1-23-3 silhouette(シルエット)
この星独自の衛星網は、我々の攻撃により崩壊している。この星の森林面積の割合は、居住面積に対して非常に大きい。そしてこの星の空は、各地の火山の噴煙の影響で常に霞み、薄暗い。
監視衛星が無い状況で薄暗い森林地域で相手を見つける為には、敵も味方もドローンか己が目で見つけるしかない。敵が保有するドローンは探知し易いが、それも何時までも続く訳もない。慢心は禁物だ。
敵にとっては残念な事に、私にとっては幸いな事に、この地域ではドローンを見かける事は稀だ。元より辺鄙な場所で、近場の活火山は開戦初期に反応弾を叩きこまれ、噴煙を上げている。恐らくは小規模空港と港湾を持つ観光都市だったのだろう近隣の街は、同じく開戦初期に徹底的に攻撃され廃墟になっている。
ひと昔前の終末世界を描いたドラマや映画の様になった廃墟の街に入ると、放置されたままの骸を見つける事もある。我々の行いの結果を目の前にして思うところが無い訳でもないが、テランに手を出したらどうなるかを知らしめないといけない。同胞が教訓を得るための貴重な犠牲となった。そう思い諦めてもらうしかない。
此処を指定した馬鹿は、恐らく地形図と戦況報告だけを見て指定したに違いない。実際に地を這いながら移動すれば分かる。此処に来るのにどれだけ苦労するのか分かっていない。言うは易く行うは難しの例えが完璧に当てはまる。
生きている高等生物は野生生物だけ。交通も途絶え誰も寄り付かない、ひとりの生存者も居ない廃墟の街。この様な場所だからこそ、此処に来るように指定されたのだろう。はてさて、帰りの切符は貰えるのだろうか。
テランの残存降下兵を廃墟の街で見た。通報を受けてこの場所に来たものの、この場所でテランを探せと言うのは、簡単な様で厳しい。自分達以外で動く物は、野生生物かテランの残存降下兵。この点は、正しい。反論する気はない。
問題は我々側に有る。凡そ生物種であれば、活動には食料が必要となる。我々も当然の様に食料が無ければ飢えてしまう。この見捨てられた廃墟の街で補給は無理だ。自分達で持ち込むしかない。要するに持ち込んだ食料分の期間しか活動出来ないという事だ。隣接する森林で野生生物を仕留めろ?俺たちは捜索に来たのであって、サバイバルをしに来たんじゃないんだよ。ふざけるな。
湾口から街を背景に見える火山から、薄い噴煙が見える。今は小康状態という事なのだろう。何が少し近くに噴火中の活火山が在りますだ。街の真横だろうが。あれは少し近くと言うんじゃない、隣に在るって言うんだ。
時が時ならば、ちょっとした観光資源になったのかもしれないが、今の我々にとっては文字通りに死活問題だ。この街との往来に用いられていた陸路は、初期の噴火の溶岩流に飲み込まれ使えない。徒歩なら可能かもしれないが、余り現実的ではない。まともな連絡経路は、この街の港だけ。要するにこの港が唯一の逃げ道。
涙が出る程に嬉しい事に、あの火山には大規模噴火警報が出ている。今この瞬間にも噴火に伴う火砕流に襲われても不思議じゃない。逃げ道がこの港しかないこの場所は、軽々しく来て良い場所じゃない。本来ならば、早々に立入禁止になっている場所だ。なのに我々は、テランの残存降下兵を見たという民間人からの情報の真意を確かめ、確認された場合は、排除するためにこんな場所に居る。
大体、こんな見捨てられた街を訪れていた民間人などと言うのは、怪し過ぎる。大方火事場泥棒か何かだろうに。そんな胡乱な奴等の情報を信じて、確認命令を出す本部も本部だ。正直を言ってこの場所は、テランが居なければ軽々しく立ち入る様な場所じゃない、如何なる理由であっても立入禁止にするべき様な場所だ。
夜の闇が訪れたというのに、噴火口の紅い光が廃墟の街を紅黒く染める。見ようによっては、幻想的で綺麗な風景だが、それを楽しむ余裕は一切無い。街の形が紅黒く見えるという事は、場所によっては私も闇の中に浮き上がり彼等に私が見えてしまう。闇の利点は無いという事だ。
私はここで彼等に捕まる訳にも、排除される訳にもいかない。赤外迷彩は何とか持ち堪えて稼働してくれているが、残念な事に降下初日に故障した光学迷彩は、死荷重になるので既に廃棄済で持っていない。だから地道に物陰に隠れ、気配を消し、音を立てない様に移動しなければならない。
数日前にこの街の港にやって来たロジークの部隊は、何かを捜索している様な動きをしていた。私の事を捜索していないと思うのは無駄な願望だろう。最近よく見かける、やる気のない部隊である事を願ったが、それも無駄な様だ。深夜にも関わらず、忌々しい事に脱出ポッドへの進路上で捜索活動をしている。先程から1時間近く同じ場所に居る。早く何処かに行って欲しい。
彼等に脱出ポッドを見つけられてしまうのではないかという焦りもあるが、昨夜と異なり今夜は時間も無くなりそうで気が気でない。
夜空の色が昨夜より紅が強い。時おり強い鳴動を感じる。ほんのひと押し、岩石ひとつが噴火口に落下した程度の刺激で大規模噴火が始まる。そんな感じがする。
お願い、あと少しだけ。私が脱出ポッドに到着するまで、あと少しだけ待って。
程なくして、彼等は港に戻っていった。私に恐れをなした訳でも、港の捜索をするためでもない。彼等も強い鳴動に危険を感じ、港に戻って行ったという事だ。引け際が分かるという事は、優秀な指揮官なのだろう。
脱出ポッドは、先程居た場所から1キロ程火山寄りの森林で、大木に擬態していた。よくもまあ、こんな擬態を思いつくものだ。とにもかくにも、彼等は私との約束を守る事にした様だ。
ここに来た時点で彼等の事を信じていたのではと問われると、答えに窮してしまう。ここに脱出ポッドが在ると信じていたのかと問われると、良くて半信半疑、有り体に言えば反応弾は在っても脱出ポッドは無いと思っていた。さて、脱出準備完了までに2時間は掛かる。その間に火山が噴火しない事を祈ろう。
「ユニット1752、搭乗を確認。脱出シーケンスを開始。除染を開始します」
私は元々は普通の人間、生物種の人間だった。今の私は完全生義体を経て、機械種に近い生義体。そして脱出が完了すれば、本星系で急速生成クローン調整体に戻る。やっと人に戻れる。ただ残念な事に、元の容姿、性別には戻れない。何故なら私は違法コピーなのだから。
オリジナルの私が初期完全生義体として生まれる時に、私は違法にコピーで作られた。決して私が望んで違法コピーをした訳じゃない。少し気がおかしいARISの科学者が、物は試しで作った初期完全生義体の違法コピーが私。
オリジナルの完全生義体は元の容姿の面影はない。違法コピーの私は元の容姿の面影が残っている。元の面影が残ったまま、容姿が変化したらどの様な反応を見せるのか、それを少し試したかった。それだけの理由で私は作られた。
植民星政府の汚職は無くならない。特に地球統一政府が創成される前の非同盟諸国が母体の辺境植民星の多くでは、植民星政府の汚職が常態化している。そんな辺境植民星の違法コピー体は、「売れる商品」でしかない。
政府がグルなのだから、違法コピーが根絶される訳がない。その様な辺境植民星での違法コピー体の使い道は禄でもない用途だし、寿命も短い。もし私がその様な植民星で造られていたら、私はもう既に廃棄されていただろう。
幸か不幸か私はARISの組織内で造られた。種類は違うが禄でもない使い方をされているのは同じだが、少なくとも未だ生きている。その幸運を感謝しているが、造った馬鹿を許す気はない。
ARISの組織内で私の様な違法コピーの製造を行ったのは、今の所は私を造った馬鹿を含めて3人だけらしい。
「二度あることは三度ある」という諺がある。何もこの諺通りの事をしなくても良いだろうに、馬鹿は何度でも転生するのだろうか。
「装着アーマー分離完了。外骨格層分離準備を開始します。バイタルに異常なし」
これでやっと本星系に還れるのだろうか。マシナーを悪く言うつもりはないけれど、食事も排泄も無い生活と言うのは、確かに便利ではあったけれど、人としての何かを失った様で嫌だった。
人としてと言うのは、少し語弊があるかもしれない。アーマーと戦闘服の下は、皮膚層ではない。皮膚の代わりに、外骨格層で覆われている。子供が夜道で私に出会ったら、確実に号泣する姿と言えば、どんな姿だったのか理解してもらえるだろう。だから、人だと言うのは少し強弁が過ぎるかもしれない。
「量子脳分離準備開始。分子分解装置起動。離床シーケンス開始」
生義体に成ると言う事は、量子脳に元の脳の内容を転記するという事。だからコピーしようと思えば、何個でもコピーできる。ARISではそれを固く禁じ、違法コピーは必ず消去される。そしてそれは生義体に成る時に必ず説明され、誰もが知っている。目が覚めた後に、自分が存在してはならない違法コピーであると知った瞬間、私に混乱する贅沢な時間は無かった。ARISにばれずに生き残る事に必死にならざるを得なかった。
結局のところ無駄ではあった。生まれて1週間で違法コピーの私の存在はARISに露見した。お前はコピーで本当のお前は別に居ると言われても、1週間近く自分として生きてしまった私は、死にたくなかった。だからこそ、懇願した。何でもするから、お願いだ殺さないでくれと。
「量子脳分離完了。不要部分の分子分解処置開始。脱出シーケンス最終チェック」
今なら言える、何でもするから何て言っては駄目だ。今の私を見れば良く分かる様に、大抵は碌な結果をもたらさない。
彼等の思惑と合致したからなのか、オリジナルとは異なる可愛い少女の姿が功を奏したのか、私は生き残る事が出来た。私は単に死にたくなかっただけだ。そのために為した行為についての非難は甘んじて受けるが、生き残りたいと思い行動したそれの何が悪いのだろうか。
今の時代、治安の良い地区で生活するなら国民登録から逃れられない。合法、違法を問わず、登録のためには、国家かそれに類する組織に頼るしか術はない。
「分子分解処置完了。離床まで後10分。カウントダウンを開始。量子脳の休眠状態への移行を開始。おやすみなさい。本星系で会いましょう」
オリジナルのsilhouetteでしかない私は、生き延びるために組織を頼った。あの時の私には、その道しか無かった。後からならば何とでも言える。私は生きるために必死だった。それだけの話だ。
本星系で本当に目を覚ます事が出来るのかは分からない。でも今は彼等を信じる事しか出来ない。彼等に命じられるままに汚れ仕事をしてきた。今度が最後の仕事だと約束もしてくれた。この仕事の後は、普通の人生を送れると約束もしてくれた。同じ様な汚れ仕事してきた仲間が、普通に暮らせているのも知っている。無論その中に入れなかった仲間も知っている。私はどっちの仲間に入るのだろう。
そう言えば、私と同じ目にあって永く生きている人も、この地獄に来ていると聞いたっけ。ああ……そう言う事か。此処は廃棄物の最終処分場なのかもしれない。
悔……しいな。私が望んだ訳でもないのに違法コピーにされて、こんな望んでもない人生を歩んで。何でなんだろうな。いや、生きたいと懇願したのは私か……。何を今更に繰り言を言っているんだか。それに、もう時間切れかな。後悔するには遅すぎる。眠く……なってきた。ああ、もう一度、地球をもう一度、見た……い。
「何か上昇しています!恐らくテランの脱出ポッド!」
火山の鳴動が激しいので、安全のために船に戻り出航準備をしていたら、テランの脱出ポッドと思われる物が上昇していくのが見えた。畜生、逃げられた。他の地域の奴等の不手際を嘲笑っていたが、今度は他の地域の奴等に嘲笑われる番だ。
ただ正直を言えばホットしている。これであの常識外れのテランが、ひとり減った。後は頼むから防空部隊が、上昇中のテランの脱出ポッドを撃墜しない事を祈るのみだ。あの脱出ポッドは下手に撃墜すると、反応弾規模の爆発を起こす。破片ですら我々に渡したくないのだろうが、頭おかしいだろう!あいつ等!
「ユニット1752回収完了。続けてユニット01回収完了。当該星域降下ユニット全数の回収完了。帰還モード01。当該星域より本星系に向けて離脱開始」




