1-22-3 撃墜
よくよく考えたら、ロジークとはねぇ……。因縁の相手にまた此処で出会うとは、私も運が良いのか悪いのか。
あの日、CM撮影の後も、何故か継続している定期転写を終え、ひとりだけ先に地表に帰る私を乗せたシャトル便は撃墜された。
私はシャトルと共に粉微塵になった。恐らく即死、乗っていた私は、何が起きたか気づく前に死んでいた筈とのこと、それだけが救い。
撃墜された理由は、本当にくだらない理由。街路で見かけた私に声をかけたが、無視された。それが許せなくて、私が乗ったシャトルを撃墜した。列強種族である私を無視したのだ、当然の報いだと、拘束されたロジークは喚き散らしていたらしい。
あの日、私は生まれついた時から一緒だった肉体に別れを告げ、仮の生義体を経て、完全調整体になった。
私は今、戦闘艦に乗って地球から遥か彼方の恒星系に居る。今更ながら、私は嶺に感謝している。なぜなら、今私が此処にいられるのは、インプラントをしていたから。なし崩し的にメンバーともに、生義体のCMに出ることになったから。
「本日は、CMの企画に快諾して戴きまた、インプラント施術に足を運んで戴きありがとうございます」
「あ……、いやそのどうも、よろしくお願い致します?」
「では、あちらで先ず着替えて戴きます」
「はぁ?へぇ?」
ところで、なんで、私はこんな所に居るんだっけ?
「香さん行くよー」
そう!なぜ私まで?なぜしがないマネージャーの私が巻き込まれているの?意味わかんないし!いや、現実逃避はよそう。原因はこの目の前に居る、のほほんとした雰囲気で周りを惑わしているシュークリーム魔人だ。
嶺の巧妙な発言に気づかなかった私が馬鹿だっただけ。「ここに居る、私達、全員でやるなら!やります」その全員に私が入っているとは、これまた予想外。
ええ!確かに「ここに居る、私達」であって、「ここに居るメンバー全員」じゃなかったわね。
何が、「香さん、こうやって詐欺というのは実行されるんです。今度から気を付けましょうね?」だっ!嶺っ!あんた、後で覚えてなさいよ!
「大丈夫ですからね。ナノボットを入れる針が差し込まれる時はチクっとするかもしれませんが、大丈夫ですからね。チクっとしかしないのは、麻酔が効いている証拠ですからね」
そんなこと言われても、怖いものは怖い。大体「チクっとするだけだから、大丈夫ですからねぇ」は、歯医者で言われる嘘の筆頭だし。そして大抵、物凄く痛い。
「はい。そんなに固まらないで、リラックスして下さいねぇ」
緊張するな?無理を言ってもらっても困ります。あの?帰っていいですか?
「香さん、諦めようよ。ちょっとチクってするだけだからね?」
あんたぁ!自分が終わったからって、余裕じゃないさぁ!嶺~っ!覚えてろぉぉっ!
生義体へ精神を転写させるには、インプラント施術が必須。このインプラントがないと、どうにもならない。母体に注入されたナノボッドが母体の頭蓋骨内面に作る膜の様な物、これがインプラント。
このインプラントが脳の活動をコピーし、保存し、そして一定期間毎に接続された機器に転送、そして転送された脳の活動、要するに記憶は生義体の量子脳に転写される。
仮に頭蓋骨を断面にしてこのインプラント見ると、鏡面の様な銀色の膜が貼っていて、そこから目に見えるか見えないかの細かい針がウネウネと曲がりながら脳内に向かって無数に伸びている?!……やっぱ、やめようかな。
「はい、じゃぁ装着しますよぉ」
ナノボットを入れたからといって、インプラントが終わったわけじゃない。後2回注入して初めて、注入されたナノポッドがせっせと私の頭蓋骨の中にインプラントを作り始めるらしい。それも余分な脂肪を消費しならが!嗚呼!何て!何て!素晴らしいのかしら!
「はい、とりあえず1回目のナノボットは入りました。初期膜を形成するまで1週間程度かかります。3日後に2回目の注入をして、更に3日後に最後の注入をするので、忘れないで来てくださいね」
ああ、何て面倒なんて思っちゃいけない。贅肉が減るのよ!贅肉がぁ!頑張れ私。
ナノボッドを複数回に分けて注入するのには、ちゃんとした理由がある。一気に全量のナノポッドを注入することも出来ない訳じゃないけれど、高熱が出るので、余りお勧めではないんだそうな。
例えば、1次ARISの時は、睡眠中の素体の部屋に忍び込み、一気にナノボットを注入した。その結果、素体の人達はナノボットが急速にインプラントを作るため、高熱に苦しんだ。
「何の為に、我々がインフルエンザのシーズンに注入したと思っているんですか?」
そう、インフルエンザによる高熱と偽装させたとのこと。考えてみれば無茶苦茶な事をやっているわけで……。
「我々も、時間の余裕が無かったのですよ。対VOA的にも、対列強種族的にも」
まぁ、そう言われてしまうと納得しない訳にもいかず、さらに私はその当事者、1次ARISでもなんでもないので、文句を言う権利もない。
ま、いずれにしても、複数回の注入であれば高熱に苛まれるわけではないのだから、後2回注入するのは我慢できる。
「はい。これで最後の注入が終わりました。これから2週間程度で膜が形成されると思いますので、2週間後に診察に来てください」
膜、インプラントが出来たら、5日毎にここに来て記憶を転送する。それを半年は続けなければいけない。
量子脳への転写は、言えば簡単。けれど実際は凄く大変で、短期間ではできない代物。少なくとも半年以上の反復した複写、転写を繰り返す期間が必要。なぜなら、この転写は一度に全て完璧に行うことが出来ないから。
まあ、これも語弊があって、一度で出来ない事はないけれど、リスクが増加するから普通は行わない。このリスク、準備期間が短ければ、短いほど増加してしまう。じゃぁ、準備期間を延ばせばリスクは無くなると思うのが普通だけど、延ばしても意味はなかったりする。半年以上の準備期間を持つことは余り意味をなさないんだそう。理由?私にそれを聞くのが間違っていると思う。
「はい、今回の分は終わりました。あと若干、お肌が荒れていたので調整しておきました」
これよっ!これっ!エステ込みでございますよ奥様。5日毎にエステに来ていると思えば、面倒なんて、思わない、思わない。げほげほげほ。
さてと、準備期間を十分とったら、さてこれで準備万端とはいかない。未だ最後のリスクが残っている。転写した記憶の一部が欠落してしまう可能性が残っている。
この最後のリスクを消す方法は未だに見つけられていない。けれど大した問題じゃないともいえる。そもそも人の記憶は欠落するもの、普通に生きていたとしても、忘却してしまうことがあるから、所謂、物忘れというもの。
それに、先ず起こらない。可能性としてリスクが無いというのは無責任なのでという理由で、説明されるリスク。
最後のリスクを物忘れと同じと考えて無視すれば、意識転写に伴う移行リスクは限りなくゼロに近い。だから怖くないと言えば、嘘になるけど、他に手段が無ければ、この手段を取るのも理解はできる。
私達の場合は、インプラントの施術は行うし、記憶の転写も行うけれど、生義体への完全移行はしない。
転写技術の応用で、生義体を傀儡として動かす方法を使うらしい。まぁ、TVが嘘を伝える事はよくある事、気にしたら負けよ、負け。
ところで、この遠隔操作方法、一般的に使われる予定は無い。生義体を傀儡として動かすためには、肉体を保持する機械、傀儡を動かすための機械と大がかりになるため、コストパフォーマンスが悪いどころか、最悪だからとのこと。
考えれば、半年以上の制作期間を必要とするCMなのよね、これ。診察に来る日もギャラを出してくれるという言う太っ腹。とは言え、CMとして使う分には、ARISへの忌避感を下げるという意味では、費用対効果として十分妥当になるんだそうで。
CMに使われる素体が若い女性それも、CUBEなら、尚更コストパフォーマンスの悪さに目を閉じられるとのこと。良く分からないけど、そうなのでしょう。うん。
いやいや、傀儡で動かすなら、記憶転写不要じゃないのか?って思うよね。なんでも傀儡で動かす場合でも、ある程度の記憶の一致が無いと、不具合を起こす事が多いので云々らしい。何か良く分からないけど、そうなのでしょう。うん。きっと、たぶん大丈夫。
定期的な診断を受け続けて、気付けばそろそろ半年になる。次回は傀儡を動かす練習をして、来月にはCMのクランクイン。再来月には公開予定となった。
あの娘達はどうかとして、単なるマネージャーの素人の私まで一緒に出て良いのかなぁ?
未だに解せないけど、愚痴を言っても仕方がない。せいぜい頑張りますか。
いつか、あんた達の惑星に強襲降下してやる。覚えてなさいよ、ロジーク。今は、この惑星上であんた達を待っていてあげる。
「惑星近傍に敵の残存無し」
「上部砲塔破損。復旧不可能」
「シールド、85%」
「負傷、死亡無し」
「本艦の位置。高層大気圏下層。さらに降下中、中層大気層まであと僅か」
「星系内に、重力波多数。敵、第3派と思われます」
ねぇ?知らないでしょ。この惑星の植物相はね、薄暗い世界でより効率良くエネルギーを得るためか、探査レーダや、通信波を妨害するの。
だからね。あんた達は、私達とこの惑星上で、列強種族であるあんた達が遥か昔に忘れてしまった地獄の密林戦を薄暗い世界でするの。
ああ、良いことを教えてあげる。私達テランはね。特に私の祖先はね。夜間戦闘がやたらと強い民族なの。
「各員、脱出ポッドにて惑星表面へ離脱。脱出ポッドは2回に分けて射出する。地上に到達後は、別命あるまで各個戦闘。シェルターを目指せ。可能ならば味方と集合して戦え。
なお、勝手に死ぬのは許さない。あらゆる手段を用いて、生き残れ、そして戦え。シェルターに避難した同盟市民をひとりも奴等に渡すな。我々の恐ろしさを奴等に味合わせてやれ」
「「「イエス、マム!」」」
こんな所で、死んで堪るもんですか
泥を啜り、草を食み、這いずってでも生きて還ってやる。必ず、ロジークに復讐してやる。一度ならず二度までも堕とされた、この恨み覚えてなさいよ。
「脱出ポッド第1波と共に、自爆シークエンス開始。艦を絶対に奴等に渡すな」
「第1波射出完了、第2波射出準備!」
【自爆シークエンス開始。搭乗員は速やかに退避して下さい。自爆まであと180秒。搭乗員は速やかに退避して下さい】
「第2波射出開始」
「艦長、後はこのブリッジのみです」
「わかった。では、全員退避しましょう」
【自爆シークエンス開始。搭乗員は速やかに退避して下さい。自爆まであと170秒。搭乗員は速やかに退避して下さい】
覚えてなさい、地上で地獄を見せてやる。そして仲間達が来て宇宙に戻ったら、必ずお前らの何処かの惑星に強襲降下して、地獄を、煉獄を作ってやる。
【自爆シークエンス開始。搭乗員は速やかに退避して下さい。自爆まであと80秒。搭乗員は速やかに退避して下さい】
ふぅ……。久しぶりの惑星上のピクニックを存分に堪能しましょうかね。
『脱出ポッド射出まで、5,4,3,2,射出』
「コンピュータ、降下予定位置を教えて」
「降下予定位置は、シェルターの南西、12km。都市外縁、森林地区との境です」
やれやれ、ちょいと厄介な目立つ場所に降下しちゃうかもねぇ。ま、頑張りましょうか。
【自爆10秒前、8,7 ……】
さよなら、白雪。あなたは良い艦だったわ。
【……4,3,2,1】
「ドローン、通過しました」
畜生、ロジークの偵察ドローンめ、しつこいったらありゃしない。この根性無しのロジークめ。とっとと、自分の脚で降りてこい!
「大丈夫、絶対にお母さんのところに連れて行ってあげるから」
「子供の抱っこの仕方、下手だなぁ~」
「はぁ?何で山賊みたいなあんたが、そんなに抱っこ上手いのよ!」
「そりゃぁ、これでも4人の子持ちだからねぇ」
な……んですって?!この私ですら結婚していないのに、この山賊が妻帯者ですってぇ?!




