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1-21-6 スレクラ(Air Raid Siren - 空襲警報)

「どうだ、可愛いだろう?」

「え、ええ……」

 ありゃりゃ、新人が中隊長の娘自慢に捕まってるよ。

「軍曹ほっておいて良いんですか?」

「ほっとけ、ほっとけ、何事(なにごと)も経験だ」

「うわぁなんて残酷な……。しかし、あれさえなければ、良い中隊長なんだけどなぁ~」

「仕方ないさ、3人娘で、年の離れた末っ子の娘だろう?目に入れても痛くないってやつだ」


 この基地に来たら必ずやることがある。最初のひと月目は、古参の回収作業を基地内のモニターで見る事と、回収されてきた実物を見て目に焼き付ける事。

 ふた月目は、回収作業を実地でやること。階級は関係ない。将軍だろうが、二等兵だろうが、ARISだろうが、各国軍だろうが必ずやらないといけない。過去に経験のある者のみ免除される。

 3回目があるか否かは、神のみぞ知る。回収作業は定期的ではない、いつゴミ出しがあるか分からないからだ。ゴミが出されたら、その日の巡回班が夜陰に紛れて回収に行く。


 今日は中隊長が、ちょっと滑落(かつらく)して医療タンク送りになった小隊長の変わりに小隊を率いる。何も、凍えるような風が吹く今日、ゴミを捨てなくても良いだろうに。風は今夜には止むのだろうか?


「中隊長……大丈夫ですかね?」

「曹長が付いている。大丈夫だろう」


 瓦礫の夜にサイレンが鳴り響く中、ハンドサインだけで施設を監視する者と回収作業をする者に分かれる。阿吽(あうん)の呼吸で袋を広げ、繊細なガラス細工を触る様に、丁寧に、他のゴミに当たり傷ついたそれを、それ以上傷つけない様に丁寧に布で包んだ後、そっと袋に入れる。

 奴等には単なるゴミに過ぎなくても、我々には何が何でも持ち帰らなければならない、万難を排して持ち帰るべき至宝。

 氷の様な風に吹き(さら)されて冷え切っているそれを、グローブ越しで感じることは出来ない。いや感じられない事に感謝するべきだ。感じてしまったら、その冷たさに心が壊れてしまう。


 指示を出す中隊長のハンドサインが、心なしか震えている。補修すら無理なほどに使いつぶされ、こんな故郷から(はる)か彼方、異国の空の下にうち捨てられる未来を誰が想像したろうか?


 奴等にとっては物であっても、我々にとっても彼等は者であって物じゃない。ひもじかったろう、寂しかったろう、辛かったろう、(くや)しかったろう。目が開いたままの時もある、閉じているときもある。


 スレクラの商業施設での兵器級の重力波事件から約20年、夜陰に(まぎ)れて、奴等のゴミ捨て場から何人もの奴隷の遺体を回収してきた。

 奴等は自分達の遺伝情報が流出するのを嫌がり、遺体を未だ生きている奴隷達に、次は自分の番かもしれないと(おび)えている奴隷たちに洗わせ、そして、ゴミ捨て場に捨てさせる。


 奴隷達は、我々が遺体を回収しているのを知っているのだろう。遺体を安全に回収出来る様に彼女達は、力の限りゴミ捨て場に投げ落として立ち去っていく。

 10年近く奴等にばれぬまま受け継がれてきた暗黙の盟約。奴隷達と我々の間の公然の秘密。せめて体だけでも連れ帰ってと言う彼等の最後の願いを、我々は無にしない。


 色々な種族、色々な年齢層、若いのも、若すぎるのも居た。テラン(地球人)も居た。

 (わず)かな着衣さえも剥ぎ取られ、ボロボロで、(ひど)く軽い彼等を袋に入れ、せめて最後だけはと、壊れ物の様に丁寧に、奴等にばれない様に持ち帰ってきた。


 スレクラ達は、捨てたゴミのことなんか気にしていない。だからといって、遺体の回収をスレクラ達に知られる訳にはいかない。秘密を守れる星系にしか遺体を返せないから、全てが故郷に帰れるわけじゃない。


 武力がないために、列強に踏みにじられる不甲斐(ふがい)なさに顔を(ゆが)めさせながら、遺体と共に揚陸艇に乗っていく弱小星系大使館員を、ひとつ間違えば我々テラン(地球人)もこうなっていたのだと思いながら何度も見送った。

 故郷に連れて帰ってやれない遺体を、何体も荼毘(だび)にふした。見送る者が居ないのは余りにも不憫だから、1か月に1度、手すきの要員が見守るなか送り出す。それしか出来ない自分達が歯痒(はがゆ)かった。


 今夜の遺体は、丁度中隊長の末の娘と同じくらいだった。帰ったら酒でも持って中隊長室に押しかけるか――


「――くり返す。局地ECM開始まで5分。部隊間の通信も不可能となる。全員を助け出せ、容赦はするな、捕虜は要らない。繰り返す、捕虜は要らない。全員の帰還を待っている」


 この日の為に、軍備が整うまでは耐えに耐えた。それも今日で終わる。先ずはこの施設をVOAの襲撃を受けたという事で、更地にする。VOAにしてみれば冤罪(えんざい)だが、幸いVOAは文句を言わない。

 そういえば、この3日間、別の場所は何時もの様に見かけるVOAを不思議な事にこの近くでは見かけない。VOAも奴等が憎いのだろうか?


「強襲艦、配置に着いた模様です」

「そうか……。曹長、やっとだな」

「はい、大隊長。やっとこの日が来ました」


 昨日出航していったスレクラの外交船を最後に、星系内にスレクラの船は居ない。この施設がVOAの襲撃によって壊滅したことを(くつがえ)すことが出来る証人は発生しない。


「着剣!」


 お前達に(あざけ)られ、馬鹿にされる(たび)に、嬉しくて仕方がなかった。お前達が油断していてくれているからだ。


「刺したら撃つ、撃って抜く!忘れるな!VOAと一緒だ慌てるな!」


 弱小だと(あなど)っていたテラン(地球人)蹂躙(じゅうりん)されるときの顔を見るのが楽しみだ。


「坊ちゃん、お嬢ちゃん達、お顔の骸骨は点けたか?よし!もう一度言うぞ!あの糞ったれた場所に、スレクラ野郎と一緒に奴隷を堪能しているテラン(地球人)を自称する封鎖地域の屑が居る。

 現在公的にスレクラの施設に滞在しているテラン(地球人)は居ない。また他種族を含めて男性の奴隷も居ない。空っぽの頭に叩き込んだか?」


 何年も掛けてテラン(地球人)はスレクラ達に条件反応を刷り込んだ。サイレンが鳴っていてもたいしたことは無い。


「おい、サイレンが鳴ってるけど大丈夫なのか?避難しないで?」

「慣れれば、子守歌みたいなもんだ、気にもならなくなるから安心しな。この耳障りなサイレン、テラン(地球人)達はAir Raid Siren(空襲警報)とか言っていたがお仕事終了の合図なんだよ」

「お仕事終了の合図?」


 フェンスの近くにテラン(地球人)兵士が居るのは当たり前で、夜の空にテラン(地球人)の強襲艦がVOAを警戒して複数遊弋(ゆうよく)しているのも当たり前だと刷り込んだ。


「お前も直ぐに慣れるって。こっちにVOAが来そうだってなると、テラン(地球人)が設置したサイレンが1分間鳴り響く。んでVOAを迎え撃つテラン(地球人)兵の発砲音が聞こえんだよ。で、暫くすると静かになる。ま、そうだな、月に1度程度かな、たま~に、こっちの近くまでVOAが来たぁっ!って、小煩こうるさ退避勧奨(たいひかんしょう)が付きでサイレンが延々と鳴り続くときがあるけど、慣れるって」

「いや……でも、長くないか?このサイレン?、あと何か言ってないか?」

「よっしゃ~!今日のテラン(地球人)の奴等のサイレンは長いぜ~」

「しかし発砲音が近づいてきているぞ?!」

「大丈夫だって。塀を超えられた事はないから、安心しな。月に1度のお約束みたいなもんだ。それに今日みたいな日は避難しなきゃならんから、仕事は無しだ。まぁ1杯飲めよ?な?」

「でもよ……」

「あーっ、周り見ろって。皆もう飲んでんだろ?誰も気にしやしないっての。大体、偉いさん達も飲んでんだからよ」


 今日、お前らをテラ(地球)星系から消してやる。忌々(いまいま)しい、商業施設を(かた)った密輸施設をVOAの襲撃に見せかけてテラ(地球)から消し去ってやる。


「さて、曹長。そろそろ行こうか」

「よし!サイレンが鳴り始めた!BGM付きの出撃だ、ありがたく思え!攻撃開始まで1分!」

「「1分!」」

「子豚共!ゴミ捨て場を思い出せ!奴等をひとりも生かして還すな!」


 サイレンが鳴り、ゆっくりと施設内部に戻ろうと歩きだした時、ふと空から視線を感じて空を見上げれば、宙港や施設に(おお)い被さる様に、何時もの何倍もの数の強襲艦が浮かんでいた。

 見上げた強襲艇の砲口が発砲前の燐光で(きら)めきだしたとき、何が起きつつあるのか気づいた者も居たが、何か意味のある警告を発する前に、雨の様な砲撃に(さら)され地面に()いつくばることしかできなかった。

 砲撃が止み安心して顔を上げれば、蒼く光る骸骨が人魂の様に浮かび上がって見えた。


「るぁぁっ!」

「こっち終わったぞ、扉を早く吹っ飛ばせ!支援砲撃が始まったぞ!」

「あぶねぇ!馬鹿野郎!近すぎるんだよ!殺す気かぁ~!扉開く前に同士討ちで死ぬわっ!」

「叫んだって、上の強襲艦には聞こえないと思うんだよねって、危なぁっ!馬鹿たれっ!よく狙え!てめぇっ、この野郎!」

「セット完了、吹き飛ばすぞ!開いたらスタングレネードほり込め!」


 こじ開けられた入り口から、蒼い光が水の様に流れ込み、施設の中へ、中へと、進んでいった。


 施設の中に入った後は、トイレだろうが、物置であろうが扉が開いている部屋という部屋をこじ開け、スレクラが居れば、全て撃ち倒しながら進んだ。


「撃つ時は気を付けろ!さっきの野郎みたいに、奴等は平気で奴隷を突き飛ばし盾にしてくるぞ!」

「おい、さっきの娘はもう運んだのか?!」

「ミハイルが抱えて、アキが護衛でベースに戻った!」

「おし!先に進むぞ」


 この状況であっても列強種族の傲慢さを捨てられず、強圧的な態度で詰問してくるものも居たが、捕虜を取らないという当初命令を違える者達は居なかった。


「貴様ら!私をスレクラと知っ…ぐおっ!」

「オレンジ色の奴が何か言っていたけど、何を言っていたか分かった?」

「さぁ~?さっきから翻訳機の調子悪くてなぁ。あいつ等が何を言っているのか全く分からんのよ。ところで、死亡確認完了っと。この部屋はクリアっと」


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