1-24-3 新たな支配者
ステレオタイプ的な言い方かもしれないが、周りの者達に彼の人となりを聞くと、10人が10人とも、彼は男としては気が優し過ぎると評価する。本人に自覚が無い訳ではない。ただ、本人的にはそこまで気が弱い人間ではない。ただ単に、人付き合いが苦手なだけだと思っている。
言い方は悪いが、彼の見た目が余り良くなければ、風景に埋没した存在として生きていただろう。もっともその生き方が素晴らしいか否かは別であるけれど。
残念な事に、彼は目を見張る程とまではいかないものの、2番手までとはいかないが、3番手程度の容姿だった。そうなると、彼が好むか好まざるかに関係なく、周囲が彼に絡んでくる。そこに彼の気の優しさが加われば、更に放っておかない。
周囲が彼に絡んで来ることに悪い気はしないものの、彼自身は自分の事を1・2番手に絡むための手段として自分に近づいてくるのだとしか思っていなかった。
その関係性、それが本当の友人関係か否かはわからないけれど、彼自身が良い友人関係であると思っている1・2番手の友人達に迷惑をかける訳にもいかず、陽気な人間を演じていた。
しかし友人達の為とはいえ、現実世界で演技を続ける事に疲れない訳が無い。疲れ切った彼は、自分の事を誰も知らない仮想世界、オンラインゲームの「Beyond of the Boundary~境界の彼方」に逃げ込んだ。
仮想世界で彼は異性のキャラクターを選んだ。少しばかり画面の中では女性の身体を見たいという、若い男性にありがちな欲望が無かったとは言えないものの、現実世界での自分とは真逆になりたいとう意識や、現実逃避の気持ちが強かった。
世界は寛容になったとはいえ、現実世界でそんな事をすれば、目立つし、浮いてしまう。特に学生の狭い世界では、好奇の目で見られても不思議ではない。しかし、逃げ込んだ仮想世界では、その様な事はなかった。
確かに他の国では異なるのかもしれないが、この弧状列島の国ではそんな事に文句を言う様な者は稀だった。自分と異なる性別でゲームプレイする者達は、掃いて捨てる程に居たから。
彼は運が良かったのだろう。ゲームの中で彼は、過激な装いからは想像できない程の穏やかな友人達と出会えた。
陽気な自分を演じなくて良いこの世界が彼は好きだった。しかし、友人達と永遠にこの場所で過ごす事は出来ないのも分かっていた。ゲームである限り、この仮想世界での幸せな時間は何時かは終わる。でも、それでも良かった。素の自分の性格のまま、友人達と会話が出来る。その想い出を作れるだけで良かった。
あの日、彼は他の者達と同様にARISとなり、仮想世界から現実世界へと引き摺り戻された。仮想世界に逃げ込んだ頃の彼1人だけなら、耐えられなかっただろう。
けれど、本来の彼を知りながら、演じる彼を黙って見守っていた極僅かな現実世界のの友人達、そして仮想世界での友人達は彼を見捨てなかった。彼は友人達の助けもあり、2度目の現実世界を生き延びた。。
1度目とは異なり、友人のありがたさを噛み締めながら過ごす、順調な対人関係での2度目の現実世界。例え容姿が1度目とは異なるとは言え、彼は幸せだった。
問題が皆無という訳ではない。容姿に惹かれ、自分に近づこうとする者達。微かに漏れ出す利権の匂いを嗅ぎ付け、自分にすり寄って来る者達。
過去の自分に擦り寄って来た時以上に、擦り寄って来る者達。そんな者達に少しばかりの嫌悪感覚える時はあるものの、凡そ順風満帆と言って良かった。
1度目であろうと、2度目であろうと、現実世界は厳しい。銀河世界は平穏でも、穏やかな世界ではない。人類は安寧を得るために、文字通り死に物狂いになった。必然、2度目の現実世界で生きる彼も、死に物狂いで強くなるしかなかった。
幸運な事に、彼は友人達の助けを借りて強くなった。誰よりも心の強い戦士となった。それが彼にとって幸運だった言うのは憚られる。
人は異物が怖い。普通の人間と明らかに異なる能力を持つ自分と、本来の人としての能力しかない現実世界の時代の友人達。微妙にすれ違いと違和感は日を追う毎に拡大していき、それに伴い友人関係も疎遠になっていった。
同じ能力を持つ仮想世界時代の友人達との関係も微妙に変化していった。心が強い者達ばかりではない。ひとり、また一人と、葛藤や罪悪感に耐えられず消えていった。お前が耐えられなくなったらこっちに来い、だけどそれまでは、頑張って生きろと言いながら、櫛の歯が、欠ける様に友が彼の前から消えていった。
仮想世界で出会った初期ARISの友人達は、銀河の彼方で人知れず闘う事を選び、戦闘中の行方不明を装い、尖兵として太陽系より去って行った。
彼は自分を置いていった友人達を責めなかったし、恨まなかった。ただ2度目の現実世界での幸せな時間。その想い出を糧にして、友人達の居ない長く過酷な人生に耐え続けた。誰よりも弱かった彼は、誰よりも強くなり、太陽系を去った友人達の帰りを待ち続けた。
彼は誠実で在り過ぎた。人知れず宇宙の彼方で闘っている友人達に比べれば、自分の苦労等は稚児の遊びに等しい。何時か戻って来る友人達、彼等の帰る場所になる。そのために彼は、どんなに辛くても、耐えに耐えて精一杯に生きた。
心の闇が囁く、自分達は消耗品だと。決して誰もその様な意図を持っていないとしても、自分達は消耗品に成らざるを得ない。
現実世界の友人達はお前を捨てた。そんな奴等を守る価値は無いと心の悪魔が囁く。例えそうだとしても、VOAに対してではない。人類の安寧のため、列強種族の侵略に対して自分達は尖兵と成るしかない。
思いと裏腹に、日を追う毎に孤独が心の中に闇を広げていく。闇が広がり、不安と焦燥感が大きくなっていく。抑え込んだ孤独感が、闇彼の心を蝕んでいく。不幸な事に、彼の心の異変を指摘してくれる友人達は、彼の横に居なかった。
尖兵である友人達を助けたい。その結果を得るために用いる手段に問題が無ければという前提条件が付くが、非の打ち所がない動機だと言える。
悪魔の囁きだと彼を止める者は居なかった。彼は気付いてしまった。我々が消耗品なのであれば、掃いて余る程の消耗品を作れば良いのだと。
彼はそれを解決策だと信じた。消耗品ならば作れば良い。大量消費されるのであれば、それ以上に大量生産すれば良い。機械兵がマシナーの禁忌に触れるというならば、生物種で生産すれば良い。生物兵器はARISの禁忌に触れるというのならば、生物兵器でなければ良い。クローン兵は、禁止条項に入っていない。
彼はあえて気づかぬふりをした。クローン兵は禁止条項に含まれていないが、常識として禁忌に触れるのではないかとは思っていた。ただし、思っただけだ。深く考えたところで、彼の友人達が早く戻って来こないし、何の助けにならない。
人生は岐路の連続だ。友人達との約束を守るために耐えに耐えて生きた結果、彼は急速生成クローンを密に実行できる資力も設備を持っていた。約束を守り誠実に生き、約束を守り待つのに疲れた結果、誰よりも強かった彼は道を踏み外した。
間違えた道を進んでいる事は理解していた。道を選び直せと叫ぶ自分を心の奥底に沈め、選んでは成らぬ道を進んだ。この道を選ぶことで、今この時も地獄に居る友人達が早く還ってこられる事を彼は心の奥底から願った。
彼は分かっていた。自分は地獄に堕ちるだろうと。誰かを地獄に墜とす事になると。でも彼に後悔は無かった。今度は自分が地獄に行く番、そう彼は思ったから。
彼は敢えて見えない振りをした。彼のこの後の行いが、彼に地獄に墜とされる被害者を作る事になる。人類の為という大義の下に消耗品とされる事に、葛藤や恨みを覚えている自分。その消耗品の自分が、新に消耗品を作る。自分が地獄に堕ちるのではない。自分が新しい地獄の支配者になる。その事から眼を背けた。




