表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
162/187

1-22-1 ほんの些細なきっかけ

 ゾンビ映画は2種類ある。今のゾンビ映画と、昔のゾンビ映画。

 昔のゾンビ映画、所謂(いわゆる)古典ゾンビ映画のゾンビは、ゆっくりと動き、俊敏じゃない。今のゾンビ映画のゾンビは、俊敏(しゅんびん)。とんでもなく、俊敏(しゅんびん)


 現実というのは、忘れ去ろうとしても再び目の前に現れる、あたかも死人がゾンビとなって(よみがえ)る様に、目の前に現れる。現実から目を逸らし、逃げようとしても全力で追いかけて来る。

 映画の中のゾンビの様に、陸上選手の様な綺麗(きれい)なランニングフォームで追いかけて来る。それはもう、全力疾走で何処(どこ)までも。

 そうやって、私達を何処までも追いかけ、追い詰め、そして、(あがら)う事の出来ない非情な現実を目の前に突き付けてくる。

 これが物語なら、ハッピーエンドの可能性は無いとは言えない。けど、現実は厳しい。この弱肉強食の銀河の中でハッピーエンドを見つけるのは、至難の(わざ)。豪雨の沼地で、乾いた地面を見つけるのと同じ。


 星々で輝く銀河は、そうでは無い場所もあるけれど、大抵は血塗(ちまみ)れの世界。

 そんな血塗(ちまみ)れの世界で、私達は一般人より優遇された生活をしている。その対価として、私達は、人類とその同盟種族の為ならば、盾になり、鬼になり、虐殺者にも成る。

 血塗(ちまみ)れの世界を一般人に見せない様に奮闘(ふんとう)する。そんな私達の姿、世界を一般人は知らない。自分達の身に降りかかるまでは、そんな世界がある事すら知らない。

 私達はそれを責めない。それで良いと思っている。こんな世界を知らせない様に、知られない様に、頑張(がんば)るのが私達の仕事で、責務。ふぅ……。昔の私が、今の私を見たら、この変わり様に目をまん丸にして驚くだろう。


「シェルター完全閉鎖を受信。繰り返す、シェルター完全閉鎖を受信」

 映画とかTVドラマの中で、どうしようもなくなった時に(わめ)き散らし、絶叫し、そして物にあたり散らかす登場人物が居る。

 そんなシーンを見て、何てみっともないのだろう。あんな風にはならないと思っていたけれど、正直、今、絶叫したい気分に(さいな)まれている。

「敵、第1波、残存2。第2波、到達まで2分」

 ふう……。そう言えば昔、此方(こちら)が攻撃しなければ相手は攻撃して来ない。そう、ドヤ顔でのたまった市民団体とか、酒を()()わせば、敵でも友になるとか言っていた奴が居たなぁ。

 ああ、そういえば、たった1週間前にも会ったっけ。


 他種族を奴隷の様な状態に貶め、搾取(さくしゅ)するしか感がえていない種族。そんなものはこの銀河に腐るほど居る。今、この星系を襲ってきているロジークもそのひとつに過ぎない。

 普通なら、辺境の植民惑星だからと言って、ここまで蹂躙(じゅうりん)跋扈(ばっこ)されることはない。タイミングが悪すぎたのだ。ある種の馬鹿共、頭の中はお花畑の市民団体崩れが政権を取ってしまった植民惑星。

 学級会の様な政治が(うま)く回るわけもなく、政権維持のためのばらまき政策による財政破綻(はたん)で内政は混乱。

 更には、狂信的な自分達の教条(きょうじょう)を実現するために、大多数の警戒・防衛設備の廃棄。ドアの鍵が無い家に、強盗ロジークが襲撃して来ない訳がなく、今の体たらく。

 普通なら、即時に陥落、蹂躙(じゅうりん)されて終了。虐殺、暴行なんでもありの楽しい世界にようこそ!人権?なにそれ美味しいの?の世界になるところだった。丁度、うちの分遣(ぶんけん)艦隊がこの植民惑星のある恒星系に到着して居なければだが。

 彼等には幸運だったが、出会い頭に、ロジークの斥候(せっこう)艦隊と戦闘を開始する羽目になったうちの分遣(ぶんけん)艦隊にとっては、不幸以外の何物でない。


『私達の脱出船の準備は未だなのですかっ!だから艦隊は嫌なのです!私達!一般市民を助けるのが義務でしょう?!早くしなさいよ!』

 宇宙港には、(ろく)でもない奴等もとい、市民団体の皆様が跋扈(ばっこ)していた。逸早(いちはや)く、他の普通の市民に先駆(さきが)け、惑星上からこの宇宙港まで移動し、脱出船を確保して逃げようとするその行動力には頭が下がる。

 まあ、彼等が宇宙港に到着した時には、既に桟橋(さんばし)は空だったので、ご苦労さんとしか言いようがないけれど。

「もう少し準備に時間がかかりますから、未だラウンジに居て下さい。ああ、ラウンジ以外は気密が怪しくて、いつ真空になるか分からないので、出ないで下さい」

 市民団体の皆様は、展望ラウンジで(くつろ)いでもらうことにした。他の場所を歩かれたり、勝手に脱出ポッドを使われたりしても困るからだ。


「宇宙港、各種システム初期化完了。機密を含む全てのデータ初期化完了。補助エネルギーシステムの稼働確認しました」

「次のステップに進んで。急がないとロジークが来るわ」

「ラウンジ以外の隔壁開放。ラウンジ以外の全エアロック外扉爆破廃棄完了。ラウンジ以外の空港内の呼気排気開始。航法システム、エネルギーブロック、制御ブロック、通信ブロックの宇宙港から分離を確認。残存脱出ポッド投棄開始」

 ふんっ!ざまぁみろロジーク!お前達が接収する軌道宇宙港は、補助システムしかないドンガラよっ!せいぜい使える様にするまで頑張ることね。

「呼気排気完了。ラウンジ以外のエアロック内扉の爆破廃棄開始」

 無能な味方ほど、恐ろしい敵は居ないというけれど、本当にそう。今回もその手の馬鹿が、初動を妨害してくれたおかげで、この体たらく。

「主生命維持システムブロック分離」


 宇宙港のラウンジでお(くつろ)ぎになっている市民団体の皆様、ロジーク相手に、どうぞ酒を()()わせ、友好を深めて下さい。

「本艦、宇宙港から離脱開始」

「ロジーク、第1波の恒星系への侵入を確認。警告メッセージを無視しています。明確な敵対行動です」

「分かりました。合戦(かっせん)準備!(オール)兵器(ウェポンズ)使用自由(フリー)

「アイマム。合戦(かっせん)準備。(オール)兵器(ウェポンズ)使用自由(フリー)

「ハルマゲドンモードへ移行」

「ハルマゲドンモードへ移行」

 全種族の敵であるVOAと生存権を賭けて戦っているというのに、それと並行して、種族または同盟種族単位で弱肉強食を繰り広げる。愚か者しか居ないのが、この銀河、この世界。

 嗚呼、何たる愚か者達の世界、何とも(うるわ)しき世界。

 だからと言って、(あきら)める気はない。最後まで足掻(あが)いて、足掻(あが)き続けて見せる。

 だって、私は地球人類種、狂気のテランだから。()めて(もら)っては困る。


 思えば、何て遠く、何て長く旅をしているんだろう。こんな人生。人生と言っていいのかな?ほんの些細なきっかけで、こんな人生を送るなんて考えてもみなかった。

 あの時、違う選択をしていたら、私はこの時代に生きていなかったし、此処にいなかったかもしれない。けど、あの時あの選択をしたからこそ、助けられた命もあったと思いたい。


「今……なんて?」

 不条理(ふじょうり)に押しつぶされそうになりながら、不条理(ふじょうり)に対して(なげ)きながら生きていかないといけないのが人生。

 けれど、救いの手が差し伸べられるのも人生。その救いの手の持ち主が、天使か、悪魔かは別として。

「大変残念ですが、お子さんの遺伝子欠損は改善することは出来ません。我々の予想以上に欠損が(ひど)く、改善が不可能なのです。正直に言えば、成人いや、10代半ばまで持つかどうかというところです」

「そ!そんな!ここが……、ここが最後望みだったのにっ!」

「お力に成れず、本当に残念です……」

「それじゃぁ!あの子は、あと数年で……」

「残念です。但し、現状の方法ではという意味で、別の方法であれば改善はしますが……」

「別の方法?!別の方法があるのですか?!ならその方法を!その方法をお願いします!」

「いや……しかし……」

「しかしって何ですか?!その方法なら、あの子は!ならば!その方法を使って下さいっ!」

「いや……でも……」

「だからっ!何なのですか!どんな方法なのですか?!言って下さい!方法があるなら!方法があるなら言って下さい!」


 (わら)をも(つか)む。人は絶望の前に希望を見出すと、後先考えずにその希望に(すが)ってしまう。後で冷静になって後悔(こうかい)しないのであれば、悪いことではない。大抵は、『あの時、こうやっていれば』と後悔(こうかい)するのであるが。

「分かりました。ところで、最近放送され始めた、ARISのCMを覚えていませんか?」

「ARISのCM?ああ……、何か流れていたような気がしますけど、余り覚えていません」

「まぁ、大変な時期ですから、覚えていらっしゃらないのも無理はありませんね。そのCMですが、ARISの調整体と生義体についてのCMなのです」

「ARISの調整体と生義体?それが何か、あの子に関係するのですか?」

「お子さんの意識をクローン調整体に移植するのです」

「え?!うちの子の脳をクローン調整体に移植する?!」

「いえ、違います。精神のみを移転します」

「精神だけ?脳を移植せずに?」

「はい。精神だけです。正直、脳も遺伝子欠損が激しいので、脳を移植しても持ちません」

「いや、でもそんなことは可能なのですか?」

「可能です。また実証もされています。だからこそARISの調整体のCMです」

 両親の余りに必死で、(わず)かな希望に(すが)るその姿に、常に第三者的な視点と意識を心がけていた、医師は嘘をついてしまった。

 ARISへの調整体への移植は、精神での移植は可能であるが、それは長期間の準備を必要とした。例えば、1次ARISの様に。

 そうでない場合は、ARISも脳髄(のうずい)の移植による生義体への移行を推奨(すいしょう)していた。

 この患者の場合は、進行具合から言って時間的余裕がない。クローン調整体の生成は間に合うが、意識転写のために長期間の準備を行うことは出来なかった。短期間の場合、その成功率が50%を切る。

 医師としては、失格だが、そんなことを言えなかった。いくら医師とは言え、人の子だった。長い闘病、通院期間を両親と共に戦ってきた医師は、両親の希望を打ち(くだ)く事が出来なかったのだ。


「とは言え、移植には条件がありますが」

「条件って何ですか?子供を作れないとかですか?」

「いや、子供は作れますよ?調整体でも子作りは可能です」

「なら問題ないですよね?移植をすればあの子は助かるのですよね?なら、その調整体に移植して下さい。お願いします!どうか、あの子を助けて下さい!」

「いや、良く聞いて下さい。調整体にすると、寿命の観念が無くなります。理論上は調整体は、不老不死になります。お子さんは、将来、不老不死の牢獄(ろうごく)に囚われるかもしれない危険性があります」

「必ずその牢獄(ろうごく)(とら)われてしまうのですか?」

「いえ、それを選択すればということで、選択しなければなりません。但し、可能性としては、排除できません」

「それは、遠い将来の話ですよね?今はそれをしないとあと数年持つか持たないかなのですよね?なら!調整体への移植をお願いします。あの子に未来を与えて下さい。私達が与えられなかった未来を与えて下さい!」

 救いの手が差し伸べられるのも人生。その差し伸べられた手を(つか)み訪れる場所が、天国か、地獄なのかは別として。


「CUBEの皆さんにコマーシャルに出て戴ければと考えています」

 このオファーを受けてしまった過去の私は、何と粗忽者(そこつもの)だったのか。もしタイムマシンがあるなら、パンプスのヒール部分で過去の私の後頭部を全力で(なぐ)る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ