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1-21-11 スレクラ(MIA 戦闘中行方不明)

 2ヶ月と少し前、軍との定例連絡会の部屋に入ったテラ(地球)航宙管制局員は、いつもの和やかな雰囲気ではなく緊張感を漂わせた部屋の雰囲気に戸惑った。部屋を間違えたのかと、一度部屋を出て表示を確認してしまった程だった。


「少し早いですが、皆さん揃った様なので、会議を始めさせていただきます」


 いつも、にこやかな表情を絶やさない軍側の担当者が、妙に緊張した面持ちで会議開催を述べた時に違和感を覚えたが、口に出された言葉を聞いた瞬間にその様な違和感はどうでもよくなった。


「星系外縁のこの宙域を今から2ヶ月間、一般船の立入禁止宙域にしていただきたい。理由は……|ゴーストが帰ってきます。この宙域は彼等が待ち合わせをしようと約束していた場所なのです」

「またいきなり何を言い出すのかと思えば……。ゴーストが帰ってくる?そんな都市伝説を理由に立入制限宙域を設定しろと?機密事項を理由にする方がよほど良いと思うけど?都市伝説を理由にするのは無理がないかい」


 何を真面目な顔をしていたと思えば、悪戯か。本当にこいつはそういうのが好きだよなと思いながら、軍からの臨時の交通管制要請に苦笑いを浮かべつつ反論していた。

 それも当然で、スレクラ戦役が終わる頃から、ゴーストという存在が語られだした。

 曰く、戦死した筈の奴等を見た。

 曰く、行方不明は嘘で特殊任務について敵対種族に潜入している。

 曰く、深銀河にVOAの母星を見つけて進軍している。

 曰く、既にテラ(地球)に帰ってきていて、悪者を懲らしめている。

 曰く、遺族が戦死した事を認められない単なる妄想。

 曰く、列強の侵略を未然に防いでいる。

 エトセトラ、エトセトラ……。そんな都市伝説を理由に、立入制限宙域を設定すると言っているのだ、突っ込みをしない方がおかしかった。


「各自の端末に、先ほど機密解除となった資料を送付しました。結論だけ先に言えば、ゴーストは都市伝説ではありません。

 ARIS、軍双方共に上層部の一部しか知らされていなかった情報になります。詳細は後で資料を確認してください。

 ゴーストが帰ってきます。なおこれは今夜の定例記者会見でもプレスリリースされる予定です」


 自分の発言でニヤッと笑うと思った軍の担当者が、緊張した面持ちのまま続けた言葉を聞いても信じられなかった。子供のおとぎ話は実話だったというのと同じだと思ったからだ


「また手の込んだ仕込みを……今日は何かのイベントでしたっけね?」

 今度は資料に何か悪戯しこんだのかこいつは、と思いつつ端末を覗き込んだ局員は固まった。映し出された資料は正真正銘の公的資料で、悪戯のレベルを超えていた。機密解除前の区分が、特急機密書類だったからだ。

 自分の顔が強張(こわば)っていくのを感じながらも、夢中になって読み進めていった。ふと気づいて顔を上げると、同類を見る様な目で自分を見つめる軍人と目が合った。

 会議室は奇妙な静寂に包まれていた。出席者は皆、夢中で端末の資料を読んでいたからだ。その日、その日まで単なる都市伝説に過ぎなかったゴーストは、現実の物になった。


「ベルちゃんがシナモンロール食べてないって?」

 ARISの定例記者会見場所は、他の場所と代わり映えのないただの部屋だった。そう、過去形だ。今は違う。定例記者会見場所を部屋の前側とするなら、部屋の後ろ側は安らぎと談笑の場になっている。いつの頃からかドリンクサーバーが置かれ、軽食やおやつが置かれる様になり、柔らかなソファー、土足厳禁のラグエリアから炬燵迄、色々なものが置かれたARISと報道関係者の年中無休の休憩場所兼情報交換場所になってしまっている。要するにおおよそ真面目な場所とはかけ離れた場所になっていた。


「そうなんだよ。ベルちゃんが昨日から楽しみにしていたシナモンロールを食べに来てないんだよ」

「だよね、何か変なんだよね、今日。妙に報道官の顔は真面目だし……、さっきからいつも適当に並べてある椅子が綺麗に並べ直されているし、ベルちゃん顔引きつっているし」

「何かあったのかな?聞いてみる?」


 確かに今日は少し変だ。いつもここにはARISや、軍関係者の誰かが居るのに、今日は誰も居なかった。種族間戦争が起きる予兆があるとは聞いていない。どこかの星系でVOAが異常発生したとの話しも聞いていない。


「お集まりの報道関係の方々!後5分で定例記者会見となりますが、着席してお待ち下さい!」


 妙に緊張した声を(いぶか)しげに思いながら、着席し、顔を見合わせるものの、誰も何が起きるか分からなかった。


「……ねぇ?いつもならギリギリまでここで幸せそうに何か飲んでいるか食べていて、開催時間の間際に私達を席に追い立てているベルちゃんが、制服を着崩してないで真面目な顔して……」

「挙句に今日は、大好物のシナモンロールが置いてあるのに来ないなと思っていたら、いきなり現れてあれだからね。何かあったね、これは……。トシさん!局には連絡し……してあるんだ。流石、トシさん」


 始まった定例記者会見は、いつもと同じ様な3行記事レベルの話ばかりだった。記者会見前のARIS達の緊迫した空気に引きずられて、妙に緊張していた空気が弛緩(しかん)し始めた頃に、この日からテラ(地球)だけではなく、連合全体を騒動の坩堝(るつぼ)に叩き込む発表がされた。


「先ず、最初に申しあげますが、これは冗談でも何でもありません。ゴーストが、テラ(地球)に帰還してきます。何を言っているのだ?と言いたくなる気持ちはわかりますが、先ず、お手持ちの登録済端末に、ああっと、登録が未だな方は後でちゃんとお渡ししますが、先ほど機密解除された資料を転送しておりますので、ご確認下さい」


 いつもなら、冗談がキツイと突っ込むのだろうが、いつもと違って引きつった顔でプレスリリースする報道官をみて、チャチャを入れる者は居なかった。


「はい!はい!」

「質問が!質問があります!」

「あー、質問には後でお答えしますから少し待って下さいね。繰り返します。戦死……正しくは戦闘中行方不明とされていたゴーストが後2ヵ月程度で帰還します。ただし残念ながら行方不明者全員ではありません。なお彼等が行った一部の任務は、未だに機密指定が解除されていないため、空白となっています」


 発表内容は、ワープ速度でテラ(地球)だけではなく、連合各種族に広まった。テラン(地球人)中でゴースト」()に対する評価は、人知れず列強の侵略を防ぎ、VOAを駆逐してきた彼等の行動を映画のヒーローやヒロインの様に感じる者、家族を捨てた外道と罵る者に二分された。


 テラン(地球人)以外の種族には、テラン(地球人)は種族の生き残りの為なら、これほどまでに大規模な人員を影として使う。手段を選ばない種族だと再認識させ、再び(おのの)かせた。


 2ヶ月と少し後、報道関係の船と、セントラル(地球本星軍)の航宙艦が並走する向う側を、色々な型式の艦船、襲撃機が、今までの偽装艦船番号ではなく、スレクラ戦役での行方不明のため永久欠番扱いとされた本来の艦船番号を誇らしげに浮かび上がらせ、テラ(地球)に向けて隊伍を組み進んでいた。


「ライブでお送りしております。見えるでしょうか?ゴーストです!都市伝説と言われていたゴーストが、今テラ(地球)に帰還しようとしています。MIA、Missing in Action、戦闘中行方不明とされ、テラ(地球)に一度も帰還する事なく、立ち寄ることもなく、過酷な任務を行っていたゴーストが……長い航海を、長い航海をやっと……やっと終えてテラ(地球)へ帰還してきました」


 あの中に私の(ひい)おじいちゃんが居る。MIAとされて還って来なかった(ひい)おじいちゃんが居る。お祖母ちゃんのお父さんだ。

 お祖母ちゃんが「お金だけ残して、宇宙(そら)の彼方に行っちゃったのよねぇ、本当に最後まで不器用で、我儘で、お人よしで、子供の様な人だった」と優しい苦笑いを浮かべながら話してくれた(ひい)おじいちゃんが居る。写真と動画でしか知らない(ひい)おじいちゃんが居る。

 いや、正確には(ひい)お祖母ちゃんかもしれない。(ひい)おじいちゃんはARIS第1世代。性別の変化を含む長命化処理を受けた人造戦闘種。

 文句だけで何年分も言いたいことがある。聞きたいことも一杯ある。どんな風に接したらよいのか、未だに心の整理が追い付いていない。


「現場のモナさん。映像を見た感じなのですが……なんといっていいのかわかりませんがゴーストの船は、他の船と何か違う雰囲気を纏っているというか、そんな風に見えるのですが?」

「はい、私もそんな風に思って見ていました。なんと言うかあれは……ちょっと待ってください。……。えーと、あれが歴戦の船の雰囲気だそうです。操船の動作が違う?カメラのアシードさんが軍歴があるそうで、あれはそういう雰囲気、歴戦の船のオーラだそうです」

「えー、殺気が漏れているという事なのでしょうか?」

「ちょっと待ってください……。殺気とは違う?殺気じゃなくて安心感?あー、護衛でああいう船が居ると安心出来たんだそうです。なので、殺気じゃないらしいです」

「モナさんありがとうございました。さてゲストにゴーストについて研究されている州立大の――


 蒼い星だけなら、宇宙に一杯ある。けれど、目の前に見えるテラ(地球)の蒼さだけは格別に感じるのは何故だろう?

テラ(地球)に帰って来られたね……」


 私は君達の墓標の前で何を言えば良いのだろう?ただいまと言えば良いのだろうか?許しを請うべきなのだろうか?それとも今までやって来たことを話すべきなのだろうか?

 考えてみれば、私は君達のその後の姿を写真でしか知らない。会いたいと連絡が入っている曾孫(ひまご)も、同じ様に写真でしか知らない。

 どんな顔をして会えばよいのだろうか?罵られるのだろうか?二度と来るなと言われるのだろうか?けれど、私はそれでも孫に会うのが楽しみだ。声を聴けるというのが凄く楽しみだ。


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