1-9a バランサー
今年の冬はいつものインフルエンザや、普通の風邪以外に変な風邪が流行っている。そういえば、あの国ではヤバイ病気が流行っているらしい。
そんな噂がちらほらとネットで話題に上がり始め、それが世間一般にその話が広まるまでに長い時間はかからなかった。
曰く、倦怠感を訴えた人が急に倒れて死んでしまう。死亡した人の一部は顔かたちどころか、肉体すら異様な形になって死んでいく。
曰く、中国の生物兵器だ。いや、中国が半島で生物兵器をばら撒いた実験が失敗した。いやいやVOAとか言う変な化物が運んできた。違う違う、昔のあの感染症が変異したんだ。あれやこれや。
既存メディアが流す情報は、ネットの陰謀論を何も考察しないで垂れ流すだけ。ときおり出てくる自称専門家は自らの偏向した主張しか話さず、何の役にも立ちゃしない。
ネットの活用が不得手で、既存メディアしか情報収集が出来ない層、または盲目的に既存メディアを崇拝する高齢・老齢層の不安は増大し、その不安が更に根も葉もない噂が口コミで拡大されていく。
じわじわと、自己国内に不穏な情報が広がっていくが、日本を含めた諸外国は安心はしてはいないが、狼狽はしていなかった。
過去の痛い経験から学び、中国とその付属の半島で爆発的な増加傾向が出る前に、国境閉鎖をいち早く実行したからだ。
自国内での感染者は皆無ではない。しかし過去の感染症対策の経験を活かし、制御可能であり、対処可能だと信じていた。そう、それが、感染症であれば。
「おはようございます。ようこそ地球人類種の母星、地球に。ようこそ封鎖保護地域博物館に。みなさんの遥々の来訪と来館を心より歓迎いたします。そしてお気づきと思いますが、私はみなさんと同じ種族になります」
「地球産まれなんですか?」
「いえ、違いますよ。ただ地球の歴史というか、その行動に興味を惹かれて、地球人の母星、地球に来てしまいました」
あなた達は気づくでしょうか?彼等地球人が事あるごとに言う「生き延びよ」という意味を理解して帰ってくれるでしょうか?
「ところで、みなさんは余りピンとこないかも知れませんが、ほんの100年少し前にテランが連合と出会うまでは、テランの技術では、1光年進むだけでも何十年とかかったのです」
「たった1光年が、何十年!?うそぉっ!?」
「ついでに言えば、連合に出会う前まではテランは、テラの中で、テラン同士しか知らず、連合各種族の様な異星の種族は、想像の中、空想科学物語の中だけの存在でした。テランは、どこかに異星種族が居る可能性は認識していましたが、会える確率はほとんどないと考えていました」
「えっ!テランしか居ないの?!」
「ええ、テランしか居ませんでした。そんなテランも……まぁ、理由はみなさんがご存知の様に、VOAが原因でしたけれど、今では、みなさんの植民惑星を含めあちらこちらに、種族単独で、他種族でと数々の植民星、植民母船が存在しています」
私もそんな移民のひとりでした。弱小種族にはひと世代に1隻持てるか持てないかという巨大移民船。当時、同じ弱小種族であるのに、それを何隻も持つ地球人。
このままでは、列強に併合され収奪と奴隷の様な未来しかないと思われていた時、手を差し伸べてくれた地球人。
別に彼等が親切だからとは言わない、彼等には彼等の理由で我々を利用する訳があったのだろう。けれど、そんなことはどうでも良かった。
暗澹たる未来から逃れるため、藁をも掴む思いで私達は地球人の手にしがみついた。地球人の移民船に同乗し、僅かな希望に縋った。
「我々は……いえ正確にはテランが主導して、連合各種族が生き残るために、信じられない速さと熱意で、あちらこちらに植民しています」
それはもう、素晴らしい程の熱意と献身の結果の上に皆さんが今存在出来ているのですが、今日の講義でそれに気付いてくれるでしょうか?
「今日は、その経緯となった20XX年に発生したVOAとの闘いの話しではなく、その始まりの時期に封鎖されてしまった、正確には見捨てられた地域について話しをしましょう」
「見捨てられた地域?」
「そうです、見捨てられた地域です。テランを語るときに言われることのひとつに、テランは種族が生き延びるためには、何でもするというのがあります」
「聞いたことある!蒼い悪魔だ!」
「蒼い悪魔の由来からすると若干違いますが、的外れとは言えませんね。さて、テランは、生存を脅かす敵に対して容赦しません。テランをして、彼等に種族の敵と認識されてはならないと言われる理由です」
みんな引きつった顔になって。まぁ怖いよねぇ?悪いことをしたら地球人の蒼い悪魔に連れていかれるって、小さいころに言い聞かされてきたものねぇ。
「彼等テランは、それを同族にも躊躇なく殲滅します」
「えっ!?同族であっても殲滅するのですか?!」
「ええ、殲滅します。生存のためならば、同族であろうとも殲滅するのがテランです。今日はテランの行動を理解するに重要な鍵を覚えていきましょう」
「同……族であっても、殺……す?」
「ええ、それがテランなのです。ただ誤解しないように。テランは同族や仲間、仲間にはテラン以外の他星種も含みます。その同族や仲間、特にその幼体や、幼体を宿している個体を守るためなら、平気で自分達の命を投げ出します」
それはもう呆れ返る程に頑固に、そして至極当然の様に。
「我々の3分の2程度の寿命が無いに短命種にも関わらず、最後の一兵になったとしても、守り通そうとします。移民船に乗っていた私もそうやって守られました……」
「守られた?」
「……話がずれてしまいましたね。さて、弱小国家というものは、何もしなければ大国に翻弄され、利用されそして、使いつぶされ捨て去られる存在です。仮に、地理的条件に恵まれて、大国と大国の狭間で生き残れたとしても、そのまま安寧に生き延びられるとは限りません。また全ての弱小国家が地理的条件に恵まれているわけでもありません」
「弱小国なのに地理的条件も悪い……、それで生き残ることなんて、無理なんじゃぁ?」
「だからこそ、弱小国家であればこそ、特別な技術等を保有して他国との差別化を図り生き残るか、大国以外の周辺国家と良好な関係を築き上げ、小魚が群を作る様にして、群の規模で大国に対抗して又は、別の大国のグループに属することで生き延び様とします」
「さっき水族館でみた!小型水生生物の群みたいな奴だ!」
「そうです。群を作る。強い個体に寄り添う。それこそが、弱小国家の生き残り戦略というものです」
「さて、当時のテラに、休戦ラインをはさんだ双方合計で数千万人規模の地域が、休戦がETY《地球標準年》で50年以上経過していた地域がありました」
「ETY50周期以上?なんでそんなに長い間休戦が続いているんですか?何か特別な敵対勢力でも居たのですか?」
「特別な敵対勢力が居た訳ではありません。同族同士です、テランは、文明が進んでも同族同士で良く戦っていた種族なんですよ?」
「文明が進んでも同族同士の戦いが無くならなかったなんて……」
「まぁ、ともかく|休戦地域に……。あー、なぜ休戦がこれほど永きに渡っているかについては、それだけで話が長くなるので、今回は省略します。この休戦地域が、後に封鎖地域となりました」
「何かしたので、封鎖地域にされたのですか?」
「何かしたと言えばそうですし、しなかったと言えばそうとも言えます。その休戦地域が封鎖地域となってしまった主な理由は、次の3つが考えられます。ひとつ目は、「運が悪かった」こと」
「運が悪かった?」
「ひと言で言えば、運が悪かった、それに尽きます。テラで最初の、VOAによって大都市部で最初に被害を出した場所で且つ、大々的にテラ中に報道された場所でした。その結果、後日VOAの出現はこの休戦地域が原因と、流言飛語がテラ中に広まり、それが真実と誤認され、固定化されてしまったこと」
「ふたつ目は、流言飛語が広まっていくとき、更には封鎖地域にされるときに、誰も休戦地域を庇おうとしませんでした。当時のテラは、自由主義陣営と共産主義陣営という、二種類の社会様式に分かれて同族内の生存競争を行っていました。当時は自由主義陣営が優勢でしたが、共産主義陣営も侮れない勢力を持っていました」
「勢力が拮抗していたのですか?」
「一部の地域では、特にその休戦地域が位置していた地域では、勢力は拮抗していました。休戦地域は、自由主義陣営側と共産主義陣営側に分かれていました。その中で、自由主義陣営側に属する休戦地域は、バランサー国家を自称し、活動していました」
「自称って……」
「ええ、自称であって、他称ではありません。ところで、この自称パランサー国家が行っていたことは、自由主義陣営に属しながら国民感情がそれを望めば、仮にその望む内容が自由主義陣営に悪影響を与える内容であろうと、共産主義陣営と共に行動するというものでした。あからさまなコウモリ外交を行う、歪な人治主義のポピュリズム国家でした」
「国民感情に左右される?でも普通は色々な国民が居るので、ひとつの思想にならないと思うんだけど・・・・・・?」
ええ、そうでしょうとも。普通はそう思う。私だって地球人の歴史書を最初信じなかったくらいだから。




