1-21-9 スレクラ(連合評議会)
連合評議会は紛糾していた。
「――のように、半年前のテラの商業施設壊滅は、テラ政府の失態である。また以前よりインジェム第9氏族皇太子が乗艦していた外交船の行方不明に関してもテラの関与は濃厚であり、テラ星域の監査を行うことを要求しているが、一切の回答がない。よって我々はテラへのスレクラ艦隊の駐留の許可を連合各国に承認して戴きたい!」
スレクラの答弁を聞いていたテラワウケの顔付きが、いつもの何を考えているか分からない微笑みを浮かべた顔ではなく、能面の様な、全くの無表情であることに気付いた者は僅かだった。
「テラ、ワウケ代議員」
「スレクラ14氏族に対するテラの公式回答をこの場を借りて申し上げる」
腹の底から、吠える様な発言。何人かの代議員は、いつもと何かが異なるテラ《地球》代議員ワウケの態度を訝しんだ。
いつもはどれだけ列強種族に嘲られても、ゆっくりと諭すように程々の音量で答弁する、それが彼のスタイルだったからだ。
「此処に列席されていらっしゃる評議会議員諸氏を証人として、我々は今ここに宣言する。我々テラは、我々を隷属化し、テランの滅亡を企むスレクラ14氏族に対し、本日より20日後の連合標準時24時をもって開戦とする宣戦布告をここに宣言する。
今この時より20日後である。宣戦布告に伴い、スレクラ14氏族の星域を訪れているまたは、通過中の他種族船籍船は、スレクラ14氏族の星域よりの可及的速やかな退去をお願いする」
列強種族が弱小種族に懲罰と称して宣戦布告を行うことはあっても、弱小のそれも新興種族が列強種族に宣戦布告を行うことは今までなかった。その驚きが、一瞬の静寂を作り出したが、次の瞬間には蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。
「おい!貴様!テラン!お前は何を言っているのか分かっているのか?!」
「……戦闘星域は、スレクラ14氏族の星域は勿論、スレクラの民間船、軍艦を問わず、スレクラの艦船、施設が存在する全ての場所である。
戦闘開始時刻以後にスレクラ星域に残留している場合、または周囲にスレクラ船籍が居る場合、その生命財産は保証しない。
テラは、スレクラ船籍の船舶から離れよと、各国評議会代議員各位に強く要請する」
戦争が開始されるにしても、どうせ弱小種族とスレクラの星域の一部だけだと思っていたら、連合全域が戦闘地域になる可能性があると宣言されたことで、再び騒然とした場となった。
新興種族テランの行動を理解出来きず周囲と話し合う声、嘲笑いや、憐れみの失笑、罵倒が入り混じり、ざわめきは中々収まらなかった。
「テラン!聞いているのか?!何を言っているのか分かっているのか!?我々スレクラに戦いを挑む?正気かお前らは!捻りつぶして支配してくれる!」
ああ……胃が痛い。タイプじゃないんだよな、こういう答弁は。時間稼ぎとは分っちゃいるけど、何でこんな事やってるんだか……。
「我々テランは奴隷の平和を望まない。奴隷になるくらいなら滅びを選ぶ。まぁ、滅ぶつもりは全くありませんが。
戦士の誇りと言いながらいつも弱い物しか虐めず、支配地域を甚振ることしかしないスレクラ14氏族にはこの気概は判りませんか?」
新興種族に挑発される事など想像もしていなかったスレクラは、代議員だけではなく随行員までも一緒になって罵詈雑言を浴びせ始めた。それを収めようとする他の代議員、スレクラ側に立つ代議員と、議会の騒動は広がるばかりだった。
一通りの騒ぎも収まった頃に、いつもの諭す様な静かな声が響き渡った。
「……皆さま、私の発言はまだ終わっておりません。老婆心ながら申し上げておきますが、我々テラが、スレクラ14氏族に対して宣戦布告を行ってから……既に6時間以上が経っています。
既に連絡を取られた方々も居る様で、安心しております。この評議会からスレクラ本星域まで、緊急高速船で20日間。なんと20日後に開戦だというのに、連絡員も出さずに罵倒しているオレンジ色の馬鹿を除いて」
「貴様!我々の連絡を邪魔しようと!おい!連絡を……」
「頭がオレンジ色の馬鹿は、これだから。随行員も馬鹿なら、代議員も大馬鹿。自分の不手際を直ぐに人のせいにする」
「きさまぁっ!」
「黙れ!随行員ごときがテラの代議員の私に意見等するな!揃いも揃って馬鹿だな!君達は!随行員?ただの腰巾着が、はんっ!悔しかったら何か発言してみろ、このオレンジ馬鹿!なんだ逃げるのか?馬鹿はこれだからな!」
「な・なんだと!」
よし!連絡に行こうとした奴が喰いついた。あと1時間は稼げるかな?
スレクラとテランの間の戦力差は、膨大な差だった。大量の人員を必要とする連合標準の軍艦をテランが持てる訳がなかった。同じドクトリンで対抗するならば、スレクラに対抗することなど無謀だった。
テランは同じことをするつもりは欠片もなかった。戦列艦とは、襲撃機10機で堕とせる鈍重で時代遅れで、大きいだけの的。テラの艦隊編成に戦列艦は存在せず、他国の拠点防衛用の直掩突撃艇並の大きさを持つ単座襲撃機を多用する方法を選んだ。
ジェネレーター等を小型化出来たというのも大きいが、こうでもしなければ膨大な人口差を埋められない。背に腹は代えられなかった。
艦隊各艦は、義体を用いた機械種モドキを使い局限まで人員数を減らした。編成はテラの海洋で永々と活用していた機動艦隊と同じ様に、襲撃機50機を搭載する機動母艦HIVEを主軸としていた。
1艦隊当たりの編成は総数約26,000人、398隻、400機。但し、テラの国力では、輜重関係を強引な民間活用で補っても、20艦隊が限界で、外征となると15艦隊が限界だった。
それに比べスレクラ14氏族は、1艦隊当たり、総数483,000人、777隻。19の支配星域に各1艦隊、直轄4星域に各3艦隊の合計31艦隊と比べるのも馬鹿らしい戦力差だった。
しかし内情を詳しく見れば、その内19艦隊は支配星域に駐留する二線級の艦隊であり、外部勢力との直接交戦に耐えられるのは、本星及び直轄3星域に駐留する残りの12艦隊だけだった。
支配星域に駐留する19艦隊に所属する殆どの若年兵は、スレクラ伝統の成人と認められるための従軍をこなしているだけ。精々が支配星域への威圧か、国境侵犯をしてきた他の列強に対する時間稼ぎにしか使えないお飾りの艦隊だった。
そうであっても奴隷や武器、違法薬物等の密輸業者が跋扈し、お世辞にも治安が良いとは言えない総人口480億人の19支配星域の治安維持には役立っていた。
各星域の惑星には、艦隊と同じく、若年兵が多くを占める陸上部隊が駐留していた。制空権の損失は、そのまま陸上部隊の壊滅を意味するため、星域から艦隊の一部ですら動かす事は出来なかった。
それに反して120億人を擁する本星直轄4星域の12艦隊は職業軍人で占められた精鋭だった。
偶然とは言え12艦隊が限界のテラと、一線級が12艦隊しか居ないスレクラとは、戦力が拮抗していた。相打ちでは駄目だった。テラン本星域3艦隊だけでは、二線級の艦隊に数の暴力で蹂躙されてしまうからだ。
片手間の戦争としか考えていないスレクラ達と異なり、テランは真面目に戦争を考えなければならなかった。
情報収集を開始して暫くして、テランの中でスレクラの評価は地に落ちていた。
「物量は戦争の基本、あの物量は数の暴力」
「物量のごり押しが無ければ、士気も練度もない素人集団の鴨」
スレクラ達は、戦争を舐めているとしか思えなかったのだ。例えば、戦列艦の情報を集めると、直ぐに情報が手に入った。余りにあっさりと情報が入手できたため、欺瞞情報と疑ってしまい、その確認の方が時間を要したくらいだった。
冷静に考えれば、彼等は標準設計から逸脱していないのだ。データベースにアクセスすれば、誰でも情報を入手できるのは当たり前だった。連合の戦争とは、戦列艦を持てる経済力があるかで決まるものだった。
舐めてかかるつもりは毛頭なかった。多少の練度などは、数の暴力の前には無意味だから。同族同士の戦争で身に染みているテランは、馬鹿正直に1対1で艦隊を派遣するつもりは、毛の先ほどもなかった。
スレクラ14氏族の体制は、 隷属または、占領した多種族を支配し搾取することで成り立っていた。
隷属または占領した種族の反乱を恐れ、それらの星系にある軌道工廠は、商船か、突撃艇程度しか作れずまた、簡易な保守が精々であった。
駆逐艦以上が建造又は保守可能な大規模軌道工廠はスレクラ本星星域のみだった。
それは本星の軌道工廠が破壊されると、スレクラの継戦能力は奪われることを意味していたが、スレクラ達は誰も気にしていなかった。
支配星域から吸い上げた経済力で多数の戦列艦を備える、列強種族であるスレクラ本星星域を攻める馬鹿は居ないと考えていた。
テラが彼等の星間クラブに加入するまでは、誰も疑い様の無い常識だった。
「評議会でちゃんと宣戦布告できたのでしょうかね?」
「大丈夫だろう?仮に時間がきても発言出来ない場合は、不規則発言で、宣戦布告する事になっているから」
「そういや、わざと議会を紛糾させるんでしたっけ?」
「らしいな、挑発して激高した挙句に議会が紛糾すれば儲けもの。宣戦布告が奴等の本星に伝わるのを少しでも遅らせられれば良いな、程度の策だけどな」
「まぁ、出来ていようが、出来ていまいが、20日前の話ですしね。それに、あと10時間、ちょうど宣戦布告時間に奴等の星域に到着しますから、どうでも良いとは思いますが」
「ふむ……後10時間で開戦か」
本星に6艦隊、直轄星域に各1艦隊、近傍の直轄3星域に各1艦隊、合計13艦隊がスレクラ星域に投入された。
「格納ブーム展開完了。異常無し」
母艦の推進部分は白く発光しているのだろうか?ワープ推進の際、推進力を与える側は何故か白く発光する。空間の変異がうんたらかんたら。私にはよくわからん。飛べば良いのだ、飛べば。でもって、敵に機関砲をぶち込めば終了。戦艦並みの単装砲を、逆三角形の頂点に配置した姿がガトリング砲に似ているから機関砲っていうけど、大きさと出力考えたら機関砲じゃないよなぁ、これ。まぁいいや、過剰戦力万歳だ。
今外から母艦を見ると、表面の一部があちらこちらで持ち上がり、針を寝かせていたハリネズミが針を逆立てたように見えるだろう。1本に1機の襲撃機が接続されている。今回は一斉出撃だから50本の針が立ち上がっている筈だ。
「――イエローチェック。離艦シーケンスチェック終了。連続離艦となる。離艦したら速やかに母艦より離れよ。離艦シーケンス開始 離艦まで30秒、29、28――」
襲撃機は母艦の推進速度を利用して初期加速を稼ぐ。慣性の法則というやつだ。驀進している機動母艦の速度がそのまま襲撃機の初期速度となる。母艦と発進する襲撃機の視点から見ると、非常にゆっくりと離艦しているようにしか見えないのだけれど。
「――3、2、1、離艦」
一切の問いかけに応えない艦隊が本星域に驀進してきたことで警報が出されたが、スレクラ本星系内を遊弋している筈の戦列艦は1隻も居なかった。
列強種族の本星域に攻め込む馬鹿は、敵対列強種族ですら行わない。独りよがりな常識の世界に浸り過ぎていたのか、それとも驕った意識が軍紀が弛緩させていたのか、それは判らない。
テラの艦隊が、彼等の本星域に雪崩込んできたとき、少数の駆逐艦を除いて、本来、星域内を遊弋しているはずの艦隊は全て軌道港に停泊中だった。
1隻目の巡航艦が出航したのは、最初の警報が出されてから3時間が経過ししていたが、スレクラ本星域管制局は全く焦っていなかった。
なぜならテラのと思しき艦隊がスレクラ本星近傍に到着する時間より1時間前には、1級戦列艦が、列強を列強たるものとしている、弱小種族では1隻であっても保有することすら難しい1級戦列艦が複数出航する予定だったからだ。
1級戦列艦が出航さえすれば、弱小新興種族テラの襲撃機など、鎧袖一触と信じて疑っていなかったからだ。
「奇襲になるでしょうか?それともやはり、強襲でしょうか?」
「さぁなぁ?どっちでも構わん。私達は襲い掛かり殲滅する。それだけだ。今更難しく考えても仕方なかろう?」
「そりゃ、そうですね。しかし……やっと、此処に来れましたね」
蒼白く寒々とした月に照らされた荒地に打ち捨てられた骸。絶望に歪んだ表情、痛みに泣き叫んだままの表情、様々な最期の一瞬を浮かべた骸。
いつか必ず復讐してやると誓った。今度はお前達の番だ。泣き叫んでも許すものか。
「ああ……やっと此処まで来れたな」




