不可能になった奴等は、反応弾規模の爆発で自爆する。奴等は頭がおかしい。確かに奴等は、異星人だ。だから理解出来ないのも無理はないが、それにしても、何を考えているのか理解出来ない。
お偉いさん方は何やら文句を言っていたようだが、我々下っ端の兵士からすれば、昇っていくポッドを眺めるのは悪い気分ではなかった。もう、あの恐ろしい悪鬼の様な奴等と闘わないですむのだから。
あと少しで、地上を我々の手に取り戻せる。そう思って、油断していた。そう言われても仕方が無いだろう。我々は奴等が異常だという事を忘れていた。
奴等は破壊だけを撒き散らす。その事を失念していた。奴等は本当に……何を考えているのか分からない。何なのだ奴等は。
軌道上に昇っていく奴等の数が減少するのに比例して、我々が受ける被害も減少し、奴等の物であった夜が我々の手の中に戻り始めたあの日、奴等の第三次降下が始まった。そして我々は、奴等の第二次降下部隊が軌道上に還って行った理由を理解した。そして奴等がこの星で何を望むのかも理解した。
奴等の第三次降下は、奴等の第二次降下が赤子に見える。動く物は何であれ攻撃する機械。奴等は第三次降下で悪魔の様な機械を降下させてきた。
第二次降下部隊が軌道上に昇っていったのは、単に同士討ちを避けただけ。戦争に満足したから還って行ったのではない。
我々は悟った。奴等は、ただ単に破壊と殺戮しか望んでいない。奴等はこの星を占領するつもりがない。
我々が愚かであったのか、奴らが常識外れだったのかは分からない。恐らくは両方だとは思う。理由なんてどうでも良い。この闘いは何時終わるのだろう。
最近、考えてしまう事がある。私は幸運だったのだろうか。確かに郊外に居た事で、奴等の第一撃からは辛くも逃げ切り死なずに済んだ。
だが、それは本当に幸運だったのだろうか。個人的には第一撃で死んだ彼等の方が幸運だったのでは、そんな風に考えてしまう事が最近は多い。
あの時に死んでいれば、壊れていく世界を見ずに済んだ。こんな終末まで、あと僅かな世界で、生き足掻く事も無かった。死んだ者からすれば、生きているのに文句を言うなと言われるかもしれない。
生きている私は幸せなのだと思わないといけないのだろう。しかし目の前に広がる都市の残骸を目にすると、その気持ちが揺らぐ。今までの生活の面影は、少しは残っている。たたし、その姿形も徐々に消えつつある。
世界が壊れていく。世界が終わっていく。終末物の話しで良く聞くフレーズだと思う。だけど、その世界と言われているのは、世間の事じゃない。壊れたり、終わりを迎える世界とは、個人の生活や、活動範囲だけでしかない。
時が刻まれると共に世界が壊れていき、私の生存確率が低下していく。瓦礫の隙間で、空腹に苛まれながら風雨を凌ぎ、僅かな物音に怯えながら眠る。
野生生物の暮らしの方がマシなのではないかと言う者も居る。私に言わせれば、それは間違いだ。あの悪魔は動く物は全て殺そうとしてくる。
今のこの世界では、我々も野生生物も等しく奴等の獲物でしかなく、奴等に見つかれば狩られる存在でしかない。そう、同じ存在でしかない。
この世界で生きている全ての存在が、私と同じ様な境遇でいる。自分だけではない、同じ様な境遇の道連れが居ると思えば、全くの不幸とは言い難い。何とも破滅的な考えだと言われるだろう。しかしそれが、紛うことなき、私の本心だ。
地面に寝ころび、空を見上げる。何年ぶりだろう。蒼く澄み切った空。それが記憶の中の見上げた空。残念な事に今見上げている空は、灰色とも黒とも何とも言えない様な、厚い雲しか見えない。
もう何日も晴れ渡った空を見ていない。多分、私が生きている間に晴れ渡ったそらを再び見る事は叶わないだろう。
我々とて、黙って殺されるつもりはない。相手は知能の無い、自動機械に過ぎない。やり方を間違えなければ、破壊する事も可能だ。あれは悪魔じゃない。単なる機械に過ぎない。問題は、あの機械を破壊するには、しっかりとした武装と多くの犠牲者が必要な事。
あの日、奴等が空から降りて来て、私の世界を壊し始め、そして、あの機械が現れ、私の世界は完全に壊され、生きるだけで精一杯になった。
形ばかりに近いとは言え、兵士たる私が生きるので精一杯なのだ、普通の者達は生き延びていられているのだろうか。その者達の境遇に、ふと思い寄せない訳でもないが、考えても仕方のないこと。成る様にしか成らない。
初めの頃は、奴等との小競り合いも直ぐに終わる。よくある恒星間種族の戦争が、少しばかり過激になっただけだと思っていた。明日になれば、本星からの救援艦隊が奴等を駆逐してくれると思っていた。
今では、そんな夢を語る者は居ない。本星からの援軍も救助も、暫くは来ない。我々が生き延びるためには、我々の自力でこの星から奴等を駆逐するしかない。
時間は掛かるだろう、あの機械に殺される者も更に多くでるだろう。その犠牲者は自分になるかもしれない。しかし、我々は、あの機械を倒さなければならない。倒さない限り、延々と瓦礫の隙間で怯えながら生きていくしかない。
動く物を片端から攻撃する機械のお陰で、今ではこの星にまともな建物はない。瓦礫の山があるだけだ。空を飛ぶ動物を見る事も少なくなった。人も動物も機械に怯え、息を潜めて生きている。音の少ない静かな世界が広がる。
大きな音がするとすれば、それは十中八九、何処の部隊とあの機械との戦闘音だ。機械を破壊出来る時もあれば、返り討ちに合うだけの時もある。どちらの場合であれ、少なくない犠牲者は出る。
昨夜の夜空は星の光の一滴すら射さぬ厚い雲に覆われ、暗闇が支配する夜だった。そんな日でも、過去の記憶の対岸の街は、煌めく夜景がそれは綺麗だった。
機械を待ち伏せている時に、何の気なしに窺い見た昨日の海峡を挟んだ対岸の街は、夜の闇に溶け込み何も見えなかった。我々は何処で間違えたのだろう。何処で道を踏み外したのだろう。
最近は朝晩の冷え込みだけではなく、昼間も肌寒いと感じる様になってきた。冬がやって来る。このままでは、瓦礫の隙間で生き延びている老人や子供の様な弱い者達は冬を越せない。多くの者達が死んでしまう。残された時間は、もうほんの僅かしかない。
まぁ、それも、もうどうでも良い。私には関係の無い事だ。無責任?現実逃避?何とでも言ってもらって構わない。私には、もうどうする事も出来ないのだから。
徴兵された学者風情の私が、あの機械相手に巧くいく訳がない。現実は、厳しい。大体、奴等が新兵がどうこう出来る物を送り込んで来る訳がない。
我々は、何処で、何を間違えたのだろう。奴等の同盟種族の星に降下した時だろうか。奴等の船を墜とした時だろうか。それとも、同盟種族の政権を賄賂工作で我々寄りの政府に転覆させた時だろうか。
どうであれ、この星に未来は暗い。この星は極貧の植民星に落ちぶれるだろう。我々は奴等の虎の尾を踏み、龍の逆鱗に触れたのだろう。
これでも私は歴史学者だ。奴等の歴史も知っている。奴等の戦争と比べ、我々の戦は手緩い遊びでしかない。傲慢にも自分達は強いと過信した我々は、手を出してはいけない物に手を出してしまった。我々は、奴等に手を出すべきではなかった。
私の世界は、あと少しで終わる。今まで生き延びてきた幸運も終わる。本音を言えば、生き残りのために闘わなくて良くなることに、少し安堵している。
痛みを……感じなくなってきた。既に手足には力が入らない。耳も良く聞こえない。最後に見上げている空は、黒に近い灰色の厚い雲に覆われている。
残された者達の事を心配しない訳ではない。彼等に幸運が続くことを祈っている。心残りが無い訳じゃない。もう一度、蒼く澄み切った空を眺めたかった。
冷酷な狂戦士。宇宙の果てまで追ってくる復讐鬼。魔物の様な新興恒星間航行種族。子供でも知っている。半ばおとぎ話の様に聞かされる常識だ。その奴等を我々は激怒させてしまった。もう、この星は終わりだ。馬鹿な事をしたものだ。




