1-22-5 誇りに賭けて
「あの……。いつ、あの大型輸送車に乗ってシェルターに移動するのでしょうか?」
「もう少し待っていて下さい。あと建物から顔を出したりしないで下さいね、ロジークのドローンに見つかる可能性が高まりますから」
郊外の森を少し入った所に、崖の傾斜や窪みを利用して作られた倉庫がある。閉じてから大分時間が経ったであろう地衣類が張り付いた無骨な金属製の大型扉、地衣類が倉庫内に侵入しているのが見て取れる、半開きの通用ドア。
倉庫の中は掃除してあるが、どう見ても打ち捨てられた場所。木々の隙間から時々ロジークのドローンが見える。そんな場所で、不安にもなる。だからと言って、直ぐにシェルターに移動させる訳にもいかない。輸送車に乗るのだって手順を踏まなければならない。
「雷雨が近づいてくる」
「さ……てと!搭乗前チェックやるかね」
雷雨に紛れて局所ジャミング。やらないよりはましな対策だが、少しでもジャミングしていることがばれないなら、それで良い。
「今日は、多いな」
「ああ、5組も来たなんて珍しいな」
「だな……」
皆、分かっているけれど言わない。あの中の何組かは確実にスパイだ。この場所が入口だと最終確認するために送り込まれた政権側のスパイ。
惑星内、特に都市近郊の制空権は、自動工場から続々と吐き出される自立迎撃機のお陰で拮抗している。
ロジークを招き入れた現政権側はシェルターの場所を知らない。ロジークに徹底抗戦している私達と、ロジークから逃げている反政権側の者達を見つけ出したい、自動工場の場所を吐かせたく必死だ。ロジークも同じ考えだ。
ああ何て素晴らしい世界。私達はこの星の中で2種類の屑と、裏切者の屑野郎共と、単なる屑野郎共に対応しなければならない。
ロジークのドローンは避難民、政権側のスパイを区別しない。単純に、都市から逃げようとするものを無差別攻撃する。まともな武装の無い避難民にとって、ロジークのドローンに出会うのは死と同じ。
なのに、良くやる。洒落にならない損耗率に怯むことなくスパイを送り込もうとする、その意欲と情熱に感動する。そこまで侵略者に献身的になれる偏った信条に慄きを覚える。
裏切者というのは、なぜ自分達は大丈夫だと思うのだろう?自分達がやる事、言う事は正義であって反論は悪。本当に狂信者というのは恐ろしいものだ。
侵略者達がこの地を占領したら、裏切者達は真っ先に抹殺されるというのに。同胞を金で売る様な裏切者、そんなリスクの塊みたいな者を生かしておく訳がないだろうに。
「そろそろ、移動準備を始めますので、ひとりずつ除染室に入って下さい。子供連れの場合は、大人がひとりだけ一緒に入れます。ひとりだけですよ!」
「はい、では入って下さい」
今日は何人、除染室から輸送車に偽装された入口を通りシェルターに行けるのか?あの中で、何人が化けの皮が剝がれ、スパイとばれるのか?懲りない奴等だよ。
奴等は忘れている。ここに居るのはテラン主体の部隊。いつものトリア主体の部隊じゃない。テランは己が生存を脅かす裏切者に、情けを見せない。
死体の処理って面倒なんだよね、本当に面倒。
「入口のチェックで、避難民として紛れ込もうとして摘発される政権側のスパイが急増しています」
少し前まで彼等は泡沫政党だった。虎視眈々侵略の手を伸ばしてきていた侵略者と手を結び、侵略者から湯水の様に注がれる豊富な資金力を背景にして、急速に勢力を伸ばした似非博愛主義者共がこの星の政権を取った。
その結果は直ぐに表れた。金の亡者共と狂信的な支持者、将来の事が予測できなかった日和見主義者達によって、この星は蹂躙されようとしている。
どうだね君達?自分達の意見に従わない者を差別主義者呼ばわりし、悦に入っていた似非博愛、似非平等主義者の諸君。君達が迎え入れた友人達に撃たれるのはどんな気分だい?
「概略の場所は、把握された。そう思って良いのでしょうね」
「はい、そう思います。場所を完全に把握される前に、脱出する時期が来たと考えます」
この星に入植したころのメンディの先祖には感謝している。彼等が此処を作らなければ、私達は生きてはいない。
元々は入植地近くの崩落が多発する危険な大地峡だった。その大地峡も大崩落によって埋まってしまった。というのは当たり障りのないバックストーリー。
本当は、大地峡に崩落した様な偽の屋根をかけて、いざという時の避難場所を彼等は作った。
政権移譲時に、この場所の事は現政権に伝えられなかった。褒められる事ではない。けれども市民活動家上がりの現政権への政権移譲時に、彼等の異常性に気づき、シェルターと自動工場の場所を秘匿した前政権と防衛軍には感謝しかない。
お陰で私達は、自動工場から吐き出される自立迎撃機でロジークに嫌がらが出来る。そのお陰で、僅かではあるけど逃げてくる人達を保護出来る。
現政権を支持していた者達、日和った者達がどうなろうと知ったことではない。自分達が引き起こした問題は、自分達で解決してもらうしかない。
それこそ、彼らがお題目の様に常に唱えていた大人の対応、大人の行動というものだ。
「シェルターに到着するのは、最近は2日に1組いれば良い方です。そろそろ、遅れて集合してくる避難民は居ないと割り切るべきでしょう」
「流石にもう限界かしらね?」
「残酷かもしれませんが、入口の破壊をする時期になったと思います」
この星の大都市である第1都市と第2都市の近くにシェルターは、正確にはシェルターへの移動施設の入口がある。
大都市居住者以外は、自力でこの入口までやってくるか、それか大自然の中に隠れ潜んでもらうしかない。我々の手はそこまで長くはない。自分達と、ときおり合流してくる避難民の保護で手一杯。
味方は此方に向かって来ているだろうけど、時間は待ってくれない。現実は厳しい。だから、味方がやってくるまでシェルター所在地の秘匿は保たれ続ける。そんな、都合の良い未来は期待していない。
強行突破するしか無いのは、分かっている。大量の自立迎撃機の合間を縫って急速離床すれば、恒星系からの脱出も不可能じゃない。
シェルターに係留されている2隻の高速輸送艦には、1隻辺り2000人程度は詰め込める筈だ。避難してきた人達だけなら、充分にお釣りが出る。
ほんの一滴に程度しかならないのは分かっているし、自己満足なのも分かっているけれど、絶対に渡してなるものか。
4隻全てが恒星系を脱出できるとは思っていない。人生はそこまで甘くはない。誰かが強行突破に成功して逃げ切れる。それで充分よ。けれど願いが叶うなら、たまにはハッピーエンドが欲しい。
最近はシェルター新しく入ってくる者は居ない。逃げているのは知っている、けれど殆どがここに到達できないのだろう。ロジークのドローンと現政権の屑共は、都市から逃げ出す者に容赦がない。
家族連れならば、家族全部が、グループならグループ全部が全滅するまで諦めない。一部だけが生き残る、余程の幸運に恵まれない限りは、そんな事は起きない。
もう潮時かもしれない。シェルターの入口近くに人影が見える。飽きもせず、諦めもせず、肩を並べて入口を凝視する人影が見える。
「また入口の近くに居るわね」
「キルゾーンには入っていません。その点は警戒当直に徹底させています」
「まさかあの子達、あそこで夜を明かしてはいないでしょうね?」
「その点も徹底させています。また昼食はあそこで食べさせていますが、朝食夕食は食堂で、夜間当直との交代時間の際に宿泊ブロックまで連れて行き、就寝まで確認させています」
「あの場所から退く気はないのでしょうね」
「ええ……あそこですと、上から入口を見通せますから。後から来るって言った、お父さんとお母さんをここでお迎えするんだって言ってます」
もう覚悟を決めるべきなのだろう。いつかは言わないといけない。あなた達のお父さんとお母さんはあの屑共に殺された。だから来ない、永遠に来ないって誰かが言わなければいけない。
後から必ず行くから、手をしっかり繋いで後ろを決して振り返らないで走りなさいといった、あなた達のお父さんとお母さんは、もう居ないと言わなければならない。
けれどその後は?教えたその後はどうすれば良いの?ああ、こんな時に嶺が居たら何て言うんだろう?お気楽ご気楽のほほんに見せかけて、実は沈着冷静なあの娘が居たら何て言うだろう。
取り敢えず、気持ちを切り替えて、冷静な顔をしてこう言うんだろうな。
「自動工場をフル稼働に。そして入口を爆破、内壁閉鎖。輸送艦の出港準備を開始。脱出準備を始めます。避難民達にも準備を始める様に通達して」
「アイマム」
まだ逃げている人達よ、許して欲しい。手が長くない私達を許して欲しい。君達を守る大きな翼なの無い私達を許して欲しい。君達を置いて、自分達だけ逃げる私達を許して欲しい。けれど、約束する。必ず仇は取る。必ず。
「あの子達には私が言います」
「……アイマム」
幼子が見せる目ではない、怒りに燃えた目で私を見上げなさい。あなたが繋いだ妹の手を絶対に離さない様にしなさい。私を恨みなさい。恨みは生きる活力になる。この星を出て安全になるまで、私を恨み続けなさい。
「うそつきっ!くるっていってたのにっ!」
「……(ごめんね。嘘を言ってごめんね。何を言っても後の祭りって分かっているけれど、ごめんね)」
「う……ぞづぎっ!」
ああ、ロジーク。お前達に絶対この子達を渡してなるものか。テランARISの誇りに賭けて渡してなるものか。




