半径60cmの世界
この時節柄、何時斃れるか分からないので
作り置きの最後を入れておきます。
何せこのころな状況なにがあるかわかりませんので
銀河の星々を宇宙船で旅をする。そんなことは、夢物語。そんなことが出来るのは、映画やアニメの中だけ。夢想するだけ、ただの夢物語、現実では在り得ない世界。
私が人であったときの話。何年も、何年も前の話。天国に行ける可能性が髪の毛半分程度には残っていた時の話。人を辞める前の話。
今の時代の人には、到底理解出来ないかな。私が子供の頃、宇宙は見上げるだけの場所。夜空に瞬く星を見て、テラン以外の種族は居るのだろうかとか、映画やアニメをみて夢想するだけ、尽きぬ思いを馳せるだけの場所。
いや、人類が宇宙に行っていなかった訳じゃないよ。宇宙に行けるのは、ひと握りのエリートか、専門職の人間だけ、それか、浪費癖のある成金が行く場所でした。
もっとも、宇宙と言っても、今の時代の人が思いつく宇宙、例えば、恒星間や、銀河間なんていうのは、夢また夢。惑星から宇宙を見上げ、飛ばした無人宇宙船は、ようやくヘリオポーズ、太陽風と局所恒星間雲との境界線に到達しようとする程度。 有人に至っては、母星の衛星止まりで、ようやく隣の惑星に行こうかと計画されだしていただけ。
今、巷で狂戦士と称されるテランからは想像できないでしょうけど、マシナーとファーストコンタクトとしたテランは、母星を侵略されたら、即時滅亡するような、脆弱な種族でした。
銀河には、色々な種族が居ます。生命体の脳だけを欲する群体文明、奴隷制を維持し、新たな弱小種族を奴隷にしようとする種族、強欲な列強種族。
テランのファーストコンタクト相手が、マシナーで本当に良かった。
もし、下手な種族が侵略していたら。テラは、昼夜問わず侵略者と戦いを続ける、荒れた星になっていたでしょう。
いえ、幸運なのは、侵略できなかった異星種かもしれません。
テランにとって、2・300年戦争を続けるのは、難しいことではありません。歴史上、そのような例はテランの歴史では枚挙に暇がありません。
もし列強種族が我々テランの母星に侵略してきていたら、我々テランは、滅亡するまで、その喉笛に食らいつき、戦い続けることを止めなかったでしょう。
そして、もしその闘いの間に、宇宙に出る技術を手に入れていたら。今頃、この銀河中に、母星を侵略されて怒り狂ったテランがまき散らされていたでしょう。
今でも、敵対種族に対してなりふり構わない戦い方をするテランが、それこそ狂戦士となって、復讐鬼となってばら撒かれた未来、考えるだけで恐ろしい未来だったかもしれませんね。
そう思うと、他の種族は、テランと争いなくファーストコンタクトしたマシナーに感謝するべきしょう。
けれども、貴方達は肝に銘じておくべきです。あなた達は禄でもない種族を宇宙に呼び寄せてしまったのです。テランの諺で言うなら、あなた達は、希望という言葉が入っていないパンドラの箱を開けてしまったのです。
列強の勢力争いが9割、特定外来生物が1割。要するに自分たち以外の都合で、無理やり宇宙に押し上げられて、幾星霜。
手前味噌ですけれど、良くも悪くも、よく生き延び、よくここまで広大な世界に散らばったものだと思います。
我々を宇宙に押し上げた列強種族は、ご愁傷様。あなた達は我々を宇宙に押し上げるべきじゃなかった。
種族の生存のためなら、母星の中であっても躊躇なく核兵器を使用し、同族ではない同盟種族なのに、その植民惑星を侵略しようとする敵艦隊に分遣艦隊で暴れまくり、最後には惑星上で最後まで荒れ狂う。こんな頭のネジが外れたような我々を呼ぶべきじゃかった。
他の星間種族が、我々テラン、特にテラ軍を指す言葉として、次の言葉が有名です。
「我の後ろに敵は居らず、我の後ろは無辜の民。
我は斃れず、立ち続け、民は一人として欠けること無し。
斃れてはならぬ、諦めてはならぬ。
我は最後の一線、斃れること許されず」
けれど、この言葉に続きがあることを知っています?
「生き延びよ、どんな手段を用いても。生き延びさせよ、我が身に変えても必ず。
逃げきれ、卑怯と貶されても。
逃がせ、いかなる手段を用いても。後世に外道畜生より劣ると罵られようとも。
我は盾ならば、最後の一瞬まで、盾ならん」
今の時代の人には分かり難いと思うけれど、あの当時の私達は必至だったのです。本気で種族の絶滅に怯えていました。いつ滅びてもおかしくないと思っていました。
今の君達には信じてもらえないかもしれないけれど、私達老兵にとってVOAとの闘いというのは、「恐怖」そのひと言で全て表せるのです。
私達は君達と違って、VOAを知らなかった。それこそゲームの中だけでしか、その存在を知らなかったのです。
そして、列強種族の存在が、私達の恐怖に輪をかけたのです。VOAとの闘いがあるというのに、列強種族が弱小種族を襲い、隷属化させる。
私達から見れば、無茶苦茶な世界、何て恐ろしい弱肉強食の世界なのかと、その中でどうやったら生き残れるのか、それしか考えられない世界に突如、無理やり迎え入れられてしまったのです。
私達は、好きで狂戦士にも、悪鬼にもなったのではないのです。古い言葉ですが、悪には悪に成った理由があるのです。
今は禁止されていますが、私達は貴方達と違い、長命化処理がされています。長生きできることは、良いことじゃないかと言う人もいますが、私達にとってそれは、地獄でしかありませんでした。
いえ、当時からこうなることは分かっていました。長命化処理をしてしまえば、親兄弟、配偶者、子供、友人達との時間の流れが変わってしまい、同じ時を生きる事が叶わなくなるということは知っていました。
けれど、私達には手段がありませんでした。絶大な力、VOAから、列強種族や敵対種族から、家族を種族を守りきるための力を得る対価として、私達は悪魔と手を結びました。その結果、時の牢獄に囚われ、家族と切り離される結果になる事も分かっていたのです。
時の牢獄に囚われた私達は、悪夢の様なこの世界の中で、私達は、手段を選ばなかった。いや、正しくは選べる手段なんてなかったのです。
種の生存率を上げるためには、ありとあらゆる悪行に手を染めました。時には同族であろうとも見捨てたのです。VOAから見れば、不俱戴天の仇。敵対種族からみれば、悪逆非道の虐殺者、悪そのもの、悪夢の化身、見捨てられた同族から見れば、外道、畜生なのでしょう。
けれど私達は、それを是としました。そのように、敵対種族から恐れられる事に、喜びや、誇りを覚えましたし、同族に罵られても、只々、死兵の様に闘い続けました。
私達にはそれしか方法がなかったのです。まぁ、言い訳にもなりませんね。
貴方達には歴史の授業だったかもしれませんが、これが私達の人生なのです。後悔していないと言えば、嘘になりますが、人生とはままならないものです。諦めるというのは大事なのですよ。
たったひとつの惑星だけが生存域だった私達は、そうやって惑星上にしかなかった生存域を、更にその向こう側、宇宙の彼方、その境界の彼方まで生存域を広げていきました。
今では、我々テランは母星から遥か彼方250万光年先にまでその版図を広げ、更に広げ続けています。
我々は、絶える事なく、諦める事なく、今ある境界の彼方、その遥か向うまでその生存区域を拡大し続けるでしょう。
そして、VOAとの闘いも又同じく、絶えることなく、果てしなく、無限の場所で続けられるのでしょう。そして、悲しいことですが、強欲なる列強種族や敵対種族との闘いも未来永劫続いていくでしょう。
ですが、諦めてはなりません。知っての通り、我々テランは、執念深く、諦めの悪い種族なのです。必ずや訪れる平穏な未来を夢見て、VOAとの、強欲なる列強種族や敵対種族との闘いを諦めることなく続けていくでしょう。
我々テランは生き抜き、闘い続けることを止めないでしょう。貴方達もそれを忘れてはなりません。
今より、もっと遥か彼方まで、無限の彼方まで、境界の彼方まで、生存域を広げていくのは貴方達の役目です。貴方達は、無辜の民の盾なのです。平和な時代を手に入れるまで決して斃れてはなりません。闘いをやめてはなりません。
貴方達の輝く未来を祈って、卒業の挨拶に代えさせて戴きます。
貴方達に輝く未来あらん事を!
はぁ……。やっと終わった。私の役目ももう終わり。何て長いゲームだったのでしょう。最初は単なるネットゲームだったはずなのにね。
テランの同盟種族の方々、ハラハラドキドキ、胃が痛くなるような毎日からあなた達が開放されるのは、遥か彼方の未来になるでしょうけど、取り敢えず言える事は、まぁ、ご愁傷様、頑張ってね。
潔く諦めて、何をしでかすか分からない狂戦士のテランにつきあってください。そして、我々とあなた方達同盟種族との友誼が永久にに続きますように。
でも、思い返してみれば、この混沌の世界に我々を呼び込んだのはあなた達。だから責任は取って貰わないと困ります。ええ、我々は、執念深いのですよ。責任逃れは許しませんからね?
「じゃぁ、今日はよろしくね?」
「本当に、よろしいのですね?」
「ええ、決めたことだし。指折り数えて待っていたんですよ?」
「……わかりました。こちらの装置に入ってください。 あ……あのっ!」
「何かしら?」
「今までありがとうございました」
「あら、ありがとう。でも私だけじゃないわよ?今はもう居ない仲間が居たから出来たこと。貴方も仲間がいるなら大切にしなさいね?」
「は・はいっ!」
さてと、私は今日やっと延命停止処置を受けることが出来る。指折り数えて、待ちに待った停止処置。これでやっと還れる。みんなに会いに行ける。
この処置を受けたら、数日を待たずして昏睡、そして命の灯が消えていく。でも、やっと……、やっとこの日が来ました。
遥か昔、私がまだこの、性別も容姿も変わってしまったこの姿になったばかりの頃に居た妻や子供は、何年も前に鬼籍に入ってしまっている。当然よね、彼等はARISではなかったのだから通常の寿命で命が果てるのはあたりまえ。延命処理がされている私と違って、普通の寿命しかない。
役目とはいえ子供が先に老い、旅立っていくのをみるのは辛いものがあった。 しかし、我々ARISは一般人より優遇されている。この延命処理もその優遇されたひとつに過ぎない。
私達は戦い続けなければならない。襟の桜の誉にかけて、義務で、意地で、幾多の理由の下に歯を食いしばり、草を食み、泥を啜ってでも、何があろうと生き延び、テランを、同胞たる同盟種族をVOAや強欲な列強種族や敵対種族から守るために戦うのが責務。
けど、もう良いよね?休んでも良いよね?
長い年月を闘い続けて、もう知っている顔は、片手で数えられるほどしか居ない。櫛の歯が欠ける様に、ひとり、またひとりと逝ってしまった。
優しい婉曲表現で言えばMissing in Action、戦闘中行方不明。この広い宇宙で、この広大な銀河で行方不明というのは、もう居ないという意味。もう決して還って来ないという意味。
万にひとつの可能性がないわけじゃないけれど、そんな可能性なんて無いことは身に染みて知っている。世の中は優しくない。
だからと言って、私達に嘆き悲しむなんていう贅沢は許されない。嘆き悲しむ時間があれば、VOAと闘い続ける。涙を流す暇があれば、強欲な列強種族や敵対種族と闘い続け、一般市民、同盟種族を守り続ける。それが私達の誉であり、悪の化身である私達の贖罪。
けれども、それもあと少し。後少しでやっと終わる。
あの始まりの日から幾星霜、数えられないほどの年月が経ちました。長かった、本当に長かった。もう、少しだけど嘆き悲しむ贅沢も許されるよね?
病室の窓から見える桜が、本当に綺麗。嗚呼……こんなにも綺麗だったんだ。
桜をゆっくりと眺めるなんて、何年ぶりなんだろう?窓から風が、仄かな桜の匂いと、春の匂いを運んでくる。
先に逝ってしまった皆も、最後に桜を見たかったんだろうか?ごめんね皆、私だけ贅沢な最後の時間を過ごしていて。そっちに行ったら、色々話をしようね。またクエストに行こうね。
あと少しで、私も彼等の下へ旅立てられる。やっと彼等が眠る場所に行ける。彼等の遺灰の一匙が納められた墓所に、一匙の私の遺灰も納められる。
半径60cmの小さな墓所だけれど、彼等が居る場所に帰れる。伸ばした手の距離、誰かを抱きしめるだけの半径60cmの小さくささやかな世界に戻れる。大きくて広大な世界から、半径60cmのささやかな場所に戻れる。
半径60cmのささやかな世界が私を待っている。還れるんだ、皆の場所に。
「ただいま」
「おかえりなさい。ごはん先に食べてね。それと……」




