1-22-7 睡眠ポッド
「奪還からは何も生まれない」
「種族が違えど、面と向かって話し合えば、分かり合える筈だ」
命からがらメンディの植民星を脱出した後は、落ち武者狩りの如く我々を付け狙う多種多様な種族の私掠船を掻い潜り、追い払う日々だった。
ようやく中央星域に入り、安堵した我々を出迎えたのは労いの声と、意味不明なグローバリスト達のデモだった。
デモだけならまだしも、世界中のあちらこちらで、僕の考えた素晴らしい理念を押し付けるために、彼等曰く、抗議活動。所謂、略奪、暴行、破壊と好き放題に暴れていた。
「何故我々の活動を暴力を以って鎮圧するのか!このレイシストめっ!」
治安維持のために鎮圧すれば、何故か文句を言い返してくる
「この時代でも我が人種は差別されている。我が人種の忠告を聞かないとは、レイシストだな!」
言い訳をさせれば、意味不明な主張と、それ以上の反論は許さないとばかりに、批判する。
自分達の意見に同調しない者にはレイシストのレッテル貼り、批判を封殺しようとする始末。
「メンディ植民星の現政権のような、融和こそ世界が望む姿だ!」
まともな穏健派が居ると思えば、頭の中はお花畑。
「直ぐに暴力に訴える低俗なレイシストめ!我々のこれは略奪ではない。これは、長年抑圧され続け、奪われ続けたた我々の富を取り戻すための行動であり、正義だ!」
略奪行為を諫めれば、貧困から脱出しようと真面目に努力している人達が目を剥く様な自己の正当化を声高に主張する。
自分達の貧困が、何の努力もせず日々気ままに生き、犯罪に手を染め、まともな生活をしなかった報いであることから目を背け、自分達は悪くないと叫ぶ。
時には人種差別を、時には性差を錦の御旗にして利用し、楽をして他人の地位や資産を手に入れようとするだけの単なる犯罪者達の戯言。
ひと昔前ならば、そんな戯言を叫び、暴れても短期間の勾留程度で釈放され、運が良ければ「不当拘禁だ!」と叫ぶ姿が報道されて、仲間内で英雄扱い。
「おい!何をする離せ!やめろぉぉっ!」
治安機関が船団に身柄を引き渡すなんて、無かった。
「なんで引き渡されないと思ってたんだろうなぁ?」
「そりゃ、今までは人種差別主義者って叫べば、報道機関が挙って治安機関や政権批判をして助けられていたからだろ?」
「現実を認識できない人間ほど哀れなものはないねぇ……」
崇高な運動に身を捧げる君達は理解出来ていないのだろうが、我々は余裕がないのだ。君達を利用した他種族による社会不安の拡大などを放置しておけるほど強大ではないし、それをゆっくりと君達に説明している時間も資源も無いのだ。
「あいつ等のために、移民専用の睡眠ポッドが大量に使われるってのは、理由は理解しているんだけど納得できないよなぁ」
「まぁ、気持ちはわかるが、必要な設備投資と同じと思えばいいさ」
決して褒められた行動ではない。未来の学校で我々は鬼畜と言われるだろう。だからと言って、君達を放置し続け、資源を消費され続ける訳にもいかない。
ならば、君達が声高に主張している事を自分達でやってもらえばよい。我々は君達をほりだせる、君達は自己の主張を自ら行うことが出来る。
何が悪いのだ?声高に御高説を唱えていたのは君達だろう?楽しみだろう?
「軌道変更。左舷にHIVEインビンシブル、襲撃機発艦中。襲撃機発艦中。交差軌道に注意せよ」
武力などスレクラの2割程度、ただ何処にも隷属せずに生き延びてきただけで、列強面をする奴等の植民星系をひとつ潰しに行く。
嗚呼……、この日が来るのを、一日千秋の思いで、指折り数えて待っていたよ。
「作戦開始励起信号受信。カウントダウン開始。Shadow Corridor発動。120時間後に抜錨」
域内で「対話と融和」を唱えていた自称活動家達は、列強から金を貰って扇動していた裏切者達共々一斉検挙された。
あいつ等に作戦がばれる可能性も低くなった。多分、大丈夫。このまま作戦は続行される筈。
「機動工廠8B桟橋へ接岸する。軌道変更。相対速度に注意」
さて……と、上陸したら何をしようかな?
「進路前方下方、強襲降下艦。何じゃこの数は?」
「あー、結構な人数降ろすらしいから」
裏切者共と犯罪者の屑共め、お前らが次に目が覚める場所は重力井戸の底だ。
「接舷後は3交代で休暇とする。羽目を外しすぎないでね」
とりあえず何かお腹にいれたら、展望ラウンジでちびちび飲みながら時間でも潰すかなぁ?
「5、4、3、規定時間到達。中止命令無し。作戦続行。現在時刻0100、敵警戒域への到達予定時刻0300変更なし」
同胞殺し、狂戦士、復讐鬼、蒼い悪魔、エトセトラ、エトセトラ。かくも多彩なふたつ名を授けらるとは、誉るるべきかな我が種族は。
「各員、アーマー装着を再確認せよ。各員、アーマー装着を再確認せよ」
先に手を出してきたのはお前達だ。自分達の攻撃は良い攻撃で、我々の反撃は悪い攻撃とでも言うのかい?なんて甘いんだお前達は。
「1分後に隔壁を閉鎖。各員、注意せよ。1分後に隔壁を閉鎖。各員、注意せよ」
楽しみだ。本当に楽しみだ。もう少しでお前達の星に到着だ。そして本当の戦争を教えてあげる。
我々からすれば、列強同士の戦争はなんとも生温く見える。彼等は戦争と言うが、同胞同士で血で血を洗う戦争を延々と繰り広げてきた我々から見れば、彼等の言う戦争とは、どう贔屓目に見ても戦争ごっこにしか見えない。
列強同士の戦争とは、相手域内での市場格闘のための経済活動にしか過ぎない。殲滅戦などと言うものは愚の骨頂。
確かに列強以外が相手であれば殲滅戦もあるが、列強同士の場合は余程の愚物でない限り、戦後の市場活動のために敗戦側に十分な余力を残すのが常識。
「あいつら!戦争を何だと思っているんだ?!、軌道工廠を堕とすなんて何を考えているんだ?!もう一度呼びかけろ!」
「駄目です!テラン、応答しません!」
休戦を打診されたら例え優勢であったとしても休戦に応じ、その時点の優劣で紛争後の処理が行われるのが常識。ましてや軌道工廠や、軌道港を堕としにかかるなどは、常識の埒外。
「?!、重力制御どうした?!」
「重力制御停止!再起動しません!」
「き・軌道制御停止!」
噂では列強同士の戦争は温いらしい。マシナーに導かれ銀河社会に乗り出した初期、新参者として見下されていたテランは、列強から言い掛かりを受ける事は日常茶飯事。故にそんな生温い戦争を我々は知らない。
誰かが言っていたっけ、高度科学技術が必要な宇宙航行時代になれば戦争は無くなる。何て無垢な夢だ。この世はそこまで甘くない。
仕掛けられる紛争は常に背水の陣、敗戦それ即ち隷属か滅亡だった。種族の生存をかけ死にもの狂いに行うものだと、数え切れない同胞の命を対価にして学んだ。銀河社会も地球と同じ、熾烈な生存競争の世界だと魂に刻んだ。
「軌道港、軌道逸脱。降下中。1時間後に大気圏に突入」
ふん。真面目に戦争をしないからこんなことになるんだ。
この宇宙は差別と利己主義で成り立っている。この宇宙は厳しい。自分の考えた最強の平等主義。そんなものは路傍の石よりも価値がない。
理解出来ねば己が命で贖うしかないのがこの世界。理解していても、敵国民であれば簡単に奪われる命。
今も墜ちていく軌道港の中で何千人もが、そうやって死んでいく。
「強襲降下艦、降下軌道に遷移開始」
殲滅するのは簡単だが、殲滅させる気は無い。生き残った方が辛い場合もある。
軌道上の人工物は全て地上に叩き堕とした。空港湾港等の交通設備には、準光速質量弾を撃ち込み破壊も完了。先ほど最後の首都宇宙港を破壊したところだ。
これで君達は、重力井戸の底から出られない。
文明的な生活の基礎となる大規模発電施設に、浄水設備、食料工場群にも同じように準光速質量弾を撃ち込んだ。周りの無関係な施設や住居も破壊されたが、誤差範囲というものだ。
存分に自然環境を味わってね。
「強襲降下艦より操舵員の脱出を確認。強襲降下艦オートパイロットに移行」
少しばかり手が滑って、準光速質量弾を活火山に間違えて叩き込んで、噴煙があちらこちらで上がっているみたいだけど、間違いは誰にでもある。
設備を失った君達は非文明的な生活をせざるを得ない。今後は、屋外活動は必須だろう。数年ほどは日照不足に悩まされるかと思うが、日焼け止めが要らなくなるんだ感謝して欲しいな。
「強襲降下艦の操舵員の乗船を確認。離脱します」
「強襲降下艦、降下開始まで、後60秒」
足りなければ人から奪えば良いとしか考えない犯罪者達、それを政治信条の為に利用し庇いだてする腐った政治家崩れに構うほど暇ではないのだ、私達は。
「睡眠ポッド励起状態に。奴等を覚醒させろ」
君達のために、睡眠ポッドを約5万個も消費する羽目になった。艦に至っては、惑星上に降着させる都合上、30隻も潰すことになる。
将来の禍根を無くすためとはいえ、なんたる贅沢、何たる無駄。
さて諸君、熟睡していたところを叩き起こされ些か朦朧としているかもしれないが聞いて欲しい。
降着場所は彼等の首都近郊、迎えの船が居るのは首都宇宙港だ。
首都宇宙港までの道程、思う存分にご高説を叫び、ロジーク達と話し合って欲しい。
君達が不当に奪われた自分達の富はその道程に転がっている。選り取り見取りだ、頑張って取り返して欲しい。
「強襲降下艦に対空砲が着弾していますが、シールドで弾いています。降下に影響なし」
若干揺れが激しいだろうが、もう少し我慢して聞いて欲しい。
彼等は君達の言うことに耳を貸さないかもしれない。富の回収に抵抗するかもしれない。殺そうともしてくるだろう。だが、頑張ってくれ。
「準光速質量弾着弾、最終グループの着弾を確認」
「攻撃命令解除。艦隊防衛体制に移行」
ではあと少しで、君達の船は降着する。彼等が雪崩れ込んでくるかもしれないが、君達が暴動・略奪まで行って我々に要求した対話の時間だ。
待ち遠しいだろう?
とはいえ、彼等が雪崩れ込んで来る前に、着替えと武装をお勧めする。衣服や武装は睡眠ポッドの物入れに入っているので、確認して欲しい。
さて、我々は今から脱出して漂っている仲間を見つけないといけない。少しばかり忙しくなるので、お暇させてもらう。
「これより救難信号傍受体制。各員あらゆる変調に注意、聞き逃すな」
最後にもう一つだけ、言い忘れていたよ。未来永劫、君達を迎えに行く者は居ないけどね。何せ首都宇宙港も、軌道港も何もかも存在しないからね。
「現時点の行方不明は何人だ?」
「58名!」
「良し!絶対に聞き逃すな!絶対に国に連れて帰るぞ!見捨てるな!」
「イエス、マム!」




