1-22-1 ほんの些細なきっかけ
ゾンビ映画は2種類ある。今のゾンビ映画と、昔のゾンビ映画。
昔のゾンビ映画、所謂古典ゾンビ映画のゾンビは、ゆっくりと動き、俊敏じゃない。今のゾンビ映画のゾンビは、俊敏。とんでもなく、俊敏。
現実というのは、忘れ去ろうとしても再び目の前に現れる、あたかも死人がゾンビとなって甦る様に、目の前に現れる。現実から目を逸らし、逃げようとしても全力で追いかけて来る。
映画の中のゾンビの様に、陸上選手の様な綺麗なランニングフォームで追いかけて来る。それはもう、全力疾走で何処までも。
そうやって、私達を何処までも追いかけ、追い詰め、そして、抗う事の出来ない非情な現実を目の前に突き付けてくる。
これが物語なら、ハッピーエンドの可能性は無いとは言えない。けど、現実は厳しい。この弱肉強食の銀河の中でハッピーエンドを見つけるのは、至難の業。豪雨の沼地で、乾いた地面を見つけるのと同じ。
星々で輝く銀河は、そうでは無い場所もあるけれど、大抵は血塗れの世界。
そんな血塗れの世界で、私達は一般人より優遇された生活をしている。その対価として、私達は、人類とその同盟種族の為ならば、盾になり、鬼になり、虐殺者にも成る。
血塗れの世界を一般人に見せない様に奮闘する。そんな私達の姿、世界を一般人は知らない。自分達の身に降りかかるまでは、そんな世界がある事すら知らない。
私達はそれを責めない。それで良いと思っている。こんな世界を知らせない様に、知られない様に、頑張るのが私達の仕事で、責務。ふぅ……。昔の私が、今の私を見たら、この変わり様に目をまん丸にして驚くだろう。
「シェルター完全閉鎖を受信。繰り返す、シェルター完全閉鎖を受信」
映画とかTVドラマの中で、どうしようもなくなった時に喚き散らし、絶叫し、そして物にあたり散らかす登場人物が居る。
そんなシーンを見て、何てみっともないのだろう。あんな風にはならないと思っていたけれど、正直、今、絶叫したい気分に苛まれている。
「敵、第1波、残存2。第2波、到達まで2分」
ふう……。そう言えば昔、此方が攻撃しなければ相手は攻撃して来ない。そう、ドヤ顔でのたまった市民団体とか、酒を酌み交わせば、敵でも友になるとか言っていた奴が居たなぁ。
ああ、そういえば、たった1週間前にも会ったっけ。
他種族を奴隷の様な状態に貶め、搾取するしか感がえていない種族。そんなものはこの銀河に腐るほど居る。今、この星系を襲ってきているロジークもそのひとつに過ぎない。
普通なら、辺境の植民惑星だからと言って、ここまで蹂躙、跋扈されることはない。タイミングが悪すぎたのだ。ある種の馬鹿共、頭の中はお花畑の市民団体崩れが政権を取ってしまった植民惑星。
学級会の様な政治が巧く回るわけもなく、政権維持のためのばらまき政策による財政破綻で内政は混乱。
更には、狂信的な自分達の教条を実現するために、大多数の警戒・防衛設備の廃棄。ドアの鍵が無い家に、強盗が襲撃して来ない訳がなく、今の体たらく。
普通なら、即時に陥落、蹂躙されて終了。虐殺、暴行なんでもありの楽しい世界にようこそ!人権?なにそれ美味しいの?の世界になるところだった。丁度、うちの分遣艦隊がこの植民惑星のある恒星系に到着して居なければだが。
彼等には幸運だったが、出会い頭に、ロジークの斥候艦隊と戦闘を開始する羽目になったうちの分遣艦隊にとっては、不幸以外の何物でない。
『私達の脱出船の準備は未だなのですかっ!だから艦隊は嫌なのです!私達!一般市民を助けるのが義務でしょう?!早くしなさいよ!』
宇宙港には、碌でもない奴等もとい、市民団体の皆様が跋扈していた。逸早く、他の普通の市民に先駆け、惑星上からこの宇宙港まで移動し、脱出船を確保して逃げようとするその行動力には頭が下がる。
まあ、彼等が宇宙港に到着した時には、既に桟橋は空だったので、ご苦労さんとしか言いようがないけれど。
「もう少し準備に時間がかかりますから、未だラウンジに居て下さい。ああ、ラウンジ以外は気密が怪しくて、いつ真空になるか分からないので、出ないで下さい」
市民団体の皆様は、展望ラウンジで寛いでもらうことにした。他の場所を歩かれたり、勝手に脱出ポッドを使われたりしても困るからだ。
「宇宙港、各種システム初期化完了。機密を含む全てのデータ初期化完了。補助エネルギーシステムの稼働確認しました」
「次のステップに進んで。急がないとロジークが来るわ」
「ラウンジ以外の隔壁開放。ラウンジ以外の全エアロック外扉爆破廃棄完了。ラウンジ以外の空港内の呼気排気開始。航法システム、エネルギーブロック、制御ブロック、通信ブロックの宇宙港から分離を確認。残存脱出ポッド投棄開始」
ふんっ!ざまぁみろロジーク!お前達が接収する軌道宇宙港は、補助システムしかないドンガラよっ!せいぜい使える様にするまで頑張ることね。
「呼気排気完了。ラウンジ以外のエアロック内扉の爆破廃棄開始」
無能な味方ほど、恐ろしい敵は居ないというけれど、本当にそう。今回もその手の馬鹿が、初動を妨害してくれたおかげで、この体たらく。
「主生命維持システムブロック分離」
宇宙港のラウンジでお寛ぎになっている市民団体の皆様、ロジーク相手に、どうぞ酒を酌み交わせ、友好を深めて下さい。
「本艦、宇宙港から離脱開始」
「ロジーク、第1波の恒星系への侵入を確認。警告メッセージを無視しています。明確な敵対行動です」
「分かりました。合戦準備!全兵器使用自由」
「アイマム。合戦準備。全兵器使用自由」
「ハルマゲドンモードへ移行」
「ハルマゲドンモードへ移行」
全種族の敵であるVOAと生存権を賭けて戦っているというのに、それと並行して、種族または同盟種族単位で弱肉強食を繰り広げる。愚か者しか居ないのが、この銀河、この世界。
嗚呼、何たる愚か者達の世界、何とも麗しき世界。
だからと言って、諦める気はない。最後まで足掻いて、足掻き続けて見せる。
だって、私は地球人類種、狂気のテランだから。舐めて貰っては困る。
思えば、何て遠く、何て長く旅をしているんだろう。こんな人生。人生と言っていいのかな?ほんの些細なきっかけで、こんな人生を送るなんて考えてもみなかった。
あの時、違う選択をしていたら、私はこの時代に生きていなかったし、此処にいなかったかもしれない。けど、あの時あの選択をしたからこそ、助けられた命もあったと思いたい。
「今……なんて?」
不条理に押しつぶされそうになりながら、不条理に対して嘆きながら生きていかないといけないのが人生。
けれど、救いの手が差し伸べられるのも人生。その救いの手の持ち主が、天使か、悪魔かは別として。
「大変残念ですが、お子さんの遺伝子欠損は改善することは出来ません。我々の予想以上に欠損が酷く、改善が不可能なのです。正直に言えば、成人いや、10代半ばまで持つかどうかというところです」
「そ!そんな!ここが……、ここが最後望みだったのにっ!」
「お力に成れず、本当に残念です……」
「それじゃぁ!あの子は、あと数年で……」
「残念です。但し、現状の方法ではという意味で、別の方法であれば改善はしますが……」
「別の方法?!別の方法があるのですか?!ならその方法を!その方法をお願いします!」
「いや……しかし……」
「しかしって何ですか?!その方法なら、あの子は!ならば!その方法を使って下さいっ!」
「いや……でも……」
「だからっ!何なのですか!どんな方法なのですか?!言って下さい!方法があるなら!方法があるなら言って下さい!」
藁をも掴む。人は絶望の前に希望を見出すと、後先考えずにその希望に縋ってしまう。後で冷静になって後悔しないのであれば、悪いことではない。大抵は、『あの時、こうやっていれば』と後悔するのであるが。
「分かりました。ところで、最近放送され始めた、ARISのCMを覚えていませんか?」
「ARISのCM?ああ……、何か流れていたような気がしますけど、余り覚えていません」
「まぁ、大変な時期ですから、覚えていらっしゃらないのも無理はありませんね。そのCMですが、ARISの調整体と生義体についてのCMなのです」
「ARISの調整体と生義体?それが何か、あの子に関係するのですか?」
「お子さんの意識をクローン調整体に移植するのです」
「え?!うちの子の脳をクローン調整体に移植する?!」
「いえ、違います。精神のみを移転します」
「精神だけ?脳を移植せずに?」
「はい。精神だけです。正直、脳も遺伝子欠損が激しいので、脳を移植しても持ちません」
「いや、でもそんなことは可能なのですか?」
「可能です。また実証もされています。だからこそARISの調整体のCMです」
両親の余りに必死で、僅かな希望に縋るその姿に、常に第三者的な視点と意識を心がけていた、医師は嘘をついてしまった。
ARISへの調整体への移植は、精神での移植は可能であるが、それは長期間の準備を必要とした。例えば、1次ARISの様に。
そうでない場合は、ARISも脳髄の移植による生義体への移行を推奨していた。
この患者の場合は、進行具合から言って時間的余裕がない。クローン調整体の生成は間に合うが、意識転写のために長期間の準備を行うことは出来なかった。短期間の場合、その成功率が50%を切る。
医師としては、失格だが、そんなことを言えなかった。いくら医師とは言え、人の子だった。長い闘病、通院期間を両親と共に戦ってきた医師は、両親の希望を打ち砕く事が出来なかったのだ。
「とは言え、移植には条件がありますが」
「条件って何ですか?子供を作れないとかですか?」
「いや、子供は作れますよ?調整体でも子作りは可能です」
「なら問題ないですよね?移植をすればあの子は助かるのですよね?なら、その調整体に移植して下さい。お願いします!どうか、あの子を助けて下さい!」
「いや、良く聞いて下さい。調整体にすると、寿命の観念が無くなります。理論上は調整体は、不老不死になります。お子さんは、将来、不老不死の牢獄に囚われるかもしれない危険性があります」
「必ずその牢獄に囚われてしまうのですか?」
「いえ、それを選択すればということで、選択しなければなりません。但し、可能性としては、排除できません」
「それは、遠い将来の話ですよね?今はそれをしないとあと数年持つか持たないかなのですよね?なら!調整体への移植をお願いします。あの子に未来を与えて下さい。私達が与えられなかった未来を与えて下さい!」
救いの手が差し伸べられるのも人生。その差し伸べられた手を掴み訪れる場所が、天国か、地獄なのかは別として。
「CUBEの皆さんにコマーシャルに出て戴ければと考えています」
このオファーを受けてしまった過去の私は、何と粗忽者だったのか。もしタイムマシンがあるなら、パンプスのヒール部分で過去の私の後頭部を全力で殴る。




