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1-22-2 往還許可証

「本当に、よろしいのですね?」

 ああ、何て馬鹿な質問をしないといけないんだ。両親のこの目を見れば、断るなんてことをしないのは自明の理じゃないか。

 分かる、事前に十分に説明し承諾書を得る。施術したことで起き得る訴訟リスクを下げるために、この承諾書が要るのも分かる。

「私が、今説明したリスクは十分理解しましたか?理解したなら、この承諾書の内容もよく読んで確認してから署名して下さい」

 ああ、本当に馬鹿らしい、この両親が承諾書の内容なんて読まずに署名するのは分かっているじゃないか。彼等にとって、(わら)をも(つか)む施術を断る訳がないじゃないか。

「待ってください。署名をする前にもう一度、よく考えて下さい。本当にお子さんにこの施術を行うのですね?」

 調整体への移行にリスクが全く無いとは言えない。誤解を避けるために()えて言えば、肉体という意味の調整体への移行にリスクは無いが、精神の移行、転写にリスクがある。その意味でリスクは有る、ゼロではない。

「理解しています。先生、よろしくお願い致します」

「わかりました」

 それを勧めた私は、彼等(かれら)には天使の様に見えているだろうが、その実体は悪魔なのかもしれない。


 人生が激変することは、悪いことか良いことなのかは分からない。激変してしまった当の当人がその変化をどう捉えるかだけだと思う。

 私の場合は、悪くもあり、良くもあり、どちらとも言えない。ただ、はっきりと言えるのは、私の人生はあの時を境に想像以上に変わったし、過去の私が想像した以上に変わってしまったのだろう。


「香さん!香さんってば!凄いよ!宇宙船居るよ!宇宙船だよ!」

 いや(れい)……、それ当たり前だからね?ここ宇宙港だからね?宇宙港に宇宙船が居ない方が困るからね?あんた時々、超しっかり者から、お馬鹿になるよね?


 少し倍率の高い望遠鏡で夜空を(あお)ぎ見れば、世界中の何処からでも、地球近傍(きんぼう)軌道に居る母船を見る事が出来る。

 先進国、正確に言えば、日本の同盟国の首都か首都に近い湾岸都市に行けば、母船との間を行き交う揚陸艇、時には小型の往還(おうかん)型の宇宙船を見る事も出来る。

 少し前なら、今目の前に広がっている世界は、夢物語、SF映画やドラマの様な世界。そう、私は今、元羽田空港と呼ばれた、今では船団関係の航宙艇か航宙艦がひっきりなしに行き交う宇宙の玄関口、羽田宇宙港に居る。


 CUBEのメンバーが調整体や生義体への偏見、風評を無くすためにCMに抜擢(ばってき)された。まぁ、ここまでは分かる。CUBEは、ある程度は、売れているグループだし、若年層はおろか、中高年層にも知られていて、影響力が大きいからね。

 今回のCMはこの調整体や生義体への移行について、変な噂「別人になって、過去の記憶が全くない」という風評を消すために行うそう。

 とは言え、似たようなグループは他にもある中、なぜCUBEが抜擢されたかというと、ARISの広報担当者が偶然見ていたTVで、満面の笑顔で、シュークリームを両手に持っている(れい)の姿が目に焼き付いたかららしい。良かったね(れい)、ファンがひとり増えたよ。


 なんやかんやで、今日、私達は撮影前の準備として、インプラントを施術に来た。怖くないかと言えば、嘘になるけど、次いでに健康診断も実施して、不具合ある部分は直してくれるらしいので(美肌も含むのよ!)、全会一致で可決された結果、此処にいる。


「皆さん往還(おうかん)許可証をお持ちなので、次回からは個人負担になりますが、まぁ負担といっても、往復400円程度ですけど、往還(おうかん)艇で自由に往復できます」

「400円程度ぉ?!母船と地上の往復が、そんなに安いの?!」

「通勤、通学とか色々ありますし、地上に残っている友人と会うとか、地上とのしがらみを一切断ち切るなんてのも無理ですから。あ、お得な通勤や、通学定期券もありますよ?」

「始発と終電って何時なんでしょうか?」

「早朝、深夜は1時間に1本往還艇がでています。基本的に24時間大丈夫ですよ」

「「「ほほぉ。これで飲んで遅くなっても……」」」

 はぁ……、あんた達ねぇ……。

 そうそう、インプラントCMのお陰かどうかは分からないけれど、CUBEのメンバーと私の各々の家族は、私達と同じように、母船居住許可、それもシングルナンバーズへの居住許可が貰えることになっている。

 宜便(べんぎ)供与?役得(やくとく)?だから何?シングルナンバーズの母船への居住許可よ?断る訳がないじゃない。

「宇宙と地球が通学・通勤圏内って……。すごい時代になったもんよね……」

「ですよねぇ……」


 このホログラムの入ったカード状の往還(おうかん)許可証は、それを持たない人達からすれば垂涎(すいぜん)(まと)。場合によっては強奪(ごうだつ)の対象にすらなる。

 なので、友人、知人にだって余り見せびらかすものではないし、自慢して吹聴(ふいちょう)するものでもない。世の中(ねた)(ひが)みが一番怖いからね。

往還(おうかん)許可証を奪われそうになったら、そのまま渡して下さい」

 船団からは、何度も言われている。

 往還(おうかん)許可証は実は(おとり)だったりする。本当の許可証は、生体情報。往還(おうかん)許可証を作る際に行われる精密健康診断は、そのため。

 往還(おうかん)許可証を奪われるのは怖くないけど、奪われるときに、殺されてしまうかもしれないのが怖い。怪我や、欠損程度なら船団が治してくれるけど、流石(さすが)に命は治らないから。

 (うば)った往還(おうかん)許可証を持って搭乗口に来てもゲートは開かない。開かないどころか、保安部員か、手隙(てすき)のARISがすっ飛んできて確保されてお終い、ジ・エンド。


 少し前までは、往還(おうかん)許可証を目当てに、通学・通勤時に後をつけられ、強奪(ごうだつ)されたり、誘拐(ゆうかい)未遂が発生したりと色々問題があったらしいけど、最近はそれも鳴りを(ひそ)めている。

 そりゃそうよ、あんな動画が公開されたらねぇ……。


「船団は犯罪者がある一定数を越えたら、未開の惑星に追放する予定だ」

 確保した犯罪者がある一定数を越えた時、船団は(まん)()して、強奪(ごうだつ)した往還(おうかん)許可証を使いゲートで確保されたり、強奪(ごうだつ)しようとしたりして捕まった下は小学生高学年から、上は年金世代の老人まで老若男女年齢問わずの(やから)の末路、その悲惨な姿を公開した。

 噂には聞いていたけど、都市伝説としか思っていなかったのが、事実だったときの衝撃は凄かった。世界中のネットワークサーバーが過負荷になったくらいの衝撃だった。


 上昇する揚陸艇を泣き叫びながら追いかける、老若男女の映像は衝撃的だった。そしてその末路が配信された時は、正直、更にドン引きした。そこまでしたのかと。

 目と耳を義体に変更されて、生きている限り動画と自動配信する様に改造された犯罪者は、老若男女年齢の差別なく、ジャンプスーツとブーツ、水筒とナイフ1本だけで、暖かいというか、若干暑そうな異星の森林にランダムに降ろされ、はい、さよなら。後は勝手に生きてね。

 生存期間は早ければ1週間程度。けれど、どんな場所にも、必ずと言って良いほどに捕食生物が居る。死亡原因は、餓死もあるけれど、捕食されて死亡、これが一番多い。捕食といっても、原生種の捕食種より、先に降ろした生き残りが一番危ない。

 公開された動画は、第2陣からの動画だった、先着していた犯罪者、あらゆる手段を用いて生き残った先着者が居たわけ。ああ……、ハリウッド映画も真っ青な恐怖映画の世界にようこそ。


 はてさて、先着者を含む捕食生物から逃れたとして、次にやってくるのは餓死の恐怖。お腹を壊すのは確実だけれど、水は何とかなる。問題は食料。

 追放される場所は、気候的には、熱帯程暑くも、湿気も(ひど)くないけれど、とりあえずは、凍える事のない気温、そして地理的には高低差はあるものの、峻険(しゅんけん)な山脈などはない、林とまではいかないまでも、(まば)らな木々が視界を所々(さえぎ)っている草原地帯が広がっている。

 ここまで聞けば、食料採取なんて簡単だろうと思うけれど、現実はそんなに甘くない。地球の森林地帯と同じで、木の実、果実なんて、そうそう生ってなんていないし、見つけられない。

 あったとしても、先に原生種が美味しく頂いてしまったあと。おこぼれすら残っちゃいない。


 捕食生物から姿を(くら)ませ、採取生活を行おうにも採取する食べ物がなくて、早々に頓挫(とんざ)する生存計画。このままでは、動けなくなり餓死するのが決定的。それが嫌なら、何か別の物で飢えを(しの)ぐしかない。

 そこにやって来る、無警戒な食糧達。そう、新しく追放された者達。初めての大森林の夜。3つの月が照らしだす月夜の中、木にもたれかかりウトウトしている新参者を近くの木陰から(うかが)い、寝入った所に襲い掛かり……。地獄の無限ループしかない場所へ、ようこそ。


 公開当初は、船団とタイアップしたホラー映画の広告かと思われていた。

 けれど、写っている人間が実在の人物だったと分かり、そしてその人物の情報を船団に求めたら、現在所在地が異星で、生存となっている者も居れば、死亡となっている者が居る。

 ああ……これは事実なのだと、世界は気づき、(おのの)いた。私は血の気が引いた。


 動画公開から最初の頃は、人権だ、何だと、発言するTVのコメンテータや、アナウンサーに(あお)られて、船団を非難する声も大きかった。けれどそれも、「盗まなければ良かった」とそれ以外のコメントを出さない船団に次の手が出せず、非難の声も無くなってしまった。

 同じ様な業界に居るとはいえ、一般人が報道機関を揶揄(やゆ)してマスゴミという気持ちが分からないでもないと思った。


 あの動画の公開後は付け狙いを含めて、未遂を含む強奪事件は激減したけれど、「自分は大丈夫」そう言って、往還(おうかん)許可証を強奪し搭乗手続きゲートで捕まる馬鹿者達がまだ居るので、ゼロにはなっていない。

 私には、動画の公開や、内容云々よりも、未だ強奪という行いを計画する人間が居る。その事実の方が何倍も恐ろしい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] つみれ色の作者の黒さがとても良いです♪
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