1-8 夜明けは大好きで、そして大嫌いだ
2019/01/05 若干内容を修正しました。
『フェンスを越えた者は、射殺する。フェンスを越えた者は、射殺する』
延々と、彼等の国の言葉で、同じアナウンスが流れる。誰も守ろうとしない。隙あらばフェンスを越えて、此方に入り込もうとする。
米軍基地に、暴徒と化した難民達が押し寄せるのは、理由がある。VOAが発生した最初の1週間で、港の漁船やフェリー、空港の航空機が、VOAと暴徒と化した難民達の同時多発的共同作業によって、灰燼と化してしまった。
港湾都市から船を使い、大陸沿いにロシアや中国とか、日本海を渡り日本に侵入できなくなった暴徒達が、米軍基地に殺到するまでに、時間は掛からなかった。
なぜ暴徒達は、自分達の避難手段である船や航空機を燃やしたか?理由は分からないけれど、おおよそ自分が運転出来ないなら、他人がそれを使って逃げるのが悔しくてとか、そんな恨の感情だろう。
理解したからと言って、この暴徒が殺到してきているこの状況が、変わるわけでもなし、どうでも良い。
船が無くても、岸壁があれば、脱出に使えるのではないか?岸壁が争乱状態にならなければね……。
大きな港、例えば釜山とかなら、岸壁も多いのでは?残念ながら釜山は、VOAが跋扈する魔境になっている。既に、人が生きていける場所じゃぁないよ、あそこは。
結果的に、彼等暴徒に残された唯一の国外への脱出手段は、北を経由した大陸迄の陸路か、この米軍基地の空路しか残らなかった。
米軍基地のある場所を超え、更に北へ逃げる道は、虎視眈々と食料を狙う北の住民を躱し、悪路を超え、中国領か、ロシア領に逃げ込む事になる。中国もロシアも国境を封鎖しており、決してそれを超える事は出来ない。
でも、今中国側に行かないのは、妥当な判断だと思う。彼等が、ニュースを見ているかどうかはしらないけれど、中国領土側は、核兵器が暴発して、居住に適さない場所になっている。退避途上の核兵器の暴発何て言う、中国の公式発表なんて、誰も信じちゃいないけどね。
北に行く前にある、米軍基地に先に行こうとするのは、自明の理だろう。ただしそれは暴徒側の理論であって、殺到される側の米国は、彼等暴徒を救助し空輸するつもりは欠片も持っていない。
日本政府も、ARISの後押しがあったのだろうが、珍しく一時経由地として使われることすらも、頑として拒否していた。
『タァ―ン、タ・タ・タ――』
だから、彼等の米軍基地に到着すれば脱出できる筈、そんな望みが叶えられる事は、決してない。それどころか、ときおり見つかる生存者、街に出ていて巻き込まれた米軍関係や知人が見つけられまたは、逃げ込んでくる度に、米軍の暴徒に対する殺意のメーターが上がっていく。
お陰でもう、毎日毎日……。
『タタン、タタタ――』
あー、威嚇射撃かぁ、小型VOAじゃないよなぁ。威嚇で済んでいるだけ、今日のシフトの米兵は落ち着いているなぁ。
今夜は、小型VOAすら発生していない平和な夜。なのに、暴徒の方々は、飽きもせずにゲートの前にたむろし、座り込む。
まぁ、小型VOAが出たら出たで、倒した小型VOAの肉を取るために人が群がる。その群がる人間が、他のVOAを倒す邪魔になるわ、別のVOAに殺されるわ、その結果、群がっていた人が、四方八方に逃げ惑うわ、の大混乱。
そのどさくさに紛れて、基地に侵入しようとして射殺されて、阿鼻叫喚の渦が、雪だるま式に増える、素敵な大運動会になるだけだけどね。
大体ねぇ、私達はVOAの駆除により、間接的に貴方達の国を助ける事を名目として、此処に居るのであって、貴方達を救助しに来たのではないのだよ。
貴方達を助けるのは、貴方達の国の責任でしょうに。まぁ、統治機構が崩壊しているから、どうしようもないのでしょうけど。
早くAbyss Coreを破壊して、撤退したい……。誰か、早く見つけてよ。いや、見つけなくても良いから、もう、ここから手を引こうよ。もう駄目だよこの国。
――「小型のVOAは、地球の水中生物の蟹に似ていることから、カニと呼ばれ始めたと言われます。ええ、あちらこちらで養殖をされ、播種されている、あの蟹です。美味しいですよね」
「その蟹と同じく、小型VOAの外骨格は、有用な資源です。また、その肉は新鮮であれば、美味しいとこの事です。他に何もなければ食べる程度ですが、悪くはないと言われています」
「ええ、良く知っていますね。小型VOAが発生すると、周囲の物質、大抵は地面ですが、一定量減少します。小型VOAは、Abyss Coreによって物質変換されて生まれていると考えられています」
「小型VOAが、何を食べているのか?そもそも食物を摂取しているのかは不明です。とりあえず、捕食器官と消化器官が無い事は、確認されています。何をどうやってエネルギー変換して活動しているのかは、はっきりしていません」
「VOAを産みだすAbyss Coreは、一種の物質変換装置ではないかと推測されています。では、続きを見てみましょう」――
何だろう?この目の前の、理解不能な異星の民達は……
『米帝は、我々を見捨てる気か!』
いや、見捨てるも何も、助ける義理は米国にはないような?それにね、助けてもらう相手に対して、米帝はないんじゃないかなぁ?それとね、私は米軍じゃないから、どちらかと言えば日帝かなぁ?
『悪辣な日帝は、我々を助ける義務があるはずだ!』
あ、日帝も非難するのね、だよねー。でも、悪辣なのに、助けろとはこれ如何に?貴方達の言っている事が、理解出来ないのは、私が馬鹿だから?
『私は、政府高官だ!家族と一緒に亡命しやるので連れていけ』
してやる……ですと?なぜに、そこまで上から目線で物が言えるのかな?この場所に来てから暫くしてから、思い出したけど、なんで貴方達は、そうも自分達が優先されて当然という態度を取るのでしょう?
『フェンスを越えた者は、射殺する。フェンスを越えた者は、射殺する』
そろそろ、警備の米国兵が、痺れを切らして水平実弾射撃を開始する頃合いかな?
はふぅー……、人が簡単に撃たれ斃れる、そんな光景に慣れてきている自分が嫌になる。一寸前までは、中年のおっさんのサラリーマン。今じゃ、見た目は若い女性のARIS。人手が足りないのは判るけど、何がどうなって、こんな処に居るのやら。
『そこの女!銀髪の女!俺が結婚してやる、だからここから連れ出せ!』
駄目だ… もう撃っていいかな?な・ん・で、私が結婚して貰わないといけないのか?全く理解が、出来ない。貴方達のその自己評価の高さに、感服するよ。
「――れさ、撃って良いかな?」
「駄目に、決まっているでしょうが……」
「駄目なの?駄目?私も一応人の子なので、我慢の限界?なので、許されるんでは?」
「駄目だって、はい!銃を構えようとしない!」
駄目か、駄目なのですか、そうですか……
「1発なら誤射というの――」
『――いっ!聞いているのか、入れろっ!』
正直、理解の範疇を超えるんだよね。なんで、VOAが発生から半年経つか経たないかで、ここまで急速に治安が崩壊するかねぇ。ハリウッド映画だって、ここまでのディストピアなシナリオ無い……ぞ?
『おい!この女と共に中に入れろ!こいつの腹には俺の子供が居る!俺と一緒にそこに入れないと、この女を殺す!俺と一緒に保護しろ!』
なん……だって?
『――さえろっ!米軍を抑えろ!』
「全員傾聴、人質を奪還する。人質は、20代白人女性と思われる。着衣に損傷乱れあり、暴行を受けたと思われる。怪我の有無は不明、怪我の有無は不明。おいっ!殺気立った米兵を抑えろ!人質に流れ弾が当たる可能性がある」
『――こ、止まるな!新人共!動け!動け!動け!』
「医療カプセル準備せよ。米軍女性兵士の手配も同じく実施せよ。対象の確保のみ優先、繰り返す、対象の確保のみ優先。確保は女性のARISが行え、繰り返す、確保は女性のARISが行え」
『――軍の女性兵士何処だ!あっち?そこのっ!早く米軍の女性兵士連れてこい!誰だぁ?誰でも良いから連れてこい!』
「対象確保後は、オールウェポンズフリー。米軍にも伝達せよ。医療カプセル稼働?――確認よし?発動準備!」
『発動30秒前、各員最終確認』
「オールウェポンズフリーで、対象以外は排除せよ」
『5、4、はつ、どー、いま』
『確保!対象確保!』
「オールウェポンズフリー!オールウェポンズフリー!」
『そこ撃て!撃て!中に入れるな!』
水平射撃の音って、雷の音に似ているよね。
『しっかり!しっかりしろ!あと少しで祖国だぞ!畜生!英語で何て言うんだよ!』
『知るか!話しかけろ!足止めんな!行け!行け!』
「米軍の射線に入らない様に気を付けろ!3班下がれ!」
『医療カプセルどこだ、急げ!急げ!急げ!早く運べ!』
『おい!米軍の女性兵士どこだ!付き添わせろ!』
『馬鹿野郎!人は撃てませんだぁ?!撃て!この玉無し野郎っ!』
昨日保護した女性は、争乱時に行方不明になった女性の1人だった。友達と2人で米軍の友人の処に来ていた時に街に出ていて、騒ぎに巻き込まれた。逃げる途中で保護を求めた警官に……さらに警官と合流した北の人間達も加えて、のべつ幕無しに半年近く……。友達は直ぐに妊娠してしまい、少し前に胎児を守ろうとして、抵抗して射殺されたらしい。ああ、胸糞が悪い。
妊娠している場合は、無かった事にする処置をするんだろうなぁ。しかし、医療カプセルだって、心だけは治せないからなぁ……。
シフトを交代したばかりの米兵の顔が、みるみる殺意に溢れた顔になっていく。昨夜のあの話しを聞けば、そうなるのも分る。今日は、水平射撃が増えるんだろうな。まぁ、止める気は更々ないけどね。
何で、私はこんな国を助けなければいけないのだろう?毎夜、毎夜、私は何のために何をしているのだろう?
ああ、夜明けが来る……夜が明けてしまう。
夜明けは大好きだ。夜明けと共にVOAが出なくなるから。撤退日まで、1日減ったということだから。蒼色の世界が、大好きだ。
夜明けは大嫌いだ。夜の闇に隠されていた、見たくもない、目にしたくない現実が、目の前に|露にあらわ》にされるから。新しい闇を連れてくるから大嫌いだ。夜明けは大好きで、そして大嫌いだ。
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「この被害女性の部分ですが、本当にあった話です。記録によると、医療カプセルにより、全快したと記録にありますが……心は戻ってこなかったともあります。ええ、今も昔も壊れてしまった心は治せません。」
「この記録で大事な部分は何処でしょうか?暴徒?それは一面では正しいですが、正確ではありません。暴徒を発生させてしまう程の治安の悪化、治安機構の崩壊の防止です」
『治安機構の維持でしょうか?』
「そうです。治安機構が崩壊しなければ、治安は悪化しません。確かに、治安機構が在っても、治安が崩壊する例はあります。正しくは、治安を維持するモラルが崩壊しなければ、なのかもしれませんが。特異な事例を除き、治安機構が機能不全を起こしているのに、治安が維持された例はありません」
「今回の訓練で学ぶ事は、ふたつあります」
「ひとつ、治安を悪化させないこと、そのためには慌てないこと。治安が悪化してしまうと、受けられる援助すら受けられなくなりますからね。もっともこの部分は、小学生から行われる避難訓練で身についていると思います。それの復習になります」
「ふたつ、治安が崩壊した地域に居る場合、暴徒には近づかないこと。ARISは、暴徒に容赦をしません。先ずは、暴徒から離れること、ARISに合流するときは、ゆっくりと近づくこと。そして、一番重要なのは、自分自身が暴徒にならないこと。特にVOA発生地域で暴徒を見かけたら、VOAから身を守りつつ、いかなる手段を用いても、その暴徒から可及的速やかに離れて下さい。VOAと共に現れる暴徒はVOAと同一視され殲滅対象ですからね」




