1-23-2 地の果て
少し前なら、天気が良ければ晴れ渡った夜空に、軌道施設が輝く星の中に見えた。今では往時の繁栄は見る影もない。もし君が酔狂にも望遠鏡で夜空を見上げてみれば、大量のデブリ、破壊された時に撒き散らされた軌道施設の大小の破片が見えるだろう。運が悪ければ、誰かの遺体を見る事になるかもしれない。
この星にあった軌道施設や設備は全て墜とされるか、破壊された。運よく生き残っていたとしても、あの大量のデブリが早晩衝突して、お終いになるだろう。まぁこれはこの星に限った事じゃない。この星系は今、大小の破片が漂っている。何処かの軌道上にある施設や設備は、片端からテランが破壊してしまった。
本星や近隣の植民星からの救援は望んだ程は上手くいっていない。軌道施設がないために、船を直接地表まで降着させる必要がある。但しこの方法だと効率が著しく悪い上に、時間ばかり掛かる。もっとも船はこの星系に来ない。正確には大型船はこの星系に来ない。理由はあの大量の破片が船の運航を阻害する。
単純に破片が多いからという理由ではない。破片を押しのけたら、その破片が爆発して更に大量の破片を撒き散らす。どうやらテランが、破片に擬態した機雷を撒いた。お陰でこの星の軌道上や、星系内は地雷原の様になっている。今この地雷原の要な星系を航行できるのは、機動性の良い小型船止まり。小型船に望むような支援を望むのは酷と言うものだ。
最近はその小型船でさえ、来訪が減少している。理由はテラン以外の他の種族との紛争が勃発しそうなため、この植民星への救援を行っている場合ではないかららしい。ふざけるな!と思うところだが、自分が本星系なら、同じ事をするだろう。だから本星系を恨む事は出来ない。それよりも、最近は、破片が他の破片に当たり、更に破片を増加させる事象が増えているらしい。少し気掛かりだ。
他の星からの救援が望めないならば、自助努力しかないのだが、主なエネルギー施設はテランによって破壊されている。更に奴等によって、農作物工場も含めて、中・大型の食料工場も破壊されている。
破壊を逃れた小型の食料工場を稼働させ様にも、慢性的なエネルギー不足のために、農作物工場を稼働されられない。エネルギー不足解消のために、エネルギー施設の復旧を行おうにも、奴等の妨害のせいで、復旧は遅々として進まない。八方塞がりとは此の事だ。
今年は、農地で栽培するしか手が無いが、自然環境が芳しくない。各地の活火山の噴煙によって大気が常に霞み、日照時間が圧倒的に足りない。日照不足による生育不良で、今年の収穫量は望んだ量には程遠いものになるだろう。
代替栄養源として培養肉を確保しようにも、中大型の培養肉工場は軒並み破壊されている。そもそも、他の施設よりも優先されるエネルギー施設の復旧の目途すら立っていない。この現状で、食物工場全般の復旧を望むのは無駄という事だ。
噂では、こんな状況でも食料在庫が潤沢な地域もあるらしい。しかし、どの地域も主な港湾施設は壊滅している。物資を他の場所に輸送する事が出来ない。貰えぬ食料に期待しても仕方がない。ある食糧で何とかするしかない。とはいえ、この地域は今でさえ食料が欠乏気味だ。この後どうなるかを、想像するのは難くない。恐らく酷い飢餓になる。住民同士での食料の奪い合いが起こるだろう。此処より寒冷地域の都市では、飢餓で全滅する地域が出ても不思議じゃない。
「此処から遠目に見ても分かります。使える物は何も残っていないと思います」
その時は最善と思った。もし言い訳ができるなら、彼等はその様に言うだろう。残念な事に、その言い訳を出来る者は誰ひとりとして生きてはいない。もし生きていたとしたら、私がこの手で殺してやる。独善的な身勝手な考えの結果、この惨状を引き起こした責任を取らせてやる。馬鹿な事をしでかしてくれた亡き仲間達のお陰で、貴重な食糧庫のひとつが消し飛んだ。
以前まではテランは病院や、食糧庫は攻撃してこなかった。でもそれも少し前までの事だ。我々が病院の一部で生産設備等を稼働させ始めてからは、病院であれ攻撃される様になっていた。十分な警戒を周知徹底されていただろうに貴重な可搬式のエネルギーユニット輸送の中継地点として、何故この警備の緩い食糧庫を選んだのだ。テランに見つかればどうなるかは、子供でも分かる話だろうに。
エネルギーユニットの暴走で、跡形もなく綺麗に吹き飛ばされた馬鹿達は本当に運が良い。馬鹿達のお陰で、食糧配給の遅延が時を置かずして始まる。配給の遅延は途絶になり、此の地に飢餓がやって来る。今年の冬は、エネルギー不足で暖房にも事欠くだろう。栄養不足の上に、暖房も無い中で何人が冬を越せるだろうか。
「付近を捜索中ですが、現時点で奴等は発見出来ていません」
もうこの付近には居ないだろう。奴等は襲撃方法を少し変えてきている。最近では、少し前までの様に夜明け近くまで襲撃場所に留まらない。救援部隊が襲撃される事は稀になった。襲撃を短時間で終わらせると掻き消す様に居なくなる。お陰で、最近は、奴等を見つけられる確率は下がる一方だ。そりゃそうだ。我々が学んだ様に、奴等も学ぶ。
「35°34'32.6"N 141°43'31.6"E エネルギーユニット破壊完了」
インフラストラクチャーと総称される基幹設備の損失。それは、近代文明の維持が困難になる事を意味する。例えば、電力が無ければ設備は動かない。設備が動かなければ、部品は作れない。部品が無ければ、壊れた設備を修理出来ない。電力は近代文明の要と言える。
戦争において、敵の継戦能力を奪うために、敵のインフラを破壊し、その復旧を妨害する事は常套手段と言える。特に生産資材を大量消費する近代戦ともなれば、電力設備の損失は、設備の稼働停止を意味し、継戦能力の低下又は損失に直結する。電力設備は攻撃側にとっては最重要攻撃目標となり、防衛側にとっては最重要防衛施設となる。いきおい、その場所を巡って激しい攻防が行われる。
侵攻初期の混乱状態が落ち着けば、敵が継戦能力の維持のために、インフラ防衛に力を入れるの当然の事。敵との間で日々繰り返される鼬ごっこは日を追う毎に激しくなり、戦闘ユニットの生存率は低下する。故郷から幾千里彼方の此の地の様な場所であれば、生存率は尚更に刻々と恐ろしい迄の速度で下がっていく。
戦争は無くならない。銀河航行種族となり身内同士の戦争は減ったが、対外種族との戦争は減る事はない。此処以上の激戦地だらけになるだろう。今後の士気を保つためと考えれば、私達は見捨てられていない。必ず迎えがやって来る。
駄目だ、そう思う自分に苦笑いが浮かべてしまう。一筋の希望の光を夢見れば、精神は崩壊しない。だから無意味な希望じゃない。そう言う事にしておこう。
彼等は言った。約束する。必ず迎えに行くと。純真な乙女でもあるまいし、そんな約束が守られるなんて欠片も信じてはいない。冷静に考えれば、費用対効果を考えれば、迎えが来る訳がない。死にたくはないが、存在する事自体が罪なのだから、分かっていた事だと、致し方の無い事だと割り切るしかない。
「36°21'36.1"N 142°38'19.5"Eに移動開始」
記録完了と。律儀に記録している私が言う事じゃないけれど、こんな報告を誰が見るのやら。奴等は私の事を散々に罵り罵倒しているだろうが、私だって鬼や悪魔じゃない。如何に殲滅するべき敵とは言え、意図的に見逃してあげていたのに。倉庫にエネルギーユニットを搬入してしまうのか。流石にエネルギーユニットを見逃す事は出来ない。その結果、尾根の向こうで煙が立ち昇る事になる。
我々が戦争に馴染み過ぎているだけかもしれないが、君達は戦争を舐め過ぎだ。重要物を保管しているのに、立哨もしていない。とは言え君達が不甲斐無ければ無い程、此処での私の生存率が上がる。君達の不甲斐なさに感謝している。
とは言え最近は流石に奴等の反撃も激しい。少し前までは、夜の帳が下りてから空が白む迄は私の時間だった。それも今は昔の話。最近は夜も深いうちに離脱しなければ、追撃が厳しく逃げ切れない。あと何か月も経てば、攻撃するどころか逃げ回るだけになるだろう。
達観した振りをしつつも、こんな地の果てで、生き延び様と足掻いている。非常に残念な事に私は英雄でも、超人でも無い。何時かはそんな時が来るとは思っていたが、思っていたよりも早く終わりの時が見えてきた。
終わりが来る前に迎えは来るのだろうか。あと何日待てば良いのだろうか。本当に迎えは来るのだろうか。自己中心的な理由で悪行を繰り返してきた私が言うべき事ではないのは分かっている。でも、こんな場所で、こんな異国の地の果てで終わりたくない。せめて魂だけでも故郷に連れて還って欲しい。
迎えなんて来ないのかもしれない。此処に死ぬまで取り残されるのかもしれない。過去の行いを思い起こせば、その可能性が大きい事くらいは分かる。そこまで馬鹿じゃない。でも他に道なんて無かった。この道を進むしかなかったとは言え、髪の毛よりも細い可能性に賭けて私は此のロジーク第5植民星に降りた。
此の場所で最後の対価を払えば、普通に生きられる人生を彼らが与えてくれると信じただけ。何処にでも居る様な普通の人間が、僅かな希望に縋って何が悪いというのか。結局の所、今世の私の人生は、は他人に人生をかき回されるだけで終わるのかもしれない。せめて来世は、自分の思う通りの人生を歩みたいものだ。




